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予備校の先輩たちが映画みたいにかっこよかった話

高校3年の秋、いきなり進路希望を大幅に変えて先生に動揺されました。

絶賛途上中の進学校だったので、先生も生徒もひたすらトップを目指して走っていた、みんながみんな仕上げに向かってギアチェンジしていた秋ですから、軽いノイローゼにかかったのかと思われたみたいでした。

「ICU、上智、学習院、お茶の水女子短大、全部やめて芸大1本にします」

今から思えば、先生が動揺するのも分かります。

美術部とかに入ってるならまだしも、帰宅部で進学コース一直線。それがいきなり芸大1本って、「おいおいどうした?」と先生が目を見開くのも無理はありません。進路の毛色が違いすぎるもの。毛色っていうか、もう犬種っていうか、いや、そもそも生きるベクトルが違いすぎる。

先生は別室の、狭い空間に無理矢理応接セットを置いたものだから横歩きじゃないと奥のソファにたどり着けないような教員室に私を連れて行き、話そう、と私を椅子に座らせました。

「いきなり芸大ってどうしたのよ?」と聞かれました。「悩んでんのか?」とも聞かれました。私は、「今までは悩んでたけど、芸大1本に決めたら悩みとか迷いもなくなりました。」と言いました。

「芸術だと思うんです。」

と。

もうなんだか分からない流れに呑まれているが、芸術だと思う。と。それしか説明しようがないのだ、という確固たる態度で言いました。

そこから1時間くらい話しました。先生とここまで長く話したのは初めてでした。なんで芸大にするのか、夏休みに何かあったのか、お前芸大って芸大のなに科受けるんだ、受験の仕上げの時期なのにいまさら進路変更してスルっと受かるようなとこじゃないぞ?絵が上手に描けなきゃいけないんだぞ?あそこは現役で入らないのが当たり前って言われてるんだぞ?浪人覚悟か?

まあでもな、お前は根性あるからな。やると決めたらやれる子だから。でもあれだな、四角いところを丸く掃くような横着はしちゃいけない。先生掃除の時間お前の掃除の仕方ちゃんと見てるんだから。掃除は大事だぞ。掃除は人生の基本だから。めんどくさがっちゃダメだ。ね。それ覚えといて。まあ、お前は高校より大学のが楽しめる子だよ。そのうちかっこいい彼氏でもできたら先生んとこ連れておいで。

先生は先生自身の気持ちが落ち着くにつれて、話がどんどん脱線していき、最後は未来の彼氏を先生のところに連れていく約束をとりつけさせられて、部屋を出ました。10月から代々木の芸大美大系の予備校に行こうと思う、と報告すると、「やってみろ。勢いで行けるかもしれんし」とばくち打ちな応援をしてくれました。

でも嬉しかった。

先生ちゃんと私のこと見ててくれたんだ(四角いところを丸く掃くとこ)。

さて、そこから代々木の予備校に通い始めます。

いきなり東京。

遠くはないけど近くもない“都会の中心であるところの代々木”に1人降り立ち、予備校に行った初めての日。

軽く衝撃でした。

緩やかなアールがかかっている大きな入り口の階段3、4段ほどの場所に10人ほどの大人みたいなシャレオツ女子男子が、座り込んでめいめいにタバコを吸ってる、それがまあ、ものの見事にかっこよかった。

なんだこの風通しの良さそうな感じの大人たちは!

あのかっこよさは間違いなく浪人生だ。私と同じ歳ではありえない。だって大人の匂いがするもの。これが代々木。。。これが芸術(偏見の萌芽)。。

いきなり入り口で「大都会美術系お兄さんお姉さんってアホほどカッコイイんですね」の洗礼を受けた私は、デッサンの授業を受けるため地下に通されたのですが、またこれが衝撃でした。MOTのアトリウムみたいな空間(盛っています)に、数多の石膏像が点在し、その前にシャレ兄やシャレ姉が座って絵を描いているわけです。はるか遠い天窓から光が差し込んでいました。シャッシャッという鉛筆や木炭の音しかしないような瞑想空間。

なんだこの世界は。美しいにも程がある、と思いました。

お父さんお母さん、私ここ好きです、好きでした。確認しました。とも思いました。

1階の入り口付近にある画材屋で、木炭デッサンに必要な道具を買い揃え、消しゴムがわりに食パンを使うと教わり(パンの耳はデッサンしながら食べてくださいとも教わり)コンビニで購入、地下に戻り、デッサン担当の先生が1から教えてくれるのですが、いきなり何が何だかわからない世界に身を投じたものですから、その衝撃余波で話が一切耳に入ってこんのです。

言われていることを冷静に理解するよりも先に、

なんだここは
なんだこの人たちは
なんだこの世界は

ここで私は何をやろうって言うんだ

そんな感覚だけが私全体を支配し、言語中枢をスルスルと素通りしながら、ひたすら渦を巻いて左回りに盆踊っているわけなので、側から見たらボンヤリしてて指示を理解できているか甚だ疑わしい、その割に受験直前の秋に先行き不透明な未来へ自ら前のめりで突進してきた不思議で真面目な子、的な高校生に見えていたろうと思います。

