剣道部のやんちゃな『粗品くん』のお話。
人が群れる理由が分からなかった。
孤独が好きだと思いこんでいる私は、街行く「群れる人たち」に目が滑る。
男子学生の集団。
今風のマッシュルームヘアーに、色とりどりのカラードジャケット。隙間から覗かせる厚手のニットセーター。スキンケアの跡がしっかりのこった端正な顔立ち。でも目元はくりくり。ジェンダーを受け入れた上でネイルに挑戦している子もいる。一帯に響くほどケラケラ笑い合いながら、まるでジャンプの主役にでもなったかように街を闊歩していた。
確かに、彼らのいでたちは無敵のヒーロー戦隊に見えなくもない。
だけど、羨ましいという気持ちは微塵も起こらない。
「これが本当の幸せだ」みたいにして歩く彼らに、私はいつも「もったいないな」って感想をぽつりと漏らしたくなった。
なんだか彼らが「モブ」になりたがっているように見えたから。
私は、あの子たち一人ひとりの顔を覚えているわけじゃない。どうにも俯瞰してしまう。集団で居る限り「男子学生たち」という括りから脱することがない。
推し並べて均等に。
君たちの中に、私はどうやって差異を見つければ良いのだろうか。
人の多様性に希望を見出している私にとって、その光景は些か哀しいモノに映った。どうして「自分の人生の主人公」にならないのだろうか。
そんな自分勝手な想像にふけっている時、ふと学生時代にクラスメートだった一人の男の子を、思い出していた。
最初は、いい意味でも悪い意味でも印象的な男の子だった。
彼は、剣道部に所属していた。
それなりの強豪校だった私の学校では、剣道部のカーストは非常に高く、野球部と同等くらいの権力を秘めていた気がする。武芸に熱心な珍しい校風で、球技大会の代わりに剣道大会や居合演舞が毎年の恒例行事だった。ちなみに、剣道は必修科目だ。一応、居合か剣道かで選択できたが、どちらかは必ずとらなきゃいけなかった。
そういった環境の剣道部は、すごくやんちゃな子が多かった。男子生徒の間では恒例の肩パン祭りとか、ほとんどイジメに近いギリギリグレーゾーンのイジりなんかもよく見かけた。
そういった輪の中にはいつも、彼がいた気がする。
「霜降り明星」の「粗品」をそのまま高校生まで逆行させたような顔立ち。
剣道部出身者は坊主が義務だったので、その粗品くんも漏れなく坊主だ。
やんちゃで、坊主で、カースト上位の粗品くん。
区別するために「粗品」ではなく、ここからは「ソシナ」と表記しよう。
・・・
わたしは、ソシナくんが苦手だった。
周りには同じくカースト上位の友人たちが一緒だったし、おどおどした子にしたり顔で堂々と絡んでいくその姿に、嫌悪感すらあった。
わたしが特に何をされたというわけじゃない。文化部出身だった私との接点はほとんどなかった。ただ、そういう「集団」の中にいる彼のことを、ちょっと毛嫌いしていた。
ある時、私は剣道着を収納する道着袋をなくしてしまった。
ダイレクトに汗を吸い取る剣道着は、こまめに干さないとすぐ匂いが定着してしまう。だから家では極力袋から出して外干ししていたのだが、風の強い日だったのかもしれない。袋だけどこかに飛ばされてしまったようだった。
しばらく探したが、まったく見つかる気配がなく、泣く泣く親に新調してもらった。
・・・
パリパリと、ノリに包まれたままの道着袋を背負って学校につく。
ふと、新調した道具袋に名前を書いてないことに気づく。マジックで書いてもよかったが、たまたま近くにいた剣道部の部員からこんな声がかかった。
「それソシナに書いてもらうといいよ。アイツ字うめぇんだ。」
突然クラスのカースト上位から声掛けにびっくりした。日頃の素行はちょっとアレだけど、彼らには強豪校の誇りがある。剣道に関しては校内の誰よりも熱心だし、困っている私のことをすぐに察して「ソシナくん」へと導線をひいてくれた。
正直、ウゲッと、酷い顔をしそうになったが、何とか堪えた。へんに逆らう気も起きず、即座に感情を心に押し込めて「わかった~頼んでみる~」と努めてニコヤカに振る舞ってみた。
・・・
それから彼を探すと、次の移動教室へ向かおうとするソシナくんを見つけた。相変わらずのやんちゃ顔で、何を考えているか分からなかったが、勇気を振り絞って呼び止め、恐る恐る道着袋の事を話した。
