国境で下着の総点検に遭いながら、ようやくたどり着いた北マケドニア。寒さに凍えながら食べたタコスの味は忘れ難い。
酸化した油の匂いが充満したバクラヴァを口にした瞬間、後悔の念が襲ってきた。それを胃袋に乱暴に放り込み、なかったことにするかのように濃いコーヒーを一気に流し込んだせいで胃もたれに遭い、気分は最悪だった。
旅先でハズレを引くたび、失敗の経験が成功の精度を上げてくれるのだとしたら儲けもの、と自分に言い聞かせるようにしてその場をやり過ごすのが得意になった。
もうぜっっったいに、トルコ以外でバクラヴァは口にするまい。
日本不適合者の私は、定期的に日本を飛び出す。
PCとネット回線さえあればどこでも働けるというITフリーランスの働き方は私のような特異な気質を持って生まれた人間にとって、もってこいの職業であり、働き方だ。
生来のバックパッカーのような身銭と精神の両方を削るような強いハートは持ち合わせていないし、かと言って気合いを入れてショッピングや観光にどっぷり浸かる「旅行者」のカテゴリーにも分類されたくない、というワガママ具合だが、ミニマル、そしてリュクスに旅しながら仕事もちゃんとする今のような旅のスタイルがとても気に入っている。勝手に『放浪の旅人2.0』と呼んでもらってもいい。
この度も、6週間の東欧・バルカン半島周遊旅の真っ最中であった。
そして、現在私はコソボにいる。
コソボってどこ?
激戦時代を知っている大人たちの間では、コソボ紛争として記憶に新しいヨーロッパで最も新しい国だ。幸い今は、情勢が落ち着いていて怖い思いをすることもなくなっている。
「よくそんなところに行くねぇ。」
まるで他人事のようにもう一人の自分が呟く。出発前にも何度か言われた。我が事ながら、どうして?と聞かれて、熱く語れるほどの情熱は持ち合わせていないのが正直のところ。ただ、バルカン半島を全制覇する周遊ルートの通過地点の国のひとつだったから来てみた、程度であった。
今日はこれから、バスで北マケドニアの首都・スコピエに移動する。
北マケドニアってどんな国?
寧ろ、私が知りたかった。
北マケドニアと聞いて、「アレクサンドロス大王が」とかいうワードが出てきた人は、それなりに歴史に詳しい方なんだと思う(私はもちろん知らなかった…)
北マケドニアはバルカン半島に位置する国で南はギリシャ、東はブルガリア、西はアルバニア、北はセルビアとコソボと、四方を他国に囲まれた内陸国である。
同じく首都スコピエという地名も一般的ではないので、入国前に、最低限の知識を脳内に植え付けるべく、「スコピエ」とGoogleで調べて出てきた情報を簡単にまとめると…
いやもう、かなりカオスな匂いが充満していないか・・・と期待と失望の入り混じった感情を抱きながら、我が身を運んでくれる乗り物を待った。
座席にあったのは、まさかの〇〇
すっかりバスで移動するものとばかり思っていたら、目の前に現れたのは年季の入ったミニバン。
リムジンとは言わずとも、快適な大型バスで連れて行ってくれるはずじゃなかったの?と心の中でジャイアンが不貞腐れている。
海外でミニバンに乗ると、大抵サスペンションが効いていないことが多分に多く、身体に受ける衝撃もそこそこ大きいのだ。
なんだか、テンションがだだ下がり。
しかしそんなことを言っても、この車に乗らないと国境を越えて次の国に行けないのだから、ブーブー言ったって仕方がない。
これしかないと選択肢が限られると腹を括り、無駄な抵抗を避けるのも合理的人間の得意とするところ。
そう思って、与えられた座席に着席しようとした瞬間、私のお尻が座席に触れるか、私の動体視力の良さがそれを捉えるのかどちらが速かっただろうか。
なんと、座席に針が落ちていたのだ。裁縫針が!!
