ピンク
ぼくの部屋をふと見回すと、ピンクの物で溢れていた。毛布、枕、ドライヤー、ゴミ箱、包丁、まな板、歯ブラシなどなど。全部ピンク色だ。他にも部屋の中にはピンクのものが沢山あるが書ききれないので置いておく。
じゃあピンク色が好きなのか?と聞かれると別に好きでは無いのだ。むしろ好きな色は黒である。私服はほぼ全身黒だしマスクも黒、スマホカバーも黒だ。こうして並べてみると、無意識に選んだ生活用品がピンク、好きで買った自分を飾るための外から見られる用品は黒、という傾向にあることに気づいた。
無意識に選んだものがピンクになるな、とふと気づいてからなんでなんだろうと自分で自分に問いかけていたらふと頭に浮かんだ光景があった。
「これ。買ってきたから2人で分けてね」とおばあちゃんから差し出されたハンカチ。片方はピンクで片方は水色だった。幼稚園の頃だったと思う。その時妹がサッとピンクのハンカチを取った。ぼくは余った水色のハンカチをもらった。心配そうなおばあちゃんが「檸檬ちゃんは水色がいいの?ピンクが良かったら妹ちゃんと相談してもいいんだよ。」と声を掛けてくれたけど、ぼくは“いい子”だったから、「水色の方がおねえさんっぽいから好きなんだ」と思ってもいないことを言った。話し合っても癇癪持ちで我の強い妹が譲ってくれるわけがない事を当時のぼくは既に知っていたから。泣いて暴れてピンクがいい!という未来が想像できたからだ。ぼくたち姉妹のために色違いのハンカチを用意してくれたおばあちゃんが、自分が用意したハンカチで喧嘩するぼくたちをみたら絶対に悲しむと思ったから。(余談だが、妹はぼくとおそろいのものをもちたがらなかった。色違いだったら同じデザインでもかろうじて我慢できたみたいなのでそれを知っていたからおばあちゃんはピンクと水色の2色のハンカチを選んでくれたのだと思う。)本当は幼稚園の頃はピンクが好きだった気がする。でも、それ以来小学校の高学年頃までずーっと、「ピンクは妹の色だから選んじゃいけない」という呪いが自分の中に生まれてしまった。
小学校位の頃までおばあちゃんがぼくたち姉妹に用意してくれる雑貨類は全部ピンクと水色1個ずつで、必ず妹がピンクを選んだ。ぼくはたまにはピンクが欲しいな、と思っても言い出せなかった。ずっと水色。
水色が悪いわけじゃないし水色が嫌いな訳でもない。ただ、「選べなかった結果」「譲れなかった結果」としての水色が好きではなかった。それだけ。
きっとひとり暮らしをはじめて買い揃えた生活用品が無意識に全部ピンクだったのは、もうピンク選んでもいいんだと無意識に思ったからなんだと思う。もう、お姉ちゃんじゃなくていい。妹のために我慢することなんてしなくていい。自分が好きな色を選んでいい。心が「ピンクは妹の色だから選んじゃいけない」という呪いからついに解放されたのだ。
これからもきっとぼくはピンクのものを買うのだろう。呪いが解けた証として。
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