「お、いいよ。じゃあそれ貸して」
道着袋を渡すと、ソシナくんは教室の後方部、自分のロッカーにどしどしと歩いていって中をゴソゴソと漁り始めた。
そうして取り出したのはちょっと高そうな「筆ペン」。
ソシナくんは適当な近い机の上に道着袋広げて、アイロンをかけるみたいに手でまっすぐに引き伸ばす。
そうして筆ペンからキャップをとって、構える。
空気がシンとなる。
記入欄に、筆ペンの先を着地させる。
今、やんちゃだったはずのしたり顔はそこに一切なく、ただただ口を一の字に結び、真剣な顔でペンを走らせる。
顔と袋がくっついてしまいそうな距離で、じっと記入欄を睨めつけながら、ペンを走らせている。
ゆっくりと、一文字づつ、傍から見ている私にも、その筆圧の強固さを感じとれるように、丁寧に書き入れていった。
校庭からの生徒の声と、ペンの滑る音だけが響く。
「うい、終わったよ」
ハッとなって道着袋を受け取る。
「…え、めっちゃ字うまいね?」
そこには誇らしげで見事な書体の名前が記されていた。
「いろんなやつに頼まれるからさ。
道着にも書いてっから、そんときゃ言って」
特段照れた様子もなく、いつものやんちゃ顔に戻っていた。
当たり前にこなしてる日常を、当たり前に説明してソシナくんは教室を出ていった。
あれは本当にソシナだったのだろうか。
「集団」で居る時のソシナくんと同一人物だとは、まるで思えなかった。
・・・
「え?ああソシナ? あいつめっちゃイイやつだよ」
あの出来事以来、私は気になりすぎてソシナくんの事を剣道部のクラスメートに聞いたりしていた。
どうも話を聞くに、3人以上の集団で居る時はめちゃくちゃやんちゃでフルパワーに振る舞うそうだが、サシだと、重めの相談に乗ってくれたり、落ち込んだ様子にすぐに気付いて配慮してくれたりするそうだ。書道もケッコウな段位を保持しているらしい。
周りに居た他の部員もしきりに「めっちゃイイやつ」と頷いていた。
彼が、まるで物語の主人公に見えた。
相変わらず、「集団」でいる時の彼は高圧的だったし、極端なイジりでクラスメートを萎縮させたりもしていた。でも、誰かが本当に嫌がるようなことは、していなかったと思う。
結局それ以降、ソシナくんと話す機会は訪れず、卒業まででまともに話したのはあの一回きりだった。
でも、遠巻きにヒーローを眺めるモブみたいな気持ちで、私は過ごしていた。
そんな高校時代のソシナくんのことを振り返りながら、街を歩いた。
彼は元気にしているだろうか。
きっとしているだろう。豊かな家庭を築いていることだろう。
もう完全に接点は無くなってしまったし、正直名前すらも思い出せない。でも、確実にあの瞬間の「主人公」だった彼のエピソードは、私の胸中に刻み込まれている。
さきほどすれ違った男子学生たちが、すっかりはるか後方でまた一段と大きな声をあげる。韓流アイドルみたいに快活な笑い声、きっと街行く女の子はふりかえってしまうだろう。シンプルにカッコイイしオシャレだから。
でも、やっぱり私には「モブ」に思えてしまう。
集団でいる時に、輝く魅力もあるかもしれない。もしくは相乗効果みたいに「所属意識」がカーストや自分自身の価値を高める動機になっていることもあるだろう。
それでも、あの時筆ペンを片手に書き込んだソシナくんの一瞬には、到底及ばない。「集団」は自分の為ではない。その人の魅力をどこまでも花開かせるのは、やっぱり「孤独」な時間の中でこそと思ってしまう。
道着袋を無くさなければ、そして教室で「サシ」にならなければ、私はソシナくんの魅力に気づくことができなかった。
・・・
まぁでも。
それを魅力と感じれたのは、私が一匹で過ごすのが好きなただの孤独なヒツジだからかもしれない。
「集団」で暮らすオオカミたちにとっては、立場と権力が何よりも「魅力的」に映るのだろう。
一方で私は、孤独の中で育まれる豊かさを「魅力」に思うだけ。
ヒツジとオオカミでは、きっと理解り合えない。
でも、長らく忘れていた懐かしい気持ちを思い出せた。
今日は気分がちょっといい。
あとで粗品に100円だけスパチャしとこ。
細客ッ!
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