量子力学で剛体球の散乱断面積が古典論の4倍なのは球の断面積と表面積が4倍違うからか?

量子力学の散乱問題の計算で定番の問題に、半径 $${a}$$ の剛体球からの散乱断面積を低エネルギー極限で求めよ、というものがあります。もちろん、ランダウ・リフシッツの教科書でも扱われていますが、答えは、全断面積が $${\sigma = 4\pi a^2}$$ となり、古典的な予想 $${\sigma = \pi a^2}$$ に比べて4倍大きくなっています。散乱断面積というのは粒子を横から見た大きさのようなものなので、素朴な直観では、 $${\pi a^2}$$ になりそうですが、量子力学的な波としての粒子の振る舞いが散乱断面積を4倍大きくしているわけです。では、この4倍を直感的に理解する方法があるでしょうか?

原子衝突学会が出している雑誌「しょうとつ」の別冊に「考える衝突論」という島村さんが書いた解説記事を最近見つけました。そこでは、この4倍の起源に関して、砂川さんの量子力学の教科書「散乱の量子論」より、「$${l=0}$$ の部分波は、ポテンシャル の中心に向かって、球対称な振幅をもって集中してきて、これが半径 $${a}$$ の剛体球によって散乱されることになり、このとき散乱に寄与するのは球の断面積 $${\pi a^2}$$であるよりも、むしろ球の全表面積 $${4 \pi a^2}$$である」という説明を(やや批判的に)引用しています。

この4倍の起源に関する「説明」は正しいのでしょうか?砂川さんの議論が正当かどうかを見るためには、これだけでは、$${n=1}$$ の事例でなんとも言えないので、話を一般の次元に拡張してみたいと思います。そこで、本稿では「$${l=0}$$ の部分波が $${d}$$ 次元の剛体(超)球に散乱される時、その全断面積が(超)球の全表面積で与えられるか?」という問題を考えてみます。もし砂川さんが正しければ、答えはイエスであって欲しいわけです。

計算は省略しますが、波数が$${k}$$ の波動関数がベッセル関数を使って

$$
\psi = C_1 (kr)^{\frac{d-2}{2}} J_{\frac{d-2}{2}}(kr) +  C_1 (kr)^{\frac{d-2}{2}} Y_{\frac{d-2}{2}}(kr)
$$

書けることと、波動関数の漸近形

$$
\psi \sim e^{ikz} + \frac{f_k}{r^{\frac{d-2}{2}}} e^{ikr}
$$

を比較して、散乱振幅 $${f_k}$$ と微分断面積を関係づける公式 $${ d\sigma = |f_k|^2 d\Omega}$$ を用いると、微分散乱断面積が $${ d\sigma \sim a^{2(d-2)} k^{d-3} }$$ と見積もれます。もちろん、全断面積を求めるには、(超)球の立体角をかける必要がありますが、断面積は表面積が支配していないことは、入射粒子の波数 $${k}$$ に依存してしまっていることから明らかでしょう。たまたま、$${d =3}$$ のときは波数依存性がなくなっています。$${d=2}$$ のときは剛体球の半径 $${a}$$ に依存しないというのも面白い事実かもしれません。この事実、つまり、$${d=2}$$ の時に、どんなに小さなポテンシャルでも散乱したり束縛が起こるということは、超電導のBCS理論における出発点になっています。


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