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【連続小説】『2025クライシスの向こう側』6話

連続小説 on note  『2025クライシスの向こう側』
第1部 愛尊と楓麗亜の七日間

第6話 覚醒する少女

『Ironic』と『太陽がしずむ街』

ワタシの世界を広げたふたつのもの。
ひとつは音楽。
ある夜、怖い夢を見て目を覚ましたワタシが
リビングに行くと、パパがCDを聴いていた。
アラニス・モリセットの
『Jagged Little Pill』というアルバム。
すぐに、「あ、声が好き」そう思った。
もの心つくとママから英語を教わっていたので、
歌詞の意味は分かった。
結構過激な言葉の表現だったみたい。
教わってない表現もあったり。
とにかくアラニスは怒ってた。
自分に、恋人に、暮らしに、世界に。
ストレートに。
キャッチーでメロディアスな曲と
いい感じにアングラで
ザラザラしててカッコいい演奏の中(あとで知るのだけど、
レッチリのフリーやデイブ・ナヴァロなども参加していた)、
彼女の独特で個性的で真っすぐな声が
フロントにいる様はクールだった。
北欧のバイキングや北米の先住民族を
感じさせるようなファルセットも耳に残る。
そして何よりも、ありそうでない。作れそうで作れない。
洗練されているようで身近な。美しくて無骨。
強くて儚い。
リアルに等身大な彼女を感じる。

今までパパから聴かせてもらったものとは何かが違う。
それまでパパから教わってきた音楽は
パパの音楽だった。
これはワタシの音楽のような気がした。
1995年に発売されたCDだったけど、
20年のタイムラグは感じなかった。
11歳のワタシに響いた。
アラニス・モリセットという女性そのものにも興味を持った。
気づくとワタシは、
アラニスの言葉ののせ方やコード進行とかを研究してた。
するとそれ以前にパパから教えてもらった、
ジャニス・ジョプリンやジミー・ヘンドリックス、
U2、ビョーク、レディオヘッドなんかも違って聴こえてきた。
アラニスをきっかけに
より深く理解することが出来るようになった。
正確には、形として捉えられるようになったのだ。
アラニスの背中を追ってみたら世界がひらけた。
本当に突然だった。
急に目の前の扉が開くみたいな感覚だった。
ちゃんとワタシの音楽になっていく。

アラニスの曲の中でも、
アルバムからシングルカットされ大ヒットした
『Ironic』がワタシのお気に入りになった。
何度も聴いた。
ワタシの部屋で。公園のベンチで。
自転車で風を感じながら。教室の窓際で。

大、中、小、の世界にある皮肉が詰まっていた。
”98歳の誕生日を迎えたおじいさんが
宝くじに当選した次の日に死んでしまった”とか。
”死刑執行の2分後に与えられた恩赦”とか。
”結婚式の日の雨”とか。
”ナイフが欲しい時にある
1万本のスプーン”って歌詞が可愛い。
”理想の男の人にやっと出会えたら、
その人の美人な奥さんにも会う羽目になった”とか。
それでもサビで、”すべてうまくいっていると思うときに
人生って面白い形でいじわるするよね。
何もかもうまくいかないと思うときに
人生って救いの手を差し伸べてくれるよね。
あなたの目の前に"って歌ってる。
不運と幸運。絶望と希望。
これはまさに
その時のワタシの中に広がる世界そのものだった。
ふたつの相反する気持ちが合わさった時ワタシは高揚する。
そういうものをワタシは作りたい。そう思った。

もうひとつは小説。
それはパパのデスクに、
開封された出版社の封筒の上に、
置かれていた一冊の本。
『太陽のしずむ街』。八雲愛尊:著。
ワタシは太陽という言葉に敏感なの。
11年に一度やってくる太陽の活発な活動期。
太陽フレアが頻発する。
その度、
朝のニュースを見てきたのか教室で
ヒソヒソと「大爆発」と言っては
クスクスとクラスメイトたちの笑い声がする。
はい。はい。磁気荒らしちゃってごめんなさいね……。
パパに対しての不満はほとんどない。
でもワタシの名前についてだけは文句がある。
なぜママがフレアにするって言ったとき
止めてくれなかったの! って言いたい。
さすがに子供らしくない少女も
ちょびっと"太陽"という言葉に敏感になる。

『太陽がしずむ街』。
パラパラとページを
捲ってみたら止まらなくなった。
その小説は、
西暦2111年の長崎を舞台にした話だった。
あらすじはこうだ。

巨大隕石落下と核戦争を経て
地球全体が放射能に侵されて50年。
ようやく地上で少しづつ生活を
送れるようになった長崎。

そこには
10代の少年少女と100歳を超えた老人だけが
暮らしていた。
なぜそんなことになったのか。

2041年、NASAが10年後に
巨大隕石が地球に落下するとの予測を発表。
隕石が大きいために
軌道を変えることも不可能だと判明する。
隕石衝突までに
各国は地下シェルターの建設を行う。
物価は高騰し買い占めが起こり
混乱する世界情勢。
そんな中、まるでタイミングを図ったかのように
アメリカとイスラエルが、共同で開発していた
不老不死の薬と呼ばれる薬品が完成する。
その薬は全ての細胞を
60年以上にわたって再生し続けるのだ。
しかしその薬を
精製するのは非常に困難で、
その数には限りがあった。

