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二日酔いの朝、君との昨日を探しに行く

「昨日言ってたこと絶対忘れないですからね」

頭の中心から全身を蝕む痛みと気怠さの中、目を開けた。
耳元に置いてあるだろうスマホを右手で探るがなかなか捉えない。
逆か??日差しが眩しい。

重い体をごろりと転がし体勢を変えると、親しみ慣れた黒色のケースに包まれたスマホが目に入った。
モーニングルーティン。
目覚めたらまずスマホの電気を灯し、別にあまり緊急性も重要性もないだろうけど、たまった通知を親指で流す。
スポーツニュースもLINEニュースも登録はしてるがほとんど見ない。
人生はほとんど意味のないことから形成される。

いつものように電源を落とそうと思ったとき、見慣れない名前が目に入る。
yuri
彼女から連絡が来ることは初めてだった。

子供っぽい子だなっていうのが最初の印象だった。
2個下で塾バイトの後輩になった彼女は、制服のブレザーに着させられているようだった。
すごくハキハキと言葉を発する子で、離れていても彼女が授業をしていることがすぐ分かった。
ただ、特に話す機会もなく、顔見知りの後輩、それだけの関係だった。

新しい後輩が入ってきた4月、バイトの皆と歓迎会が開かれた。
曜日が別だからか、ほとんど面識のない講師がいる中、たまたま彼女と同じ席になった。
彼女と同学年の松田がいたおかげで、気兼ねなく会話が弾んだ。
彼女が浪人をしてたことをその日初めて知った。
とりあえず生でいいですよねって同意を求めてきた彼女は、一年前より少し大人に見えた。
その日からハキハキとした口調のする方へ自然と目が追うようになった。

スマホの画面にもう一度目を向ける。
佑莉からの通知は1件だった。
「昨日言ってたこと絶対忘れないですからね」


まって、、全く覚えてない。。。

昨日は同期4人で飲む約束をしていた。
いつもの安い居酒屋で、安いお酒を次から次へと飲み干した。
社員の愚痴をつまみに、こいつらと一緒に一生飲んでいたいとかクサいことを思いながら。そんな恥ずかしいことはさすがに口に出せなかったけど。
佑莉に対する気持ちも同期にさえ言葉にしなかった。

お酒のノリは、翌日に深く後悔する。
失敗を重ねることで、自らを制御することができるようになっていくが、まだ学生の自分は経験がみすぼらしかった。
グループラインから佑莉の名前を探すと友達登録をして、すぐに飲みの誘いのラインを送った。
普段は友達を誘うだけでも躊躇するほど、人を誘うのは苦手なのに酒の力は偉大だった。
ただ、誤魔化しの意味を込めて、松田にも同じ文を送った。
「今、マッチたちと一緒に公園で飲んでますよ。きますか?笑」
この時だけは、お酒のノリを崇め奉ることになった。
彼女からの連絡は初めてじゃなかったんだ。

窓から降り刺す朝日を浴びても、身体が目覚める予感はしない。
二日酔い特有のだるさが、すべての思考を妨げる。
俺は昨日何を言ったんだ???
酔った勢いで、自分の気持ちを伝えてしまったのだろうか。
でも、自分が佑莉に対して気持ちを伝えるところなんてお酒の力があったとしても到底想像できるものではなかった。

もう一度文面を見返す。
なにか不自然な印象を抱いた。

、あれ、、普通、絵文字とかつけないか??
笑とかつけても良くない??
なんで??
もしかして、、怒ってる???

絶対、、そうだ。。
昨日言ったこと絶対忘れないって、
めちゃくちゃ悪い意味でも読み取れる。
少し変な期待をしていた直前の自分をひどく恨んだ。
もしかしたら付き合えるような関係になってるかもしれないなんて、余計な期待を抱いた自分が本当にダサかった。
そもそも最近まで一回も話したことなかったのに。
突然、同期ノリの飲みにつき合わせたのなんて迷惑に感じたに決まってる。
自分は何を言ったんだろう。
でも、絶対謝らなきゃ。。早く謝ったほうが良い。

がむしゃらにスマホの画面を開こうとした。
慌てすぎて、パスワードの入力を2回間違えた。
必死に謝る。お酒のせいにはしたくなかった。
「ごめん。昨日はいろいろ迷惑かけました。めちゃくちゃ酔っててあんまり覚えないんだけど、、本当にごめんなさい」
結局お酒のせいに逃げようとする気持ちからは逃れられなかった。
送信ボタンを押す指が生まれたての小鹿のように震えた。
やっぱりお酒のノリを深く後悔することになった。
せめて、佑莉に少しでも嫌われてないことを祈った。
送信ボタンを押した一瞬の間もなく、既読の文字が浮かびあがった。

「え、どうしたんですか笑」
「そんなに謝らないでください笑」
「約束したことわすれちゃったんですかー??笑」

こんなに早く返信が来るとは思ってなかったから、受け取る準備ができてなかった。
返信を送った後、佑莉からの返信を待つ心苦しい、でも少しだけ待ち遠しい時間が来ると思っていた。
けど、現実は小説のような情景描写を描く隙もなく、3行の字体が並んだ。
怒ってはなさそうだった。
心に引っかかって、身体を押しつぶそうとした何かが消えた気がした。
二日酔いは消える気がしなかった。

「ごめん。本当に何約束したか覚えてない。。」
謝るしかない。けど、多分悪い約束ではないと思う。
もしかしたら、遊びに行く約束なんかしてたり。そんなことを思いながら。

「えーー!次は、缶ビール奢ってくるって言ったじゃないですか笑」

人生は小説のように簡単にはいかない。
ほとんどのことは意味のないことから形成されるし。
気づいたら好きになってくれてるなんて都合の良いことはない。
けど、記憶のない昨日を探しに行く、そんな現実をくれたお酒に今回だけは結局ちょっぴりだけ感謝したりしてみて。
この恋を大切にしよう。
今度は飲みなしで彼女を遊びに誘えるように頑張ろう。
二日酔いの朝に淡い決心をした。
ふいにスマホの画面を見ると彼女からの新しい文面が刻まれていた。

「だから今度は2人で公園で飲みましょうね!」

二日酔いは覚めそうになかった。

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