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小説:河川敷と、タバコと、瑠璃色と。第6話

前回


6.河川敷の4人と、その帰路まで


 西野さんが、物怖じせずに山吹老人へ語っていた。

 河川敷での出会い、陽斗くんとの出会い、そしてぼく、柿崎蒼佑こと「神崎宗助」が彼女の大好きな作家だったこと。

 山吹老人は「それは奇特な」やら「なんと」やらの相槌を絶やさず好々爺に徹していた。どうやら子供の前であることがこの老人を好々爺たらしめているらしく、不安げに様子をうかがう陽斗くんへ向けてしきりに微笑んでいた。また、どこか懐かし気な表情をたまに浮かべていた。

 目が慣れてくると、老人の顔の造りも注意深く観察できた。深く刻まれたしわがその年季を物語っている。白く染まった口ひげは、鼻の下から顎までくるっとわっかになっていて、しゃべるたびに連動して動いた。真っ白かと思った髪の毛には、黒毛がそこそこに混じって灰色じみている。薄毛を感じさせないしっかりとした毛根に、太くけば立った眉毛が轟轟と生えていて、より貫禄を感じさせた。
 

 「せっかく、お二人のサインを一緒にいただけるチャンスなのにな、って。今は色紙を持ってないことを、すごく後悔してる感じです」
 西野さんは多少の気安さを交えながら、話を終える。ぼくと山吹先生の貴重なサインの機会を逃したと、残念そうにうなだれてから、最後にいたずらっぽく笑う彼女。目を細めて微笑む山吹老人がその余韻を引き継ぐように口をあけた。
「お嬢さんや、楽しい話をありがとう。まるで本物のシノノメさんと話しているような気分だったよ。心なしか声も似通っている。なあに、こんな老いぼれの名前なぞでよければ、また立ち寄って書きましょう。ワシも近くに住んでいるから、いつだって来れる」そこで言い切って、視線がぼくのほうへ向いた。
「して、君が、かの神崎くんだったとはね」
 先ほどの無感情な目と違い、この暗がりの中でもいくらか熱を帯びたと分かる視線を受ける。それがぼくの目に伝搬し、いくらか緊張する。
「…10年くらい前だったかな、私も選考をと頼まれた作品があった。たしか『霞立ちの気まぐれロジー』というタイトルだったか」

 まさか作品の名前まで出してくれるとは思わずに、心の中に喜びの感情があふれる。先ほどまでの扱いなどその瞬間に吹き飛ぶようだった。
「は、はい!覚えてくださっていて光栄です。ぼくのデビュー作が、まさにそれです。先生の『見返り美人』を見て、高校生活を過ごしてきました。湯屋に登場するキミヨさんは、ぼくの青春そのものでしたし、原点だと今でも思っています」

 思った以上に口が回って自分でも驚く。老人は手元の杖から左手を離し、羽箒で手前から奥に、はたくような動作を取ってみせる。
「ほほ、ありがたい。原点とまで言ってもらえて鼻が高い。が、いいんだ、そんなにかしこまらんでも。文壇でとうに聞き飽きた。この河川敷まで持ち込むこともない。それに、結局ワシは選考委員としては不適当だった。君の作品に落第を押した側の人間だったからな」
 衝撃的な事実に身がすくんだ。たくさんあったはずの山吹老人への質問がなりを潜める。後ろめたさが重石となって口をふさぐ。閉口したぼくを見かねてか、山吹老人は揚々と続けた。

「いや、よい作品だった。物覚えはいい方ではないが、今でも君の作品は印象に残っている。落第を推したのは、なに、ワシのきわめて個人的な理由だ。誇ってよい作品だ。そうか君が書いたのか。ほほ、これは何の因果だろうかね」

 しかし、老人の言葉に批評の重々しさは、まったくなかった。すがすがしく、どこか遠くを見るようなまなざしがぼくを柔和に捉えていた。この優しげな言葉の裏にどんなメッセージが隠されているのか、躍起になって探ろうにも、老人の眼差しには手掛かりの一つも残ってはいない。
 
