【連続小説】『2025クライシスの向こう側』7話
連続小説 on note 『2025クライシスの向こう側』
第1部 愛尊と楓麗亜の七日間
第7話 充実する少女
ともだち
パーソナル情報を
ほぼ明かさないというやり方が功を奏したのか、
やはり大掛かりな大手メーカーによる
プロモーション露出の効果なのか、
デビューアルバムは予想を
大きく超えた売上をマークした。
日本はもとより、韓国、中国、アメリカ、
カナダ、オーストラリア、フランス、
イギリスから取材要請があったが、
回答はすべて活字によるものだけにした。
ムービーの露出は一切なし。
スチールによる露出も
目元や口元のクローズアップか、
全身が写るものはすべてシルエットだった。
アルバムは日本のチャートで5位、
全米で35位が最高位で、
シングルカットされた3枚のシングルは、
日本で3位、5位、2位、
全米で20位、13位、15位だった。
学校も少しずつざわついてきた。
数少ない露出したFlearのビジュアルや声から
Flearはワタシじゃないか
という噂で盛り上がっていた。
学校はさらに居心地の悪い場所になった。
パパと話して、
中2の春に目黒区にあるインタナショナルスクールに
編入することになった。
中等部最後の登校日の帰り道。
校門を出て左に曲がり、
大通りに向けて歩き出したときだった。
何か強い「意識」が迫ってくるのを感じた。
ヘッドホン越しに後ろに警戒するワタシ。
そして素早く振り返ってみた。
後を追ってきた様子のクラスメイト。
ワタシが急に振り返ったので
驚いた表情で固まっている。
おっ。前田友希。
ショートカットが似合う子だ。
確か聖歌隊に入ってた気がするな。
「ごめんねいきなり」
と言った前田友希はぺこっと頭を下げ、
それから素早く頭をあげて、
ストレートに質問を投げかけてきた。
「樹さんって、あのフレア?」
「どのフレア?」
と別に勿体ぶるわけじゃないけど
ワンクッション入れてみた。
なんとなく前田友希の反応を見てみたかった。
「歌手の……」
と彼女は遠慮がちにそう続けた。
「うん。そうだよ」
今さら隠す必要もないと思った。
明日からあの教室の窓際に
ワタシが座ることはない。
「やっぱそうだよね! あたし、聖歌隊に入ってるんだけどね。樹さん、一度小2の時に先生にスカウトされて、聖歌隊の練習に来たでしょ? その時に樹さんの声聞いて素敵な声だなって思ってたんだ。で、フレアの歌聴いたときにね、あ、これ絶対樹さんの声じゃん! って思ったの!」
「ああ。覚えてるよ。聖歌隊に前田さんがいたこと」
「えっ? 本当に? 嬉しい!」
この子はいい子だ。そこになんの悪意もない。
「いつもね、話しかけよう話しかけようと思うんだけど、樹さんの『話しかけてこないで』オーラすごいじゃん? だから話しかけれなかった」
「そうか。ワタシ渋谷の駅なんだけど。前田さんは?」
「あたしも!」
「じゃあ歩きながら話そう」
ワタシたちは並んで歩いた。
前田友希とワタシはこれからも会うんだと予感した。
ワタシはなんでこれまで教室であんなに構えていたんだろう。
なんだかバカらしくなった。
小、中で今まで8年間頑ななソロ活。
2分で壁崩壊。
不思議だな。
あんなに教室は居心地悪かったのに。
こうしてクラスメイトと並んで歩いてみても全く嫌じゃない。
多少の気まずさはあるけど。
なんて思ってもみたけど、
今は彼女一人だけだからなんだと思う。
やはり集団のなかは苦手だ。
と思い直す。
彼女は、青山通り、宮益坂とずっと喋っていた。
街のざわめきと彼女の声が重なるのはバランスが良くて心地いい。
彼女の声が好きだと思った。
「ねえ、フレアちゃんって呼んでいい?」
彼女が断ることなんて出来ないキラキラした笑顔で聞く。
「どうぞ……」
「やったぁ〜フレアちゃんも友希って呼んで」
「うん」
「ねえ、フレアちゃんってどういう音楽聴くの?」
