見出し画像

【1時間で分かる】最先端ビジネス法務

このnoteでは、中小・零細企業の経営者や経営企画・総務・法務担当者の皆さまに向けて、企業経営の視点から見た『最先端ビジネス法務』について、分かりやすい教科書のようにまとめようと思います。ざっと流しながら読めば1時間もかからず読むことができると思います。しかし、1時間程度掛けてじっくり理解していただければ、専門書を何冊も読んでも得られない実践力が付くことをお約束いたします。

まず、簡単な自己紹介ですが、私たちは、10年強にわたる大手保険会社でのサラリーマン生活を経て、2019年に金融&法曹系のスタートアップ企業となる新規ビジネスの立ち上げに参画した者、企業法務を中心に取り扱いながら数々の事業を立ち上げてきた弁護士、メガバンクでデジタルトランスフォーメーションに携わる者、大手広告代理店でアプリケーションの開発を行うエンジニアなど、ユニークかつ新進気鋭のメンバーで構成され、世に新しいサービスを産み出そうと日々活動しています。

このような素晴らしいメンバーに囲まれてビジネスをスタートさせられるという喜びの中、立ち上げ当初は一点の曇りない明るい未来しか描けなかったのですが、実際に待ち受けていた現実はそう甘いものではありませんでした。自ら会社の運営に携わる中で、脇の甘さを痛感したことは数知れず。また、無知であることにより大きなロスを被ったことも多くありました。これらの失敗や挫折の多くは法務に紐づくことが多く、会社の経営における法務の重要性を強く感じました。

本noteは、そのような、会社経営における法務の重要性をなんとなく認識しつつも目をそむけていた自分たちを思い描いて書いています。10年で9割の企業が倒産するとまで言われている今、企業の経営において、本質的ではない予期せぬトラブルにより、素晴らしい技術やサービスがマーケットから退場してしまう悲しい現実を少しでも緩和するだけでなく、収益性アップ…ひいては日本発の革新的なビジネス創出のためには、体系的なビジネス法務の実践が最短経路だと信じています。

技術が指数関数的に変化していくのに合わせて、ビジネスのルールが瞬く間に変化して行くこの時代において、単純に良い製品を生み出すだけで勝ち切るのは困難です。積載量規制というルールにいち早く技術で対応したヤマト運輸に対して、毎年少なくない額の反則金を支払い続けコストとして計上していると言われている佐川急便が、ヤマト運輸の後塵を拝していることは偶然ではありません(もちろん原因はこれだけではありませんが)。ルールを理解し味方に付けることで、自らにとって有利なポジションを取ることが勝敗を決します。

このnoteを読めば、世界最高峰の企業も実践する最先端ビジネス法務を、フレームワークに沿って体系的に理解することができます。できる限り、ポイントを絞り、わかりやすく書くように心がけましたが、詳細かつ多岐にわたるため、まずは、1. 「ビジネス」と「法務」の関係」まで読み進めていただき、以下の目次から興味関心に沿ってかいつまんで読んでいただいてもまったく構いません。

それでは、よろしくお願いします!

1. 「ビジネス」と「法務」の関係

(1) ビジネス ≒ 「契約の集合体」=「法規制というルール上のゲーム」

私たちビジネスパーソンは、毎日当然のようにモノやサービスを購入し、(自分自身で原材料をゼロから生産する場合もあります)購入したモノやサービスを企画・生産し、お客さまを集め、モノやサービスとしてお客さまに販売しています。メーカーであれば部品等の原材料を購入し、組立てた上でお客さまや卸業者に販売しているでしょうし、広告代理店であれば、広告枠を買ってきて、コンサルティング等の付加価値を付けてクライアントに販売しているはずです。また、多くの場合、従業員を雇いますし、オフィスの賃料も払わなければなりません。

このような、ビジネスにおける一つ一つのアクションは、ときとして、当局からの制約を受けたり、他者との争いの種になったりします。ここで考えていただきたいことは、私たちのビジネスにおける行動は、いかなるルールのもとで許容され、また、争いになったときは、いかなるルールに基づいて解決されるのか?ということです。

例として、サッカーで考えてみましょう。試合は11対11人で実施され、90分の試合時間の中でゴールマウスにボールを多くの回数入れたチームが勝ちます。ゴールキーパー以外は手を使ってはならず、ルールに反しているかどうかはフィールドにいる3人(以上のこともある)の審判が判断し、プレーヤーに遵守させ、ときとしてペナルティを与えます。このようなルールは、IFABと言ったルール決定機関が、必要に応じて少しずつ変えていきます。

話をビジネスに戻しましょう。ビジネスにおける行動は、いかなるルールで制約を受け、当事者間の争いはどんなルールに基づいて解決されるのか、答えは、「法規制」です。全てのビジネス上のアクションは、法規制にのっとって行われ、違反する行為は行政当局により、是正されます。また、争いになったときには、裁判所によって、法律に基づいて判断(判決)が下され、場合によっては、意に反する行為を強制させられたりします。

最初の例でいいますと、原材料の購入や商品の販売は売買契約(民法第555条)に当たりますし、従業員を雇用する際は雇用契約(民法623条、労働契約法等)を結びます。また、オフィスを借りるときには賃貸借契約(民法601条等)を結ぶでしょうし、お金を借りるときには金銭消費貸借契約(民法589条等)を結ぶでしょう。このようにビジネスは、契約の集合体であるといっても過言ではありません。

また、お客さまを集めるときには景品表示法をはじめとする法規制を守る必要がありますし、個人のお客さまの情報を管理する際には個人情報保護法を守らなければなりません。また、メーカーであれば、経産省等の定める規則を遵守して製造する必要があるでしょう。違反すると、ペナルティを課せられたり、最悪の場合はビジネスの継続が困難になることがあるからです。加えて、ビットコインが世に出てきた2010年頃のように、ルールが明確に存在しない場合もあり、(良し悪しは別として)グレーゾーンで莫大な利益を上げた事例もあります。

以上を踏まえると、ビジネス =「法規制というルール上でのゲーム」といえます。

画像1

ゲームはルールに従って行うものですから、当然、ルールをよく知り、使いこなした者が有利に決まっています。マーケティングや営業といった、ゲームでいう「プレー」のノウハウ・解説は世の中に溢れています。これらはビジネスの重要な一部ではありますが、全てでは有りません。特に、状況が目まぐるしく変化し、ルールがどんどん変わっていく現在において、思考のリソースをお客さまに届ける価値を最大化することだけにどれだけ振り向けられるか、言い換えれば、ルールの範囲で有利な立ち位置・方針を素早く見つけ出し、お客さまへの提供する価値の創造に全員が集中できる状況をどれだけ作れるかが、ビジネスにおける勝敗を左右することになると信じています。

それでは、次章からは具体的な法規制との向き合い方の思考法に入っていきます。簡単な近道があるのでお教えしましょう、と言いたいところですが、残念ながら近道はありません。地道なものですが、王道でシンプル、ゆえに普遍的なものです。

地味なうえに実行に移すのに労力がかかることが想定されていても、すでにGAFAをはじめとする大企業だけでなく、メルカリ等の大きく成長しているスタートアップや安定した中小企業でも実証されているのです。このnoteを読めば、世界のスタンダードとなっている、法規制と向き合う思考法の"基本型"を、フレームワークに沿って体系的に理解することが出来ます。極力専門用語や難解な言葉は使わず、誰が読んでも理解可能に書いていますが、中身は極めて濃いものになっていると確信しています。勝つ確率を上げる思考法を手に入れましょう。

(2) 経営力アップのための法務戦略

世の中にゲームの攻略サイト(本)が溢れていることから分かるように、ゲームで目的を達成する(クリアする)ためには戦略は不可欠です。先述のように、ビジネス=ゲームですから、必然的に法規制との向き合い方を理解するには、その前段の戦略的思考も理解しておく必要がります。

そこで、戦略とは何か、と聞かれたときに、明確な答えを出せるでしょうか。戦略という言葉を口にする人は多いですが、実は、戦略の意義を正しく理解している人は少ない印象です。

せんりゃく【戦略】〔strategy〕:長期的・全体的展望に立った闘争の準備・計画・運用の方法。戦略の具体的遂行である戦術とは区別される。(三省堂 大辞林 第三版 )