裁縫針なんて学生時代の家庭科の授業で見る以来だぞ…と妙なところに興味関心を覚えつつ(私がお裁縫をやっていないのがバレてしまう)
「大丈夫かこの国…?」
と若干疑心暗鬼に陥りながらも、おそらく前の乗客のものと思われるが、どうか故意で置かれたのではないことを祈るばかりだった。
などとマヌケな理由で旅行保険を請求することになるのはどうしても避けたい。
私の大切な🍑で受け止める前に気づけて本当によかった。
本当に油断も隙もないな、バルカン半島。と括るのはやや主語が大きすぎるだろうか。
そうこう言っているうちに、ミニバンはいよいよコソボを出国。
気がつくとあっという間に、コソボから北マケドニアの国境に辿り着いた。
まさか国境で下着の総点検に遭うとは…
ここバルカン半島には、ヨーロッパでいうシェンゲン協定(この協定が結ばれている区間内の国境越えにおいてはパスポートコントロールがない)などという便利な協定はなく、毎度国境を越えるたび今日も元気にパスポート検査が行われている。
そして、ここコソボ〜北マケドニア間の国境ももちろん例外ではなく、老いも若きも皆が一様にお行儀よく出国検査の列に並び、無事通過することを許されたものだけが、再び来たときと同じバスに乗り込んで数m先の入国検査の列に移動して並び、入国審査の許可が降りるのを待つ、ということが通過儀礼的に執り行われているのである。
私はここ北マケドニアの国境においては、バルカン半島3カ国目となり、さすがにここまでくると一連の出入国の検査には慣れはじめてきている頃だったので、
「ちょっと、トイレ行ってきてもいいですか?🚽」
と尋ねる余裕すらあった、次の一言を聞くまでは。
トイレから戻ってくるやいな、私の手荷物をチェックしたいと言われた。
少し抵抗はあったが、正直何もおかしなものを持っていないし、どうせ抵抗したところで見られるんだから、旅中ただでさえ消耗しがちなエネルギーを無駄な抵抗に使いたくないとばかりに、しぶしぶ差し出した。
この時はどうせテキトーにかたちばかりの点検をして行ってヨシ、となるとばかり思っていたので。
そしたら、あっという間にその場にいた男性警官に下着の隅からすみまで漁り散らかされるという茶番が始まってしまった…。
見ず知らずの赤の他人に自分の下着を漁られるのは気持ちの良いことではない(いや、顔見知りだからいい訳でもないけどさ…)
他人に荷物を漁られている時点でそもそも不愉快だが、何が一番不愉快って、大荷物に入れていた洗濯済みの衣類をチェックされるならまだしも、古着を固めて入れていたサブバックの中身に至っても、一枚一枚広げるように取り出して執拗に点検されていることだ。
穿った見方をして申し訳ないが、「お前(警察官)の趣味に私の下着を用いるな」と言いたい気持ちが先行して暴れそうになったが、ここは私が大人になろう、と感情を押し殺して一部始終を傍観した。
弱い犬ほどよく吠えると言うから、私は吠えないぞ…吠えないぞ…と思いながら、ワォーーーン。いや、もう吠えまくってるわ、と言いたいほど不愉快だった。
常軌を逸したカオスな首都・スコピエ
無事(?)に国境における下着の総点検も終わり、グチャグチャにされた状態で何とか元あった場所に押し込みファスナーを閉めると、何事もなかったようにミニバンは北マケドニアの首都スコピエのバスターミナルに向けて走り出した。
そして、ようやく目的地スコピエのバスターミナルに到着した直後、この国のカオス具合が手に取るように伝わってきた。
そこに広がっていた光景はまさしく、「ここはインドか…」と見紛うほど汚く、砂埃が肉眼で見えるレベルで舞い上がり、竜巻が起こっていた。次の瞬間には、野良犬たちがこちらに向かってヌーの大群のように押し寄せてくる様には、呆気に取られながらもこれって実写版ライオンキングか、と思うほど(いや、実際には犬なんだが)、とにもかくにも私はここにいてはいけないような場違いなエネルギーを瞬時に感じた。
そういう時こそ、シャッターチャンス…!!
