Axion Podcastでシンガポール政府のDX組織 Gov Tech Singaporeについて話した

経済メディア Axion Podcast でシンガポール政府のDX組織 Gov Tech Singaporeについて話をしてきました。前回のコロナ転職に続き、今回で2回目です。

収録にあたって事前に用意したメモも公開します。テキストで読みたい方はぜひご覧ください。

シンガポールの電子政府の記事を書いたきっかけは?

日本で4月末から支給されたコロナ給付金です。この制度は、外国人含め、住民登録がある人全てに10万円を支給するという制度です。これと似た制度がシンガポールでもありましたが、両国で対応が全く違っていたのに驚き、電子政府の仕組みに興味を持ちました。

シンガポールの方は、政府が給付金を発表してから外国にいるシンガポール市民含め2週間程度で自動振り込みが完了しました。発表された時は話題になりましたが、そのあと、話題にする人は誰もいません。

しかし、日本ではコロナ給付金の支給で大混乱が起きました。申請に時間がかかるし、役所での審査に時間がかかったと聞いています。また申請で大規模な不正があったとニュースでも話題になっています。

(参考)「10万円給付」は6月以降に? なぜこんなに手続きが遅いのか

日本で給付金に時間がかかるのは、個人識別番号、通称マイナンバーが十分普及・活用されておらず、日本政府が市民のマイナンバー、所得税や納税記録、銀行口から座を完全に把握できていないためです。よって、市民に申請してもらい、行政側で申請内容を審査し、問題なければ給付するというプロセスを取らざるを得ませんでした。支給対象が全住民なので、大量の事務作業が必要になるのは簡単に想像できますが、個人的にびっくりしたのは審査が機械化されていなかったことです。役所のスタッフが申請書や住民登録内容を印刷して、目視で確認しているという報道がありました。

シンガポールの場合は、日本のマイナンバーに相当するNRIC (National Registration Identity Card) が普及しており、市民の所得と納税記録、全ての銀行口座にNRICが紐付けられています。市民全員に給付金を支給する場合、市民からの申請は不要で、政府の方から登録された銀行口座に振り込みするだけ。もし所得制限などあった場合でも、政府の側で所得や納税額は把握しているので、自動的に計算して支給して終わりです。

このように全く同じことをやっているにも関わらず、両国で行政のシステムが全く異なっていて、生産性に大きな違いが出ていました。これが何に関係するかというと、コロナ給付金の例は、行政サービスの生産性が市民の生活と行政サービスを運営する側のQoLに大きな影響を与えていることがわかる例です。また、企業の誘致において国際間競争が厳しくなっていますが、行政手続の効率化も評価に影響を与えると思います。

シンガポールのNRICとは?

NRIC (National Registration Identity Card) はシンガポール国籍および永住権を持つ全ての市民に発行される識別番号が書かれたクレジットカード大の大きさのカードです。番号自体もNRICと読んだりします。

NRICの例

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(余談)外国人にもビザが発行されるときに識別番号が発行されますが、そちらはForeign Identification Number 外国人登録番号と呼ばれています。

NRIC(やFIN)の用途としては、以下があります。
・日本で免許証など身分証明書を求められるような場面では、NRIC(外国人はFIN)の提示を求められます。
・政府が所得・納税・年金など全てのお金の流れとその個人を把握・特定する際に使われます。

例えば、シンガポールは日本の源泉徴収の仕組みがないため、企業に勤めている人は全て確定申告を行います(これはアメリカと同じ)。企業は政府に対して従業員の給与所得を申請しますが、その際、NRICと紐づけて申請します。
また、シンガポール市民やPRは政府が運営する確定拠出年金のような制度に加入します。その際、企業は一部拠出額を負担するんですが、その際も拠出額にNRICを紐づけることで、個人と拠出額を把握できるようにします。
お金関係以外だと、シンガポールではコンタクトトレーシングに使われています。これはお店やオフィスの入り口でNRICを記録し、誰がいつどこに出入りしたか記録して、コロナの感染経路の特定に使われています。