辞書を引いてみても、なんとなく「長期的計画みたいなもの」という理解から抜け出せません。

そこで、我々は、

「戦略」= 目的達成のために、ルールの範囲内で、リソースの配分を選択、すること

と定義したいと思います。すなわち、

①達成したい目的があり、②ルールを守らなければならないなかで、③限られたリソースを振り分けるための、④選択をすること

です。

例えば、プロサッカークラブであれば、リーグ戦等で優勝するという目的があると思います(①)。試合には11人しか出場できませんし、大会に登録できる人数には限りがあり、交代人数も限度があります(②)。また、雇用できる選手の数や選択肢も限られているので(③)、その中で誰を獲得し、大会に登録し、誰をどの試合で先発させ、どのようなフォーメーションで挑むかを決めなければなりません。重要な選手を長期起用できなくなり、最終的に優勝を逃すことにならないように、早期交代により引き分けの結果を甘受することもあるでしょう(④)。

画像2

ここで、戦略の要素の一つである「ルール」に関して、もう少し理解を深めたいと思います。戦略において、ルールとはどのような意味を持つのでしょうか。

ビジネスにおいて目的がなかったり、リソースが無限にあるということはありません。そもそもビジネスは何らかの目的があって企画するものですし、社員の数や、投資できる資金、使える資産には必ず限りがあるからです。
したがって、必ず、目的達成のためにリソースの配分をすることが必要になります。ここで、最も効率的に配分する指針となるのがルールなのです。

では、ルールはどのようにして、リソースを配分するための判断指針となるのでしょうか。

ビジネスにとって最重要経営課題の一つは、いかにしてルールの範囲で許容可能なリスクを取って売上を最大化するか、すなわち投資対効果です。ルール違反から生じるリスクは、特におとがめがない(低リスク)から、逮捕・刑罰により社会的に再起不能になる(高リスク)まで幅広く、どこまでのリスクであれば取っても効果に見合うのか分からない場面も多いかと思います。

例えば、比較的安価で、かつ、高い集客効果があると最近注目されている集客手段として、インターネット上で大きな影響力を持つの個人(インスタグラマー、ブロガーなど。「インフルエンサー」と呼ばれます)に自身の商品やサービスが素晴らしいものであるという投稿を依頼する場合を考えてみます。

投稿をするのは個人ですが、その掲載内容が実際のものよりも優れているかのような記載がされたり、競合事業者より有利なものであるとお客さまに誤認されるようなものになっていた場合、景品表示法上の不当表示として、消費者庁からの事情聴取を受けたり(=対応コストが発生)、違反が認められてしまうと措置命令を受けたり、課徴金納付命令の対象になってしまうこともあります。

では、実際のところ、インフルエンサーに対してどこまで丁寧に説明をして投稿内容に縛りをかけた依頼をすればいいのか、違反される可能性はどれくらいあるのか、その場合の影響はどれくらいなのか、考慮要素も多く、このままだとGo/No Goの判断もできません。

このような手探りを避けるためにも、リスクを適切に分解することで、選択肢を格段に狭め、価値創造に集中することが出来ます。分解の仕方に正解はないですが、ここでは一般的な分け方で考えてみましょう。

ルール違反から生じるリスク
    =
(1)違反する可能性
    ×
(2)法令違反による影響度
    ×
(3)ダメージをコントロールできる可能性

すなわち、リスクが、当該投資選択から得られる目的への寄与度よりも小さければその選択肢へ投資すべきであり、大きければすべきではありません。

まず、(1)違反する可能性について考えてみましょう。当然ですが、契約書や法令を十分に読み込み、違反となる境界線をできるだけ正確に把握する必要があります。また、行政機関の定める規則やガイドライン等のルールは行政機関に直接照会すれば丁寧に教えてくれる場合が多いです。加えて、正式な確認手続として、「法令適用事前確認手続」(ノーアクションレター)もあります。ここまで実施しても明確にならない場合は、過去の事例(判例)を調査しつつ、後述するように餅は餅屋として、弁護士等の専門家に相談し、法律意見書をもらうことも一つの手です。

次に、(2)法令違反による影響度はどうでしょうか。ルールには、大きく3種類あります。

1つ目は、当事者間での約束です。いわゆる契約であり、違反した場合は基本的に話し合いで解決し、らちが明かない場合は裁判で勝ち負けが判断されます。違反の影響はある程度金銭的に見積もることができるので、ビジネス上の目的のほとんどが経済的便益であることも踏まえると、得られる便益の方が大きければ、リスクを取るという選択肢もありえます。

2つ目は、省庁などの行政機関が管轄する規則やガイドラインといったルールです。違反した場合、行政処分という形で許可が取り上げられたり、公表されたり、最悪の場合は課徴金が課されたりし、大きな評判上のリスクにもさらされることになることになります。しかし、行政機関のルールは、非常にグレーな書かれ方をしていることも多く、対応の仕方次第でリスク発生可能性をゼロに近づけられます。この場合も、リスクを取るという判断もあるでしょう。

3つ目は、違反した場合に「犯罪」となる刑法上のルールです。違反した場合、刑事手続により有罪判決がおりると、企業は罰金が科されるばかりでなく、経営者個人が逮捕・勾留され、有罪判決によって罰金刑や懲役刑が科されるリスクもあります。これにより、社会的に回復不可能なダメージを受けることになりますので、通常は踏めないリスクと判断することになると思います。

最後に、(3)ダメージをコントロールできる可能性、すなわち、万が一違反が顕在化してしまった場合に、ダメージコントロールをできるかも重要です。早期に社としての統一的な見解を発表することで先手を打ち、大きな問題とならずに済むこともあります。逆に、有名企業の場合に多いですが、小さな問題でも誇張され、大々的に取り上げられ、レピューテーション(企業の評判)が大きく損なうおそれがあるような場合であれば、できる限りリスクを避けるべきでしょう。

以上のように、ルール違反から生じるリスクは大きく3つに分解できますが、より突き詰めると、ビジネス的には、(1)ルール違反となる境界をできる限り明確に理解し、(2)その影響度を正確に見積もることが最も重要であると分かります。(3)ダメージがどれほど抑えられるか、は様々な要因に左右されるためコントロールが難しいからです。ただし、(1)境界線の明確化をどれだけ突き詰めるかは、(2)影響度の大きさとの相関で決まります。非常にシンプルに感じるかもしれませんが、これは紛れもない真実だと思います。あとは、この2つの要素を把握し、適切な目的達成への寄与度との比較軸を考えるだけです(実際には、それが難しいのですが)。 

(3) 法務力よって経営の‘損得’が左右される

では、法務力と経営の関係についてより深く理解するために、具体的な事例で見ていきましょう。

ほとんどのビジネスにおいてお客さまの情報を保有・管理することでしょう。特に、お客さまが個人の場合、個人情報保護法の規制を受けるため、情報の取り扱いには慎重になる必要あります。

例として、ECショップAを営むことを考えてみましょう。この場合、お客さまの情報は、特定の個人を検索できるようにデータベース化しておくのが普通でしょうから、保有個人データ(6ヶ月以上保有する)にあたります。
さて、ECショップにおいては、多くのお客さまに来ていただくために、できる限りお客さまの情報を集め、嗜好に応じて商品を表示することで、売上増加を図りたいものです。そのためには、年令や性別のみならず、他のECショップでどのようなものを買っているか、普段どんなウェブサイト見ているか、可能な限り多く知りたいものでしょう。このとき、他社からお客さまの購入履歴の提供を受ける方法はあるのでしょうか。

画像3

例えば、楽天のように大量の顧客をもつ企業から、お客さまのIDと購買履歴(個人を識別することができる情報=個人情報、は含まず)の提供を受け、自社の保有する楽天のお客さまIDをキーに受領した情報を紐付ければ、楽天の持つ購買履歴と客さま情報を紐付けることができます。すると、より精度の高い広告を出せるようになり、売上の向上が見込めます。

現行のルールでは、楽天はAに情報提供をする際にお客さまからの同意を得ることが必要ですが、A自身が同意を得ることは不要です。したがって、Aは特に何もする必要なく、情報提供を受けることができます。
しかし、2022年に施行予定の改正個人情報保護法(2020年6月成立)では、Aも同意を取得する必要が出てきます(1)。

では、同意取得する対応をしなかった場合はどうなるでしょうか。この場合、まず個人情報保護委員会からの指導・命令が下される可能性があり、従わない場合、Aの運営者には最悪のケースでは6ヶ月以内の懲役刑が課される可能性がでてきます。

したがって、大きなレピュテーションリスクに加え、再起不能なリスクを追うことを意味し、精度の高い広告表示による利益増加に比しても到底踏めるリスクではなく、例え高コストとなったとしても対応する仕組を設けることが投資対効果の観点から正しいといえるでしょう(2)。

