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生活に溶け込む病気発見技術

杉浦裕太研究室の杉浦です。この記事では東京医科歯科大学の藤田浩二講師たちと取り組んでいる整形外科の疾患スクリーニングシステムに関連した研究内容を紹介します。

関節、神経の変性が主体の整形外科疾患

整形外科と聞くと骨折などの外傷をイメージすることが多いですが、関節、神経の変性が主体の整形外科疾患があります。これらの疾患は、非常に緩徐に症状が進行するために患者自身が症状を自覚が困難です。自覚した時点ではかなり病状が進行し、結果的に手術などの侵襲の大きい治療を選択せざるを得ないことも多くなります。正確な診断には専用の機器が必須ですが、これは高額で、検査には専門的な知識と経験も必要なため、普及は専門病院にとどまっています。

特徴的な動作パターンが表出

一方で関節、神経の変性は初期段階であっても特徴的な動作パターンを呈することが知られています。熟練した医師はこの初期段階の動作パターン変化を見極めることができますが、患者自身や患者の周辺の人が把握することは至難です。そこで病院外の日常生活空間で、動作パターンをセンシングし疾患の初期症状をスクリーニングすることができれば、早期発見、治療、重症化予防につなげることができると考えています。これにより健康寿命を延伸するのみならず、医療資源をより重度の疾患に分配するなど、医療の効率化と医療費削減に貢献できる可能性があります。

ゲームをプレイすることで病気を推定

手根管症候群は聞き慣れない病名かもしれませんが、その有病率は2~4%と多く、中高年の女性がかかりやすい疾患です。手首を通る正中神経の圧迫が原因で生じます。
この疾患をスクリーニングすべく、画面に表示されたゲームで遊ぶだけで簡便に手根管症候群をスクリーニングできるスマホアプリを開発しました[1]。12方向に表示されるアイコンを親指の動作で取得していきます。手根管症候群の患者は、親指を動かしづらいという特徴がありますので、健常者との差を機械が理解できれば疾患を推定できるということです。
この推定において活躍するのが機械学習です。病院にくる患者の数は限られており、訓練用データを取得するには時間がかかります。そこで今回は異常検知という技術で、健常者の親指動作のみを訓練用データとして活用することで、効率的に推定モデルを構築しました。その結果、整形外科の専門医が診察時に行う身体所見と同等かそれ以上の精度での推定に成功しました。

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[1] Takafumi Koyama, Shusuke Sato, Madoka Toriumi, Takuro Watanabe, Akimoto Nimura, Atsushi Okawa, Yuta Sugiura, Koji Fujita, A Screening Method Using Anomaly Detection on a Smartphone for Patients With Carpal Tunnel Syndrome: Diagnostic Case-Control Study, JMIR Mhealth Uhealth, Vol.9, No.3, e26320, 2021-3. https://doi.org/10.2196/26320

グーパーを繰り返すことで病気を推定

頚髄症というのは頸椎の骨の中において脊髄が圧迫されて生じる病態です。具体的な症状としては手の動かしづらさが生じる巧緻運動障害や、手足のしびれや歩行障害といった症状があります。頚髄症の診断には、10秒の間高速にグーパー運動をしたときの実行回数で評価をするスクリーニングが広く使われています。
そこで、この既存のテストを拡張し、自動的かつさらに精度の向上を目指して、三次元センサであるLeapMotionを用いて、スクリーニングをできるシステムを開発しました[2]。グーパーの周期的な運動に着目し、周波数解析から、機械学習を導入することによって、既存のテストと比較して自動的でさらに高い精度で疾患をスクリーニングできるようになりました。

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[2] Takafumi Koyama, Koji Fujita, Msaru Watanabe, Kaho Kato, Toru Sasaki, Toshitaka Toshii, Akimoto Nimura, Yuta Sugiura, Hideo Saito, Atsushi Okawa, Screening for cervical myelopathy with analysis of finger motion using non-contact sensor and machine learning, Spine, accepted.

今後に向けて

スマホ操作でスクリーニングできるものはより利用頻度が高い検索アプリや地図アプリに組み込む予定です。さらに、居住空間にセンサが分散配置されれば、普段の生活動作から病気の推定ができるようになるかもしれません。計算機科学者マーク・ワイザーは論文The Computer for the 21st Centuryの冒頭で「深遠なテクノロジとは、日々の生活環境と見分けがつかなくなるほどその中に溶け込むものである。」と述べています。AIは近い将来生活に溶け込み、我々の健康を見守ってくれるようになるでしょう。

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本記事は、広報誌『塾』2021 SUMMER(No.311)に寄稿をした「生活に溶け込むAIによる病気発見」の内容を一部加筆修正したものです。また藤田先生と動画でも解説をしています。

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