では、国民識別番号は日本になかったかというと、調べたところによると限定された用途ごとに国民識別番号は昔からあるようですが、シンガポールのNRICのように一つの識別番号が広範に利用されているものがなかったようです。


住民票コード
2002年から日本国民一人一人に、(外国人は2013年から)住民票コードというのが発行されているそうです。ただし、役所内の手続きのみなど用途がかなり限定されているようです。
住民票コード - Wikipedia
住民票コードとマイナンバー(個人番号)との違いは何ですか?[マイナンバー制度]


基礎年金番号

1997年から発行されている年金手帳には基礎年金番号という個人を特定する番号が記載されているようです。
それ以前は、それ以前は年金制度ごとに別々の番号が発行されていて、管理の煩雑さや事務手続きの不備などで、年金支払いの記録が紛失する問題などが起きていたようです。

よって日本の場合、行政なら行政、年金は年金とそれぞれ違う番号が使われていて業務手続き上の非効率性が発生していました。例えば、年金の手続きで行政側で保管している情報が必要になったとすると、お互いに住民を一意に特定できる手段がないので、行政へ行ってこの情報を紙でもらってきてくださいと言われます。このため、行政や年金関係の手続きを行うと何度も何度も指名や住所を書かされます。

シンガポールの場合、全ての情報はNRICに紐づけられているので、ビザの申請に納税の記録を使いますが、個人情報の取得に同意しますと一筆書けば、ビザ申請官が必要な情報をシステムから取得できるので手続きの生産性が向上します。
また、現代ではマネーロンダリングなど国際金融犯罪対策で、マイナンバーでお金を流れを把握できるようにする必要がある。国際条約などで規定されている場合があります。

口座情報にマイナンバーを登録し管理 金融機関に義務づけ検討 | 注目記事

NRICを利用したコンタクトトレーシングとは?

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コンタクトトレーシングは、政府がコロナの感染経路を把握することを目的に、市民の移動を追跡可能にする活動のことです。これにより、もし誰かがコロナに感染したら、直近でその人が訪れた場所が把握できますし、またその場所を訪れた人も把握できるので、感染した可能性がある人や場所も特定できます。これにより、コロナの再感染を防止できます。

実際、パンデミックが騒がれた当初は、シンガポール政府は新規感染ケース全てに対して、各ケースがどの経路で感染したか図示したチャートを公開していました。これは市民に対して、政府が完全に状況をコントロールできているというメッセージになります。

この取り組みの具体的な活動としては、お店やオフィスに入る前に必ずNRIC(外国人のFIN)の記録が義務付けられました。これで誰がいつどこに立ち入ったかを記録することで、コロナ感染者が出た場合に感染者が訪れた場所、またその場所を同時間帯に訪れた人を特定することができます。

この記録を自動化する仕組みをSafe Entryと呼ばれています。

NRICのカード

お店やオフィスの前にいるスタッフにカードを提示すると、バーコードの部分をバーコードリーダーで読み込んでくれます。NRICをPCに記録し、さらに政府のシステムにアップロードされます。
QRコード・・・個人のお店がバーコードリーダーやPCなど用意できない場合があるので、簡易的にSafe Entryをやる仕組みとしてスマホでQRコードを読み、入場を登録する仕組みが政府から提供されています。お店やオフィスのオーナーが政府のWebサイトに登録すると、建物ごとにユニークなQRコードを発行できるので、それを入り口に貼っておきます。入場する人は、政府提供のスマホアプリでQRコードを読むと、自動的にNRICと入場記録が政府にアップロードされます。

Trace Together

SafeEntryはどちらかというと、同じタイミングで同じ建物に入った人物が分かる程度ですが、今はより厳密にコンタクトトレーシングを行う仕組みが提供されています。これをTrace Togetherと言います。

