見出し画像

雑感2「風間くんとマチズモ」

ま・ほー少女もえP

 風間くんとは、アニメ『クレヨンしんちゃん』に登場する幼稚園児である。どのような幼稚園児かというと、

 自分の博識、所持品の自慢をする、世間体や評判を気にする等、常に弱みを見せる事を嫌い、失敗を犯しても必死に取り繕おうとすることもあるなど、自己顕示欲やプライドの高いナルシストである。仕切りたがりな質でもあり、他人に対して文句を言うものの自分から率先して行動するタイプではなく、自分の手に負えない状況や事態に直面するとすぐにパニックに陥ったりする等、本質的には虚栄心が強く自分勝手で、良くも悪くも年相応な性格である。

風間トオル

 要するに、クソ野郎である。しかし、そんなクソ野郎の彼にも弱点が一つある。

 少女向けアニメの「ふしぎ魔女っ子マリーちゃん」や「ま・ほー少女もえP」の隠れファンである。特にもえPに対しては知識もマニアックな域に達し、コスプレに手を出すほどの熱中ぶりである。

風間トオル

 もちろん、「少女向けアニメ」を男児が見ているからといって、なにも悪いことはないのだが、知的で硬派な男として己を顕示したい彼にとって、「女子供やオタクが喜ぶような軟弱な趣味」を持っているなどということは、許しがたきことであり、絶対に隠し通さねばならぬことなのである。

 本アニメでは、自らの少女趣味がバレそうになった風間くんが、なんとか隠匿しようと必死に取り繕うあまり、悲惨な結末に至ってしまうというのが定番のギャグとなっており、視聴者を笑いへといざなう。しかし、おれにとってこれは笑い事ではない。なぜなら、風間くんとはおれのことだからだ。

おジャ魔女どれみ

 子供のころ、おれは『おジャ魔女どれみ』が見たくて仕方がなかった。おれのアイデンティティーは「シス男性&異性愛者」ということになるが、しかし、怪獣モノや戦隊モノなどの「男の子向け」の作品には大して興味がなかった。本当に興味があったのは『おジャ魔女』を始めとする、キラキラでフリフリで可愛らしい世界観の「女の子向け」の作品だったのである。

 だが、見ることは叶わなかった。男三兄弟だったからである。男三兄弟というホモソーシャルな関係において、女向けアニメを見るなどという男らしからぬ逸脱行為をしようものなら、「軟弱者のおかま野郎」というレッテルを張られ、社会的に抹殺されてしまう。男にとっては、男の世界で男として認められることが最優先事項であり、そのためには自らの欲望を手放さなければならない場面が多々ある。

 しかし、おれの『おジャ魔女』を見たいという欲望は、ホモソーシャルな圧力に簡単に屈してしまったわけではない。おれは欲望を諦めず、なんとかして『おジャ魔女』を見ようと画策した。おれにとって毎週日曜朝8時半という時間帯は、自らの欲望と社会の抑圧がせめぎ合う主戦場であった。

 1999年当時は、日曜朝7時から9時にかけて、以下の番組が立て続けに放映されていた。

7:00:Bビーダマン爆外伝V
7:30:救急戦隊ゴーゴーファイブ
8:00:燃えろ!!ロボコン
8:30:おジャ魔女どれみ

 日曜になると、朝7時前に起床し『ビーダマン』から順にテレビ鑑賞するのが我が兄弟の習わしとなっていたが、もちろん、鑑賞が許されていたのは『ロボコン』までである。8時27分に『ロボコン』の次回予告が終わり、『おジャ魔女』なる唾棄すべき女向けのアニメが始まるまでの3分の内に、誰かがテレビの電源を切らなければならないというのが、兄弟の間で暗黙の了解となっていた。

 そこでおれが実行した作戦が、名づけて「電源切り忘れちゃってたよ!作戦」である。要するに、

「あちゃ~電源切り忘れちゃってたよ~」

 という体で、兄弟に指摘されるまでの短い間だけ『おジャ魔女』を鑑賞しようという、単純な作戦である。

「どっきりどっきりDON DON♪」
「DON DON(*^-^*)」
「不思議なチカラがわいたらどーしよ♪」
「どーする(#^.^#)」
「うわwwwこいつ女向けのアニメ見とるでwww」
「え……うわ! 間違えてテレビつけっぱなしにしとった! 女向けのアニメとかきっしょwww早よ消そwww」

