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最近なんだか過去のことをよく思い出す

2022年9月17日。
理由はわかっている。人生が自分の思うように進んでいないからだ。
離婚して引っ越し先を決める時、「窓から木が見えたらいいな」と思っていた。今の家は見晴らしがよく、木や空や町が良く見える。
去年までは、少しでも時間があると昼間でも深夜でも、飲み物を持って狭いベランダで景色を満喫した。
でも今はあまり外を見たくない。心は現実逃避。
子供の頃暮らした家の庭や亡くなった祖母のこと、遊んでいたおもちゃやよく食べたお菓子、習い事に行っていたことなどを思い出す。
先日なんて、深夜のショッピング専用チャンネル(もうチャンネル名を書いているも同じだ!)で、昭和のヒットソングを5枚組にしたCDを販売していたのだが、40分くらいその番組を見ながら流れてくる歌を声高らかに歌いまくった。丑三つ時の深夜2時。どこからともなく、女のすすり泣く声が聞こえる方が良いかもしれない。
「あ~あ~、はってしないイ~~~!!」と夢を追い続けるのは、本当に夢の中しないといけませんね、クリスタルキング様。
ノスタルジーに溺れ、「昔はよかった」と言うにはまだ早い気もしてる。
まだ自分の人生をきちんと生きていないじゃないか。



バリバリ就活していたことすらも過去のように感じるほど、最近はぐうたら生活を送っている。呑む打つ買うではなく、飲む鬱ネットサーフィンの日々である。それにもすでに飽き飽きしている。
心が疲れ切ってしまい、暫く隠居生活のよう・・と書くと、ガンガン旅してる設定のテレビのご隠居様、水戸黄門に杖で殴られ、弥七に風車で刺され、格さんに印籠で殴られそう。隠居なんて言ってごめんなさい。

「今日は何日だ?」「何曜日だ?」と携帯の画面で確認し、日の暮れる速さに驚愕し、毎夕びっくり顔をしている今日この頃。それは最近だと18時頃。

今夜のひとりごはん。今日は朝昼、ご飯といえるものを食べてなかった。
湯葉入りのお豆腐に黄金生姜を擦りおろして。


先の見えない長い就活期間は、お金も無くなり、どんどん時間だけが過ぎていく。だらだら癖もついて体力も落ち、自信も無くなり、夜中に何度も目が覚める。
もうこのまま一生就職できないのではと猛烈に考え込んで、ご飯を食べることすらどうでもよい時期もあった。普段は温泉につかるサル並みにお風呂好きなのに、入るのが面倒になったり、ドラキュラ伯爵も私を見て思わず十字を切るほど、青白い顔で朝日を嫌っていた時期もあった。
それから「何にでもなれそう~。ルン!」「なんでもできちゃいそう~。ルン!」というルンルン期もあり、妙なハイテンションで頭の周りに蝶が舞っていたように思う。
今俺、やるっきゃない(近藤真彦)でやる気に満ち溢れ「1日5件は応募しよう!とりゃあ!!」バーベルを持ち上げる(←これはイメージ)で、次々応募したと思えばその後ぐっと落ち込み、気持ちの上下が激しい時期もあった。

生産性のない、社会貢献皆無の日々を私が送っている間にも、世の人々は仕事をしたり家族の為に動いているかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
今は、「これを食べよう」と食の喜びを忘れないこと、そして「物」にこだわる私が断捨離を進めることで、漠然とした目標のような、ほんのりとしたやりがいのようなものを意識している。
これ以上心が折れないように。これ以上後ろ向きにならないように。



でも、過去を思い出すうちに、自分を支えてくれた人たちや、出会った人たちに本気で感謝をするようになった。
昴を歌い切ったあとの谷村新司に負けないくらい、「ありがとうっ!!!」と心から思う。(やっぱり昭和歌謡CDの宣伝が抜けてない)
壮絶な離婚、息子たちの激しい反抗期(次男はまだ続いている)、父の死、パワハラ、困難を極める就活・・・ほかにももっといろいろあって書ききれないくらいだけど、私はひとりで生きてきたのではない。
だから、まだ頑張らなくてはね。

ランダナジャージーのゴーダチーズと、ナッツ、ドライイチジクをおつまみに。
あまり飲めないので、ちびりちびりとワインを数日に分けて楽しんでいる。
経済的。



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