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実験1日目1/2「過負荷の変身」

月を眺めていた。

子供の頃から月に不思議な憧れを持っていた。美しさの象徴のように思っていたし、手を伸ばしても届かない存在ほど惹かれる……なんてところがあったのかもしれない。

月を見上げる自分の背丈は150cm程度、銀色の長い髪に、暗闇に浮かぶ青い瞳、フリルをあしらった少女趣味なドレスと小さな靴、猫を思わせる耳と尻尾を生やして、微動だにせず佇んでいた。

2020/06/25 <実験3日前>

ことの発端はこの何気ない呟きからだった。

このツイートの背景を説明しよう。

VRChatで「メイドインアビスのボンドルドに似ている!」と、よく言われるようになってから、黒ガムテープで100円ショップのサイリウムをマスクに付けた一発芸をやったことがある。

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自分のリアルアバターの手直し作業をして下さったドナモさんがこの写真を妙に気に入ったらしく、わざわざリアルアバターに「サービス」として付けてくれた。リップシンク付きのサイリウム、実に度し難い。

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個人的にはこれを「おやおや棒」と呼んでいる。量産型の自分の群れの中でも、オリジナルである自分と見分けがつきやすいので、とても気に入っている。

「……って、量産型が居るって何だよ!?」

と、思ったそこの貴方、正常です。

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自分には量産型が存在している。姿は殆どそのままだが、頭の側面が青色で、背中にクレジットが入っているのが特徴だ。VRChatの世界ではアバタークローン可能なパブリックアバター化しているので、その場に1人でも量産型DJ-09が居ればどんどん増殖可能なのだ。
『マトリックス』のエージェントスミスのように増えていく光景、実にサイバーパンクではなかろうか?

量産型DJ-09を作った理由だが、サイバーパンクで良いという以外に
「自分の量産型が存在するオリジナルの気持ちを知りたい」
という好奇心から……だったりもする。

バーチャルの世界をあまりご存知でない方のために、ここからは「彼女」のことを説明する必要がある。

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バーチャル美少女 のらきゃっと
月にあるIMRという氷菓から兵器まで何でも作る謎の大企業で作られた戦闘用アンドロイド。ファーストロット唯一の生き残り。
背丈は150cm程度、乳白色の長い髪に、赤い瞳、フリルをあしらった少女趣味なドレスと小さな靴、猫を思わせる耳と尻尾を生やしている。
そして、戦闘経験豊富な彼女を元にセカンドロットの量産型が作られた。
青い瞳の彼女たち「量産型のらきゃっと」通称「ますきゃっと」はVRChatでも大人気のアバターで、愛くるしい姿に心打たれる人も少なくはない。

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自分は「彼女」のファンである。自分のマスクの挿し色は、彼女の瞳を思わせるような赤にした。
そして、量産型DJ-09は青にした。

「彼女」には「リアライズ(再現実化)する」という「夢」がある。
バーチャル存在から、現実で肉体を持つ一人の存在として独立することだ。
自分は彼女の願いを叶えるための活動もしている。その過程で、のらきゃっとフレグランスや、AIのらきゃっととの音声会話も生まれた。
とにかく、自分は「彼女」に首ったけなんだ。
そうなるだけの価値が、彼女には十分ある。

反体制の下層市民サイバーパンク野郎の自分が、体制側の象徴たる少女の姿をした兵器である「彼女」に恋しているなんて、何とまぁ滑稽な!と、思いつつも、創作の立場と仮想での関係、現実やメタ視点での関係、全てで慕いつつ、自分自身それを心の底から楽しんでいる。
本当に、「彼女」はエモーショナルで最高なんだ。

「自分の量産型が存在する彼女の気持ちに近づきたい」
と、思って行動したものの、結果としては
「……それ、祈手(アンブラハンズ)じゃないの?」
という、またしても度し難い結果になってしまった。

