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【連続小説】『2025クライシスの向こう側』3話

連続小説 on note 『2025クライシスの向こう側』
第1部 愛尊と楓麗亜の七日間』

第3話 さあ、旅立ちだ。とリチャードは言って微笑んだ -その2-


1 「今を生きろ。信じるな、疑え」とリチャードは言った

「なぜ僕を選んだんですか? 他にも自ら命を絶とうしている人や殺人を犯している人はいるのでは?」
よりによってリチャードが僕なんかを
選んだ理由がさっぱり分からない。
「その通りです。君なんかよりももっと過酷な境遇の元、無責任な悪意で苦しめられ辛い思いをしながらも、周りの人たちに申し訳ないと思いながらこの世を去っていく人も世界中にはたくさんいます。酷たらしい悪人の命を復讐心で奪ってしまう人もいる。愛する人たちを守るためにその迫り来る敵の命をやむを得ず葬ってしまった人もいます。そういった人々の数は決して少なくはない。そういう意味では、なぜ私が君を選んだのでしょうか?」
僕は黙ってリチャードの答えを待った。
「その答えは私が誰かを救うためにここへきたのではないからです。いいですか、はっきり言います。私は君を助けにきたのではありません」
リチャードの話を聞いて謎が深まるばかりの僕は、
「じゃあなおさら、なぜ僕のところへ?」
と真っ直ぐな質問をリチャードに投げかけた。
「地球の未来を救うためです。まあ、結果的にそれは人類の未来にとっても救いとなることなのですが……もっとも人類は、そのチャンスをふいにしてしまうかもしれませんがね。この人類っていうのはややこしい。知能は低いが、それでも今まで様々な工夫をしてきた。そして地球よりもっと進化した星から来た生命体などにも助けられて、幾度かのピンチを生き延びてきた。その一方で目先の欲に囚われて滅亡の危険を招いてしまいそうなことも何度かあった。そういうなんともややこしい生き物だが、私はこの人類という生き物の不思議さに、なんとも惹かれてしまうのです」
結局好きなんだ。リチャードは人類が。と僕は思った。
「好きというほどでもないが、嫌いでもないというバイブスです」
ツンデレかっ!? と静かにツッコんでみる。
そしてリチャードとの会話に
あまり違和感を感じなくなってきている自分に驚く。
バイブスとか使うこの謎の「意識」との会話に。
それどころか、こんな奇想天外な流れに徐々に順応してる僕。
人間の順応性の高さに感動すら覚えてきた。
やっぱり僕は呑気なのだ。
「確かに君の「意識」は筋がいい。だいぶスムーズに私と波動で会話ができるようになってきている。しかしそんなことぐらいで呑気にリラックスしてる場合ではありません。いいですか、君が地球を救わなくてはならないのですよ」
「いやいや、なおさら、なぜ僕なんです?」
やっぱりこう質問を繰り返すことしか僕にはできなかった。
だって普通こう思うでしょうが?
突然謎の「意識」が現れて、「君が地球を救うのです」って。
「”ソレ”のため息からはじまったこの世界は、その後は基本的にはオートドライブ。自動運転です。しかし”ソレ”は何度か君たち人類にも、他の星の人々にも”ある危険”が迫ったときに救いの手を向けてきました。その"ある危険"とは、各々の星が寿命を迎えていないのにも関わらず、その星の住人たちによってその星のさだめが変えられそうになった時です。全ては星々が最後まで循環し続けるために。そのことが最も大切な『"ソレ"の摂理』です」
答えになってないですよ! リチャードさん!
宇宙のダイナミズムの話じゃない!
そんな大きな話じゃない! なぜ僕なんですか!?
というごくごくシンプルで小さな質問に答えて欲しいだけなんですよ!
「アイソンくん。君は本当に呑気にしてる場合ではありません。君にはもうあまり時間がないのです」
ど、どういう意味?
「だからねアイソンくん。落ち着いて聞いてください。先ほど私は君が自ら命を絶つことをとめました。しかし、元々君の寿命はあと八日間しかありません」
とリチャードは言った。
どんな難解な物理方程式や哲学書よりも難しい言葉に聞こえた。
僕の寿命はあと八日間……難解だ。
"はいそうですか。わかりましたあと八日間なんですね"と
頭の中で反復することは出来ても、
僕の中の「意識」が受け止めきれていない。
頭と「意識」は別だということは今理解した。
いやいやそんなことは今はどうでもいい。
もうわけが分からない。
「君じゃなくてはダメなんです。残された時間の中で君が地球を救うのです」
とリチャードは”せかいじゅの葉”を
差し出すような殺し文句を放ったつもりかもしれないが、
僕のHPはまったく回復してない。
そう思うと同時に
元々本気で死ぬつもりなんてなかったんのだということを
思い知らされる。
なんだか情けない。

