きっとその代わり、別の誰かが救われてゆく

 「大丈夫だよ。毎日楽しいよ。私に何を言わせたいの?」最後に言われた言葉がぐるぐると頭を巡っている。

 なりたいものと似合う姿は違っていて、欲しいものと容易く手に入るものは違う。確かに憧れ救われていて、それでも盲目になれない日はいつか来る。いつだってどんなものだって、現実だからこそ救いがあって、絶望がある。そういう繰り返しが、諦めを教えてくれる。ごぽごぽと沈んでゆく意識の中、もう二度と会わないと決めた彼女を思って泣いている。こういうのを悲しみに酔っているというのだろうか。会おうと思えば会えるのだ。けれど、もはやこちらが会わないことを決めた今、二度と道は交わらない。全ては現実で、ひたすらに彼女が求めたものと、こちらが共感したものは違った。たったそれだけのことだ。お互いに暗く嫌な気持ちをし合うことに救いはなくて、そうしてそっと思い出をしまった。嫌いには一生なれないし、売るなんてこと、まして捨てるなんて、できるはずがなかった。データに残る写真の中、彼女は笑っていて、それが一層悲しかった。悔しい気持ちも、恨むような気持ちもなかった。どこかで幸せになっていく彼女が、こちらをもう必要としていないことが、ひたすらに悲しかった。彼女が悪意というのなら、それはもう自己満足の正義でしかなかった。そういう現実だけが、横たわっていた。欲しいものだけが、いつも手に入らない。

 インターホンの音で目を醒ませば、時刻は十四時を回ったところだった。液晶を覗くと宅配だった。受け取った後も、なお疲労が残っていて、段ボールをそのままに、ベッドに潜りこんだ。カーテンの下の方から日差しが入り込んでいる。布団を頭まで被れば、暗闇と息苦しさがやってきた。脱水で頭痛がするまで眠ってしまおうと目を瞑ると、けたたましいサイレンの音がした。布団から頭を出し一瞬身構えたが、すぐにこちらの区域に入る前に鎮圧されたとのアナウンスが流れた。ほっとして、また布団に潜り込む。カーテンの下からは、まだ陽光が漏れていた。

 喉の渇きに目を覚ますと、二十時を過ぎていた。ぼんやりと水を飲みながら、スクリーンを起動させると、狼のアイコンが「こんばんは。」と笑った。「ニュースを。」と告げれば、トップニュースが表示され、その中に昼間のサイレンの件があった。いつもと変わらない鎮圧の映像の中には、もちろん彼女がいて、意気揚々と敵性生物を喰みながら、その体色を変えていた。にこにこと嬉しそうに笑いながら、敵性生物を取り込んでゆく姿は、もう知らない誰かのようだった。蔑まれながら、気味が悪いと誹謗されながら、それでも「これでしか生きられないから。誰かが救われてくれるなら幸せだから」と、死と変化の恐怖にぐしゃぐしゃに泣きながら、それでも社会に関わろうとする美しい姿は、もうそこにはなかった。私がこの世で一番美しいと思った彼女は、もう外側だけになってしまった。鼻の奥がつんと痛んで、「もういいよ。」と声に出せば、「かしこまりました!」と不釣り合いに元気な声が答えて、スクリーンが消えた。布団を手繰り寄せながら、膝を抱えれば、ぱたりぱたりとシミができてゆく。彼女が恐怖していた、変化してゆくことを、受け入れられない自分が悔しかった。それと同時に、変わらないと妄信していた根本の部分が変わってゆく(ように見える)彼女が、悲しかった。「いつもありがとう。心の支えです。」そうやって泣きながら笑う彼女の、私はただただ最初のファンであった。それだけだった。

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