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私たちのことば〜日本語と中文in台湾〜

  こんにちは、Mikiです!
先日台湾に帰省した際に、鏡映しの存在Y(詳しくはこちら)と再会しました。
  学習言語は相手の母語。そんな私たちの会話には日本語と中文とが混在しています。私たちにとってはいつものことでも、はたから見れば不思議なことなのかもしれません。
今回はそんな私たちのいつもの世界、不思議な”ことば”を少し、覗いてもらおうと思います。

はじめに

  今回は日本語と中文が混ざった会話がどんな感じなのか、できるだけ当日の雰囲気を壊さないようにして「である調」で書いています。
『変わったこと、変わっていないこと』から後は話題も重めで、個人的な想いも書いているため有料に設定しています。
私がどんな想いでYに、中文に接してきたのか、心情を綴ってみました。

凡例

1.「全て中文の場合」は下に日本語訳。
2.「日本語と中文が混ざっている場合」は中文部分だけ下に日本語訳対応する部分は太字
例1)
「你想說什麼就說什麼」
(言いたいこと言って)
例2)
為什麼!いいじゃん」
(なんで!)
例外)
早安。おはよう。今日何する?」
※中文のすぐ後に同じ意味の日本語を言っている場合は太字だけ

登場人物

  • 私(Miki):日本人の父、台湾人の母、幼少期から大学まで日本で過ごす。母語は日本語。日本在住。言語に全く関係ない民間企業に務める会社員。

  • Y:台湾人の父、日本人の母、幼少期から大学まで台湾で過ごす。母語は中文。台湾在住。通訳・翻訳を主な仕事とするフリーランス。

※私たちはお互いの名前を日本語読みで呼んだり中文読みで呼んだりします。中文で呼んでいるところは『名前(中文)』で表します。



プロローグ

  私はコロナが明けて初めて、実に4年ぶりに台湾に帰省した
毎年お世話になっていた親戚に会いに、というのももちろんあるが、今回の最大の目的は鏡映しの存在Yに会うことだった。Yは父が台湾人、母が日本人、台湾で育ち、台湾で暮らしている。母語は中文。日本語は通訳をするほどペラペラである。Yは私をまるで鏡に映したような境遇で、私たちは出会ってすぐに打ち解けた。
コロナで会えなくなったのを最後に、私たちは4年も直接会っていない。
始めのうちは連絡を取っていたが、だんだんと疎遠になっていき最後の連絡から2年。
今年の3月、Yの誕生日、2年ぶりにメッセージを送った。

誕生日おめでとう。
5月に台湾に行くんだけど、
もし時間あったら会える?

私たちは5月に台湾で再会することになった。


待ち合わせ

  忘れ物が無いか入念に確認し、中身に対して少し大きいリュックを背負って家を出た。
待ち合わせは13:30に地下鉄の駅。電車に乗ったところでLINEが来た。

”今出発した、13:40頃着くと思う。”

  私は心配性で、道に迷っても大丈夫なようにいつも早めに着くようにしている。Yからの返事を見たスマホでそのまま到着予定時刻を調べると案の定。私の到着予定時刻は13:20だった。

13:20。駅に着いたことを連絡し、1番出口で待ち合わせることにした。地上は暑いので地下の改札を出たところで待つように言われ、お言葉に甘える。※当日の気温は約30℃。

13:30。電話がかかってきた。

「Miki(中文), 我在出租車」
(ごめん、今タクシーの中なんだけどね)

「うん」

「因為堵車,我會晚一點…對不起」
(道が混んでて遅れると思う…ごめん)

「嗯…好。這不是你的錯吧」
(…わかった。それはYのせいじゃないでしょ。)

「嗯…對不起… (喂,從這裡到車站走路去花多少時間?)」
(うん…ごめん…あ、運転手さん!ここから(目的の)駅まで歩いたらどのくらいかかります?)