これはスマホのBluetoothを使って、無線で通信できる距離に接近した人のスマホ通しで情報をやり取りして、誰と誰が物理的に接近したかをアプリ内に記録するという仕組みです。
各自のスマホ内には、個人を特定できる情報としてランダムなIDや連絡先が暗号化されて保存されます。政府は通常は個人情報を収集していないそうです。ただし、コロナの検査で陽性になった人は、スマホ内のTrace Togetherのデータ提供を求められます。データには誰と接触したか記録されているので、それで直近で接触した人を特定し、スマホに連絡を飛ばします(あなたはコロナ感染者と接触した可能性があります)。

(補足)政府による個人情報収集の利用目的の拡大

ただ、このTrace Togetherで収集した個人情報の扱いが問題になっています。当初は、コロナの感染経路の特定にしか使わないと言っていた政府ですが、実は犯罪捜査に使おうとしており、そのための法案を通そうとしていることが明らかになりました。市民の行動を監視しようとする動きに反発して、Trace Togetherの利用を停止しようと言う市民も出てきているそうです。

おそらく欧米など個人の自由を尊重する社会だと、かなり反発が予想されますが、シンガポールはどちらかというと政府の力が強く、普段から市民の権利が制限される社会なので、おそらくは利用範囲が徐々に拡大されていくんではないかと思います。

公立病院の予約から診療費の後払いをスマホで行うサービス

これはコロナ以外の例で、日常的によく利用するサービスです。

シンガポールでは、公立病院での診療予約や、支払いなどの一連の業務手続きの流れを、政府提供のSingHealthというWebサイト(モバイルアプリ)で行うことができます。この時のWebサイトやモバイルアプリにログインする際に利用するSSO(シングルサインオン)の認証サーバを政府が提供しています。

シングルサインオンはここ5年くらいで民間企業のWebサービスでも普及しているので、利用されたことあると思います。TwitterとかGoogleのアカウントで他の企業のサービスの認証を行えるというサービスです。日本では公共サービスで政府がマイナンバーのSSOを提供する状況は少し考えづらいので、非常に驚きました。

まず、NRIC・氏名・住所・メールアドレスといった個人情報を事前に政府のSSO認証サービスに登録します。このSSOのサービスは政府関係のあらゆるWebサイトで利用されているので、ほとんどの市民が利用していると思います。登録は本人が行います。もし公共サービスがNRICなどの個人情報を必要とする場合、このSSOを利用することで個人情報を公共サービス側に提供し、認証をセキュアに行うことができます。利用者側としてはアカウントのパスワードを何個も覚える必要がないですし、個人情報を何度も記入させられる手間を省けます。公共サービス提供側も個人情報の入力を自動化できます。

(補足)NRICが必要な理由
・診療を効率的に行うために、過去の診療記録をDBに登録して医師が閲覧できるようになっています(おそらく公立病院のみ)。診療記録は個人に紐づけるので、個人を特定する手段としてNRICが必要です。
・また診療後に支払いをする必要がありますが、Webやモバイルで決済するには事前に認証する必要があります。また、診療費用をちゃんと回収できるためには、個人を特定する必要があるため、NRICが必要。

予約の際の実際の利用手順は以下の通りです。
(事前予約) どこの病院も混み合うので、事前に予約するのが普通です。公立病院の各種手続きは、政府のSingHealthという医療系のシステムを使っており、予約はWebやモバイルで行います。以下はスマホアプリの例です。ログインを促されていますが、上側に来ているSingPassが政府の提供するSSOのサービスです。

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(SingPassへシングルサインオン) Login via SingPassを開くとQRコードが出ます。これをタップするとSingPassのアプリが開きますので、そちらでログインします。

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(情報提供の承認) SingPassへのログインに成功すると、SingPassから利用サービス(今回は、SingHealth)へ個人情報(NRICなど)が提供する旨の注意事項が出ます。これを承認するとSingHealthに個人情報が渡り、SingHealth側にログインできます。

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(予約手続き) すでにSingHealth側に認証の結果と個人情報が渡っているので、SingHealthはNRICと予約の紐付けが行えます。

また、支払いの手続きもスマホアプリでできます。

・モバイルアプリでPaymentのページがあるので、ログイン済みであれば診療済みで未支払いの請求書が表示されます。
・支払い方法を選んで支払いを行います。クレジットやデビットカードで支払う場合は、金融機関のサイトにリダイレクトされます。

