見出し画像

雨粒ボーロと、一年生

いつものように仕事帰りに立ち寄った下北。

駅から出ると雨が降っていた。

一瞬ためらったが、私は在宅ワークに備えて菓子を買わねばならない。

意を決して外へ飛び出す。

買い物を終えて外に出ても雨はやむどころか、激しさを増すばかり。

雷まで鳴り出す始末。

通り雨なんて久しぶり。情緒ある…けどさ。

「折角早く仕事上がったんだけどな」
「ビニール傘を買うのもったいないしな」
「生理中だから体冷やしたくないな」
「カフェで雨宿りしようかな」

私の頭はこの突然の面倒事をどうしようかとぐるぐる考えあぐている。

ーー Loading ーー


「どうしようかなあ」カフェの外のベンチで雨宿りをしている私の目の前、

私の背丈半分くらいの小さな子が、頭に大きなかばんをのせ走っていった。

大きくて四角いスクールかばんは、その子の肩回りまでしっかりガード。

いや、かばんというかもう、傘じゃん。

体に不釣り合いなかばんを被って一生懸命走る姿がおもしろかわいくて、

視界を横切るこの子の姿をとっさにカメラで捉えた。

まあピンぼけだから、大丈夫大丈夫。

「親は迎えに来るのかな」
「ちゃんと雨宿りできるかな」

なんて考えているうちにその子の姿は見えなくなった。

またどうしようか考えながら天気予報をググっていると、

目の前にその子がいた。

え、盗撮ばれました?あ、ごめんなさい、変態ではございません----

頭の中で弁解していると、この子が私に話しかけていることに気がついた。

塾が終わって、傘がなくて、お母さんがなんとかかんとか…

ああなんだ、と内心ほっとして、無難に返す。

「そうなの?私も傘ないんだ。お母さんは迎えに来るの?」

「お兄ちゃんが来るの」

よかった、一応迎えがある。あ…それまで相手してってこと?

「あー、座ろっと」

案の定、お待ち合わせのお客さまのように堂々と私の隣に座った。

27歳。あなたのペースについていけてません。


この子はまた、にぎやかに話し出した。利発な子だ、とすぐに分かった。

こっちも話題を、と「さっきこのかばん持って走ってたよね?」と聞くと

にまにましながら「うん」と返してきた。

そして、「ああ~お腹空いたあ~」と空を仰ぎながら大きな声で言う。

…そうくるか。あざとい。

…いや、でも。わかるよ、わかる。

私もレジの横の飴欲しさに個人経営のリサイクルショップに入ったことがあった。

いかにも品定めをしているみたいに、

「うーん」とうなりながら服を何枚か見て店を一周し、

最後にレジ前を通ってカゴからキャンディを取った小学校低学年のあの日。

思い出すだけで今でも恥ずかしい。これは、行き場のない罪悪感。

あの日、あのお店のおばちゃんも今の私と同じ顔をしていたに違いない。

「あーお腹空いたあ」もう一度大きなため息。

とはいえ、見ず知らずの小学生を連れてお店に入り、

本物の変態に見られるミスは断じて犯せない。

とっさの対応力が問われるその瞬間、

「あ、」

さっきお店で買ったディスカウントのボーロが一袋あることを思い出した。

1000円以上でポイントカードにスタンプ一個つくやつ。

「940円になりますー」「あ、じゃあこれもお願いします」

1000円に届かせるために食べる気もないレジ横のボーロを買ったのだった。

なんたる偶然!

今だけいるような気がする神に感謝しながら、

「私ボーロ持ってるよ(へへん)」と言うとその子の顔が輝いた。

ふっ子供は子供だな。マスクの下でにやけたけど、

「いや、ここで手玉に取られているのは私ではないか」と気づき自重。

「あのね、私ね、英語塾に通ってるんだけどね...」

と、こちらは既に新たな話題を展開している。

これはもう、なんだ。

付き合ってあげてる、というより私が「付き合ってもらってる」図だ。

嗚呼、五月蠅い、私の頭の中。


「私ね、一組なの」

へ?

「昨日入学式だったの。一年一組」

あらま。というか一年生?えらく堂々としとるな、と目を見張る。

「そうなんだ~おめでとう!」

しかも、御年5歳かそこらで英語に体操に学校に、とこれまたえらく忙しいらしい。

純粋に気になって「遊ぶ時間あるの?」と聞いたら、「遊んでるよ!」と自信あふれる回答。

勉強して、お稽古して、遊ぶ元気もあるのか。おばさん、うらやましい。

「お姉さんさ、どっから来たの?」

君は私を「お姉さん」と認識してるのね。うむ。できた子だ。

「私は駅からだよ。電車にずっと乗って川崎まで行くの」

「川崎におうちがあるの?」

「そうそう。仕事は東京タワーの近くなんだ」

「私行ったことあるよ!」また盛り上がり始めた。

「東京タワー、上ったことあるよ。おうちも見えるし、ここも見えるの!」

ここ?ってあなたが今指さしているこのベンチ?

「ここも見えたの?すごいね!」

「それくらい、高いの!」

...…いいなあ

    きっと高いところに行けばどこまでも見えて、

    学校も習い事も遊ぶのも毎日が新しいことばかりで

    自分にはできないことはないって自信に満ちてて

    新しい経験ひとつひとつが今日のことみたいなんだろうな、

というのが話し方やふるまいで分かった。

一年生か… 私もかつてはきっと、そうだったのかな。


「お兄ちゃん!」

気づくと目の前にこの子より一回り背の高いくらいの、

(でも1,2歳にしか違わないように見える)お兄ちゃんがいた。

くりくり頭で少しぽちゃっとした愛嬌のある顔が、

「え、だれ」という表情で私を見ていた。

……ですよね。

一言弁解しようかどうか、

考えている間にこの子はベンチからしゅっと立ち上がり、

お兄ちゃんが持ってきたフリル付きの緑の傘を開いていた。

「ボーロ持ってっていいよ。お兄ちゃんと食べな」

「ほんと!?」また目が輝く。

「ありがとう!お兄ちゃん、食べる?」「…いい」

賢明な判断だよ、お兄ちゃん。

「ばいばーい!」元気に手を振ってくる。

「気を付けてねー」

と言いながら振り返した。


突然降ってきた雨と突然やってきた一年生。

あふれる自信と雨粒の如く弾む日常。

私もきっと、そうだった。

いや、今でもそうなれるかもしれない。

雨だろうが横風だろうが稲光だろうが、きっと小さな楽しい事件になる。

薄闇の中走り去っていく小さな背中が、この上なく眩しい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?