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遠藤吉三郎『歐洲文明の沒落』と出産率

1914年(大正3年)10月22日、「時事叢書」第二編、40歳の理學博士・遠藤吉三郎(えんどう・きちさぶろう、1874年8月~1921年3月14日)著『歐洲文明の沒落』(冨山房、20銭)が刊行された。

同書「戰爭と文明」より引用する(46~48頁)。

 人口増加率じんこうぞうかりつ逓減ていげんが「文明ぶんめいこく一現象いちげんしやうであるとは、しばしば、我等の聞く事である、事實じじつ其通りに相違さうゐない、其原因げんいんに至つては、食料しょくれう騰貴とうき生活難せいくわつなん獸乳じうにう使用しよう其他そのた種々しゆじゆ雜多ざつた議論ぎろんがされて居る、併し生活難せいくわつなんは決して其理由りいうでない、何となれば、歐羅巴の孰れの國でも、最も生活難せいくわつなんなげ下層社會かそうしやあくわいが、最も大なる出産率しゆつさんりつを示し、上流社會じやうりうしやくわいが却って出産率しゆつさんりつが減ずる、或は人文じんぶん進歩しんぽに依りて妊娠にんしんが少くなるとろんずる者もあるが、日本の數字すうじその反對はんたい證明しようめいして居る、何だとかかんだとか理屈りくつをこねるが、享樂主義きやうらくしゆぎに因る人類じんるゐ堕落だらくの爲めだと謂へば、凡て一言にして藎きる。
 享樂主義きやうらくしゆぎかねかか主義しゆぎである、歐羅巴では生活費せいくわつひが高いと云ふ、併しよく調しらべて見ると食料品しよくれうひんあたひ人類じんるゐ生活力せいくわつりよく完全くわんぜん持續じぞくする爲めの衣食住いしよくじゆう費用ひようは、決して日本などから較べておどろくべく高くはない、彼等の所謂いはゆる生活費せいくわつひと云ふのは、贅澤せいたく生活費せいくわつひである、何しろかねが掛かる、殊に彼等の結婚けつこん目的もくてき享樂きやうらくに在るが爲めに、金が無ければ結婚けつこんは出來ぬ、結婚けつこんする事が困難こんなんであるから淫賣婦いんばいふ増加ぞうかする、姦通かんつう流行りうかうする、不品行病ふひんかうびやうが多くなる、他方に於て避妊ひにんする、斯くして病的びやうてき人工的じんこうてき出産しゆつさんが少くなる、其結果けつくわ國力こくりよく減耗げんもうさせる計り、そこで出産率しゆつさんりつ享樂主義きやうらくしゆぎ深度しんど逆比例ぎやくひれいを示す、卽ち歐洲文明おうしうぶんめい弊害へいがい尺度しやくどとなる。

 同書の「今後の亞米利加合衆國」より引用する(106~108頁)。

 物質的ぶつしつてき發展はつてんするの勢力せいりよくに於ては、今日世界中せかいじゆう亞米利加アメリカに及ぶものはあるまい、其發明はつめいの多いこと、而して其創見的さうけんてきな事、到底たうてい他國たこくは企て及ばぬ、佛蘭西人は先天的せんてんてき創見さうけんざいである、幾多いくた大發明だいはつめい天來的企畫てんらんてききくわくは、佛蘭西人のあたまから出來た事が多い、併し彼等は發明者はつめいしやたるにとどまる、利用りよう應用おうよう毎度まいど他國人たこくじんゆづる、亞米利加に至つては發明はつめいして且利用りようする、之れは一に亞米利加アメリカしき途方とほうも無い考と、之れに放資ほうしする山師的金持やましてきかねもちが多いからである、此利便りべんを携へて工業こうげふ殖産しよくさん發展はつてん突進とつしんするのであるから、他國のかなはぬ筈である、此點を比較ひかくしたならば、獨逸の如きは亞米利加人の仕事しごとしりに附いて、其あとから理屈りくつを附けて行く樣なものである。
 亞米利加は異人種いじんしゆ凝集國ぎょうしふこくだと云うた、凝集國ぎょうしふこくんは缺點けつてんはある、併し古來こらい歷史れきしを見るに、異人種いじんしゆ凝集國ぎょうしふこく一段いちだん融和ゆうわして、夫れが合金國がふきんこくとなつた時は、最も優勢いうせいなる國民こくみんを作る、此點に於ては純血國じゆんんけつこくとても及ばぬ、現代げんだいに於て其例は我が日本と英吉利である、故に亞米利加合衆國が、將來しやうらい世界せかいゆうたるに至るべき素質そしつは、旣に充分じゆうぶん具備ぐびして居る、況んや其分子ぶんしは、母國ぼこくを見捨てて來る程であるから、冒險的ぼうけんてき强壯きやうさうで且熱烈ねつれつである。
 此善惡ぜんあく兩質りやうしつを備へた國民こくみんが、尨大ぼうだいなる地積ちせきに據り、有らゆる天惠てんけいを有して進む未來みらいは、今世紀こんせいき以後いご觀物みものである、而して此騒動後さうどうご進路しんろの取り樣で、後日ごじつ千里せんりを致すことになる、面白おもしろいのはここ數年すうねんあひだである。 

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