2. ルールを使いこなし、ビジネスをドライブする

ここからは、具体的なビジネスシーンごとに、違反となる境界線を把握の上、その影響度を見積る方法をみていこうと思います。

(1) 商流に関する法務事例

①商品(ビジネス)開発

ビジネスは、売るもの(商品)がなくしてはじめることはできません。商品(ビジネス)開発は、「アイデア創出→フィージビリティ検討→企画立案」という過程で進められるのが普通です。そして、アイデア創出の段階では、ターゲットとする顧客層の課題を発見し、課題を解決できかつ競合に対して自社だけが持つ優位な点(Point Of Difference: PODということが多いです)を創出します。(この部分は本稿の主題ではないので、他の記事に譲ります。)

その上で、フィージビリティ検討の場面において、大きく、許認可(対、行政機関)と知財(対、競合他社)のルールについて、違反となる境界線を把握した上で、影響度を見積もる必要があります。

具体的には、まず、当該事業が行政機関から許認可を得る必要があるかを、競合他社の有報や省庁のウェブサイトから調査します。また、特許権や著作権といった他者の知財権を侵害していないかを、公開されている特許情報等を活用して、抵触の有無や度合いを調査する必要があります。

許認可が必要な場合は、具体的な手続や許認可を受けている事業者の数・事例からその難易度を把握します。許認可を受けないでビジネスをすると、行政からの指導や公表等により、回復が困難なダメージを受ける可能性があることから、許認可取得を前提に、許認可の取得難易度というコストが、商品(ビジネス)の収益ポテンシャルに見合うかを判断することになるでしょう。

また、当該ビジネスが、特許権や著作権といった他者の知的財産に抵触する場合、抵触度合いに応じて、権利の譲受けやライセンスを受けるコストと、そのままビジネスを続行した場合の訴訟リスクを比較するとともに、訴訟となった場合に受ける不利益と、ビジネスのポテンシャルや今後のリスク回避可能性を比較し、最後の企画立案段階へGo判断を下すこともあり得ます。

※訴訟リスク

ちなみに、少し話しは逸れますが、「訴訟リスク」はかなり広い概念なので、もう少し具体的に説明したいと思います。

画像4

まず、手続的なコストがあります。具体的には、長期間にわたり、書面の作成、証拠の収集、関係者のとの連携・調整に時間が取られます。

次に、手続的なコストと関連して、弁護士費用や敗訴した場合の損害賠償請求といった、直接的な金銭的なコストがかかります。

また、差止訴訟が提起された場合、事業そのものの停止・中断を余儀なくされ、逸失利益(停止・中断期間中に得られたであろう収益)や業務プロセスの変更コスト、お客さまへの違約金等の支払いコストがかかります。

更に、パートナーやアライアンス先との契約において、訴訟の不存在が表明保証条項に書かれていた場合、取引継続が出来なくなり莫大な損失を被ることもありえます。さらに、裁判は公開法廷なので、レピュテーションリスクや信用不安が生じます。なにより、裁判は経営陣が末端の部下に任せづらく、経営陣の時間と手間を大きくとられ、ビジネス推進の足かせになってしまいます。

②調達

無事、企画立案が完了し、商品にあたるモノやサービスの製造・開発するにあたっては、自社のみで全てを行うことは少なく、下請事業者に業務委託することが多いと思います。

このとき、安く調達して高く売る、キャッシュフローをできる限り良くする、というビジネスの原理原則に従えば、なるべく低い対価で、支払いをできるだけ後回しにする、というインセンティブが働きます。

しかし、委託内容に応じて、自社の資本金の額が、委託先よりも一定程度大きい場合、買いたたき(通常よりも著しく低い対価で合意すること)、支払遅延、一方的な代金の減額が下請法違反とされる場合があります。具体的には、多量の発注をする前提で安い見積もりを出させて実際には少量の発注しかしなかったり(買いたたき)、あらかじめの書面の合意なくボリュームディスカウントに基づく割戻金を要求したりする(代金減額)場合に違反となります。

そして、下請法違反が認定された場合、公正取引委員会より改善勧告がなされ、自社名や違反概要が公表されるという大きなレピュテーションリスクにさらされます。したがって、違反となる事例を調査し、発注先との丁寧なコミュニケーションを取り、書面で合意しておくことが重要となるでしょう。

画像8

③集客

突然ですが、ここで売上の構成要素はなにか、を考えてみましょう。
一つの考え方ではありますが、

売上=人口×認知率×購入率×購入個数×購入頻度×購入単

と分解することが出来ます。そして、人口はもちろん、モノやサービスの特性やターゲットのカテゴリーでかなりの部分が決まってしまう購入個数や頻度はビジネス上の努力で上昇させるハードルがかなり高いため、ビジネスにおいてリソースをつぎ込むべき項目は認知率・購入率・購入単価であるということになります。

まず、お客さまは知らないモノやサービスを購入することは原理的にありえないので、認知率を高めると、基本的には比例して売上は増加していきます。認知率を上げる方法は、広告・宣伝やパブリシティによるメディア接触になります。

広告・宣伝に関するルールとしては、表示する内容の義務を定めるものと、制限を定めるものがあります。前者の例としては、特定商取引法に基づく表示義務(なお、事業者のみを相手とするto Bビジネスの場合表示は不要(同法26条第1項))や、割賦販売法に基づく表示義務、薬機法等その他業法に基づく表示義務があります。後者の例としては、景品表示法に基づく表示制限、特定商取引法に基づく表示制限、その他業法に基づく表示制限があります。

特定商取引法において、通信販売に関する広告を行う場合、商品の対価、支払時期・方法、引き渡し時期、返品事項といった13項目を表示しなければならず(11条)、広告において返品条件を定めていない場合8日以内に限りお客さまは無条件で撤回・契約の解除ができる点が重要です(15条の2)。

また、景品表示法に基づき、実際のものよりも著しく優良とお客さまに誤認させたり(優良誤認表示)、同種もしくは類似のものやサービスを提供している他の事業者よりも有利であると誤認させ得る(有利誤認表示)表示はしてはならないとされています。

これらのルールに反すると指示・措置命令や課徴金が課せられレピュテーションが大きく傷つく可能性があるので、マイナスの認知でも認知されたいというのでなければルールに従うべきでしょう。

資金を投入して認知を取りに行く広告や宣伝(Paidメディアという)に対し、所有するOwnedメディア(自社ウェブサイトなど)、マスメディアや消費者が自ら情報の起点となるEarnedメディア(SNSでの拡散など)も、認知を得るための重要なタッチポイントです。

Ownedメディア運営におけるルール上の重要なポイントは、昨今、著作権に対する権利意識が高まり、多くの炎上事件が発生していることから、大きなレピュテーションのダメージを負わないよう、他社の著作権を侵害しない運用ルールを構築し、コピペチェックツールの導入などシステム的にも侵害が生じないようにすることです。

なお、Earnedメディアとの向き合い方については、ここまでの話と方向性が異なり、(3)ダメージをコントロールできる可能性、の観点からのリソース配分判断が重要になります。すなわち、発信内容がコントロールできないことから意に反したものになることがあり、名誉・信用毀損を理由とする差止請求や損害賠償請求をしなければならないことがないか、回復困難なレピュテーション上のダメージを避けられるかの観点から、弁護士費用や広報対応人員の配置といった内部リソースの配分を選択することになります。

次に、認知率を高めても、実際に購入していただかなければ意味がありません(購入率)し、できれば高い金額を支払って欲しいものです。したがって、重要なのは認知の質です。

基本的に、車のような高額な商品でない限り、真っ先に思い浮かんだものを消費者は購入しますから、お客さまに自社のモノやサービスを真っ先に思い浮かべてもらえるようにする(「Top of mind認知」といいます)とともに、他社製品より好ましいと思ってもらう(「ブランド選好」といいます)必要があります。特に、ブランド選好には限界値がなく、お客さまに好きになってもらえれば、購入率・購入単価ともに理論上限界なく高めることができる(購入率についても他社へ伝播することで100%以上となり得る=母数である認知率を高められる)ので、中長期的にビジネスを伸ばす上で最も重要と言えるでしょう。

そして、まさにこのブランド選好を高めることこそが、商品(ビジネス)開発の過程でお客さまとの対話を通して発見した、お客さまの課題を解決できるPODを有するモノやサービスであることを、お客さまに知覚してもらうことができるようにする仕掛け作り、すなわち、コミュニケーションプラン策定の際に目指すべきことなのです。