真面目な子と思われてるんだろうな、というのは

「髪サラサラだね」

と講師に言われた時、「ストパーです」と答えたら、「え、みよちゃん(初日から名前で呼んでた先生)パーマとかかけれるんだ。」と言われ、「かけれます。」となにやら分からぬ返事をしたものの、

なんだろうか。
かけれるってなんだろうか。
かけれない子に見えるんだろうか。

そりゃ見えるか。

話もしない、黙々とデッサンしてるか、ぼんやりしてるかのどちらかで、とりたてて強い個性をむき出しにするでもない、ガンガン質問するでもない、というかクラスのほとんどの方は浪人生。なんかもう、芸術の雰囲気を塊にして座ってますみたいな方々ばかりの中、私は制服で一番後ろの席で黙々とパウルクレーの手記とか日本語自体が難しい、というかこれは意訳しすぎてるんですか、というくらい理解不能な文章に唸りながら取っ組み合っているわけで、先生にとってはストパーもかけれないくらい真面目な無口な子と思ってたんだろうな、ってデッサン中に思ってた記憶が、今書いてたら蘇ってきました。

懐かしいです。

実際、大学時代よりハイレベルな授業を週末の3日間がっつりやっていたし、あの時私の審美眼が桁違いに伸びたことは間違いないと確信しています。

ここまでで2567文字書いてしまったのですが、これが前置きでして、本題というのが、この予備校の先輩方がとにかくとにかくかっこよかった、それがどうやら私には煌めく大事な思い出のようだ、と最近気づいた、という話です。

一番かっこ良かったのが2浪組の男性陣と4浪の女性で、4浪の女性はタバコ吸ってました。多分マリリンモンローだか何だかという銘柄のタバコだったんですよね。いつも玄関の階段で吸っていらっしゃいました。赤いネイルをしてね、またこれ服がいつもおしゃれで。。。顔つきも美人なことこの上ないのですが、色白で少し舶来ものの香り漂うお顔立ちでした。

予備校の玄関先でタバコ吸う人がたくさんいるなんて光景、初めて見たものですから、しかも通りすがりに聞こえてくる喫煙勢の会話がいちいち素敵で、今でも覚えているのが

「ハイライト吸ってんの?大工かよ」って低い声で笑ってた男の人と、

「どっちがいいかってどちらでもいいわけよ。要は進むってことよ。」って言ってた男の人。

これらの会話とタバコの煙は、その時の私にはね、文化でしたね。文化の持つ色気そのものでした。

ハイライトって大工が吸うんだ!と思って、そう言っていた男の人の長い髪の毛と空色のTシャツと細い体つきセットでまるっとセーブされ続けているし、

「どっちがいいかってどちらでもいいわけよ。要は進むってことよ。」と言っていた男の人のガタイの良さと声のデカさとジーンズの色褪せた感じがセットでこちらもまるっとセーブされ続けています。

映画のワンシーンのようにまばゆかった。

授業の合間の休み時間もなんだか素敵でしたねー。2浪組の男性陣が3人で仲が良く、この御三方みなさんスタイルが良くて背が高くて、おしゃれ。。その3人が休み時間になるとスッと集まって話してるんですけど、3人とも静かで声小さいんですよね。だけど時折聞こえてくる単語が多分哲学用語で、そんな素敵なお兄さんたちって高校のクラスにはいないわけだから、一番後ろに座ってる真面目不思議な高校生の私は、静かなる感動がいちいち込み上げてきて仕方ありませんでした。

かっこいいお兄さんたちが集まって静かに哲学の話してるって、ここはアテナイの学堂か、と。

予備校内の画材屋でのお姉さんたちの会話もひとつ忘れられないのがあって、

「どうする。たかしんち泊まる?」
「どうしよっかな。そうしよっかな。」

ってこれだけだったんですけど、お二人とも声低くて静かでそこも好きだったんですけど、なにせ、え?ふたりで一緒に男の人んちに泊まるんだね、しかもなんか全然キャピキャピしてなくて、たかしんち泊は普通の自然であるという様が、まあ、もう、私にはかっこ良かった。

大人の余裕の未知の世界でした。

あの時の私は、「この世界に飛び込んで間違いない」という根拠のない真奥からの確信と、「みんな日本語話してるけど多分ここ外国」という、異邦人的な孤独感を同時に持ち合わせていて、確信と孤独のそのどちらもが、私を明日の方向に突き動かしてくれていたのでした。

あの頃輝いていた人たちは、今どこでなにをしているんだろう、と時折思います。

私は海町で夫と夕焼け空を眺めながら感動して一緒に涙流したり、こどもたちとクネクネダンスをして大笑いしたり、犬がいきなりベッドにおしっこして激怒したりしながら、ますます何者でもない、何者にもカテゴライズされることのない、だからこそ瞬時になににでもなれる、そんな無名の人へと変容の旅を続けています。

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