ちょっとだけ面倒臭くてワタシは濁した。
「うん。色々聴くよ。友希は?」
「え〜なんか、プロの歌手に恥ずかしいな……」
「なんで? なにが恥ずかしいの?」
いやいやとかなんとか言いながら、
友希はゴソゴソと鞄をあさって、
イヤホンと携帯を取り出し、
ワタシの耳にイヤホンを差し込み音楽を流した。
予感。
鳥肌が立った。
短いイントロが流れ出す。
一瞬にして渋谷のすべてがスローモーションになった。
汚れた街に、
光の粒が舞っている。
この星は
なにかに守られているのかもしれないと感じてくる。
天へと昇るたくさんの魂も感じる。
深い悲しみや、刹那なふれあい、街に溢れる様々な波動。
「意識」が作り出すこの世界。
「哀しみ」の、「慈しみ」の、「時間」の、
旅立った「魂」の、
「愛」の、「破壊」の、「失意」の、「生」の、
すべての「意識」の息づかい。
そんなことをこの歌はワタシに感じさせてくれる。
気づくとワタシは
ガードレールに腰を下ろして歌に聴き入っていた。
曲が終わりワタシはイヤホンを外して、
傍で心配そうにワタシの顔を覗き込む友希の掌に戻して言った。
「ありがとう。素敵な曲だった」
「ホント!? 良かった!」
と友希は喜んでハグしてきた。
ワタシに生まれて初めて友だちが出来た瞬間だった。
少しだけむず痒い温かな気持ちの中でワタシは思った。
ワタシはいつもみんなから与えてもらってばかりだと。
今は歌を作ることでしかそれを返せない。
とつくづく思ったのだ。
2枚目のアルバムはロスで録音した。
夏休み一杯かけてのレコーディングだった。
パパと会社の大江さんとレコード会社のA&Rの栗田さんと
スチールカメラマンの三宅さんとの5人旅。
大江さんが飲み物やらなんやらを
すぐブースに持ってきてくれたり、
身の回りの世話をしてくれる。
大江さんはいつも突然大きな声で笑う人で、
ちょっとびっくりするけど、
子供の頃から知ってるから気を許せる。
アメリカは日本と全然電圧が違うこともあり
低音がしっかりと出る。
グルーヴ感が増していく。
豪華なミュージシャンが参加してくれた。
演奏も大胆でいて繊細だけど、ミキシングも同じで、
低音がしっかりと効いているのに、
高音や細かな音にもはっきりと輪郭がある。
ワタシは多くのことをこのレコーディングで吸収した。
テンションコードやスラング。
それから大切な音の隙間。
歌や曲や詞の表現の高みを目指す。
螺旋のスパイラル。
パパの温もりとパパが教えてくれた音楽。
ママが抱える脆さもワタシにとっては大切なもの。
アラニスが、八雲愛尊が、友希が寄り添ってくれて、
それからたくさんのミュージシャンと一緒に作る経験が、
ワタシの音楽を育ててくれる。
このアルバムに向けての曲作りで大きく変わったこと。
それは、これまでデモはパパにしか聴かせてなかったけど、
友希にも聴かせて、彼女の意見も聞いた。
音楽的なことはパパに、
ティーンガールに響くかどうかは友希に確認した。
日米スペインのクォーターであるということを
新たに世間に発表した。
ニューアルバムは
ユーロチャートで10位に全米で3位に日本ではシングル、
アルバムともに6週に渡って1位を獲得した。
多くの人がワタシの音楽を聞いてくれることは嬉しかったけど、
その売上枚数やら何位やらっていうのを聞かされるのは
あまり好きじゃなかった。
嬉しくないわけじゃないのだけど怖くなるのだ。
数字で言われると怖くなる。
ワタシはそんな大した人間じゃない。
パパを喜ばせたいだけのまだ15歳の子供だ。
成長はしたい。
でも今起きている変化は
ワタシが望むこととは少し違う気がしていた。
作っているときは無心で曲を高めていくことしか考えていない。
出来上がると聴いて欲しいけど、聴いて欲しくない。
注目を浴びると怖くなる。
そんななんとも説明のしようのない不思議な感覚に陥るのだ。
