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熊野の地名由来と遼河文明

この記事では 古来聖地とされる「熊野 くまの」という名前の由来について独自の説を提示し、その新しい視点によって日本語の「くま」の由来と重層性を整理したい。この説は 2021年 12月25日 18:00 ごろに突発的に思い付いた。

本記事で扱う「くま」は動物の「熊」ではなく「くま」という発音にどういう意味がくっついているのか?をできるだけはっきりさせることがねらいである。音素を明確にするために、基本的にローマ字表記 kuma を使用する。

現在の kuma の意味

現代日本語の kuma は、一般的に以下の意味で使用されている。
  ✔ くま(熊) → 動物の「熊」
  ✔ くま(隈) → すみ、端っこ、周辺を意味する。
  ✔ くま(曲)  → 古い用法で、曲がりくねっていることを指す

日本語の kuma は、根源的には何を意味するか?
これには、いろんな解釈が入り込む余地が多いのでとても複雑である。
kuma を 含む代表的な地名として以下を検討対象とした。
  kumagaya くまがや(熊谷) @ 埼玉県 
  Chikuma ちくま(千曲川) @ 長野県 
  kumano くまの(熊野) @ 和歌山県と三重県にまたがるエリア
  kumamoto くまもと(熊本) @ 熊本県熊本市 
  Kuma くま(球磨川) @ 熊本県人吉市 

本記事執筆の背景として、以前から次のような違和感があった。
球磨川 くまがわ千曲川 ちくまがわkuma(= 曲がりくねった川) の意味と熊野の kuma似ているようでどこか違う」という違和感 

kumano(熊野)の由来

熊野 くまの」という地名はもともと有名であったが、特に2004年に熊野古道くまのこどうが世界文化遺産に登録されてから、さらに有名になったと思われる。「熊野」の地名由来は諸説が唱えられているが、どれも合理的であるとは思えなかった。

結論から言うと、kumano(熊野)の kuma の由来は 「ウラル語族系の語彙から借用」と考えるのが最も合理的で、しっくりくる。 端的に言うと、フィンランド語kuuma("hot") と同根である。

なぜ、"hot"(=熱い)熊野 くまのと関係するのか?については、後述する。
よって、熊野の根源的な意味は、
  kuma(熊)("hot") + no(野)("field")
  →「熱を帯びた地帯」("hot field") と解釈できる。

日本語とウラル語族との関係

日本語の系統論で、ウラル語族(フィンランド語、ハンガリー語を含む)は、以前から比較対象にはなっていたが、決め手がなく系統関係は存在しない、もしくは不明というのが通説だと思われる。

通説とは反対に「日本語にはウラル語族の語からの借用や影響がとても大きい」と考えている人もいるようである。個人的には、似ているものはすべて借用したとは到底考えられないが、特に日本語とフィンランド語にはお互い似ている音節が比較的多いと感じることはある。

日本語とウラル語族の接触

「ウラル語族系の語彙から借用」があったとした場合、それはいつか?

中国東北部の古代文明である遼河文明 りょうがぶんめい(6,000 BCE ごろから 500 BCEごろまで断続的に継続したとされる) を築いたのはウラル語族であった可能性があり、ひとつの有力な説である。そして、そこに縄文系の人々が接触した可能性が高い。

日本列島にウラル語族系の人々が来たのではなく、日本列島周辺に居た縄文系の人々が遼河文明に接触し、再び、(弥生人として) 日本に帰ってきたと考えるのが最も妥当と思われる。(よって、弥生人の言葉は基本的に、日本列島に留まっていた縄文人の言葉とそれほどかけ離れていなかったと思われる)

その弥生人が日本列島に持ち込んだ語のひとつが、フィンランド語kuuma と同根の遼河文明で利用されていた語であったと想定する。
その語を以下のように想定する。
   遼河文明で使用されていたの語に 「火・熱」を意味する
   祖形 *kuubu または *kuumu のような音節があった。
   後に、フィンランド語で、kuuma("hot")  kuume("heat") となった。 
   後に、日本語で、kubu(くぶ) → kuber(くべる) となった。