(「走路去?坐出租車10分鐘就到了」)
(歩く?このまま乗って10分もしないうちに着くよ)
電話の奥で運転手らしき人の声が聞こえる。

「對不起讓你久等 我到就跟你聯絡」
(待たせてごめんね、着いたらまた連絡する。)

「好。」
(うん。)

13:50。着いたと連絡が来た。
”到了”
”我在1A”
”為什麼不是1~!啊啊啊!!”
(”1A出口にいる。なんで1番出口じゃないの!!あああ!!”)

”1A, OK”
(”1Aね、OK” )

1A出口の看板に従って歩き出すとYから電話が来た。

「對不起!為什麼不是1…等我、我會接你」
(遅れてごめん!しかも1じゃなくて1A出口、、、今行くから!)

私は慌てて言う。
不用!不用!我上去就好啦。ちょっと待ってて。」
(いい!いい!今私が行ってるから!)

「好、對不起。」
(うん、わかった。ごめん。)

「沒關係啦~ 這不是你的錯。不過…我肚子好餓!哈哈」
(大丈夫だってば。君のせいじゃないし。でもお腹はめちゃくちゃ空いたかな(笑))

「對不起~~~!!!」
(ごめん~~~!!!)

  1A出口は私のいた真上にはなく、階段をのぼっては曲がり、案内板にしたがってまたのぼったところにあった。
時間で言えばたった1分半程度。この胸の鼓動は緊張だろうか、小走りで息が上がっただけだろうか。

着いた先にいたのは、スマホを耳にあてたYだった。

見つけた

スマホを仕舞って駆け寄る。
私たちは思い切り抱き締めあった。

会った瞬間の抱擁。よく来たねと言うYの声。
これだ。これが私の求めていたものだ(言語以外のコミュニケーション)。

やっと会えたね
会いたかったよ
元気にしてた?
会えて嬉しいよ
大好きだよ
大切だよ

言葉になんてしなくても、そんな気持ちが流れ込んでくる。
こんなに想われて私はなんて幸せなんだろう。


腹ごしらえ

ひとしきり抱擁した私たちは遅めの昼食を食べに行った。
近くを案内してもらうと、そこには出店が立ち並んでいた。
Yが質問する。

「你還在老家嗎?」
(今も実家に住んでるの?)

「我現在一個人住。」
(一人暮らししてるよ。)

「哈啊?? 等一下(台語*)!什麼!?我沒聽過!」
(はあ??ちょっと待って何それ!!聞いてないんですけど!!)

「あれ?言ってなかったっけ?」

「沒有!!!」
(言ってないよ!!!)

*台語(ㄊㄞˊ ㄩˇ / tái yǔ):
いわゆる台湾語のこと。台湾華語とは区別される。
ふだんの日常生活では、台湾華語と台湾語を混ぜて話す場面がよく見られる。

参照: 『台湾語が1週間でいとも簡単に話せるようになる本』
趙台㦊 著、陳豐惠 監修

  そんな会話をしながら、Yが立ち並ぶ出店の屋台飯を説明してくれる。結局最初におすすめしてもらったものを注文した。
ご飯を食べながら、4年ぶりだねとか、ここ数ヶ月大変だったんだとか、Yの近況を聞いていく。ある程度食べ終わったところで日本にいる私の家族に電話をかけることにした。


我們都是**人

  実は、Yとは家族ぐるみの付き合いだ。家族ぐるみというか、私がYを実家に招待して家族に紹介したのだった。早いものでそれももう4年も前のことになる(ちなみに逆はないので私はYの家族に会ったことがない)。
私も、私の家族も、みんなYのことが大好きだ。

  台湾に来る前から家族とYに伝えていた通り、私は実家へLINE電話をかける。ビデオをオンにする。
  みんなリビングに居てくれたみたいだ。ひとしきり挨拶を交わした後、私はプレゼントを取り出してカメラに映るようにYに渡す。私と弟から、2ヶ月遅れの誕生日プレゼントだった(ということにしておいたほうが、Yも気後れしないだろう)。

始めは弟の。弟は金色のハートがワンポイントになった黒のヘアゴムを選んでいた。

Yがラッピングされた袋を開ける。
「うわあ!ありがとう!(喜んでいるところを皆に見られて)我有點害羞。」
(ちょっと恥ずかしいや)

為什麼!これね、黒と金色がYみたいだからって(弟が)。」
(なんでよ!)