僕はなんのためにこの世界に生まれてきたのだろう。

ん? なんだか、胃のあたりを誰かに鷲掴まれ、絞りあげられているようだ。
それはやがて胸のあたりで何かに締めつけられるように苦しくなる。
次に鼻がツーンとしてきて……僕は赤ん坊のように号泣した。
そして心の中で、"僕"は"僕"という自分に向かって
「「泣く」という行為を段階ごとに分解なんかしてる場合じゃないだろう!  今はもっとすべきことがあるんじゃないのか!? 僕にはもう時間がないんだ!」
と叫んでいたんだ。
「そうそれです。それが今を生きるということです。”過去”でも”未来”でもない。”今”。"かつて"書いたデビュー作を超える作品を"いつか"書くんじゃなくて。”今”をこのたった”今”を生きるんです」
リチャードが「今を生きろ」と言う。
「これが最後の啓示なのだ! いいか今を生きろ!」
今までで一番強いリチャードの波動を感じる。
最後の啓示……。
「君はこれまでに何度か啓示を受け取り気づき、ここに向かってきたのです」
残り八日という今を生き始めた僕に、まったく身に覚えのないことをリチャードが語り始める。
「それは後で思い出させてあげます。先にアイソンくんにやって欲しいことを話します。引きこもってしまったある人を助け出して欲しいのです。そしてその人の力を解放して欲しいのです」
情報量が多すぎて消化しきれない。
しかもまったく僕には向かないミッションだ。
「……僕にはできません。コミュニケーション能力はきわめて低めの方だし。霊感の類もまったくダメです」
「君が動いてくれないとこの計画は始まらない。なので出血大サービス。この世界の大事なことを教えてあげます。大事なことはふたつあります。ひとつは既に言いましたが周波数です。これがすべての始まりです。"ソレ"のため息も、私とアイソンくんのやりとりも、「意識」が周波数を作り出し、音や言葉や思考や感覚、そして物を作ります。そしてもうひとつ。これが最も大事なことです。いいですか。私が言うことをすべて信じてはいけません」
「えっ!? わかりました! って言って真面目にとってたノートを破り捨てて、それで次は? ってなるわけないだろ!」
と思わず僕は涙を流しながら、強めのツッコミを入れた。
「もちろん私は嘘は言ってません。すべて本当のことです。それでもすべてのことに疑いを持つのです。信じ込んではいけない」
ああ、やれやれ。僕はなんだかもうどうでも良くなってきた。
「で、どうすればいいのさ?」
まったく理解できないでいる僕を、
楽しんでいるように見えるともない無表情でリチャードは続ける。
「いいですか。「意識」は無限に作り出す。その中でもこの「信じる」は限界を作り出す。「信じる」いい言葉に聞こえます。でもこの「信じる」は”思い込み”という危険なものを伴います。「信じる」にはここからここまでという限界があります。思い込みです。その先があるのです。私が言ったことの先があるかもしれない。君が見たり知っていることがすべてではない。その先があるんだと思うことです。私が話した新たなことを足したところで、この世界のことも、君自身の能力も、君が知っているものはせいぜい0.000000000000000000000000000000000000000000000000000001%だ。つまりほとんど何も知らないに等しいわけです。だから自分の知識だけを信じるな。私が話したことだけを信じるな。疑え。それが常識という名の限界を打ち破るのです」
「ふーん」。なんだかやり場のない虚しさでいっぱいになってきた。
気づくと僕は屋上の低いフェンスを乗り越えて
屋上へと戻っていた。
「アイソンくん、もうすぐ警備員の見回りがある。私は君以外には見えないが、君は一人屋上で缶ビールをしこたま飲んでいる不法侵入者になる。続きは君の家で話そう」
うちで?
きっとリチャードは僕の池尻大橋のアパートの
場所も知っているのだろう。
「もちろん。名前負けしているリッチハイムという名のアパート。物件選ぶときに恥ずかしくなかったんですか? この名前?」
「ほっといてくれ」
「アイソンくん、たくさんの事を一気に知らされて疲れたでしょう。少しクールダウンするといい」
「言われなくてもそうしたい。ぼうっとしたいです」
「私は別次元で用事を済ませてから君のうちに向かうから。歩いて帰って頭を冷やすといい」
まるで、友だちだ。「おれチャリだからゆっくり向かうわ」
みたいなノリで言ってんじゃないわ! 時間がないんじゃないのかよ!
「大丈夫。人類の聖書によると神は七日間で世界を創造した。とある。アイソン君は八日間で地球を救う。出来ますよ。日テレは24時間で地球を救うんだから」
はいはい。じゃああとでね。