 一方で西野さんは、まるで大和撫子の如く密やかに座っている。男たちの会話をたてるように一歩身を引き、存在感を河川敷の水位を計る人工物と一緒くらいにまで落ち着けて、擬態していた。しかし、その目には好奇心が隠しきれず、ぼくと山吹老人の動向を逐一チェックしている節すら見られた。「…そうですか。すみません、では、何がいけなかったのでしょうか」
 耐えきれずについ口を割って出た疑問に、山吹老人は微笑みながら答える。
「いけないとは、思っていない。なに、ごくごく個人的なことだ。君が気に病むことはないし、ワシにとっても反省すべき過ちだったと、未だに考えあぐねている。ロジーとキミヨは、あまりにもよく似ていたというだけの話だよ」

 山吹老人はチラリと西野さんのほうを見た。正確には、西野さんとその背中に隠れた陽斗くんの影に注目しているようだった。
「お嬢さんといい、君といい、たいへん興味深い。ここで心行くまで話を聞いてみたいものだが、その話はまた次の機会としよう」

 そういって、「ほれ」と顎で差し示した先には、ぼんやりした表情を浮かべる陽斗くんの姿があった。トロンとしたまぶたが半分ほどまで落ちかけ、船をこぐように頭が上下左右にゆれる。その様子は退屈と眠気に襲われてしまった教室の生徒を思わせた。あわてて時計を見やると、いつもの解散時間よりも30分近く経過していた。西野さんが「陽斗くん、ねむい?」とそのほっぺたをツンツンとしていた。
「その子を近くまで送ってやるんだろう?長居させちゃあいけない。子供の夜は大人よりも貴重で価値あるものだ。さぁ送ってやろう」
 
 杖とともに勇ましく立ち上がる山吹老人。つられて西野さんもベンチから腰をあげた。作風には厳格なイメージがあったが、実面はとても情動的な人だと知り一層の関心が湧いた。目をこすって眠気をこらえる陽斗くんの頭を、山吹老人が撫でる。無骨で、荒々しい撫で方だったが、途切れそうな意識を覚醒させるにはもってこいだった。緊張から解放された陽斗くんが、ベンチから立ち上がって伸びをする。しかし眠気に抗えないようで、西野さんに寄っかかる。彼女はその手をとって、並んで歩いた。

 斜面の手前で「山吹さん、よかったら向こうに迂回しますか?」と彼女が尋ねた。ここから大綱橋側へ向かうと段差のまばらな階段がある。しかし山吹老人は「心配無用だ、なんともない」と言ってはねのけた。西野さんはうなずくと、陽斗くんとふたり、振り返って斜面を登っていく。ちょうど眠気に押され気味の陽斗くんの歩幅は、西野さんのこじんまりとした歩幅と同じくらいになって、足並みがそろう。はたからみれば、手をつないで登る姿が母子のそれだと錯覚できてしまうようだった。

 つづいて山吹老人が斜面に足をかけるが、最初の一歩目に苦労している様子だった。ぼくはみかねて後ろから腰のあたりに手を添えて補助をしてしまった後で、余計なお世話だったかもしれないと、一瞬たじろいだ。しかし山吹老人は素直に「すまないな」とぼくの後ろ手に体重を預けてくれる。反動に任せて踏み出した一歩を起点にして、杖を器用に手繰りながら登っていった。

 土手にでて、東方面に歩いていく。これは陽斗くんのための逆走だ。ぼくの住まいは西方面。西野さんは反対というほどでもないが、対岸のマンションに住んでいる。どちらにせよベンチの西側に位置した大綱橋を渡るのが最短ルートだから、彼女も逆走に違いない。山吹老人は、東へずっと進んだところに自宅があると話していた。

 前方に手をつないだ西野さんと陽斗くん。その後方から、ぼくと並んで歩く山吹老人が追いかける形になる。歩く速度は拮抗していて、距離が離されることも縮まることもなく、鶴見川の流れに従うように進んでいった。ふと、気になっていたことを問いかけた。

