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気がつけば下北沢。他人と暮らす日々のはじまり

「いや、なんならね。
生活をともにするのは、あきちゃんじゃなきゃ嫌だと思ってるよ」

下北沢で人気のカレー屋『茄子おやじ』の店内で、こう言われたのは2021年の5月のこと。

外はすでに初夏を感じさせる気温。
わたしも机の上のグラスもほんのりと汗をかいていて、思わず照れ笑いをしながら「プロポーズみたいだなあ」とぼんやり思った。

まっ昼間に突如こんなロマンチックパンチをかましてきたのは、編集者の先輩であるPさんだ。(本人によると、ラッパーのPUNPEE氏に似ていると言われたのが由来らしい。実際まあまあ似てる)

2年ほど前に呼んでもらった編集者の飲み会でたまたま知り合って以来、何かと気にかけてくれるとても好きな人だが、いわゆる恋人でもパートナーでもない。ちなみに、わたしには恋人がいる。

言われたそれは実際プロポーズでも何でもなく、新しく下北沢にできるシェアハウスに一緒に入らないかというお誘いであることはわかっていたのだが、それを聞いた瞬間心はぐらりと揺れた。

シェアハウス

シェアハウス……

シェアハウス………ねえ。

***

新卒の頃に住み始めた部屋が、3年以上経っても色褪せることなく好きだった。

約8畳の1K。ウォークインクーゼット&独立洗面台付き、壁もそこそこ分厚い。近所には広い公園もあるし、大好きな高円寺の中心街にも歩いて行ける。

蚕糸の森公園。春には美しい桜が咲く。

スペックの割には安く、長く住んでいたぶん思い出も多い。こうして良いところをたくさん挙げたくなるくらい、紛れもなく大切な自分の城だった。

一方でPさんに誘われたのは、下北沢に新しく建設中のまだ実体なきシェアハウス。名前は「シェアプレイス下北沢」。

一応個室はあるものの、広さは5.6畳。キッチン、トイレ、シャワーは共用で、最大で43人が住めるという。ご、5.6畳……?せま……43人……こわ……。シェアハウス暮らしに慣れている人にとっては当たり前のことなのかもしれないけど、一般賃貸しか経験のない身としては未知の世界だった。

さらに、仮に入居する場合はPさんとともにエディター(暮らしを発信したり、イベントを企画する人)として活動することが決まっていて、その期間は1年。

たしかに定額の給料がない駆け出しフリーランスに月8万円の家賃はつらいけれど、たった1年間のために今の環境をまるごと捨てて、大勢の他人と暮らすなんて……ざわざわ。

シェアハウスのイメージといえば、みんなコミュ力高めで、異常にイベント好きで、細かいことを気にしないネアカの集団(偏見)。

学生時代に付き合っていた人が一軒家のシェアハウスに住んでいたので、わりと身近な存在ではあった。でも根が暗くて人見知りで気にしいなわたしは、pH値が合わず、遊びに行くたびにいつもあわあわしていた。(もちろんみんなとても優しくて良い人なのだけど)

必要以上に周りを気にしてしまう自意識が強めの人間にとって、生活の中に他人が、しかもパートナーでもない関係性の他人がいるというのは、想像しただけで疲れてしまうのだ。

はなからそんな気持ちだったものだから、とりあえずPさんに詳しい話だけ聞いて、「まあ、でもやっぱり本当に引っ越すとなるとハードル高いですよね~」とふんわり濁すつもりでいた。

……のだが、そこで冒頭のロマンチックパンチを受けてしまったものだから、「そこまで言うのなら……」と、以来わたしはシェアハウスへの引っ越しを結構真面目に検討をすることになる。

誰かと暮らすって、どんな感じなんだろう。

家の中をすっぴん&ぼさぼさ頭&だるだる部屋着で歩けないのかあ
自分のタイミングでお風呂やトイレに行けないかもしれない
イケイケな人ばかりで馴染めなかったらどうしよう
そもそも、異常に荷物が多いのに5.6畳に収まるのか?

