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#8_レディダンの下克上(後)。

2010年11月20日。KBS京都。DTLパーティ当日。

会場には金、赤、茶、黒と南蛮趣向の髪色に、細身のスーツをまとった男性たち。盛り髪に露出度の高いドレスの女性たち。四捨五入すれば同じような600人だが、その統一感はなかなか壮観だった。かくいうボクも当時は茶髪に染めていた。消したい過去ではある。

見るからに土地柄の悪い成人式のようだったが、結局は進学校育ちの人間が集まっているので、みな節度を持って楽しんでいる。決して他のサークルに迷惑をかけることなく、それぞれのテリトリーでお利口さんに。

当日のタイムスケジュールはこう。

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(なんとも香ばしいフォントだなぁ。)

パーティスタッフの開会の挨拶で、2010年のDTLパーティが始まった。ぼくの出番は、レディ&ダンディー1。まずは会場の雰囲気をつかもうと、ミスミスター制服部門を見る。

さすがに顔が整われていらっしゃる。


各テニサーから選抜された屈指の美男美女である。高校時代も学年で一番の、とか町で一番の、とか言われてきたのだろう。黄色い声援と、隠しきれないゲス視線がステージに注がれていた。

しかしそんなことはどうでもいいのだ。ぼくが背伸びしたところで、ミスなんかと付き合えるわけがない。同学年のミスターか、サークルのしょうもない先輩と粘膜をこすり合わせるのがオチ

19年も生きれば、自分の点数くらいわかる。顔に全振りした能力者たちが集うテニサーにおいて、同じ土俵で戦えるわけがない。

だからこそ笑いでは負けられなかった。ここで負ければ、どこでも勝てない。「優しいヤツ」という誰でも手に入れられる武器じゃ戦えない。

大学生活で彼女をつくるために、自分の点数を上げて彼女候補の選択肢を増やす。そのためにレディダン優勝は必須。


なんと言われようと、ぼくのモチベーションはこれだった。

一人ごちていると圧倒いう間に時刻は11:30。とうとうレディダンの第1ブロックが始まった。各テニサーから選抜された、おもしろ男女によるネタ見せ。他のサークルはどんなネタをするのか。楽しむ余裕なんてミリもない。イヤなお笑い素人の目でまじまじと見つめる。そして気づいた。

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そもそも声が聞こえないサークル。芸人さんの漫才を完コピするサークル。恥じらいながらネタをするサークル。まともにウケているサークルは数えるほどだった。

レディダンになるためにテニサーに入り、レディダンを勝ち取るために飲み会に参加し、レディダンで優勝するために相方に嫌われながらネタ合わせをしてきた。あの時間は何だったのか。

ニビジムのリーダーを倒すために、レベル40までヒトカゲを育てた過去を思い出した。


いやいや、油断は禁物。決勝に残るのはこのブロックで1組。客席には純粋なお笑い好きが集まっているわけではない。それは文化祭の出し物に似ていて、自分のサークルの出番のときには歓声が上がる。四大テニサーの一角カムトゥギャザーなんかは、客席から「カムトゥギャザーコール」が上がっている。

場の空気。人気投票。何があるかは分からない。

いよいよボクらWHITEの出番が来た。出番の直前まで舞台袖で相方のイズミとネタ合わせをする。それは幾度となく見た、爆笑オンエアバトルのオープニングシーンのようだった。

「続いてのサークルはWHITE!」出囃子が流れる。ステージへ駆け上がる僕とイズミ。

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あっという間の4分間だった。客の反応を見る余裕もなく、ウケていたのかもわからない。出番を終えるとサークル仲間から「おもしろかったよ」と優しい言葉をかけられたが、純粋には受け止められない。結果発表は16:00。それまで本当にウケたかはわからないのだ。

お昼休憩をはさみ、なおもミスミスター、レディダンの予選はつづく。パーティという楽し気な言葉とは裏腹に、口は乾き、貧乏ゆすりが止まらない。もういっそ落ちてもいいから解放してくれ、とさえ思う。

そして、その時が来た。時刻は16:00。

「レディダン決勝進出サークルは…」






WHITE、クォーター、レモンスカッシュ!


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ドパミンがぶしゃっと弾けた。人生ではじめて何かを成し遂げた気がする。ぼくはレディダンで決勝に残るために生まれてきたのかもしれない。

さんざギスギスしていた僕とイズミだったが、さすがにこの時だけは心が通い合った気がした。二人して喜びを爆発させる。急ぎホールの裏で決勝ネタを合わせることにした。しかし、イズミの目が泳いでいる。

「あかん、ネタ覚えられへん。」


震えながらイズミが言った。なんということだ。それでも時間は待ってくれない。いくしかない。なんとか奇跡を信じるしか…。

かくして決勝がはじまった。敵は、女子校育ちで笑いにどん欲なのんたろう(女性)率いるクォーター。ほりけんのハイテンションボケと、ほんじょりの的確なツッコミで会場を沸かせた正統派漫才のレモンスカッシュ。対して、テニサーウケを狙った下ネタ満載のWHITE

司会のがなりが、会場にこだます。

「決勝2組目は、WHITE!」


M-1でおなじみの「Because We Can」が流れる。出だしは順調。予選と違い客を見る余裕がある。ウケている。よし。よしっ!このまま。何事もなく終わってくれ。ネタも中盤。もう少しで大オチ。さぁいくぞ。ラスト決めるぞ。

と、そこでイズミの言葉がぴたりと止まった。





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そこからの記憶がごっそりと抜けている。断片的に覚えているのは、ネタが飛んで完全に漫才が止まったこと。テンぱった挙句、何かせねばととんでもない下ネタをほりこんだこと。その結果、会場中が変な空気になったこと。

レディダン優勝は満場一致でレモンスカッシュ。クォーターもぼくらと同様にネタが飛び、のんたろう(女性)が一発芸をしたが、シモの差かWHITEが準優勝に輝いた。

こうしてぼくのDTLパーティは終わった。WHITEはミスのゆかりが準優勝、そしてレディダンで準優勝。中の下テニサーWHITEがジャイアントキリングを成し遂げた一日だった。

パーティ終了後、レディダン準優勝のぼくはバレンタインデー当日のように、そわそわしながら会場を練り歩いた。連絡先交換の準備はできている。写真撮影だって喜んで引き受けよう。

「写真撮ってください!」


振り返ると、となりで予選落ちしたミスターが、他サークルの女の子から声をかけられていた。

ぼくは忘れていた。そう。ここはテニサー。圧倒的容姿礼賛社会

その日ぼくは、吐くまで飲んだ。
(つづく)

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