「そういえば、なんで後ろ向きに歩いたりなんかしてたんですか?」

 今、隣を歩く山吹老人はちゃんと正面を向いたまま歩みを進めている。しかも杖を使わずに和服の裾をきりながら、しっかりした足取りの様子。だからこそ、すっかりと隅に追いやっていた最初の疑問が浮上してきた。山吹老人は、世間話のような気軽さで答えた。

 「ほれ、この道を後ろ向きに、西へ進んでいくとな、視界の中では川は前に進み、ワシだけが逆行する。過去に想いを馳せるときはな、そんなふうに後ろ向きに進むといいんだ。そうすれば時間の流れを無視することなく、過去に向かえる。ただ戻るだけじゃあ今が疎かになっていまうからな。…なぁに、息詰まった時のちょっとした知恵だと思ってくれ。行儀よくしてても、変わらんもんは変わらん。だが、ワシはあのお嬢さんと陽斗くん、そして君と目が合い、こうして奇特な帰路についている。これがワシにとっての『見返り』なのよ」
 
 流暢に話す山吹老人の意図を汲もうと、耳を傾けた。河川敷のにぎやかさと違い、虫の声も川のせせらぎも薄く遠い。耳に馴染んでいく老人の言葉の一言一句から、ぼくは何を質問すべきか熟考した。「過去に、向かっていた、ですか」と復唱した。ぼくが長年抱いていた疑問と符合する確信があった。

「…山吹先生は、どうして書かなくなってしまったんですか」

 一見すると脈絡のない質問に思われたかもしれない。しかし、答えはそこにあると本能が猛進を止めなかった。山吹老人の好々爺たる顔つきがわずかにゆがんだ。それから、ゆっくりとこちらに目線だけ流した。

「君には、わかるかね」

 質問に対して、質問で答えられた。作品と同じように、多くを考えさせる人だと感じる。
 彼の作り出す作品には、美醜以上の魅力を秘めた女性たちが数多く現れる。しかし、誰一人として主人公とヒロインが結ばれる物語はない。『形而恋愛モノ』と評される彼の作品は、どこまでもカタチや関係性にこだわらない苛烈な内情や、深い内面を描き続けていた。その表現の巧みさが平坦な人生から生まれるとは、到底考えにくく、目の前の老人が確かに山吹賢三なのだと実感も強まっていく。
 閉口した山吹老人は、ほっとけばいつまでも黙ったままのような気がした。

ぼくは、思考をまとめ上げると、おずおずと口を開いた。
「…本当に、これはぼくのたわごとだと思って聞いてください」
 慎重に言葉を選びながら、目の前の生きとし生ける伝説に恐る恐る踏み込む。土手を歩きながら、視線を交えずに言葉を交わす。彼の紡ぎだした書籍や原稿、そこにコメントを書き込むような気持ちだった。関係なく、脳裏に破かれた原稿が浮かびあがる。

「奥様を、これ以上、裏切れない…と、考えたのではないかと思っています。『見返り美人』以降、コラムや書評と、それから短編をいくつか公開されてましたが、どこにもキミヨらしい女性像が現れない。いや、魅力的な女性が現れてはいます。でも、どうにも貞淑が強調されていたように思うんです。背徳さがそのまま弾圧されているような、こう、そんな強制力を感じました…。キミヨさんは奥様を模して書かれたとコメントされたことがありましたよね。でも、ぼくは奥様がモデルではないと思ったんです。だからこそ、それ以上、作品にも、奥様にも嘘がつけなくなったのかなと…すみません、失礼なことばかり」

 言い切ってから、後悔がじくじくと募った。山吹老人は驚いたような表情をぼくにむけていた。話を終えて、わずかに経つと、観念したように表情が緩み、ベンチの好々爺が舞い戻っていた。
「君は本当に、よくワシの作品を読み込んでおるな。まさかそんなところまで思考が及ぶとは思っておらなんだ」

