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[世界史探究] 新教科書⑵ -枠組が変わったこと-

 高校新科目「世界史探究」の新教科書に関する記事の第2回です。

 今回から,新教科書の具体的な内容や「世界史B」との相違点などについて,学習指導要領の記述を参照しながら見ていきます。

 なお,一連の記事内容は,第1回の記事で挙げた5冊の教科書を通覧しての情報です。新教科書は全部で7冊あり,残り2冊は未確認です。あらかじめご了承ください。

第1回の記事はこちらから


「人類の進化」は外されたのか?

 本をパラパラとめくりながらザックリ中身を確認するとき,たいてい巻頭の特集ページなどは飛ばして,本編の最初から見ることが多いのではないでしょうか?

 そうやって「世界史探究」の教科書をめくると,これまであった「人類の進化」(アウストラロピテクス云々から始まる項目)が無くなったように見えます。

 「世界史B」教科書では,本編第1部の「序章」で扱われていたはずですが,そこには見当たりません。

 じつは無くなったわけではなく,「世界史へのまなざし」という巻頭の導入部へ移されたのです。
 単に移されただけではなく、山川詳説など主要教科書ではトピックス的な扱いになっていて,いかにも本編から外された印象が強いです。

 じつのところ,旧学習指導要領「世界史B」には,すでにこの内容を明示する記述は無く,教科書に掲載する根拠自体,もともと曖昧でした。

 この700万年にもわたる人類史については,本来,古人類学(理学)の領域であって,考古学とは一定の関わりがあっても,歴史学とはかなり疎遠だと言わざるを得ません。

 「中学歴史」も含め,日本の歴史教科書は,旧くからこの内容にこだわりがあって外せないらしいのですが,今回の指導要領改訂で一つの「落とし所」が示されました。

 新学習指導要領「世界史探究」では,導入部の「A 世界史へのまなざし」の中に「⑴ 地球環境から見る人類の歴史」という項目が設けられ,これを受け皿として,「人類の進化」を本流から切り離したようです。

 一方で,これまで「人類の進化」と抱き合わせで序章内に押し込められていた農耕・牧畜の開始から文明誕生へいたる流れは,第1部・第1章の冒頭へ「昇格」し,古代文明へと直接つながる位置づけになりました。

 ようやく本来あるべき位置に落ち着き,自然な流れになったと思います。


「学習のまとまり」が大きく変わった

 新教科書をパラパラめくっただけでは気づきませんが,中身を見ると,その内容構成は,予想外に大きく変わっていました。

 下記は,学習指導要領における「世界史B」と「世界史探究」の大項目の比較です。

◆ 旧学習指導要領における「世界史B」の大項目
⑴ 世界史への扉
⑵ 諸地域世界の形成
⑶ 諸地域世界の交流と再編
⑷ 諸地域世界の結合と変容
⑸ 地球世界の到来
    ↓
◆ 新学習指導要領における「世界史探究」の大項目
A 世界史へのまなざし
B 諸地域の歴史的特質の形成
C 諸地域の交流・再編
D 諸地域の結合・変容
E 地球世界の課題

高等学校学習指導要領(平成21年/平成30年)より

 どちらも,最初の項目(世界史への扉/世界史へのまなざし)は,本格的な学習に入る前の導入で,ウォーミングアップのような位置づけです。それに続く⑵〜⑸やB〜Eが,本格的に歴史学習を行う項目になります。 

 上記からは,世界史B・世界史探究とも似たような項目立てで,内容構成はほぼ変わらないように見えますが… 実際に中身を確認すると,全く違っていました。

 例えば,世界史Bの⑶と⑷の区切りは,ほぼ中世と近世の区切りでしたが,世界史探究のCとDの区切りは,近世と近代の区切りに変わっています。

 世界史Bの「⑷ 諸地域世界の結合と変容」は,西洋史だけで見ると,大航海時代から産業革命や市民革命を経てアジアの植民地化にいたる内容でした。
 それが,世界史探究の「D 諸地域の結合・変容」は,産業革命・環大西洋革命から,なんと第二次世界大戦と戦後の国際秩序にまで及ぶ長大な範囲になりました。

