見出し画像

ライターを探してみて、ライターに思うこと

いま一緒にワークできるライターを探しているが、世の中に多くのライター志望の人が居ることを知った。こんなにも多くの人がライターになりたいと思い、ライターにチャレンジしている人がたくさん居るのを見てビックリした。

なぜビックリするのか?
ライターになりたいことは、僕からするとハードなチャレンジに感じる。
文章を書くことは、自分の内面で勝負すると同義であり、
長い文章を書けば、自分の性格が、文章ににじみ出てくる。
自分のパーソナリティを全出しで勝負する、それがライターに思う。

面白くない人に、面白い文章を書くことは出来ない。

ただ今回いろんな記事を読んでみて、面白いライターは一定数居ることを知った。

文章というフォーマットに、自分の気持ちをこれでもかと乗せている人の文章は面白い。荒削りだし、伝えたいことにたいして盛り込みすぎな文章かもしれないけれど、そこに熱意がある。
書きたいという熱と、伝えたいという思いがある。

そういう文章は最後まで読ませる文章だ。

書き手と読み手が同じキモチになるような、書き手の状況描写でリアリティを作り、心理描写をもって書き手にシンパシーを感じさせて、読み手は過去の記憶を想起させられる。
そして読後に、彼らの熱が、自分に残っていることに気づくような文章だった。彼らの別の記事も読みたいというキモチにさせられる。良い文章だ。

ただライターの難しさはここからに思う。
ひとつの名文があればライター業は完成ではない。
だからライターは難しい。

自分の思いを書くなら良いが、依頼記事の場合、もし依頼されたプロダクトが、あまり熱を感じないものだったり、あまり特徴が無いように見える経営者のインタビューをするとして、読み手が読みたいと思えることが書けるかがライターに求められる。

自分が知らない対象に触れたとき、よくわからない得体もしれない人に会ったときに、もしそれが良いものだとして、いや悪いものでも、どこを切り取れば、それが読み手の興味を喚起することができるのか、おもしろいと感じてもらえるのか、自分の引き出しを総動員して、対象物と向き合い、書かなくてはならない。

では面白い記事が書ければ良いのか?
否、ウェブの世界は大量の記事で溢れている。おもしろい記事であれば読まれるというものでもない。
ウェブの文章では、いかに早く相手の引きを作る文章を書く必要がある。
漫才のM1のようなもので、早めに客を掴み、引きを作り、引きを作りながら、徐々にこちらの世界に引きずり込んでいく。
「ほんで、どないなりますねん」という思いを作りながら、センテンスごとで笑いを繋ぐ。それがウェブ文章である。

サブカルインタビューで有名な吉田豪は「インタビュー前に対象相手のことを綿密にリサーチする」といった。そして「対象を好きになること」が大事だ。と。
ただ普通のインタビュー記事であれば、相手の会社にそこまでの情報が無い。アイドルのインタビューをするのと、地方の中小企業の社長のインタビューでは、ネットにある情報があまりにも違う。

もしあなたが岐阜の繊維工場の中小企業の経営者にインタビューするとして、ネットに情報が無い。会社概要と経営者プロフィールから、事前に準備をし、読み手が知りたい情報を想像し、いかに相手に踏み込んでいけるか、一発勝負の場となる。その場で、発せられた言葉から、読み手が知りたい情報を掘り下げをする。この踏み込み方で、記事の熱量は変わる。
そしてそれは間違いなくライターのパーソナリティに掛かっている。

ただ僕としてはそういった視点をもったライターが、ネットに一定数居ると感じた。久しぶりにnoteを見に来て、そう思った。(文字単価はちょっとなんだか悲しい表現に思ったけれど)

僕はそういった思いがある人と一緒に仕事がしたいと思う。

できれば企画からご一緒にできるととても嬉しいのだけど。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?