夜明けがもうすぐそこまで来ている。
リチャードと別れて僕は独り歩き始めた。

時折タクシーのタイヤの音が響く、
夜明け前のオフィス街を西に歩いた。
大きな公園抜ける。
早起きの犬と散歩する人と明日のために走る人がいる。

渋谷駅周辺に溢れる通勤通学の人の流れに逆らって、
ようやく眠りについたばかりの神泉を抜けてアパートへと向かった。

2 今日までそして明日から

超現実的な火曜日の朝の風景は、
闇夜で先ほどまで起こっていた超非現実的な出来事を
夢か幻にしか感じさせない。
東の空が焼けてくるまでは、
リチャードの存在や彼が語る『"ソレ"の摂理』も
非現実的出来事であるにもかかわらずリアルな体感を残していたが、
空の明るさが増してきて、車や人が増えてくると
なんだか4Dの映画でも観たくらいの体験だったような気もしてくる。
池尻大橋駅の近くの246沿いにあるマクドナルドで
朝マックを買ったり、学生たちの波にのまれて歩くと
「リチャードなんているわけない!」
と確信を持って思うようになってきた。
試しにスマホで、リチャード・キャリントンとググってみる。
! いた! この顔だった。
いやっ待てよ……似てるけど、ちょっと違うかもしれないぞ。
というか似てる似てないじゃあなくて、
誰かには会ったか会ってないかってことでしょうが!
なんて自分で自分にツッコんでいるとアパートに到着した。

リチャードなんて部屋にいない、いる、いない、いる、いない……
というつぶやきに合わせて一歩づつ歩を進めながら
エレベーターに乗り込み3階で降りる。
そしてまた、
リチャードなんて部屋にいない、いる、いない、いる、いない……
とつぶやきながら3階の廊下を歩いて行く。
僕の部屋の前に辿り着く。
……いる、いない、いる。
……マジか……。
靴のつま先がドアに当たるぐらいまで
擦るように足を出して、
いない。
と言ってみる。
ドキドキしながら
どこかでリチャードがいないことを祈る。
鍵を開け、そおっとドアを開ける。
リチャードがあぐらをかいて座っている。
こっちを真っ直ぐに見ている。
その背中から朝の光が差し込んでいる。
シュールだ。シュールすぎる。
朝日を浴びるリチャードのシルエット。
「おかえり」とリチャード。
「ただいま」と僕。
シュールだ。シュールすぎる。

僕はコーヒーを淹れた。
リチャードは飲まないので、
自分の分だけ淹れてリチャードと差し向かいに座る。
シュールだ。シュールすぎる。
まるで『ウルトラセブン』のメトロン星人の回だ。
「少しは落ち着きましたか?」
メトロン星人ではなくリチャードが訊いてくる。
「ええ……まあ落ちついたと言おうか、疲れ果てたと言おうか……」
とコーヒーを一口啜ってみるが、
カフェインの効果虚しく、強烈な睡魔が襲ってくる。
気が遠くなる。
ああ心地いい。
ヨギボーの中にすうっと埋まり込んでいくように眠りに落ちていく。