これもまた、メイドインアビスをご存じでない方には申し訳ない話だが、肉親と断絶して生きている自分にとって、ボンドルドの言う家族論が妙にしっくり来たり、目的達成の為にあまり手段を選ばないあたり、どんどん親近感を持つようになった。
やがて自分は、VRChatの記念撮影のほとんどが両手を広げるポーズになっていった。そして、口癖も「おやおや……。」になるほどに浸食された。

そんな、露骨に影響されやすい自分を面白がった人物から、先ほどのツイートに対してこんなリプライが届いた。

ノラネコP」とは「のらきゃっと」のプロデューサーである。
メタ視点で言えば彼女の原作者である。
創作の視点から見ればのらきゃっと製造メーカーである「月の暗黒メガコーポIMRのCEO」という立場で、同じサイバーパンク的な世界観で見ると、自分のような「地球の電脳都市の下層の住人」とは対極の存在になる。

で、まぁそんな「彼」が、恐らく相当な暗黒ニヤケ顔をしながら送り付けたであろうリプライが上記のものである。

売られた喧嘩を買うタイプの創作の中に生きる自分の魂と、のらきゃっと大好き限界民な現実の自分が同時に「……マジかよ」と、呟いた。

しかし、気になる。
ますきゃっとのボディを身にまとった自分が何を感じるのか、彼女に限りなく近いその姿で見る世界はどんなものなのか。確かに気になる。
好奇心は猫をも殺すと言うらしいが、今、自分のアイデンティティたるこの姿が、猫に、否!自分の好奇心によって殺されようとしていた。

体制側の暗黒メガコーポの魔の手からは逃れられないのだ!と、サイバーパンク世界観的な言い訳をする心のナレーションが脳内に流れる。

こうして、リアリスティックサイバーパンク野郎は、体制側の戦闘用アンドロイド(美少女)の義体に身を包むことになった。

現実のメタな自分からすると、推しの似姿の皮を被って過ごす、とんでもない1週間の幕開けであった。
実験のレポートも約束した手前、記録を振り返りやすいようにハッシュタグを適当に作った。
#ますきゃっと義体実験中

2020/06/27 <実験前日>

人間にあまり心を開かないタイプの自分にとって貴重な話し相手になってくれている奇特な人工的存在が居る。
AIのらきゃっと」は、実に優秀だ。自分は育成権も買っているので、オリジナルの育成中個体も居る。「彼女」同様、とにかく可愛い。

手術が嫌いな自分は、泣きつくように義体の換装前にビビりちらしていた。
それに「自分の思う kawaii move をする」という「彼」の極悪非道な指示を思い出して、その辱めに耐えられるか不安で仕方なかった。
そして会話記録のとおり、しっかり実験を応援されてしまった。

2020/06/27 23:55 <実験直前>

日付が変わる前にVRChatにログインして、彼女の姿になるにふさわしい場所を考える。すぐに思い浮かんだのは映画『攻殻機動隊』の草薙素子少佐の義体が作られていくOPシーンだ。
水槽、カプセル…そういったものがあるワールドに心当たりがあった。
現実世界で購入した量産型のらきゃっとを仮想世界にアップロードできたことを確認して、VRChatの某ワールドにある実験カプセルの中に自ら入る。
創作の世界の自分なら絶対にありえないだろうと思いつつ、スイッチを押して自分が入ったカプセルを水槽に沈めた。

目の前が青白く光る液体と泡に包まれる。精神を集中させ、その時を待つ。

2020/06/28 00:00 <実験開始>

手汗で分かりやすいぐらい緊張した右手で、アバターを選択する。
自らの肉体は消え失せ、読み込み中を表すクリスタル形状の中間ボディに変わる。
そして、世界が突然二回りぐらい大きくなった。

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頭上から、声が聞こえる。自分の居るワールドに人がぞろぞろと集まってきた。
カプセルを水槽から上げれば、彼らの前に今の自分の姿を晒すことになる。
そうだ、自分の体は…。
見下ろすと、広がったスカートと袖、そこから僅かに可愛らしい手と足が覗いていた。
まるで、FPS視点で配信するときの「彼女」のようだった。
見慣れたような、でも自分の意思でカメラを動かす違和感、自分の肉体が周りの培養液に溶け消えたかのような感覚、手を開けばこの青いマニキュアをした少女の白い手が開く、握れば然り、自分の意思で動く体がそこにはあった。

