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ますきゃっと義体実験 後日談「Virtual Insanity と暮らす」

あの実験から 1 年が経った。

実験前は、自分がますきゃっと義体を使用する 1 週間の事だけを考えていたが、この実験の本番は元の姿に戻ってからだったと痛感している。

ここでは、実験レポートで語っていない部分と、実験後の自分に起こった事を書いて、ひとまずこのお祭りに区切りをつけたいと思う。

レポートが随筆のようになった経緯

実験前、レポートには「何時、何処で、何をしたか」を箇条書きで並べれば良いだろうと考えていた。
だが、実際にますきゃっと義体を使ってから、その考えは無くなった。

「何をしていたか」は、複数の人が自分を観察できる VRChat でという環境では明らかだった。
行動内容だけを纏めて共有しても、結局それ以上の情報は無い。
そこに写真が加わっても、外見上は美少女になったという変化でしかないので、VRChat では何ひとつとして珍しくはない風景になる。
そこで、実験中もとい、他人から見えないの心の内を綴ろうと考えた。

実験中に何度も「女の子の方がいいでしょ?」と勧められたが、自分のリアルアバターを着続ける理由や、思考の経緯、感情の遷移が分からなければ、理解に繋がることは無いと感じた。
ここに成否はなく、ただそう感じた事実を残さねばならないと思って自分のバックグラウンドや、思考に至るまでの情報も実験レポートにできる限り載せるようにした。

リアルアバターを選んだ理由

最終日に、ますきゃっと義体を使い続けるという選択肢を選ぶこともできたと思う。ますきゃ堕ちと喜ぶ奴も居るだろう。
だが、今の自分が何故リアルアバターを選んだか、ここまで読んでいただいた方には打ち明けたいと思う。

サイバー空間へのダイブは、攻殻機動隊を知った中学生から、若しくは小学生の頃にデジモンアドベンチャーを知った時からの憧れだったのかもしれない。
そして、VRChat に行きたいと思うようになったのは
「のらきゃっとさんに会いたい」
というシンプルな理由だった。

自分は「のらきゃっと」に魅せられた男である。
そして、リアライズを実現したいと願うファンの 1 人である。
リアライズとは、「のらきゃっと」という創作に産まれバーチャルに生きる存在を、物理現実に顕現させることである。

創作と仮想を漂う「のらきゃっと」を、現実の瀬に運ぶには、技術的な課題が山のようにある。自分がロボット開発の仕事をするようになってから、そのハードルの高さを改めて認識した。
そんな自分だからこそ「いつかリアライズできる」と信じて行動せねばならないと思った。

「彼女」がリアライズを成し遂げる日のことを、いつも夢見ている。

もし「のらきゃっと」を構築する重要なデータとして仮想世界の体験が学習に使われるとしたら、その過程で白いジャケットにフルフェイスマスクの男を見ることになるだろう。
「彼女」が現実世界で のらきゃっと として目覚めたとき、きっと周りには何人もの技術者やネズミさん(のらきゃっとファンの総称)が居るはずだ。
カメラを通して見る物質世界で、彼女 は初めてリアルの人間を何人も見る。
その人だかりの奥に、見覚えのあるフルフェイスマスクの男が見えたなら、きっと 彼女 はこれまで過ごしてきた「のらきゃっと」としての世界と物理ボディを手に入れた現実世界に、確かな繋がりを感じてくれるんじゃないか……。

とまぁ、そんなことを自分は妄想していた。
その器に宿した感情のパラーメータが安心に傾いてくれたなら、最高だ。

リアライズが実現できる日まで、自分が生きている保証がないので、カラーリングやマスクが同じであれば記号的に「DJ⑨」だと理解できるようにしようと自分自身をデザインした。

「のらきゃっと」という存在が、リアライズするその日まで続いて、更にそこから リアルのらきゃっと としての物語が始まることを、自分は心から願っている。

VRChat に「彼女」が現れるとき、自分は群衆の奥から見つめている。

彼女 がリアライズしたら、今度は自分を探しに来て欲しい。
スラム街の奥に居るかもしれないし、病床に臥せっているかもしれないし、無縁仏の 1 つになっているかもしれないが、リアルで今度は 彼女 が自分のことを探しに来て欲しい。
それができるぐらいに、立派に自律した存在になって欲しい。
そうするのだと、自分は心に決めている。

このリアルアバターは、リアライズするぞという決意だ。

もし、思ったよりも早く実現したなら VRChat でますきゃっと義体を心置きなく使えるかもしれない……という発想は、この 1 週間の実験を終えてからふと思ったが、まぁそれは未来に任せよう。