だからプロモーション活動をしなくていいことは、
ワタシにとっては本当に救いだった。
ああ、またパパに守られている。
やっぱりワタシはまだ子供だ。
17歳になった。
2枚目のアルバム以降は映画、ドラマ、CMのタイアップ曲として、
4曲がシングルリリースされただけで、
アルバムは制作していなかった。
インターナショナルスクールにいる子たちは変に群れこともなく、
かといって私を特別扱いすることもなく、受け入れてくれていた。
そんな中でコロナパンデミックが起こる。
授業はリモートになった。
夜の街から人が消えた。
世の中に重たい空気が蔓延した。
それはワタシの心も侵食したし、気が滅入ることもあった。
多くの人の大切なその時にしか味わえない刹那が奪われた。
その想いを詞に込めた。
一人で涙した。
でも発想の転換。毎日が夏休みと思えばいい。
友希はしょっちゅう家に泊まりに来た。
本もたくさん読めたし、音楽もたくさん聴けたし、
映画もたくさん観れた。
詞のストックが増えた。
あ、そうそうパパにも恋人が出来た。
ママよりも4つ若い女性。
元モデルでバツイチで、
今はオシャレなベビーカーの会社の社長さん。
みさとさん。
綺麗な人だし品もある。
素敵な女性だけど、
うまく言えないんだけど、なんか話が合わない。
ママのことがどうのとかは全くないし。
ヤキモチとかでも全くない。
それとふと気づいたんだけど、
ワタシ、パパについての予感を感じとれない。
パパの気持ちや気分は感じ取れるけど、
それは周りに感じるワタシの例の予感とは違う。
通じ合っているから感じ取れるものなの。
霊的な予感はパパに感じない。
映像は見えないし。
パパに恋人が出来たりしても、
パパから聞くまで分からなし、
パパに起きそうな映像とかも見えない。
みさとさんのことは全く嫌いじゃないし、
なんなら好きなんだけど、話が合わないの。
ただそれだけ。
パパと一緒にいるところを見てるだけなら全く問題なし。
ただ3人で食事するのが苦手なの。
だから友希に来てもらって救われてる。
そうそう。
この友希。
友希も仲良くなっていけばいくほど、
彼女についての予感も感じとれなくなっていった。
パパと同じように友希の気持ちや気分は感じとれる。
でも、そんなにまだ仲良くないうちは
LINEが来るのも予感がしたけど、
今は家のベルが鳴っても
友希が訪ねてきたかどうかも分からない。
友希はワタシにとって初めての同世代の近しい人。
だから友希と話すと色々と学ぶことが多い。
ワタシはパパに対して反抗期というものがなかった。
ママには反抗する前にアメリカ行かれちゃったし。
さすがに小さい頃のようには
パパとベタベタしなくなったけど。
それが普通だと友希は言う。
友希なんてお父さんと喋るのも嫌だって言ってたし。
周りはもっとひどく父親を嫌う子もいっぱいいるという。
別にワタシが特別なんじゃなくて、
ワタシにとってのパパが特別なのだ。
音楽を作るときは、
今でもまったく変わらず二人で作ってるっていう感覚。
デモを聴いて、パパは聴き逃さない。
ワタシがありがちで
キャッチーすぎる展開をしそうになったりすると。
ちゃんと指摘してくれる。
今でもまだワタシを刺激するヒントをたくさんくれる。
パパの感性は無限なんじゃないかってたまに感心する。
そしてパパの口癖は、
「ファンに媚びるな」だ。
ファンに感謝し、大切にすることはいいことだけど、
絶対に媚びるなと言う。
「ファンが喜ぶものを作ると自分を見失う。フレアが作りたいものを作るんだ」
いつもそう言っていた。
だからワタシもそれを肝に銘じている。
来年で高校も終わるし、
10代最後のアルバムを作ろうとパパが提案してくれた。
2020年の4月。
ワタシは3rdアルバムの曲作りを開始した。
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