コミュニケーションプランの策定は、非常に奥深く、様々なプロフェッショナル・クリエイターが存在する領域ですが、ルールの観点から重要なのが、商標法や不正競争防止法による自社ブランドの保護です。

商標法の保護対象である商標は、モノやサービスの名称やロゴなど、一般的にブランドとして認識されるものであり、当該商標が用いられるモノやサービスを指定して出願し(商標法5条)、商標登録を受けることにより、取得することが出来ます(同18条第1項)。

ポイントは「指定」制度であり、同じ名称等でも、内容や分野が異なれば取得が可能です。商標権者は、登録商標の使用権を専有(同25条)し、類似範囲での商標の仕様の禁止権を有する(37条1項)ため、同様もしくは類似の商標利用者に対して、使用の差止請求(同36条)や損害賠償請求等をすること(民法709条、商標法38条)で、ブランドを守ることができるようになります。さらに、他人の商標権の侵害は刑罰の対象でもあるので(商標法78条等)、その保護のレベルは高く、数十万円程度の登録コストに比して、登録により得られる効果は大きいです。ちなみに、既に登録されている商標は、特許情報プラットフォームで調べることが出来ます。

ちなみに、未登録商標であっても、著名なレベルになっている商標や、周知されておりお客さまから見て混同すると認められる(混同の惹起といいます)場合、不正競争防止法により保護されますが、著名や混同の惹起の立証の負荷は低くないので、ブランドイメージを保護することによる適切なコミュニケーションから得られる便益を考えれば、商標登録をすべき場面のほうが多いと思います。

④受注(契約締結、支払い)

さて、お客さまのTop of mind認知を獲得し、ブランド選好を持っていただくことに成功し、晴れてお客さまとモノやサービス購入について合意した(購入していただいた)ときに必要となるのが、契約書(後述する利用規約という形をとる場合もありまし、見積書・発注書の体裁で契約を締結する場合もあります)です。

そもそも、契約は、例外を除き、書面を用いなくても意志の合致だけで成立するため、必ずしも契約書を作成する必要はありません。では、なぜ契約書が必要になるのでしょうか。それは、継続的な取引や、一定以上の高額な取引の場合に、①当事者の合意内容を明確にし、②合意内容を証拠に残すためです。

画像5

ビジネスにおける契約は、当事者間の複雑なビジネス上の取決めを法的にも両者を拘束するものとして確定させるものです。したがって、契約として合意すべき内容は多岐かつ詳細に渡り、書面の形に落とさずに口頭のみで認識の食い違いがなく合意することは難しいと思われます。

また、お客さまと継続的な取引を行う場合、転職や異動で担当者が変わってしまうことも少なくないですが、約束は守られ続けないと困ります。したがって、合意事項が後任者へ確実に引継がれ、反故にされることがないようにするためにも、合意内容を書面の形で残しておくことが重要です。

また、金額が高額な取引の場合に、万が一、モノやサービスの提供・支払がなされなかったときは、訴訟により債務の履行や損害の賠償を請求できるようにする必要がありますが、訴訟での証拠とする観点からも契約書は重要です。裁判になった場合、裁判官は、判決するにあたって、証言よりも客観的な証拠、すなわち書面を重視するように教育されていますから、裁判に勝つためにも書面は重要なのです。ただし、多数のお客さまに同様のサービスを提供する場合に、毎度契約書を作成するのは面倒ですから、画一的な契約書である利用規約を用意しておき、モノやサービスの購入の際に同意してもらう(=意志の合致)ことも多いです。

また、慣習上、見積書や発注書でやりとりする業界もあるでしょう。それでも問題ありませんが、中身において、契約上必要なことはしっかりと明記すること、発注者・受注者ともに、サインや社判などを残し、意思が合致しているという証拠を残しておくことが重要です。

さらに、後述するように、電子契約等のいつでも簡単に契約を締結できるツールの活用も手段の一つです。

なお、当事者間で書面によることを基本契約で合意している場合は、個別契約・覚書等は書面でしなければ効力が発生しません。また、保証契約は書面で締結しなければ効力を生じません(民法446条第2項第3項)。さらに、下請法においては、親事業者は、発注にあたって下請事業者に対して発注内容を記載した書面を送付する義務があり、取引に関する記録を書面として作成・保存することが義務付けられています(下請法3条、5条)。

ちなみに、スタートアップを含む中小企業であっても、資金調達により資本金が高くなっている場合があり、下請法上の親会社に該当し、委託内容の給付を受領した日(≠検収完了日)から60日以内のできる限り短い期間内に支払いをする必要があったり(同法2条の2)、減額・不当な給付内容の変更・やり直し等が禁じられていることがあるので注意が必要です。

契約を締結した後は、合意事項、すなわち、違反となる境界を正確に把握するとともに、解除や損害賠償項目などの違反した場合の影響度を見積もっておけるように、契約の案件・数・内容を正確に把握・管理しておけるようにする必要があります。その際に、丁寧なファイリングの上でキャビネット等に保管するのが通常ですが、後述するテクノロジーの活用も重要です。

(2) ヒト、カネに関する法務事例

前章ではモノをつくって売るにという商流沿った法規制、いわば「攻め」における法務について記載しましたが、その大前提であるヒトとカネに関する守りの法務も、ルールの範囲内でのリソース配分という観点からは重要です。

①会社の組織運営

会社法を中心とした会社組織に関する法律や各種コンプライアンス遵守のための制度設計は、会社の骨格と言ってもよいためです。

会社の設立から解散、組織運営活動やガバナンスの管理、資金調達など、会社経営に対する機動性の確保や、フレキシブルな舵取りを行う安定性を計るには、経営者はもちろんのこと、コーポレート管理部門の役職者は会社法(≒コンプライアンスに対する正確な認識)の知識を有しておくことが必須です。

2006年の会社法の施行以降、資本金1円以上での会社設立が可能となりました。ここでは、一般的な法人として多く利用される株式会社について記載したいと思います。

一口に株式会社と言っても、非常に柔軟な機関設計が可能になっており、全てのパターンを考えると何十通りにもなります。そして、その機関設計を書き記すのが定款です。定款は、いわば会社の憲法であり、会社のあり方を柔軟に定めることが可能になっています。これを「定款自治」と言います。一般的な雛形を使っていると、思わぬ落とし穴があったりしますので、定款で会社の組織を自由にデザインできるということをまず理解してもらえればと思います。

そして、会社の最高意思決定機関は、株主総会です。株式会社は、所有者(オーナー)である株主の利益を最大化することが使命ですから、株主総会の権限は軽視できません。年に1度の定時株主総会は大企業ではその対策を重視しますが、中小企業でも非常に重要です。株主が一人でイコール社長という企業も少なくないですが、それでも株主総会を開催したことを記録する議事録の存在は、役員報酬や決算など事後的に様々な効力に影響するため、残しておくことが重要です。

そして、株主からの委任を受けて実際に業務を執行するのが取締役です。会社法は、取締役会を設置する、設置しないを選択できますし、さらに監査役や会計監査人といったチェックをする役員を置くか置かないかも、会社ごとの設計に委ねています。例えば取締役会を設置すると、株主総会で必ず決議しなければならないことの一部(例えば利益相反取引の承認など)が取締役会に委譲されるなど、どのような役員や機関を置くかで、運営方法が何通りもわかれます。

株式の知識も重要です。株式は配当の割合を決めるというイメージを持たれている人もおおいかもしれませんが、それ以前に重要なのは、会社を支配する権限は株式を保有している比率で決まるということです。具体的には、以下のような影響力の分かれ目があります。

・90%(特別支配株主として少数株主の追い出しが可能)
・3分の2(株主総会の特別決議により組織再編などの重要決議が可能)
・過半数(株主総会の普通決議により一般的な決議が可能)
・3分の1超(特別決議を阻止できる)
・10%超(少数株主の追い出しを阻止)

中小企業やスタートアップの場合、誰にどれだけの株式を保有させるかは重要です。同時に、エクイティファイナンス(株式を発行して資金調達をする)の場合にも、資金提供者が権限を持つことになりますから、何%を持たせるのか、その時の株価をどのように算定するのかという交渉は、高度な法務と会計の知識、テクニックが必要です。

