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23. 暴徒と化す信徒 【花の矢をくれたひと/連載小説】

不定期連載の『花の矢をくれたひと』
インド神話をベースにした小説です。
↓過去話の振り返りはコチラより↓

【登場人物】

アビルーパ(愛神カーマ、悪魔マーラ)
魔神シヴァを射る宿命を背負った愛神カーマの化身の1つ。ウッジャイニーに住む司祭の子息。

ヴァサンタ
春の神ヴァサンタの化身。アビルーパに恋心を抱いていたが、諦めて真の意味で親友となった。

ダルドゥラカ
パータリプトラ出身の商人家系の子息。諜報活動員として働く肉体派。

カーリダーサ
グプタ王朝の元宮廷詩人で劇作家。霊力を込めた詩文でたびたび時間ループの事件を起こした。

ラティセーナー
愛神カーマの妃、ラティの化身。パータリプトラの遊女館でアビルーパが訪れるのを待っていた。

【前話までのあらすじ】

シヴァを射るための矢を捜しているアビルーパ、ヴァサンタ、ダルドゥラカの3人は、首都パータリプトラの地下宝物庫で2本目の矢を得た。
ある時、アビルーパは花街へ遊びに行き、遊女館で前世の妻ラティと再開した。彼女は3本目の矢を持っていたが、今はまだ渡せないと言う。また3人を時間ループに巻き込んだカーリダーサは姿を消していた。
不可解な事件が幾重にも降り掛かる中、3人は宝庫やぶりとして私服衛兵に見つかってしまった。

23. 暴徒と化す信徒


「い、いたぞ! 宝庫破りだ!!」
 ヴァサンタがぶつかったのは、地下宝庫に潜入したときにたぶらかした私服衛兵のひとりだった。
「やべぇ、逃げるぞ!」ダルドゥラカは咄嗟に衛兵の襟を掴むと、自身の脚で相手の脚を刈って投げ飛ばした。逃げ出すアビルーパとヴァサンタ。ダルドゥラカが彼らに続いたが、衛兵は受け身をとってすぐに立ち上がり追いかけてきた。
「市街だ、人の多いところへ!」アビルーパの号令に、3人は団子になったまま緩やかな石段を一気に駆け上がり、路地へと入り込んでいった。
「待てっ!!」衛兵は大柄な体型そぐわない俊敏な足捌きで3人を追った。日々の鍛錬の甲斐あって、逃走者に遅れを取るようなことはなかった。

 3人と衛兵は花街通りを駆け抜けた。遊女が、物見客が、酒屋の店主が、その異様なレースに振り返って目を凝らした。彼らの疾走に驚いて何人かは転倒し、屋台からは酒や青果がこぼれ落ちた。
 アビルーパが振り返ると、衛兵はまだ離されず後ろに付いてきていた。
「もっと人の多い方へ!」
 3人はふたたび路地に入った。先頭のヴァサンタはこの数日で散策しながら頭に入れた地図を思い浮かべて、市場いちばの方角へと舵を切った。人も物も多く、路地は複雑に入り組んでいる。そこまで辿り着ければ衛兵を撒けると考えた。
 しかし3人と衛兵が目抜き通りを横切ろうとしたその時、
〈だ、誰かっ!助けてくれ!!〉
 通りの群衆の中から悲鳴が上がるのを3人の耳がとらえた。走りながらそれぞれ顔を見合わせたが、立ち止まる余裕まではない。衛兵はまだぴったりと追ってきていた。
「もうっ、衛兵なら困った民を助ける方が先決でしょっ!?」ヴァサンタはしつこい追跡にうんざりし、恨めしい顔で駆け続けた。

 目抜き通りから一本奥に走る市場通りに踊り出た。せり出す露店、道の真ん中に並ぶ屋台、その合間を流れる人波。3人は人の流れに号流しつつ身を隠せそうな場所を探した。すると壁に寄せられた大きめの屋台を見つけ、身をかがめてその裏手へと回る。屋台には色とりどりの織物が吊り下げられ、風にはためいていた。
 3人は祈るような想いで身を潜めた。そして上がった息の調子を整え、ゆっくりと表を覗き見た。滞りなく流れていく人々。このまま衛兵もろとも過ぎて去ってしまえばいい。切に願った。
 しかしその人波の中からもまた、思いもよらない声が上がった。
「おいっ、男が暴れているぞ!!」
 3人は驚いて立ち上がると、声のした方をこっそりと見やった。ちょうど自分らが出てきた路地の辺りに人だかりが出来ており、そこから何かが倒れるような音、壊れるような音が轟き、悲鳴も上がっていた。
「いったい何が起きてるんだ?」アビルーパが身を乗り出そうとしたが「バカ、今はそれどころじゃねぇ。捕まりてぇのか?」とダルドゥラカが引き戻す。
 屋台と石壁の間で佇む3人は、その異様な音と声が次第に大きくなっていくのを背中越しに感じた。
「やっぱり何かおかしいよ。俺、見に行ってくる」アビルーパはそう告げて、潜伏場所から飛び出していった。ダルドゥラカがしぶしぶ彼の後を追いかける。

