読書感想文コンクール課題図書『それで、いい!』レビュー 大人が読んでも大満足な本格「モノづくり系」小説
苦悩の絵描き・キツネのひたむきさが愛おしい
今年の青少年読書感想文コンクール「課題図書」。これ、読んで胸が熱くならないわけがない!
小学校低学年の部の図書『それで、いい!』(文:礒みゆき、絵:はたこうしろう)は、絵を描くことが大好きな主人公の挫折と再生を描く全77ページの物語。
喩えるなら大人気マンガ『ブルーピリオド』や『ルックバック』の児童文学版みたいな作品だ。
主人公のキツネは、どこに行くにもクレヨンを手放さないという天性の絵描き。散歩中に見つけたカッコいいバッタ、きれいなニジマス、うまそうなリンゴの木。気がついたときには、とっくにスケッチをはじめているようなキャラだ。ところがある日、友人のヤマネコたちに絵を馬鹿にされる。悔しがったキツネは「いまにみてろよ」と新作を描きはじめるのだが……。
見どころはここから。キツネがずっと眉間に皺を寄せてスケッチブックに向かい、苦しみ続けるシーンだ。
キツネが感じたこの不安、普段から何か創作をやっている人にはめちゃくちゃ共感できるだろう。他人の目を意識した途端、何も作れなくなる。キツネは「自分が空っぽのぺしゃんこになった気がしました」という。うーん、そうだよね、苦しいよね!
物語の中盤、転機が訪れる。キツネが作品作りに没頭する姿を、親友のウサギがずっと見てくれていたことが判明する。そして、立ち直りのきっかけとなる言葉を投げかけてくれるのだ。
絵に限らず、作品というのは見てくれる人がいるからこそ命を持つ。しかも、見てくれた人が作家の意図を120%の感度でキャッチできる人だとしたら……。これほど幸せなことはないだろう。
物語のクライマックスまで読み進めると、キツネは以前よりも「強い」絵描きになっていることが分かる。もうキツネは、自分ひとりで描いていた時代とは全く違う。彼は作品を通じて他人と繋がることを知ったのだ。
大人向けの実写映画のような読み心地
『それで、いい!』は、小学校低学年向けとは思えないくらいの本格仕様な物語だ。冒頭のツカミからしてすごいので引用しよう。
普通、小学生向けなら「絵を描くのが大好きなキツネが××村に住んでおりました。ある日、クレヨンを持って原っぱに出かけていくと……」みたいな分かりやすい状況説明からはじめるだろう。しかしこの本は、いきなり渦中からはじめる。まるで大人向けの実写映画みたいな描き方になっていて驚かされた。
それから、挿絵を入れるタイミングが実にニクい。まずは文字だけの見開きページがあって、読者に情景をじっくり想像させる。次に絵だけの見開きページがドンときて、セリフが一切ない間(ま)のシーンが入る。このリズムの良さからも、映画的な読み心地を感じる。
また、悪役ポジションのサブキャラクターもいい。絵を描くことそのものを否定してくるヤマネコと、批評家気取りのアヒルが登場する。これは、ネット上の掲示板やSNSで心無い批判をする人たちのメタファーなのだろう。叩かれたらどうしようなんて思って作品を出す勇気がなくなっちゃうのは、大人でも子どもでも同じなのだ。
あと、こういうモノづくり系の作品は、劇中作が素晴らしくなければ説得力がなくなってしまうので、描くのが非常に難しいジャンルだと思う。しかしこの本は、読者の期待の上をいく絵を見せてくるからすごかった。キツネが描いたコンテスト出品作が、彼の優しい人柄がにじみ出ている傑作なのだ。
ちなみに本作を買って持ち帰ったところ、小学1年生の息子が「それ知ってる!」と反応してきた。学校の図書室に飾られていたとのことだ。課題図書に選ばれるという拡散力はやっぱりすごかった。この夏、たくさんの子どもが手に取ってくれることを祈るし、ぜひ大人たちにも読んでほしいと思う。
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