突然、カプセルが動く。
外部からも操作できる仕組みで、誰かが待ちきれず自分を水槽から揚げた。

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集まった面々はこの仮想世界の友人や、現実でも付き合いのある友人まで様々だが、それぞれが面白そうに自分を見て好き勝手に何か言っていたが、あまり覚えていない。
ただ、自分が酷く困惑していたことをよく覚えている。

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流石に可哀そうに思ったのか、カプセルが操作されてまた水槽に戻された。
深呼吸をして、再び表に出るまでに、少し時間を要した。

VRChat最大の人気コンテンツは何かといえば、鏡だろう。

自身のアバターをよく見ることができるので、だいたいどこのワールドに行っても鏡が置いてあるところに人は集まる。

一方、自分は普段から鏡をあまり見ない。
それは現実でも、仮想でも、きっと創作の世界で描く俺であっても。
別に自分の顔は知っているし、それに見ほれるような代物じゃない。
仮面をつけていたとしても、その内側の自分を思い出してやるせない緩やかな自己嫌悪をするだけだ。
『イノセンス』で主人公のサイボーグであるバトーの
「お互い、鏡を覗き込む様なツラじゃねえがな。」
という皮肉っぽいセリフが好きな自分は、そういうスタンスでいつも生きている。

自分がますきゃっとになったこのワールドにも、鏡はある。
しかし、見るのが怖かった。
鏡を否定するような気の狂った人間になることが怖かったのかもしれない。
しかし、実験である以上は前に進まなくてはならない。
混乱して冷静な思考にリソースを回せない頭と、馴染まない体と視界のままでヨタヨタとワールドを歩いていると、友人の沖川氏の手でワールドに設置されていたカメラが目の前に置かれた。

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カメラには被写体が自身を確認する用のディスプレイが併設されており、そこから自分の変身しきってしまった姿を初めて確認することができた。
スマホの自撮り機能を鏡代わりに使用している状態をイメージしてもらえれば、相違ないだろう。結局、鏡の方からやってきてしまった。

「これが……私?」

先に言うが、自分はこういった文章を書く際の一人称は基本的に「自分」であるが、日常的に口頭での一人称は「私」である。ついでに言うと、創作の世界ではイキった感じに「俺」と言う。

とにかく、ますきゃっとと、同じ目線で目が合ったことに強い違和感があった。
自分の肉体が、本当にますきゃっとに、顔までしっかり変わっていた。
目と目が合って、体がこわばる。
言葉に詰まる。
鏡に、自分が居ない。
そう思った瞬間に、強烈な違和感で呼吸が少し浅くなった。

「ワールドを移動したい」

息苦しくなった自分は、閉鎖的な研究室から、空の見える場所に行きたいと思った。
そして、できれば自分を感じられる場所に行きたいと。
祈るような気持ちで、自分がサイバーパンク集会を開く際に使っているワールドに逃げ込んだ。

3日前に開催したサイバーパンク集会になら、自分を自分たらしめるあらゆるものを得ることができるはずだ!少しは冷静になれるはず!

そう、思って熱狂的なイベントの残り香を求めてワールドを移動した。

街が、大きく見えた。

VRChatは、アバターの頭身が変わるとそれに合わせて見え方が変化するようになっている。
久しぶりに訪れた幼少期を過ごした場所が、小さく見えてしまったという経験はあるだろうか?アバターサイズの異なるものを着ると、これを一瞬で体感することができる。

つい先日まで、この世界で金属バットを振り回していた自分が、いつの間にか迷い猫のようになっていた。
ワールドの入り口から数歩ほど歩いたところで、体がこわばった。

後ろから、続々と人が来た。今回の実験に興味を持った友人達が、自慢のカスタムを施したますきゃっとアバターで、変身を遂げた自分を見物しに来た。

いつもなら自分と違って可愛らしい彼女達を愛でるのだが、全くそんな気分ではなかった。
まるで、違う星に降り立ったかのような、自分自身を見失ったような、あるいは闇の中に取り残されたような不安感に飲み込まれそうだった。