そう、きっと読者のあなたが見たいのは、その光景だということは百も承知なんだが、人間ほんとにヤバい時の写真というのは、案外一枚も写真に残せていないというのを事実としてお伝えしておきたい。
バルカンに見るインド!などと口にする余裕も、懐かしさに浸る余裕もなかった。この場で引き合いに出してしまったインド、すまん。
猫も杓子もやる気なきバスターミナルで、奇跡の出会い
タクシーのしつこい客引きはこれまで訪れた国の中でワースト級、突っ立っているだけで物乞いにも目をつけられしつこく絡まれ、バスターミナルの職員でさえやる気なし…っとまともな輩は誰一人としていなかった。
若くして足を悪くした物乞いが杖をつきながらバスターミナル内を徘徊していて(ゲート前には検察が立っていて本来であればチケットを持ってる人しか中に入れないはずだ…)誰かれ構わずお金をせびるものの恵んでもらえず、ついには私のもとにもやって来たので、避けるように小走りで立ち去ろうとしたら物凄い罵声を浴びせながら唾吐かれた…。
初っ端からものすごい歓迎(洗礼)を受けたようだ。
そんな魑魅魍魎がはびこるバスターミナルの中で、まともに会話ができる人間はいないのかと、神様にもすがる勢いで探した結果、助けを求めて駆け寄った先にようやく見つけたあんちゃんは、SIMカードの売り子をしていた。
「ハロー、マイフレンド」
(え…?私たちどこかでお会いしてましたっけ?)
それが彼なりのはじめましての挨拶と分かると、ちょっとデタラメな英語を話しながらも、言いたいことは大体理解できるくらいには会話が進んだ。
言語って不思議。
どれだけ文法が正しかろうと心が通じ合えない相手の言葉を聞き取るのは至難の技だが、心が通じ合える者同士の言語には正しさの垣根を超えて心地よい境地に辿り着ける確信がある。
SIMカードの手続きに至っても、彼に任せておけばサクサク手続きを進めてくれ、私はその場に突っ立っているだけで楽勝でインターネットが使えるようになった。
面倒見がよい彼にスコピエのことを根掘り葉掘り恥ずかしげもなく聞いていると、親切にもタクシーの勧誘にはぜったいに乗ってはいけないとか、バスの乗り方や切符の買い方についても詳しく教えてくれた。
ここスコピエの市内を循環するタクシーは悪徳タクシーとして名高い。
おそらくメーターなどついておらず、ついていたとしても無知な外国人相手にわざわざ遠回りをして距離を稼いだり、挙げ句の果てには法外な値段のタクシー料金をいけしゃあしゃあとボッタくるのに違いない。
マイフレンド、教えてくれてどうもありがとう。
雪の降る街でメキシカンタコスを食べていたら、物売りの少女にお金をせびられて
紆余曲折あったが、無事に今夜の宿(アパート)に辿り着くことができた。
今朝目覚めてからここまでの道のりの間にも本当に色々なことあって、やや大袈裟に聞こえるかもしれないが無事に生きているだけで尊いと実感する。
毎度旅に出ると、刻一刻と移り変わる状況に自分自身が対応していかないと詰むという状況から、病んでなんかいられないし、病みようがないとさえも思う。
正直あまりお腹は空いていないけど、Googleでヤケに高評価な店が宿から2-3分の距離にあるし、行ってみようか。
そこは、本場メキシコ顔負けのタコス専門店だった。
私のように食い意地が底抜けにあるタイプの人間にとって、見逃すのは惜しい…そんな雰囲気が感じられるお店、ということは、こだわり抜かれた写真から窺えた。
まだ3月後半。
日を追うごとに少しずつ春の陽気が感じられて暖かくなってきている頃だが、朝晩は肌寒い。
今日に至っては、外は冷たい夜風がびゅんびゅん吹いていて、おまけに雪までちらついていた。
よくもまぁ、そんな日にメキシカンタコスなど食べたいと思ったな(笑)