 心から楽しそうに笑う老人のコッコッという声。その声を受けて、時間をかけて形成していった考察がそっくり肯定されたような気分になった。同時に、これ以上の言葉を、どうこの人にかけてよいのかすっかり分からなくなってしまった。今しがた自分の推察した苦悩に対し、ぼく自身もなんら答えを持ち合わせていなかったから。いや、現在進行形で苦しめられていることに他ならない。

 山吹老人は、愉快そうな声色のまま続けた。

「…だがな。書かなくなった理由は、決してそれだけというわけでもない。なに、『見返り美人』はすでに20年近くも前の話。とっくの昔に折り合いはついておるし、人よりは短かったが、家内も立派に天寿を全うした。それに、あいつは裏切られたなど微塵も思っていなかったよ。指摘はされたがね、ワシも家内も納得したうえで書いていた。少なくとも喧嘩のタネになることはついぞなかったよ。もっとどうでもよいことで争ってばかりいた気がするわい」

 懐かしそうに振り返る老人。物悲しさなどなく、奥さんへの絶大な信頼が見て取れた。事の顛末については一部正解と改まったため、ぼくの乾ききった口が潤いが戻る。ぼくにとって山吹老人は尊敬の渦中なのだ。ぼくに打破できてしまうような世界観であっては解釈が異なる、という自分なりの美学に、当の本人から助け船を出してもらった気分だった。
「そうでしたか…それは、本当に失礼を」頭を下げるぼくに、よせよせ、と首を振って山吹老人が話す。
「ワシの記憶が正しければ、君も書いて久しいのではないか? こうしてワシにもあの廃れたベンチに行く口実ができたことだし、またゆっくりと話そうじゃないか。ワシもまだまだ聞きたいことはある」
「こ、こちらこそ、ぼくでよければ」その申し出について、興奮を抑えて何とか答える。
「君だけというわけじゃない。あの西野のお嬢さんも、何か抱えておるようだしな」と声を潜め、だが確信めいた力強さで次に続けた。

「それに、嘘もついている」

 眉間のあたりにしわが寄り、眼差しに真剣が宿っていた。
「嘘…ですか。確かに、彼女は人の理想を演じるのが得意とは話していましたけど…」彼女が自分自身でバラした演出のことを差しているかと思い、それとなくフォローを図る。しかし、老人のしわが伸びることはない。

「いや、真っ赤な嘘だよ。彼女は”西野”でもないし、おそらく”ゆう”でもない」

 突拍子もない話がどこからかやってきて慌てた。
 嘘?まるっきり偽名ということだろうか。本名である証拠を探そうにも、物的なものは残っていないし、信頼というあやふやな概念の上にポツンと立っている関係性に気付いて、歯がゆい思いをした。だが、山吹老人は出会って間もない彼女のどこにそんな嘘を感じることが出来たのか。少なくとも2週間ほどの時を共に過ごした立場だったが、どこにもヒントがあるように思えなかった。
 老人はひげを摘まみながら、説明を始めた。

「人間には、生まれた時から染みついた反応と、そうでない訓練された反応との間に明確な差異がある。普段は包み隠せていても、想像の範疇を超えた出来事においては身体の防衛機構は極めて正直モノで、真摯なのだ。つまり、嘘をつけない。初めにワシが掛けた言葉を思い返せば、あの動揺の少なさが仇となったと、否応にも伝わろう。そうだな、もっと動揺してよかったのだが、いかんせん”あべこべ”すぎたのだろう。出生の彼女しか知りえぬことと、訓練した彼女の忘却が、一同に介さなければならない状況がゆえの偶然だ。それがなければ、いくらワシでも気づきようがなかっただろうな。彼女はシノノメだよ。ワシは確信している。…まぁ、老人のたわごとだと思って、聞き流してくれてもいい」

 最後、ぼくへの意趣返しのようなセリフに老獪さを覚えつつ、かえって真実味を帯びる結果となった解説。シノノメとは、箱根の湯屋で出会った女性だという話だ。彼の小説やコラム、書籍に同様の名前をあてがわれたヒロインがあっただろうか。
 いや、いなかったはずだ。記憶をたどってみても、そんな名前の登場人物はいない。そもそも名前は山吹作品において重要視されない。目の前の老人は、ただの記号として使っただけかもしれない。真実を見つけるための道具。それ以上の意味が含まれている気がしなかった。