はあ。
やっぱり今の家、好きだなあ……

諸々想像してみては、結局今の家を手放したくないに帰結してしまい、なかなか決意は固まらなかった。決断のタイムリミットは刻一刻と迫る。

そんなに悩むならやめればいいのだが、それでもすぐに断ることをしなかったのは、いざ下北沢に引っ越してしまえば絶対に面白くなるだろうという確信もあったからだ。

下北沢は今まさに、さまざまなカルチャーが混在しながら、生まれ変わりつつある街だし、きっと面白い企画も人も集まるだろう。仕事の面でも、一人部屋で粛々とこなすよりもチャンスが広がるかもしれない。今までPさんの誘いに乗っかると、結果人生がいい感じに進むという経験則もある。

それに何より、幼い頃から演劇をやってきたわたしにとって、下北沢は憧れの街だった。

小劇場も古本も古着も飲み屋もカレーもライブハウスも、好きなものが全部揃ってる。もはやこれは運命なのかもしれない。いや、きっと運命だし、積極的に巻き込まれにいくべきなんだ。

いよいよ「部屋を自由に選べるのは〇日までです」と決断を迫られていたことにも背中を押され、急に自分の決断に確信を持てた気がした。

10歳の頃、『下北サンデーズ』というドラマを観て以来、ずっと憧れていたスズナリ劇場。

そうして、2021年9月末。
ずるずると曖昧に返事を先延ばしし続けた日々に終止符を打ち、シェアハウスの入居手続きをした。

入居者には男性もいるので、恋人には事前に相談をしていたのだが、「1年間思いっきり楽しんでくるといいよ」と言って、さらには引っ越しの手伝いをしてくれることになった。優しい人だ。

まさか自分がシェアハウスに入ることになるなんて。人生、何が起こるかわからない。

それでもどうしようもなく往生際が悪いわたしは、契約から一か月後に正式に高円寺の家を退去し、シェアプレイス下北沢に引っ越すことに決めた。

ちなみに引っ越しの準備は、想像を遥かに超える苦労だった。

一人暮らしからシェアハウスへの入居を考えている方に向けて、現実的な部分も記録として残しておこうと思う。

一般賃貸からシェアハウスに引っ越すということは、単純に持っていける荷物が限られる。わたしは家具が付いていない部屋にしたので、ベッド、個人用冷蔵庫、机、棚などはある程度持ち込めるが、洗濯機や調理家電(電子レンジ、トースターなど)、キッチン用品(食器なども含む)は共用なので不要になってしまう。

それに先に述べたように、部屋は5.6畳。備え付けの収納もコンパクトなので、そこそこ広い部屋に置かれていた家具や、ウォークインクローゼットぎちぎちに詰め込んでいた服たちがすべて入るわけがない。

泣く泣く、めっちゃ捨てた。荷物が異常に多いせいで、45リットルゴミ袋だけで50袋分は捨てたと思う。見兼ねた母が長野から2泊3日手伝いに来てくれたのだが、帰る頃には疲労でげっそりしていてすごく申し訳なかった。(もとの荷物がそこまで多くなければ、こんなに大変じゃないと思う)

大型の家電や家具、来客用の布団などは、お金を払ってまとめて引き取り業者に持って行ってもらった。今は格安で利用できるオンラインサービスが充実しているので、とにかく荷物を減らすこと優先なら便利。業者の方が運びやすいように入り口にまとめていたので、ものの15分くらいで作業完了した。

一部、仕事の撮影で使った小道具や自転車の空気入れなど、ほぼ新品でもったいないものは「ジモティ」で0円で出品し、家の近くまで取りに来てもらった。ジモティは0円であれば秒で引き取り手が見つかるし、配送の手間がかからなくてラクだし、直接感謝されてほっこりするし、個人的にはおすすめ。

本当はメルカリとかに出せば売れたものもたくさんあるのだろうけど、根気と時間がなかったので仕方ない。

ちなみに、運営のリビタさんからは、不要な荷物を箱に詰めていつでも引き出せるサービス「サマリーポケット」を勧められた。マメな人はこれを使うのもアリだと思う。

そんなこんなでどうにか準備を終え、引っ越し当日は仲良しの後輩男子が出してくれた車に恋人と3人で荷物を詰め込み、高円寺と下北沢を計3往復した。

前夜に「最後の晩餐」をしてしまい、寝不足のまま引っ越し。下北沢までわりと近くて助かった。

散々減らしてもまだまだ多い荷物量に不安はあったが、結果どうにか部屋に収めることができた。ただ本棚を死守した結果、ローテーブルは置けなくなり、作業スペースが失われたのは誤算だった。(シェアプレイス下北沢には共用のワークラウンジがあるので、何とか救われた)