そして、会社をマネジメントするには、会社法だけでなく、コンプライアンス意識した組織づくりが重要です。コンプライアンスは、単に法令遵守という意味で使われることがありますが、広い意味では、業界の自主ルールや、さらには企業が果たすべき倫理的規範も含めた幅広い規範です。企業は、その理念を土台とし、コンプライアンス体制を敷いてはじめて利益を追求できる体質が備わります。単に守りだけではなく、企業の価値を高める、すなわち社会のレピュテーションをあげていくこともコンプライアンスであり、攻めのコンプライアンスも重要です。

画像6

コンプライアンスの要諦は、社会に評価される企業であるか、経営者はそのことを意識した組織づくりが必要です。具体的には、組織の風通しのよさです。末端の社員からすぐに情報が吸い上げられること、そのためには、普段から、縦(上司・部下)、横(部署間)でのコミュニケーションをとりやすくする組織風土をつくる工夫をするとよいでしょう。

そしてもう一つは、不祥事対応の素早さです。従業員や顧客等から上がってきた、会社に不都合な事実に蓋をするのではなく、早急に事実を調査し、場合によっては公表し、そして再発防止策を示すこと。このようにして、社内・社外にも信頼される強固な組織が作られます。

②人事・労務

人材は、ビジネスにおける最も重要なリソースですので、その配分においてはルールを正確に使いこなすべきです。会社を運営していく中で、取引先やエンドユーザーとの法律トラブルには会社は脇を固めて策を検討していくかと思いますが、人事・労務に関する法務は、それと同等もしくはそれ以上に重要が高いといえるでしょう。

上記「人材」と書きましたが、私たちはよく「ジンザイ」とも書きます。それは、「人材」「人財」とも表記されるからです。会社の従業員などのメンバーは、重要な経営資源であり、財産、宝です。法務戦略という観点からは、単に労務管理をするのではなく、個々のメンバーがどのようにしたら力を最も発揮できるかを考える、そのために就業規則なり個別の労働契約があったりするわけです。労務管理を手続的なものととらえず、会社の経営戦略の重要なピースと捉える考え方です。

さて、一点、この労働分野で注意していただきたいのは、他のビジネスに関する多くの分野と労働法は毛色が少し違う部分があります。それは、労働法は「強行法規」である、と一般的に言われます。

どういうことかと言うと、他の法律では、多くはデフォルト・ルールであって、当事者がそのルールをかえてもかまいません。例えばトランプの「大富豪」というゲームは、各地でいろんなローカルルールがありますよね。それはお互いが決めればそのルールでやってよし。ただ、労働法は、逆に多くの場合、法律どおりに取り決めないといけなく、法律以外のルールを会社で決めても無効になってしまうのです。

例えば、どんなに従業員が「私は残業代はいらないです」と納得して契約書にサインをしても、時間外労働には賃金を支払うという法律上のルールに反しているので無効となり、その従業員にも残業代は支払わなければなりません。後から揉めごとになりやすいゆえんでもありますが、だからこそ、労働法に関しては、ルールをよく知った上で契約をしないといけないのです。また、労働者は、資本主義国家における歴史的経緯から、非常に手厚い保護下にあります。普通のビジネスの対等なルールとはちょっと次元の違うものだという理解が大切です。

少し話はそれますが、さきほど「労働法」という言葉を使いましたが、実は日本には「労働法」というという法律は存在しません。「労働契約法」「労働基準法」「育児・介護休業法」「労働安全衛生法」などたくさんの関連する法規の総称として「労働法」という概念が使われます。ですので、多くの法律を参照しないといけない点にも注意が必要です。

実はよく落とし穴に陥りがちなのが、そもそもこの労働法が適用される「労働者」(一般的には従業員や社員と呼ばれます)とは、どんな人だろう、という問題です。よく「外注」とか「外部スタッフ」などと称して労働法を適用しないようした従業員がいるケースが見られます。法律上は「業務委託契約」と呼ばれ、労働法の手厚い保護からは外れることになります。しかし、実は、書面でいくら業務委託契約などと書いていたとしても、実質的にその働いているメンバーが、使用者の指揮監督のもとにあると評価されたときは、労働者とみなされてしまうため、労働時間などの多くの規制を守らないといけないですし、社会保険や労働保険などの加入手続も必要になってきます。この実態で判断するというのが非常に難しいため、専門家のアドバイスも必要になってくるでしょう。

そして、労働者に対する労務管理で最も重要かつ皆さんが実務的に頭を悩ませるのが労働時間管理かなと思います。特に最近は、テレワークも普及してきていますが、遠隔の労務管理をどうするのかという相談が多いです。最近はITツールの活用で、労働時間管理だけでなく給与計算なども一元管理ができるようになっていますから、こうしたツールを使って管理することはバックオフィスの効率化にも資するものです。そして未払残業代には、ぜひ気をつけてください。時効が2年から3年になりましたので、労働者と揉めて過去の残業代を請求されると巨額になるケースがより増えます。一人あたり数百万、場合によっては1000万円を超えるケースも出てくるため、経営へのダメージは甚大です。「残業代は払えない」ではなく、払うことを前提とした労働時間や給与の仕組みを専門家と構築するのが望ましいです。

人事・労務分野は、以上のように、トラブルを未然に防止するためのいくつかの書面は重要になってきます。労働条件通知書は、全従業員に必ず交付する必要があります。もちろん、雇用契約書の形にして双方サインすればよりお互いの合意がより明確になります。

また、就業規則などの社内ルールは極めて重要です。一つの事業場に10人以上を常時雇い入れている場合、その事業場に就業規則が必要です。10人未満の会社でも、ルールの明確化や変更のしやすさの観点から、就業規則を作ることは推奨です。そして、就業規則を作ったら、必ず全従業員に周知させること、いつでも従業員が就業規則を自由に閲覧できるように備え付けておかないとせっかく作っても効力が発生しないというとんでもない事態になってしまいます。そして労働基準監督署に届けることが必要です。

さらに、就業規則にはディフェンス面だけではなく、オフェンス面もあることを忘れてはいけません。経営戦略、経営方針を考えるとき、ミッション・ヴィジョン・バリューを考えている企業は多くあると思います。これは、まさに企業の方向性を定めるものです。ミッションで定めた使命を、ヴィジョンであるべき自分たちの姿として定義し、それを実現できるバリューとして、自分たちが大事にする価値、強みを規定していきます。その価値は、まさに従業員の行動規範として表れていくわけですから、ミッション・ヴィジョン・バリューと連動した就業規則である必要があります。就業規則は、従業員の働き方を規定しますから、どんな企業のカルチャーにしたいのかということを規定します。就業規則は、企業文化をルール面から表したものでなければなりません。

③保険

ずっとデスクで悩み考え続けたところで解決しない問題については、ワーストシナリオをしっかりと想定したうえで、いざ事が起こってしまった際の対応方針を明確に決めておくとともに、社内で対応フローをしっかりと共有しておくことで、精神衛生上も随分と楽になります。

ルール違反によってダメージを受けるリスクをコントロール可能な範囲に低減するために、法的リスクを自社で保有するのか、移転するのか、損害保険の観点からお伝えしたいと思います。

そもそも保険というのは、助け合いの制度と呼ばれており、少ない掛け金を多くの人々が出し合い、突発的に起きる事故の損害を補填する古くからあるリスクヘッジ手段の一つです。業界では、事業運営に壊滅的なダメージを与える可能性のあるリスク・事故を、カタストロフィ・ロス(catastrophe・loss)、ヘビークレーム(heavy claim)などといい、そのようなリスク・事故が発生した時に、事業を継続するための資金(保険金)を支払うために、保険商品が存在します。

例えば、日本企業の一番身近なリスクといえば、地震や台風といった震災リスクがイメージしやすいかと思います。また、今回のコロナ禍のようなパンデミックも大きなリスクの一つと言えるでしょう。

その他にも事業運営を取り巻くリスクは様々です。中でも法的責任から発生するリスクは損害額が巨額になる可能性が多く存在します。賠償事案や集団訴訟、最近ではサイバーリスクによる情報漏洩などです。
火災保険や車両保険のように、全損害となった場合でも損害額が一定(事務所の建物、車そのものの価値)であると算定できる事故とは違い、法的リスクは、損害の及ぼす範囲や、影響が想定しにくいと考えられています。
単価1,000円で販売している製品であれ、購入者に人的損害が発生した場合、製造物責任として、被害者である購入者の治療費用や逸失利益などを賠償するとなれば、数千万~億単位の損害を事業者は被ってしまう可能性があるのです。