非常に便利な反面、個人情報がインターネットからアクセスできる場所に置かれていることになるので、個人情報が盗まれる可能性があります。もし他人がパスワードを盗んで、なりすましをして、政府関係のWebサイトにログインしてしまうリスクはあります。
しかし、リスクと利便性を天秤にかけて、政府がSSOを提供する利便性が大きいということで、現状のようなサービスが提供されていると思われます。

なお、個人のセキュリティ対策としてMFA(多要素認証)、指紋認証(iPhoneの場合)などもサポートしており、個人情報へのアクセスがセキュアに行えるようにする対策が取られています。

Gov Tech Singaporeとは?

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Prime Minister’s Officeと言う首相直轄の案件を担当するエンジニアリング組織です。
・Prime Minister’s Officeは、日本で言う内閣府に相当する組織だと思われます。
・Gov Tech Singaporeは、日本で来年発足するディジタル庁に相当する組織だと思われます。


今まで挙げてきたサービスは、ここの組織がリリースしたものです。日本で行政のITと言うとUXがイマイチで時代遅れな技術を使っていると言う印象ですが、シンガポールのGov Techは民間企業のサービスと遜色ない水準のものを出していると思います。

特に驚くべきことは、優れたUXのサービスやアプリを、コロナのような社会が混乱した状態であっても、迅速にリリースし、継続的に改善していることです(あるいはコロナ禍だからこそ、スピード勝負だったのかもしれません)。コンタクトトレーシングの基礎的な仕組みは以前からあったと思いますが、コロナが騒がれた2-3月くらいにまずバーコードで入場記録を取り始めて、しばらくしたらQRコードで記録をとる仕組みを整備してほぼコストゼロでシンガポールの全ての店舗やオフィスに普及した。リリースの迅速さに驚きました。

おそらく政府のITと言うと、日本の人はNTTデータのようなSIerを連想すると思います。シンガポールにも、公共サービスの開発を受託する公共系SIerは存在します。これらの企業は、いわゆる、IT業界でSoR (System of Records)と呼ばれる類の淡々と事実を記録する硬めの業務システム開発を得意とし、オンプレで枯れた技術でシステムをデプロイしており、シンガポールも日本と変わらない感じなんだなと安心した記憶があります。

一方で、シンガポール政府が日本政府と大きく異なるところは、IT業界でいう SoE (System of Engagement) のような利用者が直接触り、UXに影響を与えるWebサービスやモバイルアプリの開発を内製とするエンジニアリング組織が内閣府直轄で存在することです。これが Gov Tech(正式名称は Govoverment Technology Agency)です。

組織図を見ると、Product Management and Development という組織があると分かります。行政のITサービスはGov Techから見たらProductの一種なので、要件を整理してProductを定義する人が必要なのは民間企業では当たり前ですが、日本の政府機関でProduct Developmentがある組織はないと思います。

Gov Techを知ったきっかけは?

私自身が、Gov Tech を知るきっかけとなったのが転職活動 です。データエンジニア、バックエンドエンジニア、DevOpsエンジニアといった自分の経験にマッチする仕事を探していたところ、良さそうなJob Descriptionを見つけたので、会社の事業内容を確認したところ、政府機関であることに気づき、驚いた記憶があります。

Gov Tech のリクルーティング関係の情報は、以下で見られます。ミッション、採用のポリシー、具体的な要件を記載したJob Descriptionなど、民間企業の、しかも勢いのある企業のポジションとして見ても遜色ない内容であることがお分りいただけると思います。
https://www.tech.gov.sg/careers/overview/
https://sggovterp.wd102.myworkdayjobs.com/PublicServiceCareers/0/refreshFacet/318c8bb6f553100021d223d9780d30bes

最近は、Stack 2020という開発者向けのカンファレンスも主催しています。アジェンダなど見ると日本で言うDeNAやLINEがやっている技術系カンファレンスと遜色ない内容であることが分かります。GCP、AWS、Hashicorpといったアメリカの主要クラウドベンダーのCTOやCEOクラスも登壇しています。
https://www.tech.gov.sg/media/events/stack-2020
https://www.stack.gov.sg/agenda
https://www.stack.gov.sg/speakers

前述の通り、政府がSIerに業務委託することは当然アメリカにもシンガポールにもありますが、シンガポールが日本と大きく違う点は、政府が自らの戦略やミッションを実現するために必要なエンジニアやデザイナを直接雇用する点です。

Gov Tech Singaporeが発足した背景は?

