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名残の宿              第1話               【官能小説】


凛子は僕の教え子だ。

今年で42歳になる。

僕は鹿児島の女子大で心理学の准教授をしている。

彼女はその女子大の卒業生だ。


凛子は在学中、女子学生の中で美しさが際立っていた。

ミス女子大の候補にも選ばれたほどだ。

しかし、控えめな性格の凛子は、ミス女子大の選出を辞退したのだった。


当時、僕は密かに凛子に恋心を抱いていた。

彼女が出席する講義が楽しみで仕方なかった。

僕の講義を真剣に聴いている凛子の真剣な表情にいつも見惚れていた。


凛子と親しくなりたいという気持ちはあったが、凛子ほどの若くて綺麗な女子学生が僕を相手にしてくれるはずもないと、あきらめの気持ちが強かった。

凛子は成績も優秀で、彼女の書いた卒業論文は臨床心理学会誌に掲載されたほど優れた内容だった。

僕にとって、凛子は高嶺の花だった。


また、女子大では、教官が学生と関係を持つことは固く禁じられていた。

もし、学生と関係を持ち、そのことが発覚したら厳しい処分を受け、最悪の場合、懲戒免職になることもあった。

僕は、凛子への想いをそっと胸の中にしまい込んでいた。


凛子が大学を卒業して20年が過ぎた。


この女子大では卒業後20年目の8月に同窓会が開かれる。

今年は凛子の卒業学年の同窓会だ。

20年ぶりに凛子に会える。どんな女性に成長しているだろう。

もう結婚して子供もいるかもしれない。

20年ぶりに凛子に会えるのが楽しみだった。


同窓会場に入ると、とても華やいだ雰囲気だった。

学生時代は初々しい乙女だった卒業生は、すっかり大人の女性に成長していた。


その中でとりわけ目を引いたのは、やはり凛子だった。

20年ぶりに会う凛子は美しさに磨きがかかり、凛としたたたずまいの中に妖艶な大人の女の魅力を華やいだ会場に放っていた。

凛子はこの20年間ですっかり大人の女に成長していた。

何が凛子をここまで花開かせたのだろう。

凛子の身辺にどのような変化があったのだろう。

今日はどうしても凛子に親しく近づきたかった。


「先生、お久しぶりです」

多くの教え子が、テーブルを立って僕に挨拶をしてくれた。

どの教え子も、それなりにいい歳を重ね、アラフォー女盛りの魅力を振りまいていた。


その中でも凛子の魅力は別格だった。

僕は凛子が挨拶に来てくれるのを心待ちにしていた。

しかし、他の男性教官に囲まれ、なかなか僕の席に来てくれない。

おそらく、僕以外の男性教官も凛子の魅力に惹かれているのだろう。


僕はちらちら凛子の方に視線を送った。

凛子も僕の視線を感じたらしい。

微笑みながら僕に軽く会釈し、僕の方に足を向けようとした。


その瞬間、アナウンスが会場に響いた。

「ご歓談の途中、誠に申し訳ございません。これから、学長のスピーチがありますので、皆様、席にお着きください。」

凛子は僕に軽く会釈して、自分の席に戻ってしまった。

それから長々と学長のスピーチがあり、スピーチ終了後、今度は理事長のスピーチと続き、理事長のスピーチ終了後間もなく同窓会は閉会となってしまった。


僕は会場の出口で凛子の姿を探した。


会場の奥から同級生と歓談しながら歩いて来る凛子を見つけた。凛子も僕に気づき、急ぎ足で近づいてきた。

「先生、お久しぶりです。先ほどは申し訳ありません。ご挨拶に行けずに・・」

「いや、いいんだ。学長のスピーチが長すぎて・・・それにしても、凛子君。久しぶりだね。」

「先生もお変わりありませんね。もうお帰りですか?」

「凛子君は、どうするの?」

「私は、特に予定はありません。2次会はないようなので、このまま電車で帰ろうと思っていたんです。」

「2次会の予定はないの?」

「2次会行きたいですよね。でも、みんな、家庭があるので・・・今日は1次会で終わりなんです。」

「それは残念だね。」


女性は四十代ともなればその多くが子育ての最中で、2次会を開くのはなかなか難しい。


僕は、凛子と今夜もっと親しくしたいと思った。

このまま別れるのはもったいない。

とっさに目の前のタクシーを呼び止めた。

「電車で帰るんだね。駅まで送ろう。さあ、タクシーに乗って」

「でも・・・友達が・・」

凛子は先ほどまで一緒にいた同級生にまだ挨拶もせず別れるのが気になったのだろう。

周りをきょろきょろ見まわしていたが、すでに同級生の姿はなかった。


「みんなそれぞれ帰ったみたいだ。さあ、タクシーが待ってるよ。」

強引に凛子をタクシーに誘った。