 話したたがりの老人は、少し時間をあけておどけた調子で言った。
「まぁ彼女のことは、追々話す時がくるだろう。いや、ワシはな、本心でいえば、陽斗くんに会ってみたいんだよ。孫がな、ちょうどあのくらいの年だなんだ。まだ若造の頃は信じてはいなかったが、本当にかわいく映るものだ。子は宝というのは、いつの時代も定常の理だとつくづく思い知らされる」

 老獪な紳士がすっかり子供好きの好々爺に変わった。
「そうなんですね。お孫さんはお近くに住んで?」
「いや、あえとらん。あえとらんよ…。この話も長くなるからな、ますます次の機会に話すとしよう。…しかし、まったく。今思い返しても自分が情けない…どうして娘は、顔を見せぬのだ。これでワシにどうしろと…」
 そういって、山吹老人はもごもごと口を閉ざした。表情も暗く、目には悲痛の色が浮かんでいた。

 気づけば、西野さんが振り向いて手を振っている。指定の地点に到着したから、あの動作は別れの合図だ。山吹老人はまっすぐと進み、「じいやもこっちの道なんだ。歩いて行っていいかい?」と陽斗くんに尋ねる。陽斗くんもおずおず「うん」と答えて、道なりに進んでいった。ぼくと西野さんは遠くなっていく二つの大小シルエットを見送りながら、十分に距離が開くのを確認して、踵を返した。
 
 西野さんとふたり、大綱橋の分岐路までのわずかな時間。
 ぼそりと「本当に、おもしろいことが起こるなぁ」と彼女がつぶやく。
「本物の山吹先生だったね…本当にびっくりだ」
「ホントにですね…。あ!でも、本当にびっくりしたのっていうの、私のセリフですからね!今まで何度も話をするチャンスあったのに、蒼佑さん
黙ってたんですから。それ、ゆるしてませんからねー?」
「うっ、ごめん、ごめん」
「私は自分から告白したのに…」と、ほほを膨らませながら、同時に笑みを作る”いつもの西野さん”が目の前にいた。しかし、彼女は『西野さん』ではないかもしれないと、山吹老人の言葉が頭をよぎった。
 
 ぼくの前での彼女。
 陽斗くんの前での彼女。
 そうして山吹老人の目に映っていた彼女。
 マンションの同棲相手に見せる彼女。
 西野さんではないかもしれない彼女。
 シノノメかもしれない彼女。
 会うたびに、新しい彼女を知っていく。

 不思議な感覚に囚われた。名前について不安に思う気持ちもあった。しかし、それを確認する手段もなく、確認する行為にもさしたる意味もないと感じた。
「…蒼佑さん、すごく上機嫌ですね」横を歩く彼女が、そんなことを言ってくる。
 思わず顔を触ってカタチを確かめる。生えかけたひげの感触が手のひらに伝わる。そんなに機嫌のいい顔をしていただろうか。だけど、彼女がそう感じたのなら、その通りなんだろう。
「そうかも、いやきっとそうだね。西野さんとおんなじ気持ちだよ。不思議な立場だけど」そう答えると、彼女も口をイの字にして、ニシシと笑った。そんな笑い方は初めて見た、と思った。そうして彼女はぼくより先を行く。

「蒼佑さん」

そろそろ大綱橋との交差点に差し掛かる直前で、西野さんが足を止めて呼びかけてきた。

「どうして、書かなくなっちゃったんですか」

 ぼくが山吹老人へ問いかけた内容そのままのセリフが、彼女の口から発せられた。
 ぼくは金縛りのようにその場に縫い付けられ、彼女がゆっくりと振り返る。
 街灯の下、彼女の悲し気で、苦し気な双眸が、ぼくを貫いていた。




つづく


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