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今更、大江健三郎(5)

『芽むしり仔撃ち』というジオラマ

大江健三郎『芽むしり仔撃ち』(新潮文庫)

『芽むしり仔撃ち』は大江健三郎初期作品の中で私が最も好きだった小説です。
他にも素晴らしい作品が多い中で、私がこの小説に特に心を惹かれた理由は、作品の構成や内容の素晴らしさもさることながら、この小説の主要人物が皆年若い少年たちだったことです。
大江作品の初期作品群は殆どが大江自身と等身大(高校生から大学生、20代後半までの青年期)の人物を主人公にした内容になっています。しかしこの作品ではそれよりも若い(現在の中学生くらいの)10代と思われる少年たちを主要人物に描いていて、こうした少年たちが登場人物となる作品はこの小説とおそらく『不満足』だけではないかと思います。
つまりこの小説には、作者自身が少年時代に経験した回想的な内容が含まれているのではないかと思うのです。

物語の内容は、感化院に収監されている少年たちの一群が、戦時下の影響により地方のある村に疎開させられることになります。そこの村に着くと、村の住人は村に蔓延する感染症を怖れて皆逃げ出してしまい、少年たちだけが取り残され孤立してしまう、という話です。

そこで主人公の「僕」と弟、感化院で生活を共にしていた仲間たちは、大変過酷な経験を余儀なくされるのですが、次々とふりかかる難題やトラブルを彼らは実に逞しく、知恵を絞って生き抜いていきます。
森に囲まれた村の中で生きる子供たちだけの世界。
この設定だけでも十分に惹きつけられるのですが、そこで展開する少女との出会い、李少年との会話、僕と弟の絆などが雪のひとひらのように淡く抒情豊かに織り成されていきます。
彼らは世間からみると屈折していて扱いに困るような存在なのですが、真の悪党ではなく心のどこかに優しさを持っているのです。その純朴さは大人たちの世界と対比することで一層際立っていきます。病気を治すように懇願する少年をはねつける医者や村に帰還して子供たちを力でねじ伏せようとする大人たちの非情さや残酷さには息苦しさを覚えます。
大人たちからの厳しい仕打ちを経験して、彼らは何かが弾けるように子供の殻を破り、次の世界への階段をのぼります。

この物語は子供の世界の中で起こる少年たちの葛藤や分裂を繰り返す一つの共同体の周りを、大人たちの黒く重い社会が覆いかぶさるように取り囲む二重の構造になっているように見えます。
大江少年は子供時代にこれと似たような経験に遭遇したようです。軍事下でまかり通っていた大人たちの理不尽さや横暴さ、暴力などを振り返り、遠い昔をジオラマの世界のように描いたのではないかと、そんな思いに浸りました。しかしこのジオラマのような世界は遠い過去の出来事ではなく、今も現実にある「自分たちの社会に不適合な者たちは排除しなければならない」という人間社会の薄暗さが映し出されていると思います。

この作品を読んで、厳しく哀しいと感じながらもどこかで懐かしく羨ましい・・・そんな矛盾した思いに捕われてしまいます。
多分それは、現在の暮らしの中に昔のような子供だけの小さな共同体、大人と子供がぶつかりあうそんな真剣な世界が失われつつあることを私自身がどこかで感じているからかもしれません。

今回もお読みいただきありがとうございました。

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