でも仕方がない。一度そうしたいと思うことができたら、それを叶えるまで言うことをきかないジャイアンを心の中に住まわせている以上、メキシカンに行く!以外の選択肢は見つからず、お店に向かった。
店内に入ると、そこは外国人をあてにしていないお店であることが手に取るように分かるように、現地語のメニューしか置かれていなかった。
呆然と立ち尽くす私に、
「忙しいから、ちょっと待ってね。オーダーの際には僕がサポートするよ。」と親切な店員さんに英語で言われてジャイアンはお行儀よく順番を待つことにした。
随分と繁盛している店だった。
店員さんにビジター向けのおすすめメニューを尋ね、それをそのまま注文した。ドリンクには、自家製レモネードを頼んだ。
運ばれてきたタコスを頬張りながらジャイアンの機嫌を取り、普段は滅多に口にすることのないメキシカン料理に気持ちを委ね、未だ訪れたことないメキシコの大地を踏む日を夢見た。来年こそは、と。
外は雪がちらつく中、アラサー独身女子が北マケドニアの首都で寒さに凍え縮こまる思いでメキシカンタコスを頬張っている姿は非常に滑稽に思えた。
とっても美味しいのだが、タコスのアクセントに効かせたライムやレモンといった柑橘のさっぱりした爽やかな酸味がこの時期の寒さを増長させる結果に…。本来熱い国でダラダラと汗を書きながら、陽気な中南米の音楽をBGMに挟みながら食べたらどんなに美味しかろう、そして食文化を最大限に謳歌しようものなら、やはりその国に行ってこそ、と痛感した。
まぁ、いいや。こんな想いに浸れるのもひとりでバルカン半島までやってきたからこそだ、などと考えていたら、突然8〜10歳くらいの少女が大量の風船を抱えて店の中に入ってきた。
最初は、お父さんかお母さんが中にいるのか?
はたまた、店の子なのかな?と思っていたら、
実際には、その子は慣れた手つきで各テーブルを回って風船の売り子をしている。
「風船、買ってください」
今日一番のお願い事をするかのような目力で訴えてくる。
このようなことが日常茶飯事なのか、お店の人も何も言わない。
もちろん私のところにも来て、強烈にこの風船を買ってほしいと申し出た。
最初は無視してタコスを食べ続けようとしたが(キリがないからね)、少女もすぐには諦めるそぶりを見せない。
そしてしばらく、「買って」「いらない」の押し問答が私と少女の間に続いた…
そのうち、少女の方が諦めて別の見込み客の元へ駆け寄り、同じような台詞で懇願を始めた。
中には、実際にお金を渡して風船を買ってあげている人たちも何人かいた。
しばらくして少女は店の外に出ていった。
するとその先には、バイクの後ろにさらにカートをつけたような乗り物で父親のような人物が待機していて、女の子を拾って走り抜けていった。
その後ろを、飼い犬なのか?野犬なのか分からない犬が追いかけて走っていったのはまるで一瞬の出来事だった。
その後の父親と娘のやり取りには、
「どうだったか?ちゃんと売ってきたか?」などの会話が繰り広げられているのだろうか。
そもそも、売り方もしつけの一部として教えて込まれるのだろうか?
そして、本日の風船の売れ行きによって、分け与えてもらえるご飯やお菓子の質量が変わったりするものなのだろうか…
走り去った後のやり取りはあくまでも私の空想の中の世界で繰り広げられていることなので、事実とはかけ離れているかもしれないが、私も生まれる国が違ったらあの子みたいになってたのかな、などとしばし考えさせられてしまった。
恵まれた国、ニッポンではまず見ない光景。
雪の街に消えていった少女の背中に呆気に取られているうちに、すっかり冷め切ったタコスを一人黙々と食べ完食した。
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