各事業者は、これらのリスクに対して、自社の安全配慮や、社員教育などのガバナンスの強化や、有事の際の対応マニュアル等の運用により自助努力を行い、リスクの最小化を講じるかと思いますが、それらによりカタストロフィ・ロス、ヘビークレームのリスクがゼロになることはありません。

自社のリソースを本業事業へ集中させ、邁進するためには、リスクを保有するだけではなく、しっかりと効果的なリスクの分散、リスクの移転を行うべきでしょう(後述)。リソース配分決定=戦略のための戦術の一つとして保険付保があげられます。

画像7

「保険」と聞くと、何度も諦めずに訪問してくるバリバリの営業外務員のイメージがあり、法律と同等もしくは法律以上に敬遠される事業者も多いかと思います。保険の自由化以降、各社オリジナリティある商品のラインナップを抱え、その保険商品の種類は数千種類にわたるとも言われています。

今や、事業活動のすべての工程において保険付帯が可能といっても過言ではないほど充実したリスクヘッジの環境があります。しかし、これらの保険商品の付保については、しっかりと費用対効果の観点や、リスク量を勘案して加入しなければ、経費をかけて高額なお守りを購入しているのと何ら変わりありません。

確認のものさしとして有効なのは、過去10年間、5年間の保険料の掛け金と、実際に発生した損害(保険金)で費用対効果をはかる方法です。いくら保険をお守りと考えていたとしても、数千万円の保険料を負担しながら、一度も保険事故が発生していないようなリスクについては、しっかりと必要性を再検討すべきでしょう。

某経済団体や、組合、同業種団体など、さまざまなコミュニティから保険付保の案内や提案があるかと思いますが、決して他社と一緒の商品に加入しているからうちも大丈夫!などと安易に保険加入を決めないようにしましょう。

リスクの保有と移転とは何かということですが、起こるトラブルを自社(自費)で対応するか、保険で対応するかの違いです。考え方としては3つの観点を総合的に検討することが重要です。

A. 総リスクコストで考える

年間の支払い保険料
    +
事故時の企業の年間自己負担額
    +
自己負担額を準備するためのファイナンスコスト
    =
総リスクコスト

この負担額と保険料の調整により、リスクの保有と移転の効率化をはかる必要があります。保険として移転すべきリスクは、発生頻度の想定ができず、一度に巨額な損害を被る可能性のあるリスクであり、主に賠償請求事案などの目に見えない法務リスクが挙げられます。

B. 専門性をアウトソースする
a.に紐づく項目になりますが、トラブルの発生時の現状復帰に高い専門性が求められ、本業に割く時間が削がれ収益への影響度が大きい業務を優先的に移転すべきと考えます。

C. 工数・スピードを重視する
様々なリスクとトラブルがありますが、経済面だけではなく、現状復帰までの工数にも着目すべきです。自社内で一定の回復が可能なものから、大掛かりなテコ入れが必要になるものまで、リスクは多岐にわたります。

このように考えると、特に法律や賠償の絡む高度なリスクについては、頼れる専門家に一任することが望ましいでしょう。今の保険商品はほとんどに「弁護士費用特約」が付帯されており、もしもの際には弁護士への相談から委任まで一気通貫で対応が可能です。また、保険会社の指定ではなく、自社指定(様々なルールあり)の弁護士への委任対応も可能ですので、うまく保険と専門家を活用すべきかと思います。

3. どうやって法務を強化するか

(1) 多くの企業でみられる法務軽視の理由

以上の説明で、ビジネスにおける戦略判断、すなわち経営戦略の質を高め、収益をアップするためには、ルールを使いこなす力、すなわち法務力アップが重要ということがお分かりいただけたかと思います。ただ、実際には、多くの経営者は、法務にまで手が回っていないのではないでしょうか。あるいは、経営者的には法務をきちっとやっているつもりでも、専門家から見て不十分なケースも多いのも事実です。

法務の強化が必要だとはわかっていても実行できない理由は、大きく分けて3つに分類できると思います。

① 経営者が心理的に敬遠している
② 人材がいない
③ 専門家を活用できていない

この3つのうちのいずれか、あるいは複数があてはまる場合は、以下の背景と方策をぜひ試してみてください。

① 経営者が心理的に敬遠している

「なんとなく法律は難しい」- そんなイメージをお持ちの方は多いのではないでしょうか。しかし、今までの「ルールを使いこなし、ビジネスをドライブする」のところを読んでいただいた皆さんは、ある程度心理的ハードルが低くなったのではないでしょうか。

日本では、まだまだ法教育が進んでいないため、法学部生でない人の法律に対するアレルギーがあるのかもしれません。でも、例えばアメリカに法学部なんてありません。経営者は、法律も含んだ経営学などのビジネス全般を学ぶのです。日本でも、これからは、経営者にも最低限の法律の素養は求められる時代が来るでしょう。

とは言え、繰り返しにはなりますが、法律はビジネスのルールブックのようなものなので、基本的な「仕組み」だけ理解してもらえばまずは大丈夫です。経営者自身が法律を熟知することが難しくても、いったい何が問題になりそうか、本記事に書かれている程度の法律の基礎知識をしっかりおさえておけば、経営をやっていく上で、どういうところがトラブルになりそうか、その勘所はつかめます。まずは、そこから始めれば十分なのです。

そして、経営者が行うべきことは、自分の会社に起こる全ての法務を担当することではなく、法務に対応できるだけの人材を雇ったり、教育したりすることです。経営者は、基本的なところをおさえればよいのですが、どういう法律が問題になるかを理解しておかないと、法務を担当する共同経営者や部下に具体的に指示することはできません。実際に法務を行うのは部下ですから、「うちの会社に関わる法律は、これとこれとこれだから、こういうところを勉強しておいてくれ」と指示ができる状態の知識レベルまで勉強することが必要でしょう。

ちなみに、これは機械学習(AI)をはじめとするテクノロジーについても同じです。今の時代、テクノロジーの活用なくして競争に勝つことなどできません。経営者は、少なくとも「機械学習は、シンプルに言えば、学習材料が一定量ある場合に、データに基づく判断を高速化・高度化する技術であり、我々のビジネスにとっては、人が毎日大量に地道に処理することを強いられているこの業務に活用することが競争上重要と思われるから、活用方法・効果を整理し、活用可能性を説明してくれ」といったレベルで指示できるようになることが必要と思われます。

②法務人材がいない

例えば従業員が50名とか少なくとも100名規模になってきたり、売上が数億円単位というほどの取引量ともなってくると、理想を言えば、法務を担当する人材を少なくとも一人は置いておきたいところです。

しかし、大手企業でもない限り、なかなか法務に一人の人材を割く余裕のある会社は少ないでしょう。あるいは余力はあっても、優秀な法務人材やインハウスローヤー(企業内弁護士)は大手企業に流れてしまい、なかなか優秀な法務人材を採用するのは難しいように思います。

最低限の対応として、バックオフィスや総務を担当している人材(スタートアップのシード期など小さな組織のときはCOOが兼ねることもあるでしょう)が、法務の基礎的知識を身につけていれば、多くの企業では最低限の法務は回るはずです。

ただし、その法務責任者は、平社員や末端の社員では不十分でしょう。なぜならば、今までお話してきたように、ルールを把握し使いこなすことは、戦略上、非常に重要な要素の一つだからです。会社の事業計画と法務は、将棋の飛車・角と同じくらい重要な両輪です。少ない担当者しかあてられない企業でも、経営者の右腕など、重要なポストにある人材に法務を担わせるべきでしょう。

大手企業のように、外部から優秀な法務人材や、できれば弁護士資格のあるインハウスローヤーを雇えれば理想的ですが、多くの企業では、そこまではできないかと思います。そうすると、自前で法務が一定以上できる人材を社内で育てることが必要となります。

③専門家を活用できていない

法務で社内人材だけで回すというのは、複雑化している社会やビジネス環境からすると、不十分な企業が多いでしょう。特に、知的財産や不動産、独占禁止法など、高度な専門性が必要であり、かつ、ビジネスにおける攻めでも重要な領域は意外に多く存在します。

法務の専門家は、弁護士だけとは限りません。税理士、公認会計士、司法書士、社会保険労務士など、それぞれの分野のプロフェッショナルがいます。やはり、「餅は餅屋」です。

