見出し画像

DIYの主体

 池袋西口からほど歩いた大通り沿いに立つ建物の2階に、密かにコ本やはある。
 表に看板はなく、平日の17:00までは通りに面したエントランスの風除室にあるエレベーターで登ることができるが、平日17:00以降と土日は、エントランスが使えない関係で建物の裏口へ回ることになる。建物脇の駐車場へ進み、上階マンションのエントランスを抜けてゴミ置場が見えてくる頃には、ほとんどの人が道を間違えているのではないかと不安になるような場所、その裏口さえ鍵で閉ざされており、扉の脇の小さなサインに書かれた電話番号にかけなければならない。
 駆け下りてきたスタッフが扉を開けてくれ、導かれるままに裏口から階段を登り廊下を抜けていくと、それまでとは想像のつかない空間が広がっている。

 コ本やは、アーティストの青柳菜摘、ブック・ディレクターの清水玄、ドキュメント・ディレクターの和田信太郎の3人が主宰するプラクティショナーコレクティブである。メディアプロダクションも行う彼らの、諸般の活動の拠点でありフラッグシップショップとしての古書店で、もともと王子に路面店を持っていた。展覧会や上映会、トーク等のイベントを行い、芸術作家のCDやZINEを含めた3人の選書が豊かで、一介の古書店とは言えない店舗として数多くのファンを獲得してきた。
 2019年、イベントスペースの拡充を求め、池袋に移転することとなり、プロジェクトは始まった。

 新しい池袋でのコ本やは、時間帯によって入店方法が異なり、テナントは外から全く見えず事情により看板も出せない。本来小売店として弱点となるこのような状況に、小規模であり、顧客に密着してきたコ本やにしかできないような形を目指し設計された。
 古書店以外の活動によりWebサイトやSNSでの露出頻度も高いことから、インターネット上に露出するものが”店構え”であるとしてとらえ、写真を始め、口コミなどによって出来上がるバーチャルなイメージによって行って見たいと思わせることが課題となった。
 バーチャルイメージではテナントの離れた2室と廊下という特殊な条件を活かし、唯一引きの取れる廊下をすっと見通すことはできるが、密度の詰まった店内は、死角が多い。またアップではどこを見ても違う景色で、見る人の想像力を掻き立て、全体が想像しきれないミステリアスさを生み出す。
 実際に訪れると、その特殊な入店方法、イベントや棚作りに合わせ変容し続ける店内は常に新鮮さを与える。変容を受け入れるため、建築には引き算のみを施し、ほとんどの什器を移動可能、解体可能なもので計画した。
 唯一の固定本棚エリアと、フレキシブルに使われるthecaと呼ばれる部屋を、余地となる廊下で繋いだ構成は訪れた客に往来を生み、どれだけ長居しても飽きさせないようになっている。

 このプロジェクトでは資金的余裕もあまりなかったこともあり、DIYで内装工事を行った。私は設計と工事の監修を行い、実際に手を動かすのは、コ本やメンバーをはじめ、仲の良いアーティストコレクティブ、アルバイトスタッフ、はては王子店時代の常連さんまでを巻き込んだ。

 DIYは昨今一般的になってきており、それを補助する道具の多様化、及び一般化をきっかけに、建築はもとより、ファッション、クラフト、多種領域にわたり浸透してきている。建築においては、"金がない"というリアルな実情に対し設計者等の専門家のアシストのもと、施主が直接手を下して作ることに参画させ、自分が作ったという共犯感覚、愛着を副産物として提供するのが一般的なように思える。DIY系YouTuber等の情報源の多様化も作用し、もはや専門家すら必要なく、一見真の意味でのDIYの普及が消費社会の変革を告げているようにさえ思える。私自身はこの現状のDIYカルチャーに危惧を覚える。
 personal fabrication、そしてdo it yourselfは大量消費社会の生み出す創造性の制約や資源のロスを減らす、重要なキーワードであったはずだ。しかし日本において実際には賃貸不動産という制約や、"実費の低さ"という即物的な、0円junkyとでも呼べるような貧相な創造力によって、チープな発想の再生産を延々と繰り返すだけの、ただの流行りに成り下がりかねない状況にある。この現状はつまるところ、yourselfの射程が見誤れられていることにあるのではないか。
 Do It Yourselfが神からの天啓のような、命令文であることが、DIYの本懐をぼやかしている。誰かのアイデアをあなたが作り、愛着程度のものを副産物としてありがたく頂戴している場合ではない。Yourselfは本来このプロジェクトに参画するすべての主体を包括すべき主体だ。

 今回のコ本やの設計から工事は、私が彼らに神の天啓のようにアイデアを提供する作業では決してなかった。私自身と、コ本やの知識やリソースを総動員し、持てる人材や道具の中で目指す空間の状態をどこまでなら実現可能かを調整し、実現に向けて手を動かす作業だった。主体は確かにコ本やであり、設計をする私、工事を手伝いにくる常連さんまで、DIYを超えて、コ本やのDo With Usの中に知らず知らずのうちに巻き込まれていた。

 このDo With Usの精神は昨今のDIYに見る影もない豊かな想像力とその主体性を思い返させてくれる本懐なのではないだろうか。端から彼らコ本やの創造性の中に設計や施工のナレッジとして私は巻き込まれていて、私はDIYのアシストを委託された未熟な神でもなんでもなかった。

 そうして、小売店の既成概念を崩さなければ成立しないような空間の中に、私が設計者として提供できたことはごくありふれた小さなことだけだ。それ以上に彼らコ本やのこれまでの人間関係や、これからの展望の中で今、この場所でも古書店ができる、やれるという創造性や野望のようなものの力が確かにあった。必要なものがインターネットで済んでしまう今、実店舗に行くきっかけは発見や体験、未知なるものに出会えそうなキャラクターのある"店構え"で、それを形作るのは運営者の意思なのかもしれない。その"店構え"があるからこそ、リニューアルしたコ本やにはたくさんのお客さんが来店している。

 なにかを作るという営みがブラックボックスに入り、我々がただの消費者となってから久しい。作る営みは生そのものであると信じている。自身が作る感覚を取り戻した時、我々は買い揃えたものものへの向き合い方が変わるだろう。建築や空間はとてもお金がかかり、1人では作れない、誰かの特別な思いのこもった一世一代の大創作だ。そんなものを私が代行して献上するような作り手ではなく、欲しい人のDo With Usに巻き込まれるように下支え出来るような作り手になりたいと願う。

project detail

画像2

画像2

画像3

コ本や honkbooks
171-0014 東京都豊島区
池袋 2-24-2 メゾン旭2F
tue - sun (12h - 20h)        https://honkbooks.com

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?