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【パブリックヘルス総論②】パブリックヘルス(公衆衛生)の意義とその魅力

パブリックヘルス(公衆衛生)とはなにか?


「公衆衛生」と聞いて、最初に何を思い浮かべるでしょうか?

多くの人が、「コロナウイルスの水際対策」「下水道の整備」「手指消毒」といったものを連想するのではないでしょうか。これらは、確かに公衆衛生に関連する具体例ですが、これらのイメージは「衛生」(英語では sanitation や hygiene)という言葉が持つイメージに強く引っ張られているように思います。「衛生」という単語は、「国家による健康管理」や「感染症対策」といった意味合いを強く想起させるように感じます(食品衛生、衛生管理など)。

しかし、公衆衛生は英語では パブリックヘルス(public health) と呼ばれ、 sanitation や hygieneといった単語は当てられていません。このpublic health を直訳すると「公衆の健康」「公共の健康」となりますが、その名の通り、集団や社会全体の健康を向上させ、守ることがその中心的な使命です。

公衆衛生(パブリックヘルス)とは、人々やそのコミュニティの健康を守り、改善するための科学である(”Public health is the science of protecting and improving the health of people and their communities")と定義されることがありますが、パブリックヘルスが単なる感染症対策に留まらないことを示しています。

パブリックヘルスの多様なアプローチ


パブリックヘルスの守備範囲はとても広範です。感染症対策だけでなく、メンタルヘルス、栄養学、労働安全衛生、さらには環境保護や社会格差の問題まで、健康に関係する幅広いテーマが研究対象になります。

別のnote記事でも書きましたが、健康とは単に病気がない状態ではなく、身体的、精神的、社会的に良好な状態を指す(WHO, 1948)とされており、そもそも健康そのものが非常に広いものです。そのため、人々の健康維持・改善を目指す公衆衛生についても、同様に多彩なテーマが研究対象となるのです。

例えば、「幼少期のトラウマが成人期のメンタルヘルス不調と関連している」「人種差別の経験が肥満などの健康リスクと関連している」といった研究論文が次々と発表されています(以下のリンク参照)。

また、単なるエビデンス作りに留まらないこともパブリックヘルスの魅力として伝えておきたいことの1つです。具体的には、エビデンスを基に、政策や病院管理へと活かしていくこともパブリックヘルスの研究対象であり、health policy and managementといった専攻を設けている公衆衛生大学院も多いように感じます。

健康に関する科学的な根拠を社会に実装するため、政策論や医療経済といったテーマを研究する研究者もおり、感染症対策というイメージをはるかに超えた学問的・実践的な広がりを持っています。

医学とパブリックヘルスの違い

医学とパブリックヘルスは、共に人の健康を守るための分野ですが、そのアプローチは大きく異なります。医学が主に「個人の治療」に焦点を当てるのに対し、パブリックヘルスは主に「集団全体の健康の改善」に焦点を当てます。

この違いは、特にアメリカの大学院の構成にも現れており、 School of Medicine(医学部/医学大学院)と は別に、School of Public Health(公衆衛生大学院)が独立した組織として存在する大学も多いです。

ハーバード大もその1つです。ハーバードに13ある大学院のうち、医学系の大学院は、Medical School(医学)、Dental School(歯学)、School of Public Health(公衆衛生学)の3つであり、公衆衛生大学院が1つの独立した大学院として存在していることがわかります。

ハーバード大学公衆衛生大学院のビル。このビルだけではなく、後ろに隠れている2棟のビルも同大学院のもので、医学部とは建物・施設が別です(もちろん、共用している施設もありますが)。

また、医学分野を中心に世界的に著名なジョンズホプキンス大学(US NewsのUniversity Rankingで全米9位)でも、School of Public HealthはSchool of Medicineと別の独立した大学院です。他にも、様々な大学で両大学院はそれぞれ独立して存在します。

パブリックヘルスの学際性

パブリックヘルスの魅力は、その学際的な性質にあります。医学、政策、経済、社会科学、さらには環境問題など、多様な分野の知見を結集し、集団全体の健康を守り、向上させるための枠組みを構築します。

パブリックヘルスは、エビデンスに基づいて政策を提言し、それを実際に社会に実装するプロセスまでを一貫して担う学問であり、まさに「文理横断的」「学際的」といえるでしょう。

公衆衛生大学院への留学中、医師や看護師といった医療従事者だけでなく、ビジネスマン、弁護士、会計士、コンサルタントなど、いわゆる文系出身の人々も含めた多様なバックグラウンドの人材が集まり、学びを深めていました。多様な視点からのアプローチを取り入れることで、パブリックヘルスはより広い視野で社会全体の健康問題に取り組むことができるのです。

最近、文理融合を謳ったカリキュラムが日本の大学でも増えてきましたが、パブリックヘルスは健康・ヘルスケア・ウェルビーイングに関して文理融合で取り組む分野であるといえます。

おわりに

この記事を通じて、少しでもパブリックヘルスについて具体的なイメージや関心を抱いていただけるととても嬉しく思います。より多くの方がパブリックヘルスについて知っていただくことは、多彩な人材がパブリックヘルス研究に従事し、パブリックヘルスの大きな特徴である学際性を高め、より優れた研究成果の発表に繋がっていくと感じています。この点こそ、私がパブリックヘルスについて様々な発信を行う大きな目的です。

私たち一人ひとりがパブリックヘルスの理解を深めることで、健康で持続可能な社会の実現に近づいていくと信じています。


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