画像9

しかし、こうした士業は一般的に敷居が高いし、料金も高いと考えられています。しかし、専門家も使いようです。私たち経営者、ユーザーにとって幸いなことに、ここ十数年の司法制度改革や法科大学院を中心とした新しい法曹養成制度によって、弁護士の数は非常に増えています(2000年は約2万人だった弁護士は倍増し、2018年に4万人を突破しています)。それにより、弁護士業界も競争が起きていて昔ほどの高価格ではない弁護士が増えています。もちろん、それで質が低くては困りますが、「弁護士ドットコム」などのマッチングプラットフォームが多くできており、自分にあった弁護士を選びやすい時代と言えます(ビジネス向けの弁護士検索サービスも増えつつあります)。

そして、近年、弁護士費用保険(弁護士保険)も誕生しており、ビジネス向けの商品も出始めました。場合によっては月額1万円を切るような価格で、トラブルが起きたときの弁護士費用が保険金で支払われるという画期的サービスで、私も以前はこのサービスの開発に携わりました。こうしたソリューションを利用して、自分の企業の課題に適した分野の専門家を、それほど高くなく使いこなす、ということができるようになっています。

今は、弁護士などの専門家をうまく使いこなせる時代なのです。

(2) 法務力アップのための具体的ポイント

ここまでのところをまとめると、令和時代に経営戦略の質を高め、収益をアップするためには、ルールを使いこなす力、すなわち法務力アップ(社内の法務知識・ノウハウの蓄積)が不可欠ということになります。そのためには、
①経営者自身もごく基本的な法律の知識を勉強するとともに、経営の中心人物を法務担当者と定めて法務知識を身につけさせ
②外部専門家(顧問弁護士等)を効率的に活用し
③ITを駆使して、コストを抑えながら

企業の法務力をアップさせることが大切です。

では、それぞれ、具体的になにをすればいいのか、その方法をお伝えしましょう。

①法務人材の育成

既にお話したように、中小企業くらいでしたら、経営者の右腕くらいの人物、COOなどが法務の一定の差配をする必要があります。そのうえで、さらに法務を担当する人材を育成していきます。この記事で法務に必要な分野はひととおりおわかりいただけたかと思うので、その分野に関する書籍を読んで理解すること、これがファーストステップです。インハウスローヤーでなければ、専門書である必要はなく、図表入りの入門書で十分です。

あとは、OJTあるのみです。法務担当者に最初にやらせるべきことは、スケジュールとレビュー対象の洗い出しです。企業の一年間の事業活動の中で、どのような法務課題があり、どのようなドキュメントをレビューしたり、場合によっては会議を設定する必要があるか、それを作成させます。まずは会社法上必要な手続はなにか(次に人事・労働法関連でしょう)、そこから軸を作っていけばわかりやすいでしょう。そこには、会社の年間の経営戦略の一部と考える必要があります。ですから、経営者の右腕やCOOが中心となって法務戦略を練る必要があるのです。こうした法務課題の洗い出しは、自社にノウハウがたまっていない間は、叩き台を作ったら、弁護士、税理士、司法書士といった専門家に見てもらって指導を受けられればベターです。お金は少しかかりますが、一度作っておけば、2年目以降は、内製化でき、社内でブラッシュアップできるようになります。

法務担当者と経営陣との密なコミュニケーションも重要です。既にお話してきたように、法務は、会社の事業計画と飛車・角のように重要な戦略だからです。経営戦略の一部として経営陣と議論することで、法務戦略はより磨かれますし、法務担当者はビジネス全体を俯瞰して理解して置かなければなりません。法務を他の庶務・雑務と同じように考え担当者に丸投げしていては、法務担当者は成長しません。

仮に弁護士などの専門家を顧問契約で雇っていたとしても、リーガルチェックを顧問にいきなり丸投げで依頼するのは絶対にNGです。必ず、法務担当者に全ての契約書に目を通させ、自分なりでいいのでまずはチェックさせます。その上で、専門家に「自社なりにこのように修正しましたが、いかがでしょうか」「ここのところの修正はこれでいいでしょうか」「この条文の意味をこう解釈しましたが正しいでしょうか」と質問するのです。そして、専門家からのレビューを社内のノウハウとして蓄積し、次の契約書チェックに活かすべきです。弁護士にお金を払ってリーガルチェックだけではなく、法務部員を教育してもらえるのですから、一石二鳥。こんないいことはないでしょう。

今は『Ai-CON』や『LegalForce』といった、AIで契約書のリスク判定をしてくれるようなリーガルテックサービスも増えています。これらのサービスのいいところは、単に契約書チェックしてくれるというところよりは、契約書チェックのナレッジを集積できるところにあります。ナレッジ蓄積の観点からは、『MNTSQ』のようなナレッジ蓄積にフォーカスしたサービスもでてきています。属人的なチェックだと「あれ、確か昔似たような契約書あったな」と探す必要がありますし、もっとひどい場合は、思いつきもせずに似たような契約書を外部専門家にチェック依頼して無駄なコストが発生してしまうこともあります。

こうしたリーガルテックサービスもあわせて利用すれば、過去の類似事例や契約書を自動的に探し出して差分判定してくれたりしますから、リーガルチェックが内製化でき、コストと時間のカットになります。また、契約書の修正例が豊富にあるので、これを扱う法務部員が自然とスキルアップしていきます。ただし、こうしたリーガルテックを使いこなすにも一定の法務知識が必要であることは注意が必要ですので、育成を怠ることはおすすめできません。

最後に、法務人材のパフォーマンスをフェアに評価できる仕組みの導入も重要です。ある企業では、担当ごとに契約件数、法律相談の件数と納期をデジタルに集計し、難易度(≒ビジネス上の収益への貢献度)を掛け合わせて評価できるシステムを導入しています。もちろん定性評価は依然として重要ですが、定量的な評価を組み合わせることが可能になり(当該会社では定量的な評価が6割、定性評価が4割程度とのこと)、人材の育成、更にはITの導入がより容易になります。

②専門家の活用

多くの企業が専門家の活用の観点で悩んでいるポイントの一つに、コストがあります。専門家への外注コストを上げすぎないようにするための対策として、必ずしも顧問契約に頼る必要はありません。顧問契約のいいところは、自分の企業のことを普段からよく知ってもらっている専門家に、何かあったときにすぐに対応してもらえることです。ですが、全ての企業が、いつも何かのトラブルに見舞われたり、新たなプロジェクトで契約書チェックが必要になったりするとは限りません。そのような場合は、先述のリーガルテックの活用などにより、簡単な契約書チェックなどは社内で内製化できるようにしておいて、ピンポイントで、難しい課題だけ専門家に依頼するという方法があります。

加えて、弁護士に外注するとしたら、できれば複数の弁護士とお付き合いしておいた方がよいでしょう。相見積りもとれますし、どの弁護士がどういう分野に強いか、お付き合いしてみてはじめて分かることも多いです。契約書のレスポンスは早いがいざというときの訴訟戦略が苦手な弁護士、訴訟は得意だがコンプライアンスは苦手な弁護士、などいろいろですが、そういった情報はネットからではなかなかわからず、実際にお付き合いしてみないとわかりません。弁護士との付き合いに慣れてくると、得意な分野の弁護士に案件を依頼することに長けるようになり、相見積りもとりやすいですから、言い値でない価格で交渉でき(弁護士費用は言い値の部分が多く、正直わかりづらいです)、結果的に、コストカットにつながります。

また、こういう習慣を身につけておくと、基本的な法務課題は社内で解決を目指すようになりますから、法務人材育成にもつながります。前項のとおり育てた法務人材に専門家選び、目利きの能力も養わせることができ、社内の重要なノウハウ蓄積に繋がります。

今や、専門家は、得意分野ごとに使い分ける時代です。もし、専門家選びのノウハウが全くなくてどうやっていいかわからない人は、ひとまずは、リーガルテックサービスの一つでもある弁護士ドットコム等のマッチングサイトなどで相性が合いそうな専門家を何人かピックアップし、無料相談を利用してはどうでしょうか。そして、その専門家の実力を見極めてみましょう。

「顧問を探している、検討している」と言えば、弁護士などは、大手事務所でなければ、親身に対応してくれるはずです。そこで、複数の専門家を比較検討しましょう。比較基準は法律や判例などの知識だけではありません。ビジネスにフィットすることが重要です。例えば判断要素は、スピード、熱心さ、ビジネスへの理解など色々ありますが、なにより経営者との相性が大切です。専門家に相談するということは、会社の恥部もさらけ出すことになります。会社の裸を見せるようなものですから、それだけ感覚的に信頼できるなという人を探すことが大切です。