日本語の古語「くぶ(焼ぶ)」

日本語の古語に kubu 「くぶ(焼ぶ)」という語がある。これは、現在でも共通語で「まき(薪) ・たきぎ(薪) をくべる 」の「くべる」に変化して残っている。「くべる」は、主に「火が燃える状態を継続させる」という意味で使用される。

この古語  kubu が「ウラル語族の言語から借用」であると考える大きな理由は、火・熱・温水関連の語で、日本語に「くぶ」「くべる」と音韻的に関連してそうな語が見当たらない。かつ、アイヌ語で kub-/kum- の語が見当たらない、という点である。なんとなく日本語の中で「くぶ」「くべる」という語は浮いているような感じがする。

日本語の/b/と/m/音の交替

日本語では、語頭以外の「ぶ」と「む」が音韻的に交換可能な音として認知される特徴がある。代表例が、「目をつぶる(瞑る)」の「つぶる」である。これを「つぶる」でも「つむる」でも、違和感なく同じ音として認知・処理していと思われる。古語の kubukumu と交換可能だったと想像する。その場合、名詞の前で名詞を修飾する形容詞形を作る場合以下の2パターンの発音が考えられる。
  a) kubu くぶ → くば 
  b) kumu くむ → くま 

「熊野」に関して 上記 b) に相当すると考えれば、熊野 の kumakubu と同様に「ウラル語族系の語彙から借用」で「熱い」の意味を持つと解釈できる。

熊野が聖地とされる理由と地形の由来

熊野が聖地とされる根源的な意味は地熱温泉(熱水の噴出)であると考える。熊野本宮大社が元々あった場所(本来の聖地とされる地点)は、「おおゆのはら(大斎原)」と呼ばれる。近隣に、湯の峰温泉川湯温泉がある。いずれも「ゆ(湯)」がキーワードとなっている。

もともと1400万年前に破局的噴火を起こしたとされる熊野カルデラの上に存在し、現在でも源泉温度 90℃以上の温泉が各所に存在するとされていて、また、各所に奇岩や巨岩が存在している。

当地の温泉は、もともと自然に熱水が吹き上がっていた地域だったのではないか? と思う。そして、たぶん縄文時代から熱水や温泉の利用がなされていた。後に、弥生系の人々によって、熱を持つ広いエリアを包括して指す語としてkumano(熊野)と呼ばれるようになり、さらに後の時代に「温泉を神聖視」することが始まり、熊野信仰くまのしんこうにつながったと考える。

その他の地名由来を整理する

chikuma 千曲川 ちくまがわ

「ち」は多いことを示し、「くま」は曲がって入り組んでいることを示すので、千曲川という地名の意味は「多く曲がりくねった川」という意味だと思われる。日本の川の名前に「くま」が付くものは、古くから曲がっていることが認知されていたことを表すので、「くま」の名前は氾濫はんらんの危険性を警告した名前と考えられる。

kuma 球磨川 くまがわ

熊本県南部の人吉盆地ひとよしぼんちで大きくU字カーブし八代海やつしろかい(不知火海しらぬいかい)に注ぐ。長野県の千曲川 ちくまがわと同じく「くま」は曲がって入り組んでいることを示すと思われる。古い時期、おそらく縄文時代には、すでに九州から長野県に至るまで共通の語、概念が存在したのだろうと想像している。千曲川と同様に、氾濫はんらんの危険性を警告した名前であると解釈できる。

kumamoto 熊本 くまもと

実は、本記事の説を思いつくまでは、「熊本県」や「熊本市」の kuma の語源は「球磨川 くまがわ の近く」だろうと思っていた。

しかし、今回 熊野の地名由来をアップデートできたことで、古来から「火の国」とされる熊本の kuma「ウラル語族系の語彙から借用」であり、「 熱」を意味すると解釈するのが妥当であろう。

kuma(熊)("hot") + moto(本)("at the foot of")
  →「火山(阿蘇山)のふもと(麓)」("at the foot of the volcano")
と解釈できる。

kumagaya 熊谷くまがや

一番近い火山や温泉地は群馬県と思われるので、少し距離がある。熊谷が地熱や温泉と関連するという情報は、現時点では見つけられなかった。地名由来としては「曲がりくねった谷筋」が有力かもしれない。