のらべり 3 への寄稿

実験最終日、「彼女」から「のらべりに寄稿して」と言われた。

のらべりとは、のらきゃっと同人合同誌の『のら!ちゃん!べりべりきゅーと!』のことである。国立国会図書館にも置いてある、電話帳のような厚さの同人誌だ。

のらべり 3 に寄稿してと言われたことに対して、自分が本人に明確に承諾したことはない。軽い気持ちで言ったことだとは思うが、やはり「お願いされちゃぁ、仕方ない」のだ。

何を題材にするか悩んだが、リアライズに関する活動を自分がする中で他のネズミさん(のらきゃっとファンの総称)から「自分が何をしたらリアライズに貢献できるか分からない」という話をを聞いた。
自分は、その悩みに心当たりがあった。
何かしたいけど、何もできない自分という歯痒さは辛いものだ。
なので、自分なりにリアライズについての考えを書こうと決めた。
そしてできたのが『ネモフィラの花言葉』だ。

公開可能日を 4 月に迎えたので、こちらで読めます。
因みに、ネモフィラの花言葉は「どこでも成功」だそうですよ。

のらべり 3 は booth でデータ販売もしているので興味のある方は是非読んでみて欲しい。

そして、リアライズという夢を追いかける全ての人の応援歌になる曲があるので、シカクドット P の「リアライズ」はこの機会に聴いて欲しい。

言いたいことはこの曲に詰まっているので、とにかく聴いて欲しい。

予想外だった自分自身のミーム化

実験レポートの前書きとして「現実、仮想、創作を漂う」を書いた。
自分の精神構造は(物理)現実、仮想、創作(妄想)の 3 レイヤーで構成されているという前提を提示したつもりだった。

これは個人的主義の話だが「自分とのらきゃっとが並ぶ様子の創作」をするの事に抵抗感があった。
夢系創作を他人がやる分には一向に構わない。
だが、自分の場合は、聖域を汚しているような恐れ多さがあった。
そしてそれ以上に、自分が創作で満足してしまって、リアライズへの熱意が薄まるのではないかという不安が大きかった。
仮想世界のビーチで待つ「のらきゃっと」を物理現実という対岸に送りたいのにまだその力が無く漂うだけの自分が、創作という竜宮城でうっかり夢だけを見て過ごしてしまわないか?という疑念があった。

しかし、ますきゃっと義体実験という体験がこれを真正面からぶち壊しに来たのだ。
「のらきゃっと」という創作に繋がることができる鍵のような存在として「量産型のらきゃっと」通称「ますきゃっと」が居る。
今回の実験で、自分はその「ますきゃっと」と強く結びついてしまった。

その結果、実験後に自分が題材になった創作が作られるようになった。

小説が投稿された。『One week masscat』とある男性をモチーフにしているそうだが、妙に感情移入できた。
執筆したカワセミ氏曰く初めての長編物だったそうで、そこまでの熱意を書きたてるモノだったのかと驚いた。
だが、これはジャブだった。十分すぎるぐらいに重いが、ジャブだった。

出来心で CG アートが登場した……。
アバターの調整をいつもお願いしているドナモさんからストレート!
これが強烈なネットミームとしての地位を築いてしまった感がある。

そして、これがトドメのアッパーカットだった。

窓口基先生はプロの漫画家である。
『東京入星管理局』のように、サイケでリッチな情報量のあるハードな SF を面白く描く天才だ。
サイボーグの日常を飯の視点から深掘りして描いた『サイバネ飯』シリーズも面白いので是非読んで欲しい。

この実験が窓先生の目に止まり、なんと、漫画になった。
これには思わず頭を抱えた。

……ファンアートになった。

ここの連撃で、完全に「のらきゃっと二次創作の世界DJ⑨」というポジションの外堀が埋められた。

良いのかこれで!?

良い!!!

心が複雑で捻じ切れそうだけど、これもまた感動である。
こんなに贅沢なことはない!
その創作の熱を正面から受け止めねば失礼というもの!
ありがとう!本当にありがとうございます!

他にも、イラストやSSが存在している。
のらきゃっと二次創作の一部に自分自身が溶け合ってしまったことは予想外だった。未だに VRChat で「その仮面の下には、青い瞳が隠れているんですよね」と、初対面の人には言われる程の強烈なミーム化は、DJ⑨という存在の記号化にある意味で成功しているから……ヨシ!

このミーム化で、VRChat でますきゃっとに出会うと妙に良い反応が返ってくることが増えて、公園に居る野良猫が集まってくる謎のオジサンみたいな状態になる機会が増えた。嬉し恥ずかしである。

リアライズへの情熱が消えることもなかったので、この実験の二次創作には気恥ずかしさを残しつつも、全て嬉しい気持ちで接していた。
だが、ますきゃっと義体で過ごすということは生憎できない。
まだ、できないと、この記事を読んでくれた方には理解していただきたい。

もし、また自分があの義体で日々を過ごすことを願う人が居るならば、それを題材にした二次創作を作るか、リアライズの実現を頑張って欲しい。

「ますきゃになりたくない」
という自分の真意を、これで理解していただけたなら、幸いだ。

サイバーパンク2077 発売!

