最近考えたこと#13過去を認め、現在までの過程を知り、未来を語りたい

みなさんこんにちは
LaLaLaランプです。


今回は前回書いた通り、過去を認め、現在までの過程を知り、未来について語りたいということを書いていきたいと思います。


このようなことは以前から自分の頭の中で考えていたことだが、今回の小林賢太郎さんの件で改めて考えたので再開してから一番最初に書きたいと思った。

まず、今回の件については降りることは当たり前だと思う。いくら過去のことといっても、言ってはいけないことだったのだと思う。しかし、それからたくさんのことをしてきて、良い方向に変化してきたのだと思う。それらを度外視して色々いうことは違うと思う。そして「言語道断」というのは少し寂しいなと感じた。確かに本当にしてはいけないことだと思うが、コロナなどがあり日々状況が変化していく中で、仕事を引き受けてくれた人に対してそんなことを言わないでくれよと思ってしまった。もうちょっと違う言い方にできなかったのかなと。これは自分が小林賢太郎という人物のことを好きだから補正が入っていると思うが。そして色々と言った人は「あなたたちは本当に大丈夫なんだろうな」と思ってしまった。人前に立っている、立っていない、そして地位なんてものは関係ないぞ。そう思ってしまったことについて少し悲しくなった。これからは過去のミスが現在に影響を及ぼすならば、どれだけの人がいなくなるのだろう。それはなんとなくあってはならないことだと思う。

そしてやっと本題に入る。
過去を認め、現在までの過程を知り、未来について語りたい。

まず過去を認めるということから話していきたいと思う。
過去を変えることはできない。そのため、どのようなことがあっても認めるしかない。自分の過去も他人の過去も。認めたくはなく、失くしてしまいこともあると思う。それでも認めるしかない。また、過去を認めるのは悪いことだけではなく、良いことをも認めるということだ。だが過去にやってしまったことについては触れてもいいが、そのことをその人の判断基準にしてはいけないと考えている。このようなことを実行するのはとても難しい。難しいどころではないかもしれない。そして、過去のことを判断基準にしないことになるとなにで判断するのかというと、現在までの過程を知るということではないかと考えている。

現在までの過程を知るということである。
過去を認めるということは、自分の中だけの話でこれからの話は他人の判断基準に関わるものがメインになると思う。先程書いたように、過去を変えることはできない。そこから、その人がどのように考えてどのような行動をしているかが重要だと考える。これは本当に、悪いことをした後だけの話ではない。良いことをした後にも通じる話だと思う。しかし、この過程というのはなにをしているのかがとても見づらいと思う。もしかすると見づらいどころの話ではないかもしれない。だからその人についてよく調べることが必要なのではと考える。それは良いことも悪いことも過程全てである。これは自分の考えだが、過程がある人はいいやつだと思う。ある事象が起きてそこで止まってしまう人が多いのではと思うからだ。このようなことを含めて、過程が大事だと考える。

そして最後に、未来について語りたいということである。
これはめちゃくちゃ重要ということではないが、必要なことだと思うので付けた。過程を知ることができれば自ずと、これからのことも考えるだろうと思うからである。未来については良いことも悪いことも考えないといけないと思うが、それらを含めて考えることは楽しいと思う。これからどうなるかなんて誰も知らないが、夢とか希望を持つことは大事だと思う。これは自分だけの話だけでなく他人と共有することも必要だと思う。夢とか希望を人に話すことはとても恥ずかしい。それにそれなりにお互いに信頼していないとできないと思う。そのような人がいない時は、どの様な媒体でもいいからとにかく宣言みたいなことをしてみてもいいのかなと考える。それか、ノートなどに自分なりにまとめてみるだけで結構生活が変化するのではと思う。実際に自分は自分のPCにまとめたら、結構それらに向けての行動をすることが多くなったなと思う。

結局なにを言いたいのかが分からなくなってしまったが、なんとなくは伝わったのかなと思う。そして、このような考えを持った映画を作ってみたいと思った。誰か、やらして欲しい。できるかどうかは置いといてやってみたい。

今回はここで終わりです。また、書くので読んでいただけると嬉しいです。時間があれば他のも読んでみてください。

開会式、本当にうまくいって良かった。とっても良かった。これからオリンピックが楽しみだ。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?