 電源を切る際には、女向けアニメを見ていた軟弱者と思われないよう、このように最大限の罵倒を付け加えることを忘れてはならない。
 しかし、この作戦で見られるのはせいぜい冒頭5分程度であり、フルで見ることはまずできない。誰に気兼ねすることなく『おジャ魔女』を見たいという望みはなかなか叶わず、おれは鬱屈していた。

 そんな折、おれに大チャンスが訪れる。1999年の秋、髄膜炎の疑いで緊急入院することになったのである。髄膜炎の検査のための穿刺は、おれの人生の中でも一、二位を争うほどの地獄の苦しみだったが、そのような地獄を耐え抜いたおれに神様がご褒美をくださった。日曜朝8時半には、病室で独りになることができる。ついに、他者の目を気にせず堂々と『おジャ魔女』を見る機会を得たのである!

 こうして、おれは人生で初めて『おジャ魔女』を最後まで通して見ることができた。こんな幸福があっていいのか……人生とはなんと素晴らしいのか……と悦に浸りながら退院すると、

「お前、病院で『おジャ魔女』見とったやろwww」

 バ、バカな……病室にはおれ以外の人間はいなかったはず……なぜ『おジャ魔女』を見ていた事実が兄弟に漏れているのだ……。

「み、見てへんわ!」

 パニックに陥った小学1年生に、上手い言い訳などできるはずがない。おれの人生もこれで終わりかと、しばらく絶望に打ちひしがれてしまった。

 こうして、「電源切り忘れちゃってたよ!作戦」は二度と使えなくなってしまった。女向けアニメになど興味がない硬派な男であることを証明すべく、以降は8時27分きっちりに泣く泣くテレビの電源を切らざるを得なかった。

しゅごキャラ!

 そうして、少女向けアニメを見たいという欲望を抑圧したまま、おれは中学生になった。すると、おれの欲望は単に少女的なものを見たいという純粋なものであることはできなくなった。二次性徴が始まり、性欲が芽生えてきたのである。

 同級生たちはアダルトビデオに夢中のようだったが、生身の人間の陰部同士の結合を見せられても、当時のおれとしては気持ち悪いだけで、なにがいいのかさっぱり分からなかった。おれはもっと「可愛くてキレイなもの」が見たい……。かくして、おれのリビドーは主に二次元の微エロ画像へと備給されることとなった。

 しかし、二次元などというものは、男の風上にも置けない、気持ちの悪いオタクが見るものである。己がオタクであるなどと断じて認めるわけにはいかなかった。だが、二次元の微エロ画像を見たいという欲望には抗いがたく、抑え込むことなど到底できるはずがない……。
 そうした葛藤の末に、おれが編み出した認知的整合化の方法は、以下のようなものだった。

「二次元キャラクターの微エロ画像は見るけど、元ネタのアニメは絶対に見ない!」

 ……なぜこれがオタクではないことの証明になるのか、さっぱり分からないが、当時のおれとしては、理由はなんでもよいから、自分はオタクではないと確信できればそれでよかったのである。

 とにかく、オタクや少女向けのアニメを見ないという最後の一線を守っている限り、おれはオタクではなかった。こうして、美少女アニメなど一本も見たことはないが、当時人気のあった美少女アニメのキャラクターはだいたい把握しているという、摩訶不思議な中学生が誕生した。

BAMBOO BLADE

 しかし、欲望を抑圧するにも限度というものがある。高校へ入学するころには、二次元キャラクターの画像を眺めるだけではなく、彼女らが登場する作品を実際に見てみたいという欲求にいよいよ抗えなくなってきた。
 なんとか言い訳をして美少女キャラの出てくる作品を見られないものか……と思案し、白羽の矢が立ったのが『BAMBOO BLADE』という作品である。

 我が家では『月刊少年ガンガン』を購読していたのだが、本誌の中では『マテリアル・パズル』というバトル漫画が兄弟のお気に入りだった。その作者が原作を務めるのが『BAMBOO BLADE』という剣道漫画であり、ずっと気になっていたのだが、しかし絵柄がオタク向けの美少女モノだったので、長らく買えずにいた。

 だがしかし、絵柄がオタク向けであったとしても、原作は兄弟が愛読する『マテリアル・パズル』の作者である。これは言い訳に使えるはず……。
 高校の入学式を終えたその足で、おれは『BAMBOO BLADE』を買いに行った。当然、兄弟からツッコまれる。

「なに、それ?」
「え、これ? これはあれや、ほら、『マテリアル・パズル』の作者が原作やってるやつ。他の作品も読んでみたいし、買ってみてん」

 どうだ、この完璧な言い訳にはぐうの音も出まい。ガハハ。
 こうして、人生で初めて美少女キャラの出てくる作品を堪能し、おれは歓喜に震えた。あまりに嬉しすぎて、高校ではそのまま剣道部に入った。

 だが、おれはまだオタクではなかった。「好きな作者の作品だから」という言い訳は、兄弟だけではなく、自分自身に対して向けられた言葉でもあり、まだまだ男としての誇りを捨て去るわけにはいかなかった。

N・H・Kにようこそ!