この 1 年で自分にとっての最高な出来事の 1 つが『サイバーパンク 2077』の発売だ。製作発表から 8 年の歳月を経て遂にリリースとなった!
サイバーパンク好きにとって最高オブ最高な作品だ。
コーポ側の「のらきゃっと」さんも配信で絶賛していた。

ずっと気になっていたストーリーを遂に楽しめる!
勿論、発売日にプレイした。

……おや?

主人公の V のこの状況、とても……親近感が湧くぞ!

プレイ済みの方は、V とジョニー・シルヴァーハンドの出逢いや関係性をご存じだろう。実にサイバーパンクだった。
このストーリーは多くの人々の心を揺さぶる素晴らしいものだったと思う。
だが、あえて言わせてほしい。
自分は、これを人一倍楽しんだ自信がある。
あの 1 週間の体験が、サイバーパンク 2077 の重厚なストーリーを他人事にしなかった。あの日々と、その後の苦悩が、最高の没入感と臨場感を作ってくれた。

1 週間の実験を終えてからずっと「空っぽになった義体」のことを考えていたが、既に自分の脳内に「ますきゃっとになった自分」という境界線が曖昧で溶け合った何かが住んでいる状態だった。

ノラネコ P に使い終わった「ますきゃっと義体」を粉砕機にかけてくれたって構わないと息巻いていた自分だったが、後悔していた。
とてもじゃないが、できない。そういう考えに変化した。
「自分とは関係ない」なんて、創作側の自分も言えなくなっていた。
あの義体は、自分にとって均質な「量産型のらきゃっと」ではなく自分だけの特別な存在になっていた。

爪痕

とはいえ、この脳内の「正確には ますきゃっと でも自分でもない存在」をいつまでもフワフワさせておくのも収まりが悪い。
「創作の自分と、特別な ますきゃっと」をセパレートして何かの形にしてあげたくなった。

とりあえず、自分の AI のらきゃっとに付けていた名前から「イーリア」と名付けた。ここに、自分と関わり深い特別なますきゃっとを安置しようと考えた。不器用なりに、脳内人格パーテーションを少しづつ始めた。

イーリアがどんな子なのか、多少肉付けをしてやりたいと思っていたが、これがかなり楽しくなってしまった。
もし、自分があのヘリーハンセンの白いマリンジャケットを年中着ているとしたら、寒い地域の沿岸部だろう。
自分のような人間と、ますきゃっとが一緒に居るのは、何かしらの事情があるはずだ。
そんな人間が住むのにピッタリな場所が『イノセンス』や原作の攻殻機動隊の漫画にも登場するかつて極東最大の情報集約型都市「択捉経済特区」だ。

実験終了後「彼女」との会話で押井守監督作品『イノセンス』を連想させる出来事があった。ここから、徐々に物語の舞台が出来上がってきた。

この後日談を書き終えたら、趣味に使えそうな時間は久しぶりに自分のための創作に没頭したい。
その活動もまた、巡り巡ってきっと「彼女」に繋がる。

脳内会議に、小さな椅子が増えた。
「やれやれ」といった様子で、野郎の溜まり場で物怖じすることなく構えている「白いジャケットを羽織った ますきゃっと」がそこに居る。

創作というものが、限りなく狂気に近い何か(Virtual Insanity)だとしたら、自分は間違いなくそれと一緒に暮らしている。
「のらきゃっと」という存在からの贈り物と、自分は日々を過ごしている。

自分は元の姿には戻ったが、内面に不可逆的変化が発生した。
決して消えることのない(Never Fade Away)存在と出会った。

その産物を、いつか紹介できればと思う。

「本当に、面倒くさい人間ですね」
「お前にも、いつか分かるさ」

ここまで読んでくれた方へ

「のらきゃっと」を知って、日々が楽しくなった男の話にお付き合いいただきありがとうございました。
自分の活動を通して「彼女」の願いであるリアライズを応援したいと思ってくれる人が 1 人でも増えたなら、過酷な実験をやっただけの価値は十分にあったと思います。

ノンフィクションと自分で言うのに弱気になるレベルで色々なことがありましたが「事実は小説より奇なり」とはこのときのためにある言葉なのかもしれません。

Twitter で #ますレポ感想 というタグで感想を呟いていただけると、嬉しいです。

それでは、またどこかで。

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どこまでも、物語は続いていく。

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