シンガポール政府のWebサイトを見る限りでは、内閣がSmart Nationと言うプロジェクトを始める際に、その構想を技術的に実現する組織として発足したようです。

日本のCivic Tech(市民エンジニアが積極的に公共性の高いサービスを開発する取り組み)で有名なSekiさんがデジタル庁に関する記事を公開していて、これがシンガポールのGov Tech Singaporeの背景を知る上で参考になります。

デジタル庁が立ち上がる今だからこそ、UK GDSの失速について語ろう|Hal Seki|note

この記事によると、政府がDXの司令塔的な組織を発足する動きの先駆けになったのが、イギリスのGovernment Digital Serviceだそうです。この組織は2011年に発足されて、Gov Tech Singaporeのように民間の人材を大規模に登用して、最新の技術を使った行政のITサービスをリリースして話題になったそうです。シンガポールはイギリスの旧植民地で、昔からイギリスとの関係は深いため、イギリス政府の動向はシンガポールにも直接的に影響を与えます。イギリス政府関係の人をアドバイザーとして呼んで色々アドバイスを受けたと思われます。

この英語圏の政府でのGov Tech発足の背景は、シリコンバレーの成功だと思います。今は、イノベーションを起こすための投資や人材の獲得競争が国際的に行われていますが、この主体は民間企業だけでなく、政府も資金面や権限などの面で大きなプレイヤーだと思います。政府が主体的にイノベーションを生み出すことで、国や都市により多くの競争力を生み出そうとしているのだと思います。

特にシンガポールは、国内経済が非常に小さく、海外からいかに投資を呼び込むかが重要なので、政府主体で先端的なプロジェクトを起こして、投資を呼び込むことがGov Tech Singaporeの目的の1つでもあると思われます。

具体的にシンガポール政府がSmart Nationプロジェクトで取り組んでいる内容はWebサイトで紹介されています。
身近なものは
Digital Government Service・・・今日紹介したサービスはほとんどこれです。
決済サービス・・・金融関係のサービスは、対応するプラットフォームが増えるほどサービス提供者に旨みがあるので、サービス企画の調整などに政府機関が入ってます。よく使うのがPayNowと言うP2P型の決済サービスですが、相手の電話番号がわかれば無料で送金できます。割り勘とかに便利です。お店や行政サービスの支払いにも使われています。
輸送サービス・・・ライドシェアリングとバスの中間みたいなサービスの試験運用をしていました。10人以上は乗れる小型のバスみたいな車で、ある程度はルートが決まっているけど、事前に予約してくれた人を拾いながら送り届けてくれるみたいなサービスです。結果的にどうなったのかわかりませんが、面白い取り組みです。
健康促進サービス・・・以前からHealth 360と言う運動量トラッカーのデータを取り込んでポイントを貯めて、スーパーやコンビニの割引券と交換できるサービスがあります。これの最新版 LumiHealth と言うのが出ましたが、Apple Watchと連動して運動するとポイントが溜まって割引券と交換できるサービスです。ゲーミフィケーションやパーソナライゼーションの要素もあります。Appleのイベントで発表されたので、かなり話題になりました。

日本政府のDXに一言

シンガポールは日本と国の成り立ちや国家戦略が全く違うので、施作をそのままでは輸入できない

シンガポールの取り組みは非常に参考になりますが、国の成り立ちが全く違うので、シンガポールの取り組みをそのまま日本に持ち込んで必ずしもうまくいくわけではないと思います。アメリカのパッケージやソリューションやベストプラクティスをいくら導入しても、日本企業ではあまりうまくいかないのと同じです。

