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『3人だよ』|怪談系ショートショート

おはようございます。
体内時計が36時間くらいに調整されちゃって、連日昼夜逆転中。

早寝早起きの苦手な私が
丑三つ時を前に目が覚めるファインプレーを炸裂中。

そのせいで、日課の朝散歩が深夜徘徊に変わっちゃってます。

しかし日課は日課。

空が暗かろうがご近所さんが寝静まろうが身支度を整えて出掛ける。
この際だからゴミ捨てもついでにしちゃう。
合理的。

通常のルートだと
川、山道、墓、寺、神社
なんて自然と歴史を一望できるコースをたどるけれど
いかんせん光源が少なすぎるので夜回りに向かない。


特に山道はガチで街灯の一本もないため下手したら遭難してしまう。
上下スウェットで飛び込むには心もとない。

しかし、アスファルトで補装された道路をただ徘徊するというのも
なんだか味気ない。


よって、川べりに沿って進み
適度なところで引き返す選択をとることにした。


家をでて坂を下ると、河川敷に突き当たる。

アスファルトの地面が砂利道に切り替わり
街灯の代わりに黒々とした木々のシルエットが頭上を占める。

日が昇ってから歩く道とまるで違う。
ちょっとした異世界。

普段なら車の走行音ですっかりかき消される川のせせらぎが
異常なまであたりに響いている。
それ以外は、自身が砂利を踏みしめる音。

春には桜並木で華やかに彩られる道が
すっかり黒に閉ざされていて
視界はあてにならない一寸先の闇ばかり。

頼りになるのは聴覚だけ。
川のせせらぎと、一人分の歩行音。



しかし、もし、そこに
自分の歩行音でも
流水の音でもない
別の音が加わったら…。


唐突に湧いたイメージに、体が恐怖がすくんだ。
それまで日課を守るためにと
義務的に動かしていた全身が泡立つ。

川沿いの道はたった一本。
どこまでも暗闇が続いていて
どこもかしこも、ただただ黒い。


もしも、一つ、二つと
別の『何か』の足音を
耳でとらえてしまったら?

川側の柵から
『何か』が乗り出して来たら?


冷静にネコかイタチかと断定して
かわらないペースのまま私は歩けるのだろうか?


頭の中に思いえがく
この世のものならざる姿を都合よく振り払えるか?


もし、それが後ろから聞こえてきて
自分の足音にピッタリ重ねるようについてきたら?



きっと、私にできることは何もない。


怪異だとか妖怪だとか
そういったものを信じてはいない。


信じていないからこそ
未知が無限に広がって
なおさら恐怖が増幅される。


もしも、それが現れたらどうしよう。


何が待ち受けているかも分からない暗闇の道を
むやみやたらに走って逃げることしかできない。


まるで怪異の巣みたいになった黒い空間に
みすみす飛び込んでいくしかない。


なんてことない散歩道が
ただの暗さ一つで地獄街道に豹変したかに思える。

人は、なんと無力なことだろうか。



何気なく泊まっている軽トラックの座席も気になってくる。


その座席に『何か』が乗っていて
ジッとこちらを見つめていたとしたら?


人間だろう、と仮定したところで
もう何年も動いていない錆びついた軽トラックだ。

丑三つ時に荷台に佇む『そいつ』は
果たして現世の存在と言えるのだろうか?


見えないのならいい。
だが、見えてしまったら
どんな言い訳も通用しない。


見えたら「おわり」なのだ。


見えないという期待を抱きながら
暗闇をただ歩くしかない。


やっていることは、目を閉じて歩くのと変わりない。
だからこそ、聴覚に絶大の信頼をおいて周囲の警戒を任せる。
だがそれも危険だ。


目と同様に
聞こえてしまっても「おわり」なのだ。


まじまじと闇に浮かぶ 河川敷は、ただの黒。
黒に沈んでいる。

草木や川の輪郭はぼやけ
境界がすっかりなくなっている。

川の近くへ降りる階段が脇道に現れる。
降りてしまえば私もこの黒に取り込まれて、同じになるだろう。
目も耳も触覚も役に立たなくなる世界が、階下に広がっている。

降り立てば、根源的な恐怖が心をしめるだろう。
正気で居られる気がしない。


・・・さすがに降りれない。
無限回廊に姿をかえた地獄街道を
ひたすらまっすぐ進むしかなかった。


ただ闇と未知の恐怖に耐えながら進む。

そのうち、目も耳も信じなくなる。

ただ歩く感覚だけが
自分が黒の一部でない証明になっていた。

無心で歩く。

歩く。

ザッザッ。ザッ。




そのうち大きめの国道に突き当たった。
街灯の下、道路に示された「止まれ」の白さがどうにも恋しかった。

コンビニエンスストアの明かり。
近づいてもうんともすんとも反応しない耳鼻科の自動ドア。
駐車場にとまった白のセダン。

通りを走る車はほとんどないが
それらが私を現世に引き戻してくれたようで安心する。

ただ足元の感触がアスファルトに変わっただけで
私の心から恐怖が雲散していた。

せわしなく変わる信号機の赤黄緑が
この時ばかりはなんと心強いことか。

横断歩道を渡る時、飲んだくれたのか千鳥足の若者が一人。
それから背広を着た男性ともすれ違った。

人の存在に感謝しながら
硬い地面を踏みしめながら帰路についた。



…ただ夜に出掛けるだけで
これほどの本能的な恐怖に晒される。

普段はこのアスファルトで
うまく恐怖心が塗り固められているのだろうか。

それとも、もう夜で生きていくことできないほど
わたしたちの魂はすっかり摩耗してしまったのか。


「道」があるだけで、私はこんなにも安心できる。


結局1時間くらいの散歩で、すれ違ったのは『2人』だけだった。



だけど、もし。

実は、あの川べりで『何か』とすれ違っていたとして…。

私は、無意識に

見ていない
聞いていない

と、していたのなら…。




…ありえない話ではない。


先刻も話した通り、

それに、気づいてしまったら『おわり』なのだから。






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