ハッと目を覚ます。熟睡していた。
慌てて時計を見ると昼過ぎだ。
スマホの日付は2025年2月11日。
ずいぶんと長い時間寝てしまったのではないかと思ったが4時間半か。
平机の向こうには4時間半前と全く同じ姿勢のリチャードがいる。
「おはよう。アイソンくん。早速ですが、"flare"はご存知ですか?」
といきなりリチャードが訊く。
「フレア? 太陽フレア……? 歌手のフレア? とか?」
「そう。その歌手のフレア」
「ええまあ。さすがに。日本人初のビルボード全米No.1に輝いたディーバですから。一応僕だってアルバム3枚とも聴いたことありますよ 」
「彼女の事務所でスタッフ募集してます。今すぐ応募してください」
「ええ!? なにいってるんですか!? 嫌ですよ! 僕、社会人経験なしだし、バイトも直ぐクビになるし採用されっこないし……」
リチャードは黙って真っ直ぐに僕を見ている。
「それ、地球を救うことに関係あるっていう流れですよね……」
「もちろん。君の残り八日間、他に費やす暇があると思います?」
「ないと思います」
リチャードはスマホを指さして言った。
「アブソリュートスペース スタッフ募集。検索してください」
はいはい。かしこまりましたよ。リチャード閣下。
「それ嫌な呼び方ですね。実に軍隊ぽくて不快です」
へいへい。どうも納得いきませんが抵抗したところでどうなるでもなし。
と『absolute space』のお洒落なホームページが出てきた。
さすが世界的な歌姫の個人事務所。
ああ、確かにスタッフ募集してる……ん?
「屋上でリチャードさん言いましたよね? 引きこもってる人を助け出して欲しいって。引きこもってる人ってフレア?」
「いかにも。彼女は2年間活動してません。一昨年、ずっと二人三脚で音楽制作をしてきたプロデューサーである父親を亡くしてから、一切曲を作ってません。マンションから出ることもなく引きこもり状態です」
「はあ。会ったこともない僕が、2年も引きこもってる世界の歌姫を助け出す。それとなんか力を解放するとかなんとか言ってましたよね? でもって残りは七日と半日だと……あと八日で僕死んじゃうんですよね? 完全にミスキャストでしょ? こんなの! ありえないありえない」
この人どうかしてるわ。人じゃないか。狂った「意識」。
クレイジーセンス。なんでもいいよ。気が重いわ〜。
「「意識」が不安定だ。しっかりしてくださいアイソンくん」
「いやいや。ご自分でおやりになったらいかがですか? リチャードさん」
と僕のスマホにメールが着信する。
リチャードがスマホを見ている。
嘘でしょ!? 
メールの差出人はアブソリュートスペースの採用担当。
"この度は数ある求人情報の中から、
当社のスタッフ募集にご応募下さりありがとうございます。
書類を拝見いたしましてぜひリモート面接にお進み頂きたく
ご連絡致しました。
第一希望から第三希望まで面接日をご入力頂きまして、
返信して頂けると幸いです。”
「ちょちょちょっとリチャードさん! いつの間に応募してるんですか!?」
と言ってるそばから、面接希望日が入力されていく。
第1希望  2/11 13:30〜
第2希望 2/11 14:00〜
第3希望 2/11 15:00〜
ってさすがに僕は吹き出してしまう。
「全部今日? これヤバイでしょさすがに。こんな人いませんよ。当日指定する人なんて」
ビビッ。
返信。
アブソリュートスペースより。
"早速の返信ありがとうございます。
では2/11 15:00〜お願い致します。
お時間になりましたら下記URLにアクセスして下さい"
なるほどね。よくわからないけど本当に僕必要ありますか?
「ささ、アイソンくん、シャワーでも浴びて、着替えて。大好きなペヤングでも食べて、面接に備えましょう」
抵抗する気力もなく僕は言われるままにシャワーを浴びた。

シャワーの湯が頭や顔に打ちつける。
身体のありとあらゆる場所に。
そのすべてがもはや自分のものかどうかも分からない。
ここが自分の家なのか。
池尻なのか。東京なのか。
日本なのか。地球なのか。
太陽系なのか。天の川銀河なのか。
その外側なのか。
ズームアウト。
どんどんどんズームアウト。
宇宙がどこまでも広がっていく。
いったいここはどこなのか、
僕は誰なのか、
もう僕には分からない。
でも渦を巻いて排水口へと流れていくシャボンが見える。
ボタニカルシャンプーの匂いがする。
名前は分からないけど、
いつも使っているボディソープの匂いがする。