引っ越し作業中、入り口で住人であろうふたりの女性に会った。ふたりとも大人っぽくてきれいなお姉さんで、気さくに挨拶してくれた。(後日わかったが、一人はまさかの同い年だった)向かいの部屋だったお姉さんは、「何か手伝いましょうか?」と声を掛けてくれた。

ありがたかった反面、いざ今日からここが自分の家になるのかと思うと、わくわくよりもやっぱり不安の方が大きくなった。気さくできっといい人たちだけど、みんな年上っぽいし仲良くできるのかな。Pさん、今日はいないのかな。

これから、大丈夫かな。

ヘトヘトになりながらどうにか引っ越しを終え、手伝ってくれたふたりを労うために居酒屋に行ってへべれけになったまま、その日はシェアプレイスには帰らなかった。

翌朝、自分の帰る家がもう高円寺にないのだと思ったら急に悲しくなってきて、「いやだー」と声を出して泣いた。

それから、約3か月。

引っ越した翌朝、わんわん泣いたことがバカみたいに、わたしはシェアハウス生活をけっこう楽しんでいる。

はじめは4階の共用スペースに行くハードルこそあったが、ワークラウンジで仕事をするうちにあっという間に順応し、メンバーともすぐに仲良くなった。

歓迎会をしてもらったり、みんなと下北沢のお店に行ったりして、最初の2週間は例外なく毎日お酒を飲み、酔っ払って幸せな気持ちのまま眠りについた。一人の夜に、本を読まずとも自然と眠りに落ちるのは、いったいいつぶりだっただろう。

入居して間もないのに誕生日サプライズもしてもらったし、毎週木曜日にはバチェラーを観ながらワインを飲んでわいわいもした。ほぼ全員揃ったメンバーの送別会やクリスマスパーティーなんて、びっくりするくらい楽しかった。

韓国発のECショップで働くメンバーが持ってきてくれた高級お肉、超おいしかった。
仕事の事情で早々に退去したメンバー。下北沢に新しくできた素敵なお花屋さんのブーケを。
※ 撮影時のみマスクを外しています。

頭をぐるぐると巡っていた懸念は、(今のところ)杞憂だったらしい。

自分のあまりのゲンキンさに、いろんなものに対して申し訳なくなってくる。あれだけシェアハウスに偏見を持ちながら引っ越すことを渋っていたくせに、住めば都というのはこういうことなのか。

でもたぶん、それだけじゃない。
約3か月暮らしてみて、その理由を少しずつ掴み始めている。

1年間という期限付き。
下北沢で他人と生活をする、初のシェア暮らし。

せっかくだから、これからさらに新しく生まれ変わってゆくこの下北沢の街で、そして「シェアプレイス下北沢」で、精一杯楽しみながら生きてみようと思う。

この文章は、株式会社リビタからの依頼により、「シェアプレイス下北沢」のコミュニティエディターの活動の一環として執筆したものです。

おまけのシモキタ。

はじまりは、茄子おやじのちきんカレー。

冒頭でPさんと訪れた、路地裏にあるカレー屋「茄子おやじ」。下北沢で30年以上愛されている人気店で、店内にはナイスなレコードミュージックが流れる。

あの日、わたしは原稿の締切地獄に追われてぐったりしていたが、ちきんカレー(1,000円)にゆでたまご(50円)をトッピングしたことでめちゃめちゃ元気が出た。スパイシーでありながら、まろやかでコクがあって超おいしい。さらさらスープカレーもいいけど、欧風カレー好きだな。

おいしいカレー屋がひしめく下北沢だけど、あの日の茄子おやじのちきんカレーの味を、わたしは忘れないと思う。

茄子おやじ
住所:東京都世田谷区代沢5-36-8
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