狐の好物 『あの日の思い出』収録 | 小説
『瓜生山の本屋さん』のみんなで作るアンソロジーより「あの日の思い出」「いつか見た夢」が発売されました!
こちらは、文芸表現学科と情報デザイン学科の2人の学生さんに企画・制作いただいたもの。私含め、有志の京都芸術大学の通学生・通信生24名が参加しました。
今年の文化祭、大瓜生山祭のアイデアバザールにて販売され、無事に完売したとのことです(一般販売は未定だそう)。
素敵な表紙のイラストはさとざき幸さんです。
許可を頂いたので、収録されている私の小説『狐の好物』を掲載します。学生さんが読んでわかりやすく、でも文芸専攻として少しでも技術の効いたものにしたいと思いながら創作しました。
ほかの方の作品もとても素敵なので、機会がありましたら読んでいただけると嬉しいです。
『狐の好物』/ 嶋田秋
みんなで作るアンソロジー・あの日の思い出より
「きっと狐の生まれ変わりだね」
あなたは頭上からの声に顔をあげる。いつものへらへらと笑う顔が見え、あなたはため息をついた。もう午後1時だというのに、学生食堂は人であふれかえっている。彼はあなたの目の前に腰を下ろすと、あなたが食べているきつねうどんを指さして話を続ける。
「ほら。いつも同じものばっかり食べてる」
「油揚げが好きなだけ。生まれ変わりなんてバカみたい」
あなたがぴしゃりと言って軽く睨んでも意に介さず、彼は呑気に自分の蕎麦をかきこみ始める。ネギがどっさりのった蕎麦はただ青臭そうで、あなたは思わず顔をしかめた。
「いつもそんなもの食べてるけれど、本当に美味しいの?」
彼は大袈裟に驚いてみせる。
「当たり前。これが一番うまい蕎麦の食い方だ」
「福島には、ネギが丸ごと一本添えられている蕎麦があるらしいわよ」
「へえ、それは是非食べてみたいな。絶対に俺の好物だ」
嬉しそうに彼は言う。妙なものばかり好む彼のことは、つきあって半年を過ぎた今もあなたにはよくわからない。
……バカみたい。観念してもう一度呟いたあなたに、ふふ、と彼は笑った。
あなたは、手元のきつねうどんに意識を戻す。ふっくらと炊き上げられた油揚げは、じゅわりと出汁が口中に広がる瞬間がたまらない。甘ったるさが苦手だというひともいるけれど、甘ければ甘いほど最高だと、あなたはずっと思っている。少なくとも『ご自由にどうぞ』のネギをありったけかけた節操のない蕎麦の百倍は美味しいはずだ。
「美味そうに食うなあ。やっぱり狐だったんだろうな」
彼のからかいを無視してあなたはうどんを啜る。くだらない話をするばかりの平凡なこの男のことがどうしてずっと嫌いになれないのか、あなたは自問自答する。きつねうどんなら、好きな理由をすぐに何個でもあげられるのに。
「あ」
ふいに、彼が小さな声をあげる。蕎麦をそのままに席を立って、ふらりとどこかへ歩き出した。あなたが呆気にとられて目で追っている間に、彼は食券を購入してなにかを受け取り、満面の笑顔で戻ってくる。
「ほら。今日はお稲荷さんの日だよ」
目の前にぽん、と置かれた皿には、小さないなり寿司が二つ並んでいる。一緒に食べよう、狐さん。冗談混じりに彼が言って笑った。
そのときあなたには、彼の笑顔になにかが重なって見える。
鬱蒼と茂る緑の草々。
ぼろぼろの着物をまとい、こちらに向かってなにかを差し出す小さな男の子、その呑気な笑顔。
黒く汚れた手の中のいなり寿司。ほら。今日はお稲荷さんの日だよ。
はたと気づくと、彼が心配そうにあなたの顔を覗きこんでいる。頼りなさげな大学生の彼。あなたはどうやら少しの間、放心していたらしい。
大丈夫よ、ちょっとぼうっとしてただけ。あなたはそう言って彼に少し笑う。
ねえ。
もしかしたら本当に私、あなたに出会うために生まれ直した狐かもね。なんて思いながら。
ありがとうございました!
SpecialThanks for 瓜生山の本屋さん(きらさん、Chiヅruさん)、買ってくださった皆さん、読んでくださった皆さま。
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