「うん、黒と金色好き。今日のピアスも全部金色!」

スマホに向かって左右のピアスを見せるY。
画面越しの弟も満足げな様子だ。
Yは髪を下ろし早速結ぶ。

  私からはピアス。ゴールドとシルバーがあり、迷わずゴールドを選んだ。
台湾出発前日も、「Yにプレゼント買ったんだけどコレかわいくない!?私センスよくない!?」と家族に対して自画自賛してしまうほどだった。

ピアスを見たYは、きれい!ととても喜んでくれた。

適当なところで会話を切り上げ、私たちはお店を出る。すると店員さんから「君たちどこから来たの?」と聞かれた。日本語でもたくさん話していたからだろう。Yは「うーん…」と少し考えてから答えた。

我們都是台灣人的。
(私たちは2人とも台湾人です。)


我們都是◯◯人

  昼食を終えた私たちは、弟が所望するカラスミを探すことにした。さっきの電話で母に「オレンジ色を探すといいよ、色が黒いのは漬けすぎてしょっぱいから。」と見分け方を聞いていた。

立ち並ぶ店を見てまわる。この辺りはカラスミはもちろん、乾燥キクラゲやお茶っ葉、ドライフルーツといった物で有名だ。観光客もお土産を探しによく来る。

これはどうかあれはどうか。
ついでに面白そうなものにも指をさす。
これが好きあれが好き。

私はドライフルーツに指をさす。
個人的に好きなのはグアバ。小さい頃からバーラーと言ってよく食べていたのだが、バーラーが中文ではなく台湾語だと知ったのはずっと後になってからだった。ローバーボン(魯肉飯:ルーローファン)なんかもそうだ。大学時代に中国人留学生に通じなくて初めて、ああ台湾語なのかと知った。

そんな笑い話をしながらきれいなオレンジ色のカラスミを見つける。
観光客も多いので店員さんも慣れたもの。「カラスミ」と日本語で話しかけてくる。
Yは、中文で店員さんの質問に対応し、私には時々日本語で話しかける。それを見た店員さんは不思議がる。
「君たちどこから来たの?」Yは答えた。

我們都是日本人的。
(私たちは2人とも日本人ですよ。)



2年分の近況報告

  カフェに着き、私たちは2人ともカフェオレを注文した。私はホット、Yはアイス。

Yがトイレに立っている間、店内の本棚を見る。
蝸牛食堂…?なんかこの表紙見たことある、、、
あ!食堂かたつむり*じゃん!いいお話だったんだよなあ。

食堂かたつむり*:料理の神様、お願いします――衝撃的な失恋のあと、倫子は故郷に戻り実家の離れで食堂を始める。ある噂とともに店は評判になるが。

ポプラ社より引用

席に戻ってパラパラ中身を見ているとYがトイレから戻ってきた。
私は話し始める。

「この話、前読んだんだけど面白かったよ」

「你看過日文的嗎?」
(日本語で読んだの?)

「(え?ていうか)中文あるの初めて知った。」

「そっか。」

こんな話でね、、、
私は記憶を辿ってあらすじを話す。
最近本を読むことにしているというYは、興味深そうに中身を見る。

  他にも、会っていなかった間に起きた出来事をお互いに話した。
楽しかったこと、大変だったこと、悲しかったこと、最近頑張っていること、これからどうしていきたいか。
私の出来事にはYが、Yの出来事には私が、驚くようなこともたくさんあった。

  目の前にいるYはもう私の知っているYではない。同じように、私はもうYの知っている私ではなかった。

2年の月日は想像以上に
私たちを“大人”にしてしまっていたようだった。

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