見出し画像

寝起きも寝る前も、大差はない。

あたたかい陽射しが右の頬に当たり、欠伸をする。少し痛さを感じるくらいに口を大きく開け、「くぁー」とわざと音を出してする。猫が欠伸をするときは、そんなふうに野生味たっぷりの表情をするものだから、自分もネコになると決めた日からそうすることにした。

6時55分。

車内のデジタル時計に目をやってからシートに寄り掛かり、それから首の辺りの伸びをした。気が付いたらこんな時間になっている。
すこし眠っていたらしい。
一時間程前からコンビニの駐車場に来ているが、なにか買い物するわけではないから遠慮して車は駐車場の端の方に。
仕事に行く人が多いなとコーヒーやタバコだけ買って出ていく人達を見ながら、勝手な想像する。
ああ、ねむたい。
もう少しだけ朝の温度の中にいたいから、長めの瞬きをしてみる。
靴を脱ぐ。
ハンドルの脇に足を投げ出して、シートに沈み、頭をより掛ける。
こうすると足の裏もあたたかい。頭をシートに押し当てた圧迫感は、血管を指圧されているようだ。車とは、なんて快適なんだろう。
大きな椅子があって、窓は開閉式の優れもの。荷物も置けて、程よく狭くて。ラジオを聞いても音楽を流しても隣から疎まれることもなく(恐らく)、ドリンクホルダーまである。眠ることも、そのまま移動することもできる。しかも、歩くより何倍も速い。

もういっその事、家なんて建てるのをやめればいい。それか、減らして駐車場を沢山造ればいい。立体駐車場にすれば土地だって節約できるんじゃないか。外出用に階段に近いほうが値段がたかいのかな。利便性の高いほうがいい。
そうだ、陽当りを考えて平置きがいい人もいるだろう。それに合わせてシートも寝心地のいいものを開発して、大きなディスプレイが欲しくなる人もいるだろう。映画づきなんかはそうかもしれない。
そんな進化を遂げた車を人はなんて呼ぶのだろうか。
そんな妄想と夢の間で寝惚けたまま、パワーウインドウのボタンを押す。
だけど、窓は開かない。当然だ、エンジンが切れているのだから。
窓を開けるためだけに、スターターのボタンを押す。
「……今日の最高気温は」
通電したカーステレオから、ラジオが喋りだす。が、窓だけ開けて、またすぐにエンジンオフにする。
なんだろう、この行為は邪魔くさい。
これが、快適な車の唯一の欠点だろう。エンジンを切った車で長時間過ごしたい奴だっていることをメーカーに知ってもらいたいと願っていると、助手席に放ってあるスマホの着信表示が光る。
――3−1。占い師。真実子か。

「もしもし、ネコちゃん。おはよう」
「おはよう」
「ねえ、今は飼い主いるの?」
「いや、野良だ」
「よかった。じゃあ、14時に」
開けた車の窓から、涼しい風が通り抜ける。足をシートの下に戻して靴を履き直す。
人間とは、おかしな基準を作り出すことがある生き物だ。「3」が、何故だが普通だという。なんとなくしたがってはいるが、なぜ「3」が普通なのかはさっぱり理解できない。

次の飼い主は、どんな奴だろうか。どうせまた、おかしな奴だ。
エンジンをかけて、ゆっくりとコンビニの駐車場を出た。
ああ、なにか飲みたい。オレは、乾いた口を水で湿らせたいと思った。






この記事が参加している募集

#スキしてみて

526,258件

頂いたサポートは、知識の広げるために使わせてもらいます。是非、サポートよろしくお願いします。