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つんでるシネマログ#7 シンプル・プラン

原題:A Simple Plan1998/アメリカ
上映時間122分
監督:サム・ライミ
出演者: ビル・パクストン ビリー・ボブ・ソーントン ブリジット・フォンダ

 自分が善良で平均的な普通の市民であると思ってはいないだろうか?
実はそれは非常に残酷な行為に繋がっているかもしれません。

 サム・ライミ監督が「死霊のはらわた」から続くユーモア、コメディを廃して描いた、仄暗いノワール映画それが「シンプル・プラン」です。

 サム・ライミ監督は「スパイダーマン」シリーズなども後に撮りますが、監督の他のフィルモグラフィを見ても明らかにこの作品は特異です。他には無い徹底した陰のドラマが展開する、非常に嫌な映画なのです。

 金に目が眩んだ人々が行き当たりばったりの計画の末に破滅していく物語で、その中で人間のいやーな部分が炙り出されていきます。それを非常にスリリングに描いています。

あらすじ


 ごく普通の男ハンクは、田舎町でほそぼそと暮らす、どこにでもいそうな人間だ。サラという美しい妻がいて、もうすぐ子どもが生まれるという。ハンクの兄のジェイコブは、なんとも冴えない風体の男で、仕事もろくにしてない人物だ。同じく失業しているジェイコブの悪友ルーは粗暴な感じの男。彼らは田舎町の腐れ縁なのか、日々つるんでいる。
 三人はある日、雪深い森の中で墜落したセスナ機を発見する。その中から死体と大金を見つけた彼らは、その金をくすね、このつまらない人生から抜け出そうと考える。だが、大金をしばらく秘密にするだけのシンプルな計画は次々破綻、事態は加速度的に悪化していくことになる。


崩れていくパワーバランス

 大金を手にしたことで、特に犯罪者でも、悪人でもない、田舎町で暮らす市井の人たちの生活が崩壊していくのですが、この描き方がこの映画は見事です。

 大金を隠してしばらく内緒にして、安全かどうか様子をみるというのがこの映画の「シンプルなプラン」なのですが、これを達成するのがめっぽう難しい。この金のことを知っているのはハンクと兄ジェイコブとその親友のルー。そしてハンクの妻のサラのたったの4人です。まず、自分が普通でまともだと「自認」する(自認していると言うのがミソです)主人公のハンクが金を預かる事となりますが、金という力を持ったことにより、全てが狂っていきます。

 やがて粗暴な男ルーが金がある事実に欲が抑えきれなくなり、計画を無視してハンクを脅し、金をせびりだします。慌てたハンクは妻サラの助言で一計をめぐらせ、ルーを逆に脅迫しようとします。ですが、それでどうしようもなくなったルーはショットガンを持ち出します。これは金という力を握ったハンクに対して、銃による脅しという暴力で対抗する形となったと言えます。

 こうなることはどう見ても分かっていたことです。貧乏で性格も粗暴だった男ルーが、すぐ手の届く範囲に金があるという事実を前に、それに耐えるのが難しいことは想像できます。

 力関係の問題は終盤にも顕著に出てきます。この金を探しに来たある人物との対決が終盤にあるのですが、ハンクはこの人物に銃で脅されます。この人物はハンクが銃という力を持っていない事を前提に行動していますが、ハンクが銃を手にした瞬間にパワーバランスは崩壊、呆気なくこの関係は終わります。金のために銃が出てきて、銃が出てきたら、こちらも銃を出さないといけない、そして引き金を引かなくてはいけない。

 世の中、国家間の大きな関係から、人と人の小さな関係まで、お互いが対等であるというバランスで成り立っているとした時、突如として姿を表したこの映画の「金」という存在は、国と国との関係を崩す兵器のようなものです。一度持ち出すとバランスを取るために脅しや、銃などの暴力を持ち出さなければならなくなってしまいます。

 人はそんなバランスが日々崩れない前提で日常を生きています。その中でだれかに権力などが集中するなどのバランスが崩れた際には、大抵不幸な結果が伴います。よほどの信頼関係がないのに、権力や特権を作らないというのは、関係性のバランスを取る上で非常に重要な考え方だと思います。

 けどそんな事を一切考えない浅はかな人物が登場人物の中に一人いるのです。その人物は主人公のハンクです。そんな彼が浅はかさ故に悪夢の中に落ちて行くのがこの映画のノワールな部分です。

本当に思慮深い人物は誰なのか?

 ごく普通の男ハンクと書きましたが、実は善良な人物では全くない事がわかっていきます。そしてその妻のサラも同様の人物です。ハンクは自分が普通だと思い込み、風変わりなジェイコブや粗暴なルーを普通以下の存在だと自覚なく差別しているのです。

 パワーバランスの崩壊で見えてきたのは、ごく自然に下の人間を見下す、ハンクの本性です。

 逆に風変わりだが優しく思慮深い人物は兄のジェイコブなのも分かってきます。それはジェイコブの行動が示しています。

 命日の前に死んだ父の墓に花が添えられていたという会話が冒頭でなされます、これをハンクは疑問に思いますが、実はジェイコブが命日以外の特別な時以外にも墓参りをするような人物であることを示しています。ハンクはジェイコブを見下しているので、ジェイコブが「なぜ墓参りをするのか」という事に関して、何も考えが及んでいません。

