【解釈小説】ショパンと氷の白鍵/まふまふ

[MV]ショパンと氷の白鍵【初音ミクSweet】




※この作品はセカイシックに少年少女の解釈小説のエピローグとなります。この作品単体でも読めるタイプの続編ではなく、読まなきゃマジでよく分からないタイプの続編、というかエピローグです。






「ねえ空太。私の、願いは――」



 かじかむ両手に息を吐きながら、あの日辿り着けなかったはずのアーチを抜ける。
誰かが弾いているオルガンの音を聴きながら僕は装飾に包まれ活気に溢れた街を歩いていく。

 流れているほとんどの曲がクリスマス・ソングだと気付いた時、僕は初めて今日がクリスマスである事を思い出した。

「――そうか、もうそんな時期なのか」

 氷の国に季節はない。
 しかし、それだけにクリスマスは盛大に祝われる祝日となった。

 何しろ毎日雪が積もっているのだから。


 気合の入った雪像を背景に、色とりどりの電飾や装飾で街は七色に彩られている。
氷の国の住人たちは毎年訪れるこの日を愛していた。
 もちろん、僕もその一人である。

「それにしても、家へ帰るのも一苦労だな」

 往来を氷の国の住人たちが闊歩する。
 長老や幼馴染も楽しそうにその日を祝っていた。

「……挨拶していこうかな」

 僕はみんなが集まっている村長の屋敷前にある時計台を見やり――、そんな時間は自分には赦されていない事に気が付いた。
 午後10時06分。

「彼女」との待ち合わせまでもう時間がない――。
 そう判断した僕は幼馴染の家のある3番地を抜けた先の角を曲がる。


 そこまで来ると、赤いレンガに覆われた僕の家から彼女の音が流れている事に気が付いた。



 ――真冬だ。


「――真冬!」

 木靴がレンガに引っかかりそうになりながらも、僕は自分の家の扉を開ける。
階段を上がり、音の聞こえてくる方角へとただひたすらに足を進める。

 そこに、彼女は居た。

「……もう、来てくれないのかと思った」
「ごめん、街が綺麗でつい見とれちゃったんだ」

 別に気にしてないと言いながらも彼女は白鍵を奏で続ける。
 氷のように冷たい音が旋律を紡ぎ、彼女の周りにうっすらと見えない膜を作っていくような気がした。

「……真冬」

 僕は無言で彼女の隣に座る。
 そして彼女の右手に僕の左手を重ねると、僕は彼女の顔を覗き込んだ。

「後悔なんてしてないよ。その証拠に、僕はここに居る」

 悲しそうな笑顔だった。
 彼女は右手を表に向けると僕の左手を握り、左手だけで音を奏で始めた。
 だから僕は冷たい彼女の右手を握り返し、同じように右手で彼女の音に僕の音を重ねていく。

「明日、目が覚めたらショパンを弾こう」

 僕と君の、思い出の音。
 忘れないように、失くさないように、もう一度時間を戻そう。

 あの日食べたパンケーキとモカをもう一度――。






『出口のない空がどこまでも広がる』
『君と歩いた世界はここにはないのに』



 僕は彼女を愛している。
 それでも神様は残酷に、僕から少しずつ少しずつ真冬を奪っていく。


 昨日の約束の通り、僕は寝ている彼女を起こさないように白鍵に手を触れる。
 ――冷たい。

 凍った白鍵を溶かすように、僕は両手で鍵盤を覆う。
 そして忘れた記憶を取り戻すかのように調律を合わせていく。

 また明日も彼女と冗談で笑いあえるように――。

 窓の外の空は、あの日見た時のように光り輝いていた――。


 いつの間にか起きてベッドの端に座っていた彼女に、僕は今更気が付いた。

「――空太」
「……うん、分かってる」

 世界は恣意的な愛を謳っているように、今日も時計は動き続ける。
 調律はもはやどこを直せばいいか分からないほど狂ってしまっていた。

「分かっているよ」

 あの日食べたのはパンケーキとモカじゃない事も。
 空は光り輝いてなんてなくて、とっくに亡くしてしまっていた事も。


 だから真冬、泣かないで。
 僕は大丈夫。大丈夫――。






『運命は変えられないんですか』



 彼女が死んだことによって、世界は少しだけその色を変えた。
 何故なら彼女にかけられていた魔法が解かれた事によって氷の国の呪いは綺麗になくなり、星になっていた彼らは蘇ったからだ。

 そして彼女のかけた魔法は僕と二人だけの世界で生きる事なんかじゃなくて僕を生き返らせる事――。
 そんな事はとっくに気が付いていた。

 だから、僕はその魔法を拒み続けていた。











『永遠なんて芸術においては死ぬことと同じだ』
『それでも』





 時折、昨日みたいに後悔する事もあった。
 もし僕が生きる事を拒まなければ、僕は今すぐにでも蘇る事が出来る。

 もしかしたら今よりも幸せになる事が出来るかもしれない。

 世界は恣意的な愛を謳っている。
 嫌な事もたくさん経験するだろう、そしてそれ以上に嬉しい事もたくさん起きるかもしれない
 僕は間違っているのだろう。
 永遠なんてない。いつかこの世界は壊れてしまう。


 ――それでも僕は。


「……空太」

 朧気な笑顔を見せる真冬は僕の手を取り、降りしきる雪の待つ世界へと僕を引っ張っていく。
 雪のヴェールに包まれる君の姿は透明で、とても綺麗で。





 見とれそうだよ。

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