 もうがまんできない! もはや心のもちようではどうしようもない!
 『BAMBOO BLADE』だけでは物足りない。もっと他の作品も見たい。しかし、おれはオタクではない。深夜アニメなど見ようものなら、あの気持ちの悪いオタクの一員になってしまう。でも、少しだけなら……。

 次に白羽の矢が立ったのは、アニメ『N・H・Kにようこそ!』である。引きこもりの男性とその救済が目的という謎の美少女の物語を描いた、本作を見るための言い訳は……

「大槻ケンヂが主題歌を担当しているから」

 おれは高校1年の冬から大槻ケンヂにドハマりしており、筋肉少女帯から特撮、ソロ作品に至るまで、とにかく彼の楽曲を聴き漁っていた。その中の一つに「踊る赤ちゃん人間」という楽曲があり、アニメ『N・H・Kにようこそ!』のEDテーマとしてタイアップされていた。これは使える……。

 さっそくおれは、

 「おれはオタクじゃないぞ……大槻ケンヂの熱心なファンなだけだ……」

 と、ぶつぶつ呟きながら、『N・H・Kにようこそ!』を見始めた。16年間抑圧され続けてきたおれの欲望は止まるところを知らず、一夜にして全24話を完走した。

 次の日、おれは山に登った。次の次の日、おれは山に登った。次の次の次の日、おれは山に登り、もういちど全24話を完走した。次の次の次の次の日も、おれは山に登り、最終的に21日連続で山に登り続け、22日目にようやくおれの欲望は落ち着いた。

 もはや、言い訳はできなかった。おれはオタクだった。男としての矜持? そんなものはどうでもよろしい。犬にでも食わせておきなさい。だって、おれには岬ちゃんがいるから……。

 抑圧してきた欲望を一気に放出した副作用で、おれは現実と虚構の区別がつかなくなってしまった。正確には、現実は生きるに値するだけの価値を失い、虚構の世界だけが真実となった。
 学校の授業など、聴くだけ無駄だった。真実ではない世界の戯言に、耳を傾ける価値などない。以降、おれは教師の言うことを完全に無視して、授業中にライトノベルを読み耽るようになった。入学時点で学年トップだったおれの成績は、一気に平均以下へと転落した。

 兄弟は、家族は、オタクへと変貌したおれをどう思っているのだろうか。キモいと思って蔑んでいるのだろうか。しかし、そんなことはもはやどうでもいい……すべてがどうでもいい……。
 おれの人生は、今が最高だとようやく転がり始めた。

涼宮ハルヒの憂鬱

 おれが高校2年に進級すると、2つ上の兄は国立大学へと進学した。

 2009年、時代は変わりつつあった。ネット上ではニコニコ動画が猛威を振るい、テレビでは「聖地巡礼」が話題になるなど、オタクのカジュアル化が徐々に進行していた。特に、偏差値とオタク率は比例関係にあるので、兄が入った軽音楽サークルなどはオタクの巣窟となっており、オタクは「そういう趣味の人」として、普通に受け入れられるようになっていた。
 そのような環境で人間関係を構築すれば、当然、兄もオタク趣味の洗礼を受けることとなる。

「こないだ先輩の家で『エヴァンゲリオン』を見たんやけど、なかなか面白かったわ~」

 ……へえ、そうなんや。まあ『エヴァンゲリオン』は、中二病男子にとってマスターピースやもんなあ。

「こないだ友達の家で『涼宮ハルヒの憂鬱』を見たんやけど、めっちゃ面白かったわ~。長門、萌え~」

 ……せやなあ。『ハルヒ』はよくできたメタSFやし、京都アニメーションによる演出も素晴らしいし……って、あれ?

「長門、萌え?」
「長門、萌え~」
「長門、萌えなんか」
「長門、萌え~」

 かつて『おジャ魔女』を見ていたことをバカにしていた兄は、長門有希萌えになっていた。うーん、これが時代の変化というやつなのか……? 現実への興味を失くしていたおれは、まあそういう時代なのだろうということで、手のひら返しされたことは水に流した。

 こうして、夏になるころには、兄と二人でかの悪名高き「エンドレスエイト」全8話をリアルタイムで走破するなど、オタク兄弟として新たな関係を築くまでになった。
 兄は、現在でもラブライバーとして沼津に遠征するなど、第一線のオタクとして鋭意活動中である。

けいおん!!