 それだけにとどまらず、馬鹿だと思われていたジェイコブが機転を効かすシーンは他にも描かれており、ジェイコブが見た目の印象に反して思慮深い人物である事が描かれています。特に中盤のジェイコブがハンクさえも欺いてルーを騙すとあるシーンは、最もスリリングなこの映画の白眉になっています。

 ジェイコブも欲に目が眩んだ人物ではありますが、それに翻弄される最も善良で普通な人物は彼なのです。このジェイコブという人間は非常に切ない人物で。このハンクとジェイコブの関係性が映画の核になっています。

 語られる彼のエピソードは中々に泣かせるものがあります。彼はかつて親が持っていた農場を金で買い戻して、そこで暮らしていきたいと言うのです。また今まで女性と付き合ったことは一度で、それも相手が賭けで付き合ってくれたものでした。けど、それが分かった後もその女性が優しく接してくれたことを話してくれます。これらの事から、彼が悪い人間では決してない事が伺えてきます。

 そんな彼が欲に目がくらんだ理由も秀逸です。彼はただ、金さえあれば普通に成れたのかもしれないと金を欲するのです。

そして何事もなかったような地獄が続く

 当然ながらこの計画がうまくいかないのは映画が始まった瞬間からわかっています。そしてこの映画は終盤、ジェイコブのとある行動から全てが丸く収まり、何もなかったようにハンクが今まで通り生きてきた元の状態に回帰します。ですが、実は全てが変わっていて、ハンクは深い絶望の中を生きていく事になります。

 映画は犠牲は払ったが、何にもならず、何一つ変わらなかったという、終わり方を迎えます。

 自分が普通であると考える人間ハンクが、普通だという思い込みから周囲を差別化して破滅していく姿が非常に胸を打ちます。邪悪な人間が悪逆非道の限りを尽くす、という事よりも、ごく普通の人間の誰にでもあるような、自分にもあるような面を見せられるという本作はとてもつらい物があります。

 その有り様を常に高い緊張感を持って描く本作は。地味ですが非常にスリリングです。派手なカーチェイスや銃撃戦や頭脳戦もないですが人の機微を捉えた人物描写や、円環を描くようなお話の構成も緻密であり、確実に破滅までの布石が置かれていくので、全く退屈させることはありません。犯罪映画の隠れた傑作だと思います。

 ライミ監督作品としては、アカデミー賞も受賞し、色々と似ている『ファーゴ』と比べられるなどして、あまり人気がない本作かもしれませんが、普通である事を強いられ、皆が普通を求められる様な、今現在の世の中で、この映画は今一度観ると思うところが多々ある作品だと僕は思いました。

 自分が普通であると強く思うことは、普通と、それ以下という存在を勝手に決めるということでもあります。

 この映画に出てくるのは皆、小市民で特別な存在ではないのですが、その中での差別の構造があって、それが悲劇を生むというのは、何とも色々と思わせるものがあります。例えば今のインターネット、SNSなどを見ていると、お互いを監視しあって見下しあって、いがみ合うという事が横行しています。普通で善良と思いこんでいる人ほど、「普通で善良」という事を免罪符に他人を攻撃しているような印象があります。

 普通という、ありふれたものの中に身を置く事は安定のように思うかも知れませんが、それはともすれば単純化ではないでしょうか?そして単純にしてはいけない複雑なことまで単純にしてしまう事は非常に暴力的な行為ではないでしょうか?「シンプル・プラン」といえば、なにやら聞こえはいいですが、シンプルには出来ない様々な事が世の中にはあるはずです。

 普通って一体何なのか?なんとも身につまされる映画です。


『シンプル・プラン』から連想した映画

ファーゴ
言わずもがなのコーエン兄弟の有名作。ジョエル・コーエンは「死霊のはらわた」の編集にも関わっていたので、サム・ライミとは交流がある。この映画の際にも雪の中の撮影に関して助言を求めていたという。
雪景色にほんの無邪気な狂言誘拐がとんでもないことになるという話や、金をめぐる話は同じものを感じさせます。アカデミー主演女優賞を主演のフランシス・マクドーマンドが受賞。脚本も受賞している。
1996年公開でシンプル・プランは1998年。


メモ

監督 :サム・ライミ
アメリカの映画監督。映画プロデュサー。
自主制作した『死霊のはらわた』が大ヒットし一躍、映画監督として華々しくデビューした。ホラー映画の他『スパイダーマン』三部作を監督するなど多様な映画作品を手掛ける。映画製作会社「ゴーストハウス・ピクチャーズ」を『死霊のはらわた』以前からの盟友であるロバート・タパートと設立。ヒット作を生み出すと同時に後続の映画監督を輩出している。


脚本:スコット・B・スミス
アメリカの作家、脚本家。処女作「シンプル・プラン」でスティーブン・キングに絶賛され、サム・ライミが映画化。その後、「ルインズ 廃墟の奥へ」 を執筆、こちらもキングに激賞され、『パラサイト・バイティング 食人草』のタイトルで映画化される。他は執筆していないようだが、2022年にアマゾンプライムのクロエ・グレース・モレッツ主演のドラマシリーズ『ペリフェラル 接続された未来』の脚本と製作総指揮を手掛けている。


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