シンガポールの国の成り立ちや国家戦略を背景として頭に入れつつ施作を理解して、あらためて日本に当てはめてどう実施するべきかゼロベースで考えるべきだと思います。あるいはエッセンスを理解して、シンガポールではやっていないけど、日本独自に日本の環境で必要な施作をゼロから作る必要もあると思います。

日本とシンガポールの状況の違いを説明すると、
・シンガポールの面積は東京都23区程度です。また、シンガポールの人口は600万人で、コロナ前の東京の日中人口が約2000万人でそうなので、人口も三分の一以下です。ロジスティクスの面で非常に小回りが効かせることができます。一方、日本は国土が広く、人口も多い国です。物理的なものや人を配備する必要がある施策を全土に展開するのは非常に難しいと思います。
・シンガポールは、開発独裁がそのまま続いているような国で、普段から国民の言論や政治活動を制限しており、政府の権限が強い国です。サーキットブレーカと呼ばれる市民の行動を制限する施作が昨年から続いていますが、政府の指示に従わない場合、悪質なものは逮捕されて罰金刑になる可能性があります。例えば、市民と外国人が大勢で無人島に集まってパーティをしていたため、警察に捕まり、罰金刑になりました。また、外国人は即ビザが無効になり、解雇されたため、国外強制退去になりました。一方、日本はコロナ禍で明らかになりましたが、政府の権限が弱く、非常事態宣言を出しても国民の行動を制限する法律すらありません。非常事態宣言しても、国民にお願いするだけで、罰則規定もありませんでした。

こういう状況の違いがあるので、シンガポールでできたことがそのまま日本でできない可能性がある点は注意が必要です。ITだけで完結する仕組みであれば、比較的簡単に同じことができると思います。例えば、NRICのように各種手続きに個人番号を紐付けるやり方は、自治体が個別バラバラに作るより政府が中央集権的に作った方が良い類のものなので、やりやすいです。

一方で、コンタクトトレーシングの例であれば、オペレーション上、人の導線を制限して店舗やビルに入る際は必ず入退場の記録を取ると言う対応が必要です。これを日本全土でやるのはかなり難しいと思います。要所だけやるとなると、記録を取らない箇所で感染が広まったらどうなるのかと言う問題があります。

また、シンガポール含め、普通の国は、戦争や大規模な感染症の発生すると、非常事態宣言を発令して、社会秩序維持のため、市民の権利を制限できるという法律がありますが、日本にはこれがないので政府ができることに限度があります。これは今回のコロナ騒動で、政府があくまで要請して市民に従ってもらうことしかできないを見ても明らかです。

本質的な構造改善と短期的な成果をバランス良く

次にどういうことを進めるべきかですが、本質的なシステムの構造改善のロードマップ作成と短期的な成果を上げるマイルストーンの達成をバランス良くやることが重要だと思います。

本質的なシステムの構造改善は、例えば、
・自治体がバラバラに作ってたけどその必然性がないものを政府で一元化・集約化して保守性を上げて、コストも削減するとか。
・マイナンバーを業務手続きに紐付け、マイナンバーでのSSOを導入することで、個人情報を何度も入力しなくて良くすることで、業務効率を上げるとか。
・マイナンバーでのSSO
こう言う対応は、長期的に高い効果が出ますが、外部の人間が成果を理解できる状態に達するまで非常に時間がかかります。外から見える成果が出るまでに時間がかかるので、コストがかかっているだけで成果が出ていないと文句を言われます。

よって、外部の信頼を得るためには、短期的な成果を上げるマイルストーンを組み合わせられると良いと思います。例えば、
・病院の予約や支払いの例であれば、公共サービスのうち何か後払いでも大きな問題のないものを見つけて、SSOとモバイル決済をリリースするとか。
・マイナンバーでの認証やSSOは本質的な構造改善の類ですが、UXにインパクトがあり、スコープを最小限にすると、短期的なマイルストーンを達成して、評価が得られるし、将来に向けて本質的にシステムの構造を改善できます。