 このように「学習のまとまり」が大きく変わったことは頭に入れておかなければなりません。

 指導要領の大項目は,教科書では「第1部…,第2部…」とか「第1編…,第2編…」のような学習単元の大きな括りに対応します。

 世界史Bでは,教科書によって,項目立てに独自色を出すケースも見られたのですが,世界史探究では,いずれの教科書も新学習指導要領の項目立てに,ほぼそのまま沿う構成になりました。 

 各教科書とも,だいたい以下のような項目立てです。

  • 世界史へのまなざし

  • 第1部 諸地域の歴史的特質の形成

  • 第2部 諸地域の交流・再編

  • 第3部 諸地域の結合・変容

  • 第4部 地球世界の課題

 私が閲覧した5つの教科書の中では,東京書籍のみ第3編・第4編のタイトルを独自のものにしていますが,その他の教科書については,ほぼ横並びで指導要領通りでした。

 より本質的な「学力観」や「学習観」の議論はさておき,少なくとも外形的な面で,今回の新教科書は,概ね新学習指導要領に忠実であると言って良いでしょう。


「諸地域の歴史的特質の形成」大枠

 では,教科書本編の初っぱな「第1部 諸地域の歴史的特質の形成」から,少し踏み込んで見ていきたいと思います。

 「歴史的特質の形成」という仰々しい言い回しには抵抗感がありますが,「成り立ち」と意訳しても,それほど齟齬がないように思えます。

 この大項目で扱われるのは,おもな古代文明の成り立ちと,世界の諸地域の成り立ちです。

 これに関して,新学習指導要領「世界史探究」から,教科書内容に直接影響する「知識・理解」事項にしぼって,以下に抜粋します。

B 諸地域の歴史的特質の形成
⑴ 諸地域の歴史的特質への問い
 生業,身分・階級,王権,宗教,文化・思想などに関する資料を活用し,課題を追究したり解決したりする活動を通して…
⑵ 古代文明の歴史的特質
 ア)オリエント文明,インダス文明,中華文明などを基に,古代文明の歴史的特質を理解すること。
⑶ 諸地域の歴史的特質
 ア)秦・漢と遊牧国家,唐と近隣諸国の動向などを基に,東アジアと中央ユーラシアの歴史的特質を理解すること。
 イ)仏教の成立とヒンドゥー教,南アジアと東南アジアの諸国家などを基に,南アジアと東南アジアの歴史的特質を理解すること。
 ウ)西アジアと地中海周辺の諸国家,キリスト教とイスラームの成立とそれらを基盤とした国家の形成などを基に,西アジアと地中海周辺の歴史的特質を理解すること。 

高等学校学習指導要領(平成30年)より

 平たく「世界史Bからどう変わったのか」という観点で見て,注意すべきは以下の2点です。

  • 「⑵ 古代文明の歴史的特質」と「⑶ 諸地域の歴史的特質」に分けられていること。

  • 「⑶ ウ)キリスト教とイスラームの成立とそれらを基盤とした国家の形成…」がここに入ったこと。

 前者について,世界史Bではこういう分け方はしていませんでした。焦点は「古代文明」にどこまでを含め,どこからを「諸地域」とするのか? じつは教科書によってけっこう見解に差異があります。

 後者について,世界史Bの教科書では,第2部(旧指導要領の「⑶ 諸地域世界の交流と再編」)にまとめられていた「中世ヨーロッパ」と「イスラーム世界」が,前半(序盤)だけ前倒しされて,第1部に移されました。

 以上の2点は,教科書の構成に大きく影響しています。その具体的な内容については,次回に述べたいと思います。

続きは下記の記事にて

 

 



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