 ひしめく人と人の間をすり抜け、騒ぎの中心付近までなんとかたどり着いた。その先には、怒号や呻き声、石や金属を打ち付ける音がけたたましく鳴り響いた。そして人混みの最前列まで這い出ると、アビルーパたちは恐ろしい光景を目の当たりにした。
 先ほどまで彼らを追っていたはずの私服衛兵が鉄材を手に大暴れしていたのだ。目を釣り上げ、口元に下卑た笑いを浮かべ、つい一刻前とはまるで別人に変貌していた。平和と秩序を守るはずの衛兵とは思えない醜態だ。周囲の屋台はことごとく倒され、露店は破壊され、道に転がり落ちた種々の品物が無惨に踏みつけられている。
 そして暴れているのは例の私服衛兵だけではなかった。司祭、詩人、学者など、暴動に縁のなさそうな人々が、ある者は武器を持って、ある者は素手で、街を破壊しようといきり立っていた。
「なんだよ、これ……」凄惨な光景に言葉を詰まらせるダルドゥラカ。アビルーパは足がすくんで動けなくなっていた。

 騒然とする市場にさらなる追い討ちがかかる。

「東の礼拝場で人が暴れているぞ!」
「北のインドラ像が破壊された!」
「河川敷で暴動が!」

 様々な方角から次々と上がる声。人々は混乱に陥って散り広がった。平静な者は誰ひとりいなくなった。
 やがて、それまで市場の暴動を見物していた人々の中からも、異変を来たす者たちが現れ始めた。彼らは急に我を失い、逃げ回る周囲の人々を無差別に襲い、街を壊し始めた。
「おい、ここは危ねぇ、逃げるぞ!」ダルドゥラカはアビルーパの手を引き、隠れていたヴァサンタと合流してその場を走り去った。

 3人は行商人の寄宿舎まで無事に辿り着いた。しかしその道のりでも2つの暴動を目にした。いずれも市場で見たものと同様、我を失った者たちによる無差別な攻撃だった。
 部屋に戻ると、3人は内向きに輪を作って腰を下ろした。
「訳が分からねぇよ。いったい街で何が起こっているんだ?」ダルドゥラカは地面に拳を打ちつけた。故郷を破壊しているのが故郷に暮らす人々という構図が、彼をことさら腹立たせていた。アビルーパも暴動を間近で見たものだから、彼の憤りに深い共感を寄せた。
「……ねえ、ただの勘なんだけど」これまで静かにしていたヴァサンタが口を開く。
「暴れてたのって何かの信徒だったりしないかな? 敬虔そうな身なりの人ばかりだったし、学がありそうというか、何というか……」
「……でも奴らは無差別に街を破壊してたぞ? 宗教間の衝突みたいな感じじゃなかった」
「突然暴れ出した人もいた。何かの信条のもとに動いているようには見えなかったよ」
「だから、ただの勘だってば!」
 しばしの沈黙が流れた。当初はヴァサンタの推測を否定した2人だったが、考えれば考えるほど、それが妥当のように思えてきた。市場の他に暴動が起きたのは、礼拝場、神像、河川敷、いずれも信仰にかかわる場所だ。暴れていたのは信徒、そう考えると辻褄が合いそうだった。
「……もし、暴徒化したのが何かしらの信徒だとしたらこの街はもう終わりだ。ここはあらゆる信仰の集う街なんだから」うなだれるダルドゥラカ。
「あいつは……あいつは無事なのか?」ダルドゥラカは幼馴染の遊女の身を案じて咽ぶように言った。アビルーパの脳裏にも一抹の不安がよぎって、急に身震いがした。
《ラティは……ラティは無事なのか?》アビルーパはにわかに立ち上がった。
「そうだ、花街にも信徒は溢れている……あいつが危ねぇ!」続いてダルドゥラカが敢然と立ち上がる。
「花街、追いかけられてる時は大丈夫そうだったけど、それも時間の問題かもしれないもんね」ヴァサンタも協力を惜しまないといった風に立ち上がった。

「助けに行こう!!」


── to be continued──

【ご注意】
本作は何らかの宗教的信条を伝えたり誘導するために書かれたものではありません。また時代背景や史実とは異なる点も多々あり、あくまでエンターテインメントの1つとしてお読み頂くようお願い申し上げます。

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