2準位系量子力学から3準位系量子力学が「自然に」導けるか?の反例メモ

最近読んだ量子力学に関する面白い記事に「~2準位系から多準位系への演繹による拡張は難しい~」がありました。

そこでは

1.[任意の]2準位系では量子状態を密度行列や状態ベクトルで表現することが可能。
2. その空間[=2準位系の空間]に作用する任意のユニタリー行列には、対応する物理操作がある。
3. このような[=空間回転という操作に対応するような]可逆な物理操作が多準位系でも存在する。
4. [ある特定の完全識別可能な純粋状態1,2,3に対して]状態1と状態2の間の2準位ユニタリな物理操作のうち、状態3に全く影響を与えないものが存在する。同様のことが状態2と状態3の物理操作、状態1と状態3の物理操作にも言える。

の4つの前提から3準位系の量子力学の構造が導けるのか?を議論しています。結論から言うと前提が不十分で知られた量子力学を演繹できないので、例えば、前提4 の [ある特定の完全識別可能な純粋状態1,2,3に対して] の部分を(予め状態空間の線形構造を仮定して)[ある特定の完全識別可能な純粋状態1,2,3 のすべての重ね合わせた状態について]と変更し、その操作がユニタリ行列として埋め込まれているなどとすればどうか?という議論が続きました(ただし本稿では前提を変更しません)。

本稿の目的は、1~4まで満たしながら通常の線形な量子力学と異なっている具体例を一つ作ってみようというものです。簡単のために純粋状態(のようなもの)に限りますが混合状態(のようなもの)でもできます。「ようなもの」が付いてるのは出来上がりが量子力学ではないので区別を付けました。

状態:状態空間は、 $${\mathbb{C}^3: |\Psi\rangle = c_1|1\rangle + c_2|2\rangle + c_3|3\rangle}$$ の部分集合 $${c_1 c_2 c_3 =0}$$ にする。(規格化条件や射影表現であることなどは省略。)

平たく言えば、3準位系だけれど、重ね合わせとして許されるのは3つの特別な基底のうち2つまでという制限がついた理論ということです。2つの基底を選ぶとその線形結合の中では2準位系の量子力学に対する要請が成立しています。(ちなみに、ちょっと変更して $${|1\rangle}$$と$${|2\rangle}$$は重ね合わせができるが、$${|1\rangle}$$と$${|3\rangle}$$、$${|2\rangle}$$と$${|3\rangle}$$は重ね合わせができないという理論は超選択則のある量子力学と言われます。このときは前提2を破っています。)

物理的操作:前提3と4に現れる物理的操作は、線形な2次元部分系に作用するユニタリ行列を(補空間に単位元をつけて)3次元ユニタリ行列に埋め込んだものとする。ただし、作用させたときに状態空間  $${c_1 c_2 c_3 =0}$$ からはみ出る場合はその操作の作用を3次元単位行列 $${\mathbb{I}}$$ とする。

「ただし」以下があるので、この操作は非線形になっています。3の条件の可逆性と関係ない基底状態には何もしないという4の前提を満たしていることもわかるでしょう。また、物理的操作をつかってすべての状態を作ることができます。

これで反例が作れましたが、このような非線形性をもった物理操作が実際に現れる可能性を一言だけ付け加えておきます。本稿の例で導入した物理的操作は、物理的操作の「状態依存性」と呼ばれるタイプの非線形性です。これは普通の量子力学では現れませんが、量子重力理論、特にブラックホールの内部を調べるために必要であるという可能性が素粒子理論・超弦理論の文脈で議論されています。Marolf と Polchinski の論文(これがいいかわからないけど)を引用しておきます。


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