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オルセー美術館で再会

≪ パリ滞在記・その30 ≫
 〜Musée d’Orsay オルセー美術館・① 〜

今回の旅行で最初に訪れた美術館はオルセー。そして旅の中盤にも再度訪問しました。
あの場所を回想し始めると激しい興奮に見舞われ、帰国した今も 何をどのように書けば良いのか… 。迷っている間に他の美術館について先に投稿していた次第です。

とにかく凄かったです!
日本の大型美術展であれば数十万人の観客を呼ぶことができる(⁈)目玉級の作品が、あちこちに展示されており、私はオロオロするばかり。正直、一つとして落ち着いて鑑賞できませんでした💦

落ち着けーっ!落ち着きます。
どんな切り口でまとめるのか決められないので、まず ‘個人的に感激した出会い’ から。

(1)ゴッホの「部屋」

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昨年の夏<松方コレクション展>で観た、ゴッホ『アルルの寝室』に再び会うことができました。
普段 美術館に行くと、私から絵画に話しかけることが多いのですが、今回は「いらっしゃい」と声をかけられました。国立西洋美術館で観たときはキラキラ輝いていた特別な一枚でしたが、今は少しリラックスしているような気がします。
「あら、これがいつもの貴方なのね」と返事をして、お互い少し照れ臭くなりました(←勝手な妄想をお許しください)。
”そんなに親しいわけではなかったのですが、気になっていた高校時代のクラスメートに、パリで偶然会えた!“ ような感じでしょうか(笑)
とにかく大感激でしたした。

同じ作品であっても、美術館、周囲にある作品や展示方法、そして見る者の心境によって、こんなに違った印象をうけるのだと改めて感じました。
そしてこの作品と再会できた幸せに感謝したい!のであります😊。

(2)「地獄」の石膏原型
美術館では駅舎の面影を残す高い丸天井の下、地上階の中央通路と2階のテラス部分に彫刻が配置されています。

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私の場合、彫刻に対する興味は 絵画へのそれと比べると圧倒的に低いため「この彫刻、面白いねぇ」などと呑気に話しながら2階の彫刻テラスを歩いていました。

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と、コーナーを曲がると突然現れたのが『地獄の門』しかも石膏原型‼️

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ロダン作品の石膏原型の多くはロダン美術館にあるのですが、『地獄の門』の石膏原型がオルセー美術館にあることは知っていました。しかしこんなに大きくそして貴重な石膏原型を、誰でも近づける場所にドーンっと展示してあるとは思いませんでした。
「うわっ、びっくりした💦」対面した第一声です。

これまで 上野にある国立西洋美術館で、そして今回訪問したロダン美術館(パリ)で鋳造作品を観てきました。

陽の光を受けて黒く輝くブロンズ作品はとても美しいのですが、黒光りにより門の中で悶え苦しむ人物を判別・鑑賞することが少しだけ難しいのです。

しかし石膏の白い輝きを放つこの門では、ロダンが練り上げ、生み出した多くの人物がはっきり見てとれます。門を登り、門から落ち、門に埋もれ、門にしがみつき、門から這い出ようともがく人々。その表現たるや……。

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門の最上部に立つ『三つの影』が告げるメッセージは、
「ここを入る者はあらゆる希望を捨てよ」
いえいえっ‼️他人をおとしめ、憎しみ、怒り、妬み、自ら後悔に頭を抱え、悩み、悶え苦しむ人々の心の中には「希望」という名の愛と欲望が渦巻いているのです。

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そもそも、現在のオルセー美術館の敷地に建設予定であった 装飾美術館の門扉のために注文された作品です。ロダンの生前は放置されていたこの石膏原型。最初に注文し鋳造を実現させたのが松方幸次郎氏であり、しかも彼は日本のため、そしてロダン美術館のために2体注文したのです!(←<松方コレクション展>で学びました)。

「日本を代表して、松方氏が注文した2体を観て参りました❗️」
ロダン美術館の前庭に鎮座する門は、アンバリッドの黄金の屋根が見える場所で穏やかな表情をしています。

国立西洋美術館の門は、阪神大震災後に2億5千万円もの耐震工事を施してもらい、現在は記念撮影やミニコンサートを見ながらいつも賑やかで楽しそう。平和な日本を見守ってくれています。

「今後、この世に存在する残りの6体を観ることがあったならば、また報告にきますね!」
と、母なる『地獄の門』石膏原型に誓うのでした😀 まずは静岡ですかね。
・        <その30>終わり

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