こぞってその薬を
入手しようとする先進国の人々。
その薬を奪い合うようにして
各国のパワーゲームが勃発する。
混乱に乗じて、
核兵器を入手にしたテロリストたちは、
イスラエルとアメリカに向けて核攻撃を行う。
報復、報復、報復。

すでに地下シェルターを
完成させた国の生存者は、
みな10年に渡って地下生活送ることとなった。
日本も四箇所の巨大シェルターを完成させていた。
世界中で人類の60%の命が奪われた。
2051年、予測通りに隕石が太平洋に落下。
地上はさらに放射能に汚染されることとなる。
それからさらに数十年に渡り
地下での生活を余儀なくされる人々。
やがて、地下へと地面を通じて染み出す汚染水。
不老不死の薬を射った世代の細胞は
再生し生き延びる。
新たな世代は
地球外の放射線を含んだ汚染水の影響で、
みな二十歳になる頃には
甲状腺癌で死んでしまう。
僅かに残っていた不老不死の薬も
宗教的思想からテロリストにより
排除されていた。
地球は、
"死ねない老人たち"と"生きられない若者たち"の星
なってしまったのだ。

大気の状態は常に不安定で
日本付近は止まない雨が続いていた。
化学が衰退し、悪天候の中、
地下プラントで作られた限りある食物で
寄り添うように暮らす未来の原始人
登場人物たちは長崎で暮らすそんな人々。
子供たちは17歳で結婚して子供を作る。
そして生まれた子供たちが
3歳になる頃に親たちは死んでいく。
この絶望的な社会に
子供たちを送り出すことをやめる世代の物語。
子供を作らずに自分たちの代で
終わらせようとする若者たち。
その中の一人が
二十歳を過ぎた見慣れない防護服を着た男たちを目撃する。

60年前に火星のコロニーへと
移住した一部の人々たちがいたのだ。
人工授精や移住者たちの子孫が生まれ、
人口が増加した火星。
再び地球に移住するため
地球の汚染具合を探りにきていた。
さらにその火星の人々は、
現在の地球の短命な遺伝子を排除しようと考えていた。

火星からやってきた青年は、短命の少女に恋をする。
青年は火星から持ち込んだ細胞再生薬を少女に投与する。
仲間たちを助けたいと願う少女。
だがもう薬はない。
火星からの迎えもない。

数ヶ月後、地球の大気が安定し始める。
止まなかった雨が止む。
太陽の光が射してくる。
少女と青年は
仲間たちのために土壌を改良して食物を作り始める。
仲間の余生を。
この数年間を。
かけがえのない自分たちだけの時間にしようと。
自分たちの村を作る仲間たち。
教会を作り。おいしい食事を作り。音楽を作る。
老人たちも壊れたオルガンやギターを直す。
悠久の昔から続く人間の暮らし。
当たり前の暮らしを作り上げる人々。
生きるための言葉や音楽や絵が生まれていく。

やがて少女と青年は仲間たちを見送る。
残った二人は希望の未来を生きていく。
少女は青年と寄り添い、
生まれた新しい命を抱きしめて歌う。
旅立った魂たちのために、
ただ少しづつ老いていく老人たちのために、
愛するものたちのために、
そして自ら再生してゆくこの星のために。

絶望の中の希望の物語。

子供のワタシにも
読みやすかったのもあったと思う。
汚れた地球の
短命な少女である"クミ"という名の女の子。
彼女にシンパシーを感じたのだ。
彼女になりきってメロディーを作ってみた。
彼女になりきってメロディーに詞をのせてみた。
彼女の肉体を感じて、アラニスの魂も感じて、
ワタシが作る新しい音と詞の世界。
とてもしっくりとくる。

それから4日間かけてワタシは8曲を仕上げた。
小5 の夏休み。

パパは黙って一気に全曲を聴いてくれた。
そして大きくひとつ息を吐いて、ワタシを抱き上げた。
「すごい。これを世に出そう」
ととても静かな落ち着いたトーンで言った。
そしてパパは強くワタシを抱きしめながら、
「フレア。パパと一緒に世界を目指そう! ご機嫌だぜ!」
と叫んだ。

パパは自社レーベルを大手外資系レコード会社に売却した。
そしてその会社とワタシの契約を結んだ。
もちろんプロデューサーはパパ。
最高のミュージシャンたちが集結した。
プリプロをしながらアレンジを固めていった。
日本とアメリカで発売されることなり、
日本語版と英語版のCD制作が決まった。
12歳の日本人女性アーティスト。
それ以外の情報をパパは出さなかった。
宣伝ビジュアルも
すべてCDジャケットと同じワタシの目元のアップだけ。
5年杏組の"窓際のフレア"は
謎のシンガーソングライターの"FLARE"になった。


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