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君の嘘と、やさしい死神

「末裔の中で一番落ちぶれたやつを助けてやろう。」

突然現れた死神に術をかけられた主人公。先祖の功徳の恩恵を受け、死神の姿を見ることができるようになる。勧められるままに医者の看板を出して一儲けするお調子者を描いた古典落語『死神』に登場する一節だ。元々はサゲ(オチ)で主人公が命を落とす。ただ、元旦などのめでたい席での演目に向かないことを理由に、ハッピーエンドで終わるものなど数パターンの派生した物語がある。

小説君の嘘と、やさしい死神は一見するとキャラ文芸の装いなのに、ヒロインが熱中する題材が落語というのはどうも珍しい。しかも、彼女はもともと落語の達人でも、経験者でもない。偶然病室で出会ったある落語家をきっかけに、ある演目との出会いをきっかけに、「落語をやろう」と思ってしまう。彼女が文化祭に選んだ演目は「佃祭」。このチョイスにも仕掛けがあって、テーマである落語もオマケではなく最後まで顔を出してくるのが物語の満足度を高めている。

物語の構造はとてもシンプルだ。『四月は君の嘘のように主人公へ恋したり、ヒロインの彼氏になる登場人物は出てこない。主人公とヒロイン、ふたりの綱引きが最後まで続いていく。主役以外を脇役に徹底させたのが読者の間口を広げたのだろう。生徒会役員の友人が後で大きく関わるのかと思いきや、そのまま出てこないのまで潔い。

小説をいかにライトなエンターテイメントとして成り立たせるかは、文芸の世界のドアをガチャっと開く大切な役割でもある。いかにユーザーの摩擦係数を低くするか、作り手としては腕の見せ所だ。ぜひそのドアを、本書でノックしてみてはいかが?

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