ただ、「熊野」「熊本」の当て字「熊」が共通していることから、古くは 「くま」に 2種類の発音があり、「熱い」意味の kuma には 「熊」の字で表記するルールのようなものが存在したのかもしれない。その場合は、熊谷の「熊」も温泉と関わりがある可能性はありそうだ。

まとめ

  1. 熊野 くまの」「熊本 くまもと」の kuma は  「くべる」の形容詞形であり、「熱・熱源・地熱」を意味する。

  2. 千曲川 ちくまがわ」「球磨川 くまがわ」の kuma は 「曲がりくねった」を意味する。

  3. 熊谷くまがや」の kuma は たぶん「曲がりくねった」を意味する。

動物の「くま」をなぜ kuma と呼ぶのか?
kumano(熊野)が神聖な意味を持ち、後に、「神聖な生き物」の意味を込めて kuma と呼ばれるようになったと考えるのが妥当のように思える(現時点では)

kuma の 語層としては、
「曲がりくねった」が一番古く、縄文時代に使用されたと考える。その上に「熱・熱源・地熱」の意味を弥生人が日本列島に持ち込んだと思われる。

この「熱」の意味の kuma は飛鳥時代以降(漢音流入によって)、比較的短期間のうちに忘れられ、消えていったが、形を変えて「くべる」という語で現在に残っている。

本記事で扱った地名以外にも漢字「熊」を含む地名は多数存在する。それらのうちにも「熱・熱源・地熱」の意味で解釈できる地名が多くあると思われる。

補足

サモエード語派について

ウラル語族には地理的に日本に近いサモエード語派が存在する。ウラル語族サモエード語派の語彙リスト(たぶんWeb上で一番手っ取り早く確認できる) は、以下(↓) が利用しやすい。
Appendix:Samoyedic word lists

本記事の kuma については、たまたまフィンランド語の語彙が一番近いと思われるが、基本的にはサモエード語派の語彙が日本語に近いものが多いかもしれない。(しかし、少数民族言語とされるので辞書を簡単に利用できない)

大分県の「くべりゆ」と「くま」

大分県別府市の鉄輪かんなわ温泉の由緒に「玖倍理湯くべりゆの井」(豊後風土記)が伝えられている。この名付け方と「熊野」や「熊本」の名付け方は 古語 kubu の変化形という点で共通していると思われる。 

また、大分県宇佐市うさしに熊神社とう名前の神社があり、「熊」という地名も存在している。宇佐市には温泉もあるのでこの「熊」も「熱い」と関係ありそうな気がする。

あとがき

今回の説を思いつくまでは、熊野の地名由来は(まがりくねっている)熊野川の名前が先にあって、川の名前から「熊野」という地域名を指すようになったと考えていた。しかし、どうも違和感がずっとあった。違和感を持ち続けたことで、本記事の考えに至った。

本記事の説は、文献資料によって裏が取れない領域に立ち入っているため、まさに「想像の域」の範疇である。しかし、既存の諸説に比べると、直感的に「真実にかなり近い」ような気がしている。

本記事の説は、知る限りでは類似の説を知らない。もし、同じような説を過去にどなたかが公表されているなどの情報があれば、コメントいただけるとありがたいです。

古語 kubu (くぶ) → 「くべる」 は 現代語の「くばる(配る)」と関連があるかもしれない。この点については、この記事では深入りしない。

改訂(Revisions)

2021 1226 初版

(以上)

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