民間から専門家を雇って要職につけて権限を委譲するべき

こう見ていくと行政ITも一部は民間のシステム開発やアジャイル開発の知見が生かせる場面がたくさんあると思います。これは世界的なトレンドで、以前からイギリス政府・アメリカ政府・シンガポール政府でも民間から技術者を多数採用してプロジェクト運営してもらってます。

この流れを受けて、先日、政府のデジタル庁が民間の人材を中心に採用して500名規模の組織にすることがニュースになっていました。
https://recruitment.digital.go.jp/

また、東京もデジタル局と呼ばれる日本政府のデジタル庁に相当する機能の部署を新設しています。

福岡もスマートシティの取り組みが活発化してますが、おそらく福岡市自体にDXを自前でやる機能がないため、活動の主体はLINE Fukuokaです。ただ、公共サービスを全て民間企業でやるべきかと言うとそうではないと思うので、あくまで主体は自治体であるべきだと思います。

ただ、この流れを続ける上で障害になりかねないのが、日本の採用の仕組みです。日本の採用の仕組みはどちらかというと特定の専門性を持たないジェネラリストタイプの人を雇用して、いろんな仕事をさせることが多いです。一方、DXやICTの分野は非常に専門性が高い分野なので、ジェネラリストがプロジェクトを運営するのは事実上無理だと思います。ジョブ型のような雇用スタイルで、すでにその分野で実績のある専門家を雇ってその人にやってもらう方がうまくいくと思う。

シンガポールと日本で採用・雇用環境で大きく違う点は、

シンガポール・・・ジョブ型

・先に必要な仕事の枠組みを考えて、採用すべきポジションを決め、ポジションに合う人を中途で採用する。ポジションには専門性が高い人がつくので、非常に高度なことができる。
・環境が変わった場合は、仕事がなくなるでの、その仕事を担うポジションもなくなり、ポジションについた人も解雇される。
・人が流動的なので、ノウハウも様々な組織に素早く展開される。

日本・・・・メンバーシップ型

・まずコミュニティに入る人を決める。コミュニティ入った人にその時々に応じて仕事を分け与えるというやり方を取る。
・コミュニティのメンバーは、簡単には解雇されない代わりに、その時々に応じて違う仕事をしないといけないため、ジェネラリスト型の人を採用する。
・プロジェクトで必要な専門家は、その都度、外部から調達する。
内部に専門家がいないため、専門性の高いプロジェクトがなかなか運営できない。これは発注する側に専門性がないと、外部の専門家もうまく活用できない。

もっとエンジニアを採用して欲しい

GovTech Singaporeと日本のディジタル庁を比較すると、日本の方はストラテジストやプロジェクトマネジャーのポジションが多く、エンジニアやデザイナ職が少ないことが分かります。
https://sggovterp.wd102.myworkdayjobs.com/PublicServiceCareers/0/refreshFacet/318c8bb6f553100021d223d9780d30be

これはおそらく組織がまだ発足していないので、まずは各種ロードマップや方針を決める段階だと思うので、実際に作る人を大量に雇用しづらい面があると思うので、しょうがないかなと思います。

ただ、社内でもCTOとも開発組織の中のエンジニアの比率を議論したことあります。CTOの意見では、サービスを継続的に生み出す速度を出すには、理想的には6-7割くらいの比率でエンジニアを確保したいと言う話でした。一方で、Gov Tech Singaporeはエンジニア比率が8割を超えていると言われています。実際にサービスを作り出す能力を優先すれば当然の結果だと思います。

今は技術の発展で新サービスを始めるコストが下がっているので、エンジニアドリブンで何か事業を始めて、市場の反応を見て手応えがあったら、資金調達をして組織を大きくしていく方が良いと言うことです。何よりアイディアを早く市場に送り出す速度が重要です。昔はコストがベラボーに高かったので資金調達のため、MBAやらコンサルを雇って事業計画を立てる必要がありました。今は考えるのも大事だけど、先に作って世に出した方が早いと思います。
https://www.ted.com/talks/joi_ito_want_to_innovate_become_a_now_ist/transcript

