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侵略者・三体人は悪なのか? 劉慈欣SF短編『流浪地球』から考える『三体』の世界

「裏・三体」作品が単行本化

まもなく太陽が死ぬ。年老いて膨張した太陽に飲み込まれる前に、地球ごと移動して逃げるしかない。

『流浪地球』は、大ヒット『三体』シリーズを手がけた中国人作家・劉慈欣(リウ・ツーシン)による短編小説だ。『SFマガジン』2000年9月号掲載作品で、長らく入手困難だったが、2022年9月7日に単行本化される。

なお、2019年にNetflixにて映像化されている。

『流浪地球』は『三体』同様、奇想天外なSFアイディアと、それを裏打ちする作者の知識が詰め込まれている。

主人公は中国に住む少年の<わたし>。現在から約400年後の未来、太陽系脱出計画が進められる。太陽系を離れて人類が向かったのは、約4.4光年先のケンタウルス座α星。既に『三体』を読んだ人は気づくだろう。そこは異星人・三体人の惑星がある星系だ。

『三体』が発表されたのは2008年。両作品の世界に繋がりは無いが、『流浪地球』は『三体』の裏返しとも言うべき内容になっている。

三体人たちは故郷の惑星の急激な気候変動に苦しんでいた。原因は彼らの世界にある3つの太陽(ケンタウルス座α星A~C)。惑星がこれらの星の周りを回ることで、灼熱地獄と極寒地獄が交互にやってくる。三体人は何度も滅亡の危機に瀕しており、やがて最も近い他の恒星系への移住を決意する。つまり地球侵略だ。

『三体』ヒット後に『流浪地球』を読むとこんな疑問が浮かぶ。もし地球人が三体人と同じような立場に置かれ、太陽に命を脅かれたらどうするだろうか? また、侵略者・三体人は本当に「悪」なのか?

種の大量絶滅は日常茶飯事

『流浪地球』の冒頭、泊りがけの遠足を引率していた小学校の先生が生徒に呼びかける。
「みなさん、これから日の出を見に行きましょう」
しかし、<わたし>を含め誰も動こうとしない。みな突然その場に凍りついてしまったかのようにうつろな目を泳がせる。

あまりに恐ろしくて太陽を見ることすらできない。そんな世界が来るとしたら、本来、50億年先のはずだった。はるか未来、水素ガスを使い果たした太陽が徐々に膨張して赤色巨星に至り、地球を飲み込むと予想されている。

しかし『流浪地球』では、21世紀初頭、水素ガスの反応が加速していることが判明。約400年後にタイムリミットを迎える見込みとなった。

そのような恒星の膨張と惑星の消滅は、現実の宇宙でも起こっている。2012年、過去に惑星を飲み込んだ痕跡のある赤色巨星が初めて見つかった。BD+48740というペルセウス座の9等星だ。

また、太陽よりもずっと大きな質量の恒星は、超新星爆発を引き起こして死を迎える。公転していた惑星は軌道からはじき出されて「浮遊惑星」となる。そんな星は銀河系内に数千億個存在する。

恒星がもたらす大災害は、宇宙の中では日常茶飯事。もし被害を受けた惑星に生命がいたとしたら、放射線や熱による種の大量絶滅が起きているはずだ。だから故郷を捨てて新天地を探すのはごく自然なこと。それは三体人にとっても、地球人にとっても。

劉慈欣作品の「狂気」

『流浪地球』の登場人物たちはどこか狂ってる。現代に生きる我々とは考え方が根本的に違う。そんな違和感は物語の1ページ目(SFマガジン掲載時)から漂っている。

地球を太陽系から脱出させるためのエンジンが建造され、アジア・北米地域は外気温が80度になっていた。<わたし>の祖父は認知症を煩っていて、冷却服を着ずに外を出歩き全身大火傷を負う。なのに「北半球で生まれたわれわれの世代にとって、こうしたことはみなごく自然なことだった」で済まされてしまう。

誰も心配しない。悲しみもしない。

太陽系脱出に必要な設備だったとはいえ、「それで平気なのかよ!」と言いたくなる。しかも、むごたらしい状況はどんどんエスカレートしてしまう。

その理由はこう説明される。

わたしたちの時代は、死の脅威と脱出への渇望が他のすべてを圧倒していた。唯一わたしたちの心を動かすことができるのは、目の前の太陽の状態と地球の位置だけだった。この極端な関心の対象は、人類の心理状態と精神生活に本質的な変化をもたらした。人類はもはや、愛情といったようなことに対しては、ちらりと一瞥をくれるに過ぎない

『流浪地球』(『SFマガジン』2000年9月号)劉慈欣/早川書房

一方、三体人も感情や倫理観といったものに乏しい。そして極端なまでにロジカルかつ冷徹だ。

例えば、三体人の元首が部下の失敗に気づいて責任を追及するシーン。

元首「今回の事態になんらかの責任も有する者はほかに何人いる?」
担当者「初期調査によりますと、上から下までの全レベルで、およそ6000人です」
元首「全員有罪だ」
担当者「かしこまりました」
元首「6000名全て脱水せよ。首都中央広場で焼け。お前については、焚きつけとなることを認める」
担当者「ありがとうございます、元首閣下。これでわれわれの良心の呵責もずいぶんと軽くなることでしょう」

『三体』劉慈欣/早川書房

三体人は地球侵略計画でもその冷徹さを発揮し、強力な科学兵器を総動員する。一方、『流浪地球』では異星人は登場しないが、人類は三体人と同じように淡々と障害を排除する。お互い、種の生存のために為すべきことをやる。それだけなのだ。

『流浪地球』は挿し絵を含めて32ページの短い作品だ(SFマガジン掲載時)。劉慈欣の描く狂気がギュッと濃縮されている。最近発売された『三体』のスピンオフ小説『三体X』(宝樹/早川書房)だけでなく、まだまだ『三体』の世界に浸りたい人は是非読んでほしい。

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