③ITの活用による負担軽減

これまでも何度か触れてきましたが、ビジネスにおいて最も重要なリソースである「人材」と「時間」を、ビジネスにおける収益ポイントに集中できるようにするという観点から、ITの活用は重要です。活用すべきITは非常に幅広いですが、まずは、大きく分けて以下のような種類があります。

業務の基盤となるGoogle Suitや Microsoft365
・ビジネス上のデータの格納先となるサーバー(オンプレミスや・AWS/Azure/Google Cloudといったクラウド)
・SlackやTeamsといったビジネスチャットツール
・ZoomやWebexといったビデオ会議ツール
・セールスフォースを始めとする、マーケティングツール(MA/ SFA/CRM)
・freeeやマネーフォワード、勘定奉行といった会計ツール
・加えて、Docu Signやクラウドサインといった電子契約ツールや前述した契約書レビューツールをはじめとするいわゆる「リーガルテック

これらの全てを、自社のビジネスや現状の業務に合わせて設計することが重要で、どれかを取り入れれば一気に改善するといったバラ色の未来は残念ながらありません。一つ一つ解説したいところですが、紙面上難しいので別の機会に回したいと思います。今回は、特に、目的達成のための最適なリソース配分の判断基準としてルールを使いこなすという観点からの活用すべきITを中心にお話していきます。

既にお伝えしたように、ビジネスにおいて大切なのは、(1)ルール違反となる境界をできる限り正確に把握し、(2)違反による影響度を見積もった上で、ルール違反の可能性のある業務がビジネス目的達成へどれだけ貢献するかと比較できるようにすることです。

したがって、まずは、自社のビジネスのうち、どの部分がルールに抵触する可能性があるかを正確に把握できるように、ビジネスプロセスの全体像を見える化する必要があります。
具体的には、組織体制の整備(優秀な人材の採用とレポートラインの構築)、業務フローの整備、マニュアルの作成、業務を支援するシステムの導入という当たり前のことを一つ一つ実行することです。特にシステムの導入においては、Google Suit等のクラウド型の業務基盤や、AWS等の各種Cloud Computing Serviceの活用が効果的ですが、詳細は非常に細かくなるので、別の機会に解説しようと思います。

次に、許認可の取得から原材料等の購入、従業員の雇用、登記といった、自社が戦っているビジネス(=ゲーム)のルールを形成する事項は、基本的に文書の形で作成・保存されることになります。そのため、文書の作成・管理のためのツールを導入することが重要です。現状、多くの企業では、WordやExcelと言った形式のファイルを会社から与えられたPC端末(非常に危険ですが、個人の端末に保存してしまっていることすら普通にあります)に作成し、案件に応じてメールで送受信したり、印刷して紙資料として管理し、行政機関やお客さまへの提出・提供をしているのではないでしょうか。この場合、どのような取り決めがお客さまとの間で存在するかをはじめとして、遵守すべきルールを社として正確に把握するのが難しく、ルールを使いこなすことは困難です。

そこで、まずはGoogle DriveやMicrosoft Sharepoint、boxといったファイル共有Serviceを導入し、文書は全一つのPlatformで保管することをルール付けることをおすすめします。その際、当然ですが、文書の種別ごとにフォルダ構成を分け、誰が見てもどこに、どの件の、どのようなファイルが保存されているかが分かるようにすることが重要です(コツが要るので機会があれば解説したいと思います)。ファイル保存・共有ツールの多くは、検索性に優れているため、ルールの確認の際に文書を容易に閲覧できるようになります。

また、文書の作成プロセスにおいても、ファイル共有サービスは有効です。多くのツールは、複数人で同時編集ができ、変更履歴が残るため、業務の効率性を高めることが出来ます。また、URLだけで社外にも共有し、許可した人のみしか閲覧できないようにもできるので、文書の漏洩リスクを引き下げつつ、メールの往復によるデグレ等の管理コストの低減ができます。

さらに、先おど述べたように、昨今では、契約書上の条項のリスクをAIで洗い出すサービスや、契約書作成・交渉・管理に特化したドキュメント管理・共有サービス、押印不要で契約締結ができる電子契約サービス、特許等の出願を効率化するサービスなど、いわゆる「リーガルテック」も次々出てきているので、このようなツールの導入もおすすめしています(わたしたちの会社でも開発中です)。繰り返しになりますが、ビジネスは契約の集合体ともいえますから、契約作成〜締結後の管理までの業務を効率化・高度化することは、いわゆる法務部門は当然のこと、ビジネス戦略上の付加価値に直結します。

そして、お客さまと契約を締結した後に重要となるのが、顧客情報の管理です。あまり考えたくはありませんが、お客さまの情報がハッキングなどで流出してしまった場合に、漏洩した情報の特定(誰の、いかなる情報か)を把握できなければ適切な対処ができません。また、個人情報保護法が改正され、2年程度の後にお客さまから情報の削除や変更が要求されるようになりますので、適切な対処ができるようにしておく必要もあります。そのためには、権限がある人だけがどこからでもアクセスができる、AWS等のクラウドサービスが提供するセキュリティの高い(クラウドサービスは、その特性上最新かつ世界最高のセキュリティレベルが日々保たれるため、自社でアップデートを繰り返しメンテナンスをしなければならないオンプレミス型のデータベースに比して、保守管理上の効率性が高いです)データベースを整備し、管理することが重要です。

さらに、ライセンスやレベニューシェア、代理店を通した販売など、自社が他社にどのような権利を持っているかの管理も重要です。したがって、ライセンスや契約管理ツールなどの導入がポイントとなってきます。昨今はブロックチェーンや分散台帳技術を活用した各種管理ツールも出現してきていますが、ここまでくると本稿の範囲を超えてきますので、こちらも別の機会に解説したいと思います。

文書の作成・管理、顧客情報の整備・メンテナンス、権利管理にITを活用できると、ビジネスのルールがかなり正確に把握できるようになります。そうすると、違反に起因するインパクトの大きさについての見積精度が向上するので、ビジネス上のジャッジを効率的に行えるようになるでしょう。さらに、複雑・重要な問題が起きたときに弁護士等の専門家を活用しようという場合でも、既に論点や証拠の整理ができており、かつ、コミュニケーションツールなどにより相談プロセスそのものの効率化できるようになればで、コストを全体として抑えつつ、タイムリーな相談ができるようになるのです。

4. 最後に

今回、事業経営者もしくは法務・総務にてコーポレート業務をご担当されている方々の目線に立って、最先端のビジネス法務の基本体系について書かせていただきました。ビジネスと法務の関係を定義し、実際のビジネスにおける法務事例の整理を前提に、法務を強化するためには具体的にどうすれば良いのかの基本を、できるだけ、ポイントを絞ってわかりやすくまとめたつもりです。

もちろん、実際の実践には、社内の個別事情により、簡単には行かないことも多いと思います。しかし、本質的な事項はここに全てまとまっていると確信しています。ぜひ、試してみていただき、少しでも読者の皆さまのビジネスのお役に立てたなら、頑張って書いた我々としても最上の喜びです。

最後に、我々の思いを書いて、長文となってしまった本noteの締めにしたいと思います。

我々はマーケティング、法律、IT、金融といったそれぞれの専門家として活動しながら、現在の業務にあたっています。その中で、メンバーそれぞれが持つ専門性に刺激を受け、毎日のように新しい気付きを得ることができています。今の環境は本当に恵まれたものであると肌で実感しています。

しかし、周りを見渡せば、同じような環境で事業運営に従事されている会社ばかりではありません。自社の尖った製品・サービスに注力するあまり、ビジネスというゲームのルールの存在、その活用を軽視してしまい、世の中にイノベーションをもたらす可能性のある企業が市場から退場してしまうことも少なくありません。この分野におけるノウハウに関しては、多くの事業者が敬遠し、苦慮されている分野であると思います。

そこで我々は、自分たちの持つノウハウをできる限り広くたくさんの企業に提供し、『ビジネス=法規制というルール上のゲーム』という認識の定着、法務基盤の強化による成長社会の実現に貢献したいと考えております。
究極的には、誰もがルールを使いこなせるシステムをすべての組織に内包できるような製品を生み出したいと思っています。

しかし、残念ながら、我々は自分たちが在籍した会社や、これまで関わってきたお客さま以外の方々が、法務へどのように向き合っているか、具体的には多く知りません。ですので、ぜひ教えて下さい。お礼として、お手伝いできる範囲で、無料の相談などお受けしたいと思っています。

以下にメールアドレスを掲載しておきますので、まずは気軽にご連絡ください!

 contact@legalize.co.jp

会社ホームページ:https://ligalize.co.jp/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?