見出し画像

中小企業経営にとっての気候変動対策とは?

増本志帆(弁護士) 

気候変動に配慮しないことが経営リスクに

深刻な気候危機の進行を背景に世界が急速に脱炭素へと向かう中、気候変動に配慮した経営を行わないことは、企業にとっての経営リスクになりつつあります。


サステナビリティ情報開示の流れ

現在、上場企業を中心に進んでいるのが、気候変動を含むサステナビリティ情報の開示です。

プライム上場企業には、2021年のコーポレート・ガバナンスコードの改訂により、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に対応する形での気候変動によるリスクと機会に関する情報開示が、事実上義務付けられました。また、2023年1月の内閣府令の改正により、有価証券報告書等にサステナビリティ情報の記載欄が新設。さらに現在、プライム上場企業を対象に、温室効果ガス排出量等の情報開示を義務付ける法律改正も検討されています。

これらのうち、特に温室効果ガス排出量の削減については、Scope3と呼ばれるサプライチェーン上流での排出(原材料の生産、輸送等)、下流での排出(販売後の商品の使用、廃棄等)を含む、サプライチェーン全体での削減が求められます。中小企業を含むすべての企業が、必然的にこの開示のネットワークに組み込まれていくことになるのです。
実際、取引先の企業から温室効果ガスの排出量レポートの提出を求められ、知識も人材も不足する中で対応に苦慮しているという中小企業の悩みも耳にします。

このような要請に対処するためには、原材料の調達から従業員の通勤方法に至るまで、企業経営のあらゆる場面で、温室効果ガスの排出を意識する必要があります。

欧州を中心として進む規制の強化

自動車や電子機器などを中心とする輸出産業においては、他の国や地域の規制とも無縁ではいられません。

EUでは、EU電池規則、RoHS指令(特定有害物質使用制限指令)、WEEE指令(電気電子廃棄物指令)などによって、製品のライフサイクルの全てにおいて環境に配慮すべく規制の強化が進み、近く、いわゆる国境炭素税の導入も予定されています。自社で生産している部品ひとつ、リサイクル可能な原材料を使用し、デザイン面でもリサイクルに配慮し、かつ、温室効果ガスの排出量を実質ゼロで生産しなければ、取引してもらえなくなる、というような世界が、現実になりつつあるのです。

エネルギー産業、航空産業など、温室効果ガスを特に大量に排出する産業に関わる企業には、持続可能なかたちでのエネルギー供給、エネルギー調達を行う産業への急速な移行も求められるようになるでしょう。この場合、これまでの業態で事業を続けることそのものが、リスクになるかもしれません。例えば、多額の炭素税が課されることになれば、これまでは資産であったはずの化石燃料が、一気に負の資産(いわゆる座礁資産)になってしまったり、そもそも市場自体が急速に縮小するということも考えられます。

物理的リスクの増大

事業に対する物理的リスクの視点も不可欠です。

気候変動の進行に伴い、気象現象が極端化する中、事業計画にその影響を組み込んでおかなければ、思わぬ損害の発生に繋がりかねないからです。倉庫や工場を作る際であっても、過去の記録を大幅に上回るような気温の上昇やこれまでにない規模の大雨や強風、洪水発生の可能性、それが今後さらに悪化することまでを視野に入れておくことが必要になります。

従業員の熱中症対策への配慮なども、企業の安全配慮義務違反の一環として、一層求められるようになってくるでしょう。

訴訟リスクの拡大

このような産業界を取り巻く変化に伴って、現時点では大企業を中心とするものではありますが、訴訟のリスクも高まっています。

ヨーロッパでは、不十分な気候変動対策を理由に、高排出企業の経営陣が個人責任を問われる訴訟なども提起されています。また、ペルーの農民がドイツのエネルギー企業を訴えたり、インドネシアの島民がスイスのセメント会社を訴えるなど、国をまたいだ訴訟も増えてきており、国内の情勢に目配りしているだけでは、充分とは言えなくなってしまっています。

気候変動リスクへの配慮を事業機会に

もっとも、このような社会の変化を、自社の事業機会や強みを創出するチャンスとして捉えることもできます。パリ協定以降、気候変動に配慮することが、企業の競争力の強化に繋がる流れもまた、加速しているからです。

資金調達の場面においては、ESGの視点は不可欠なものとなっています。社会の持続可能性に貢献する分野への投融資(サステナブルファイナンス)が推進される中、資金調達を行う際にも、自社のサステナビリティへの取り組みが、有利な判断材料のひとつになりえます。

消費者の意識も変化しています。価格が多少高くても、環境負荷の少ない商品を購入したいという人の割合が年々増加するなど、環境への配慮を付加価値と捉え、選択基準のひとつと考える消費者が、日本でも増えつつあります。これは、裏を返せば、高い環境性能を備えることによって、自社の商品を適正な価格で購入してもらいやすくなる、ということでもあります。

人材確保の場面では、学生の企業選びにも、SDGsなど、持続可能性に配慮した企業かどうかという視点が重要な考慮要素のひとつになっています。意欲の高い学生ほど、サステナビリティに対する取り組みを重視する傾向があるといい、率先して気候変動対策を実践することが、採用活動において強みとなる場面は今後も増えていくはずです。

持続可能な経営のために

今や、気候変動対策に取り組むことは、中小企業にとっても不可欠です。社会の持続可能性に配慮することが、自社の持続可能な経営にも繋がるという視点をもって、取り組みを強化していくことが求められているといえるでしょう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?