民間の事業と公共サービスで違いはあると思いますが、事業自体あるいはテクノロジーが常に変化にさらされて、不確実性が高い中でサービスをリリースし、市場の反応であったり、社会の環境を見て、次のニーズを学習する必要があると言う意味では同じだと思います。よって行政のIT組織でもあっても、民間企業の組織論や開発方法論は参考になると思います。

成果をオープンに

では、日本で行政のDXを進めるには、どうしたら良いか?私は国レベルは日本政府が、自治体レベルは東京都がリードして、成果を公共物として可能な限りオープンソースにして、日本全国に低コストで展開するようにすると良いと思います。国が大きいので日本政府が全て一括して中央集権的に作ることが困難な場合もあるでしょうし、自治体が自分で全てを作成するには予算や人材の面で難しいと思います。


日本だとシンガポールのような小回りをきかせた取り組みは難しいと思うので、実際に政府と自治体レベルでそれぞれDXの動きが出てきています。それぞれ役割や見ている視点が違うと思うので、お互いに連携し合って効率的に行政のデジタルサービスを作っていくのが良いでしょう。その成果をオープンソースにして日本全土に展開するモデルが良いと思います。

例えば、行政サービスとオープンソースといえば、最近話題になったのは東京都の公式コロナ対策Webサイトです。これはCode for JapanというNPOに参加している市民エンジニアがオープンソースとして開発したものを東京都が公式サービスとして承認して、運営されています。オープンソースで無償での利用が認められているので、東京都以外の自治体でも使われています。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00058/031000042/

これは行政サービスがオープンソースとして開発され、様々な自治体に展開された初めての自治体だと思います。もともと日本はボトムアップに個々の市民が改善活動をするのが得意な文化がある国なので、この特徴を生かした市民参加型のオープンな行政サービスの開発は日本の文化とも合っているのではと思います。

政府もイノベーション創出の主体に

河野規制改革相がシンガポールを訪問して、デジタル化の試作を視察するとニュースもありました。日本政府もGov Tech Singaporeの存在は認識していて、日本で政府のディジタル化の取り組みを進める際の参考にするんだと思います。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201219/k10012772401000.html

気になる点は、政府が考えるデジタル庁の目的は何かです。単に行政のデジタル化だと考えているならスコープは小さいですね。もし国家間・都市間のイノベーション競争に勝つための国家戦略の1つだと考えているなら、シンガポール政府の考えに近いと思います。国家戦略の1つであることは組織図にも現れています。Gov Tech Singaporeは首相の直轄組織になっているので、首相肝煎りの重要案件を担当しています。

個人的に政府が主体的にイノベーション創出に関わった方が良いと思うのは、
・1つは公共性が高いけど収益が出るビジネスモデルがない事業がある(健康促進サービスとか?)
・2つ目はイノベーションの本質が不確実性だと思うからです。何がうまくいくか分からない、儲かるか分からない。実現すると大きな事業になると分かっていても、収益性にリスクがあるので民間企業では踏み込めない事業領域があると思います。
民間企業が入り込めない領域に、政府が入って地ならしをして枠組みを作って、民間企業が次の産業を作れるようになると税収も入りますし、政府にとっても良い話です。

ただし、シグマプロジェクトとか、第5世代コンピュータなど、政府が大規模に資産を投じた産業政策はことごとく失敗しているので、難しい問題ですね。しかし、シンガポールも政府の産業政策も色々失敗しているので、日本だけではないので気にする必要はないです。

(例)私が知っている例だと、某イギリス系の保険会社がシンガポール政府の大型の助成金を得て、DXの組織を大々的に発足するということがありましたが、結局は、思うような成果が得られず、空中分解するということがありました。結局、その企業は東南アジアのビジネスを売却して事業撤退しました。


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以上が今回の収録にあたって事前に用意していたメモです。何か質問などありましたら、気軽にコメントをお願いします。

せっかく金融業界にいるので、次は、金融関係の動向について紹介したいと思います。


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