凛子もしかたないなという表情でタクシーに乗り込んで来た。

タクシーの後部座席で、凛子と二人っきりになった。


凛子の学生時代から現在までを通して、二人っきりになったのは初めてだ。

僕の心は弾んだ。

タクシーの中で僕たちは凛子の学生時代の話で盛り上がった。

しかし、駅までの時間はあっという間に過ぎ、間もなく駅に着いてしまう。

もっと凛子と一緒にいたかった。

・・・よし、思い切って誘ってみよう・・・

僕はその日宿泊するホテルのラウンジに誘おうと考えた。

断られるかもしれない。

でも、勇気を出して誘わなかったら、凛子とこのまま駅で別れてしまうことになる。


「凛子君。これから2次会に行かないか?」

「え?2次会ですか?2次会はなかったんじゃ・・・」

「僕と二人で2次会をしよう。」

「二人で・・・ですか?」


凛子はきょとんとしていた。

「僕の泊まっているホテルに洒落たラウンジがあるんだ。そこで昔話でもしよう。」


凛子は一瞬戸惑っていた。

「ホテルはどこですか?」

「シェラトンだよ。」

「シェラトンのラウンジ、行ったことないな。行ってみたいな。」

思いがけなく僕の誘いに乗って来た。


僕は年甲斐もなく心臓が高鳴っていた。

こんなに心がときめくのは何年ぶりだろう。


「運転手さん、シェトランに向かってください。」

タクシーは、ホテルシェトランに向かってハンドルを切った。



ホテルに着くと、ロビーを通ってエレベーターに乗った。

エレベーターの中で凛子と視線が合った。

凛子は、はにかむように微笑んだ。


エレベーターは18階に止まった。

18階にはクラブラウンジがある。

ラウンジに入ると、凛子を窓側の夜景の見える席にエスコートした。


「わあ、夜景が素敵。」

凛子は広い窓の外に広がる夜景が気に入ったようだ。


二人でカクテルを飲みながら語り合った。

凛子の学生時代の思い出話に花が咲いた。


しかし、いつのまにか凛子の現在の身の上話が中心になっていた。


大学を卒業して、地元の広告代理店に勤めたこと。

そこの取引先の銀行に勤めていた男性と結婚し、今は中学生の男の子がいること。

結婚したご主人は、仕事が忙しく、帰宅が毎晩遅いこと・・・

凛子は家庭と広告代理店の両立が難しく、今は広告代理店を退職して、フリーランスのライターとして仕事していること・・・

凛子は自分の身の上を淡々と語ってくれた。


その表情は少し寂しげだった。

その寂しげな表情の奥にある凛子の今の心の中を覗いてみたかった。

「凛子君。どことなく表情が寂しげだね。何か悩みでもあるのかな。もしよかったら聞かせてくれないかな?」

凛子はうつむきながら、じっとグラスに残ったカクテルを見つめていた。

そして、カクテルを一気に飲み干した。

「主人とうまくいっていないんです。」

小さな声でそうつぶやくと、フーッとため息をついた。


それから、結婚して子供ができた後、夫は帰りが毎晩遅くなり家庭をかえりみなくなったこと。
いつの間にか、お互いの心に隙間ができ、家庭ではほとんど会話も無くなったこと。

離婚も考えているが、収入の安定しないフリーランスの凛子は子供を養育してく自信がなく、仕方なく夫と一緒に生活していること・・・・。

凛子は、はじめのうちは淡々と語っていたが、急に感極まったのか、目に涙を浮かべていた。


「先生、ごめんなさい。こんな話しちゃって」

「いいんだよ。僕でよかったら。いつでも話し相手になってあげる。」

「先生は心理学がご専門だから、つい心を開いちゃう。」


「心を開いちゃう」

の一言に僕の心が反応した。

・・・今がチャンスだ・・・

僕は今夜、凛子と一緒に過ごしたいと思った。

できれば僕の部屋に連れていきたい。

ラウンジは、午後11時で閉まってしまう。

時計を見ると、あと10分で閉店だ。


凛子が僕に心を開いてくれた今がチャンスだと思った。

「もうすぐ閉店だね。」

「先生、今日はお話聞いてくださってありがとうございました。」

「もっと詳しく話を聞きたいな。このまま凛子君を返してしまったら、僕は心配だ。」

「でも、このお店、あと10分で閉まってしまいますね。」


「これから僕の部屋に行こうか?」


「えっ」

凛子は一瞬、驚いた表情をした。


「僕の部屋で、話の続きをゆっくり聞きたいな。」

凛子はしばらく黙ってうつむいていた。



すぐに誘いを断らないということは、迷っているのだろう。

僕は間髪を入れずに強引に誘った。


「さあ、僕の部屋へ行こう。」

凛子は

「うん。」

と黙ってうなずいた。


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