「岬たそ~」
「長門たそ~」

 今や、我が兄弟の3分の2はオタクと化し、非オタクである弟のほうがマイノリティーとなっていた。

「お兄ちゃん2人が、なんか漫画? アニメ? にハマってるみたいだけど、弟くんは興味ないのかしら?」

 と、母が問う。

「おれは別に……」

 偉いぞ、弟よ! 君だけは兄2人のような軟弱者にはなってくれるな。君だけは男の中の男でいてくれ……。

 さて、おれが高校3年に進級すると、2つ下の弟はおれと同じ高校へと進学した。時は2010年、オタクのカジュアル化は加速度的に進行し、我が母校もオタクの巣窟になり始めていた。果たして、弟が入部したラグビー部はオタクの巣窟だった。数週間後、弟はオタクとなって帰ってきた……。

「なあ、録画したい番組があるんやけど、レコーダー使っていい?」
「あら、なんの番組?」
「『けいおん!!』って言うんやけど、二期やってるから」
「あらま、アニメには興味ないんじゃなかったの?」
「ラグビー部の同期がみんなオタクで、見てみたら結構おもろかってん」
「あら、そうなの。いいわよ~」

 流石、家族で夕食中にDIR EN GREYを爆音で流す弟である。おれは小心者だから、アニメはパソコンでコソコソ見るようにしていたが、弟にとってお茶の間で深夜アニメを見るなど造作もないということか。
 また、夕食中にDIR EN GREYが爆音で流れていても、

「あら~、激しいわね~。ボーカルが京さんって言うんだっけ?」
「そうそう、京。そんでギターが薫とDieで……」

 と、普通に会話をしてしまう母である。

「えーと、これが唯ちゃんだっけ?」
「ちゃうちゃう、これはあずにゃん。唯はこっち。そんでこれがりっちゃんで……」

 と、一緒に『けいおん!!』を見始めてしまった。必死でオタクの欲望を抑え込んできたおれの16年間とはなんだったのか……。
 こうしておれは、母と弟の三人で、放課後ティータイムのラストライブを見届けたのであった。

多元的無知

 桜高軽音部の3年生たちの卒業式を見ながら、ふと思う。おれが『おジャ魔女』を見たいと思いながらも我慢していたとき、実は他の兄弟も本当は『おジャ魔女』を見たいと思っていたのではないか……?

「男が女向けアニメを見るなど、みんな恥ずかしいと思っているはずだ」

 というありもしない憶測によって、互いに無益な牽制をし合っていただけではないか……?
 実際、少女的なもの、オタク的なものを厭悪していると思われた兄弟は、蓋を開けてみれば全員ただのオタクだった。

 どうやら我が三兄弟は、多元的無知の状態に陥っていたらしい。

 多元的無知は社会心理学において、集団の過半数が任意のある条件を否定しながらも、他者が受け入れることを想定しそれに沿った行動をしている状況を指す。言い換えれば「誰も信じていないが、誰もが『誰もが信じている』と信じている」と表現できる。

多元的無知

 なんだ、それなら最初から、兄弟そろって仲良く『おジャ魔女』を見ればよかったじゃないか。つまらないプライドのために、我々は随分と時間をムダにしてしまったらしい。

 さて、本クソ記事をここまでお読みになった奇特な方々の中に、子供を授かったばかりの、もしくはこれから子供を授かろうという人がいるかもしれない。そして、

「男の子だったら、やっぱ戦隊ヒーローとか見せないとな~」
「女の子だったら、やっぱプリキュアとか見せないとな~」

 と、考えているかもしれない。

 バカッ!!!!!!!!!

 「性別」とか関係なく子供には無条件で『プリキュア』を見せやがれ!!!!!!!!!

 本当は『プリキュア』見たいかもしれないじゃん!!!!!!!!!

 バカッ!!!!!!!!!

風間くんとマチズモ

 さて、本クソ記事を書き始めるにあたり、アニメ『クレヨンしんちゃん』のウェブページを確認してみたところ、ちょうど次回の放映が「もえP」回だった。あらすじを見る限り、風間くんが己の趣味を隠そうとするあまり悲惨な結末に至ってしまうという、定番のお話のようである。
 果たして、風間くんがマチズモの軛から脱し、「もえP」のファンであることを堂々と公言できる日は来るのだろうか……。

おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?