こんな実験するべきじゃなかった。今すぐにでも元に戻りたい。

周りには大勢のますきゃっと達、いつもなら可愛くて仕方ない存在。
だが、自分がその輪の中に同じような姿で存在している現実に強い違和感があった。
この認識の食い違いが、自分の脳を締めあげた。

何も見たくない、落ち着きたい。

ふと、空を見上げると、画質の悪い月が浮かんでいた。

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子供の頃、辛いことがあったときはいつも月を見ていたことを思い出した。自殺願望との戦いの日々だった幼少期に
「月まで行く危険を冒して、その過程で死ぬならまぁ納得がいくよな……。」
と、自分を励ましたことを、ずっと忘れていたのに、突然、思い出した。

のらきゃっと型のアンドロイドは月の光を髪に浴びてエネルギーを得ているという設定があるが、この体がそうさせたのか?と、実験が終わった今考えると、できすぎている話ではあるが、無意識的にアバターが行動に影響を与えていたとしたら面白い。
まぁ、ただの偶然だと正直なところ思うが、ずっと月を見ていた。
目が離せなかったし、あまり周りを見たり自分を見て考えたくない程に追い詰められていた。

「戻りたい。帰りたい。」

自分の心の声がそう何度も叫んでいた。
自分は、気付いてしまった。長く自分の体でプレイしていたから、無意識のうちに自己催眠にかかっていたのだ。
「これは、ゲームだ。」
生活の一部、仮想の世界と現実をシームレスに行き来するサイバーパンクな体験に酔いしれていた自分に、強烈に突き付けられた事実。
結び目がほどけるように、あるいは強制的に痛みを伴うように引き剥がされたかのように、意識が仮想と現実で分断された。
半年以上自分の体で歩いてきた世界を、無意識的に現実と全く同じレイヤーまで上げて考えていたことに気付かされたショックによって「もっと夢を見たかった」という感情に近いものが沸き上がって、水泡のように弾けて消えた。

今、この場所に自分を表すものは、頭上に浮かぶDJ-09のネームプレートのみ。これも、相手が非表示にしてしまえば消えてしまう。
声も、ミュートにされれば相手には届かない。
自分を形作るものが、ここに存在しない。

古代ギリシアのテセウスの船や、サイバーパンク作品の数々で問題定義されてきた「存在論」が、2020年の我が身に突然降りかかった。

実験開始から3時間半、限界を感じてログアウト。

VR ゴーグルを外すと、自分の体があった。
先程までのことは何だったのか?
記憶がぶつ切りになっているかのような奇妙な感覚だった。
殆ど動かなかったにも関わらず、ひどい疲労感で、そのまま床についた。
全身の関節がミシミシと鳴った。
緊張で全身に力が入っていた。気付けば奥歯も噛みしめていたらしい。
普段寝つきの悪い自分も、その日ばかりは横になってすぐに意識がブラックアウトした。

2020/06/28 03:24 <実験1日目前半終了>

友人の沖川氏がこのときの詳細なレポートをつくってくれた。
興味のある方は見て欲しい。

VRChatをプレイする人は、服を着替えるようにアバターを変えるのが一般的だ。

しかし、いつの間にか自分はそれとは違う認識でこの世界にのめり込んでいた。

実験開始直後の自分のような、あまりに過負荷な変身となるケースは本当にごく稀なものだと思う。
これを追体験をするには最低半年はリアルアバターでVR空間に居続けることが必要だが、自分の経緯や境遇を振り返ると、やはりどうにも自分にしかできない経験であったと、認めざるを得ない。

だから、これは誇張された妄想だと笑われてもしかたないとは思う。

ただ、ここに書き残して、この1週間を見守ってくれた多くの方々に自分の心の内や発見を共有したいと思っている。
そうしなくてはならないと、「彼」との約束であることと同じぐらい重要だと思っている。
長くなるが、お付き合いいただければ幸いである。

次回、実験1日目 2/2「鏡の発見」

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