僕はバスタオルを腰に巻いてバスルームを出る。
机の上に服が畳んで置いてある。
しっかりとした白いTシャツ。Vネックのセーター。
洗いざらしのデニム。
赤いパンツに白い靴下。
リチャードの仕業だろう。
彼は窓際に立ち、
昼過ぎの日差しを浴びてこちらを真っ直ぐ見ている。
どうしようもなく笑いが込み上げてくる。
だってこれ可笑しいよね? 楽しいよね? ヤバいヤバすぎる!
僕は声をあげて笑った。そして笑いながらこう叫んだ。
「なんだか楽しくなってきた!」
「そう。それ。それです。楽しんで今を生きる。人生にそれ以上最高の瞬間はありません」
ああ確かにそうかもしれない。僕は心からそう思った。

リチャードの用意した服を着て、僕はペヤングを作って食べた。
今まで食べたペヤングの中で一番美味しかった。
僕は流しで、
ペヤングの器についたソースと"かやく"と小さく残った麺を
きれいに洗い流した。
そしてそのプラスチックの器をゴミ箱に捨てた。
時計の針は14時半をさしていた。
ノートパソコンを挟んでリチャードと差し向かいに座る。
「僕は面接をパスする」
「そうです。アイソンくんは採用されます」
僕は何も言わずリチャードを真っ直ぐに見つめて頷いた。

リモート面接が始まった。
社長の大江さんという人だった。
開口一番大江さんが言った。
「うわっ本当に八雲愛尊さんだったんですね。どうしてまた就職なんて?」
「いやっその……」
思わず僕はパソコンの向こう側のリチャードに目をやる。
「いやいや。失礼だったかな。最初に言っときますが、うちは大歓迎ですから。何せフレア本人は、あなたの処女作『太陽のしずむ街』の大ファンだったんですよ。彼女のデビュー曲はあなたの小説にインスパイアされて作られたんですから! 知ってたわけじゃないでしょ? だって公表してないから。はははは」
興奮して一方的に話を続ける大江さんに圧倒されながら、
僕も「意識」がざわついていた。
ざわつく。いや。ちょっと違う。
ああ。高揚している。
そう僕は人生の残り時間が
あと八日を切ったというこのタイミングで高揚しているんだ。
それももの凄いレベルで昂っている。
今、僕は生まれて初めて幸せを感じているのかもしれない。
きっと僕は、
この明日から始まる最後の七日間のために生まれたきたんだ。
「八雲さんには悪いんだけど、あなたの出版担当だった人にメールアドレス確認しちゃってね。そうしたらこのアドレスだったんで、本人に伝えちゃったんですよ。そしたら一年間ろくに口もきいてくれなかった彼女があなたに会いたいって言ったんですよ! これすごいことですよ!」
大江さんには応募の理由をこう答えた。
僕も彼女のファンだと。
僕も今、本が書けなくなっていて刺激が欲しいのだと。
少しクレイジーな理由だ。
いつもの僕には考えられない。
こんな常識はずれなことが出来る人間じゃない。
でもこれは嘘じゃないと「意識」が言っているのだ。
この場を繕うための作り話なんかじゃないと。
とにかくそう言っているんだ。
それ以上説明のしようがない。
こうして面接はあっという間に終わった。
明日の午後早くに事務所で彼女と会うことになった。

僕はノートパソコンをパタンと閉じた。
そしてリチャードを真っ直ぐ見て言った。
「そして明日、僕はフレアと出会う」
「そうです。そしてあなたは彼女を助け出す。彼女は再び曲を作り出す。フレアはあなたの隣で六日間かけて新しいアルバムを作り上げる」
「涙が出そうな話です。今僕は鳥肌が立っている」
「そして七日目にフリーライブを開催してアルバムを発表する。そこに地球を救うための仲間が集まってくる」
「なんだか大変そうだ。そんなレベルじゃないか。今までの僕だったらとてもじゃない。諦めてる。出来るわけないって」
涙が溢れてきた。
「だって曲も一曲も出来ていなければ、ライブの場所も決まってない。当然誰にも告知もしてない。大江さんだって知らない」
僕はリチャードに微笑みかける。
熱い涙は次から次に溢れ出して止まらない。
「さあ、明日は最後の冒険への旅立ちです。今夜は最後の晩餐です。とことん語り合いましょう」
とリチャードが笑顔に見えるともない無表情で僕に言った。
僕は涙を流しながら笑った。
そして思った。
今日が永遠に続けばいいのにと。
リチャードが傍にいてくれる。
それから明日には希望がある。
でも、リチャード。
あなたの言うように、僕は明日、最後の冒険に向かうよ。



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