捉えられた宇宙人の刹那
そう、あれは…。
木々が生い茂る8月の事だった。
夏の浅草は活気に溢れ、ラムネを片手に涼を取る若人、文化に触れる英国人、
道端に腰掛け対話を楽しみ、休憩を挟む老人達。
浴衣姿で下駄の音色を奏でる女性、袖を肩まで捲り上げる甚平姿の男性も多々おり、
様ような人達を横目にしながら、私は人々も含め夏の浅草を楽しんでいた。
特に目的を持たずに名所を訪れるのが私は好きだ。
ふと目に映ったお店に寄っては商品を眺め、利用する予定もないものを数点購入しては、
それでいいんだ。利用する事が全ての目的じゃない。
思い出が形として残ってくれる事が素晴らしいんだ。
そう自分を納得させながら買い物を楽しんでいた。
景色と人間模様を楽しみながら目的もなく名所を楽しんでいると、食事も忘れて時が経ってしまう事はよくある事で、気が付けば陽も傾き始めていた。
ああ、もうこんな時間じゃないか。さぁ、食事にしよう。
私は老舗の雰囲気を醸し出している蕎麦屋に入った。
名所と言われるところで歴が長いと言う事は愛されてきたお店に違いない。
窓も大きく、景色を楽しみながら食事を楽しめるはずだ。
そう考え、老舗の蕎麦屋を選んだ。
ゆっくりと時間を流しながら蕎麦と景観を楽しむ。
なんて贅沢な時間なのだろう。
私は帰る前から必ず、別の季節の浅草にもまた来ようと心の中で決めていた。
食事を終える頃にはすっかり影が伸び、
浅草は来た時とは異なる表情を見せていた。
明日、職場のみんなに手土産を渡したいから、少し待っていてくれないか。
私は友人を少し待たせ、店員の女性に勧められた団子を幾分か包んでもらった。
すまない。待たせたね。さぁ、家に帰ろう。
右手に手土産を、左手はいつでも財布を取り出せるように、何も持たない状態で、
人々の群れに溶け込みながら出店の並ぶ商店街を歩いていた。
日が落ちてきたとは言え、人混みの中、夏の浅草は私には少々堪えてしまったが、
あと少しで駅に着く為、駅内で何か飲み物を買おうと決めていた。
嗚呼、西日が眩しい。
夕日はどうして私の心をこんなにも切なくさせるのだろう。
そう思いながら目を細め、西日の射す浅草の空を眺めていた時、
気が付くと誰かに左手を握られた。
え…?
ふと目をやると、そこには桃色の浴衣を纏った、散切り頭の小さな女の子が私の左手を握りしめ、
ニコニコと笑っていたのだ。
え、え、えっなんで。どう、えっ、あ、でも小さな子だし怖がらせちゃ、
う、えっ、逆の手おっさんと手繋いでる、え、誰?
どういう、あ、嘘、怖い怖い怖い、でもめっちゃ笑ってる、えっ
私は完全に佐藤二郎化していました。
左手女の子おっさん左手女の子おっさん。
3往復くらい3箇所を見て、パニック、見てはパニックを繰り返し、
体感は10秒、実際は恐らく2,3秒でしょうか。
「あ、ああすいません。」
あ、おっさんがなんか謝ってる何、え、あ怖い怖いえ、あ…
…お父さん?
「あ、いえ、可愛いですね。」
私は一か八か賭けに出て、見事勝利を収めました。
その子はお父さんと浅草に来ていた女の子でした。
一瞬、ほんの一瞬でしかないのですが、
私は今でも忘れられません。
宇宙人を捉えた人類の絵面になっていたその刹那を。
それでは、
またいつか夏の浅草で。
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