日本の美術印刷会社を羅列する

住んでいてあまり実感がないが、日本はその昔印刷大国だった。
和紙という紙の製造方法の確立、浮世絵という木版画の大衆化、写真機の開発能力、もはや歴史的に見ても世界トップクラスの印刷文化成立は必然と言わざるを得ない。統計的に見ても、印刷物の発行数は世界有数だ(った)。オフセット印刷機に関してはドイツと日本の二強だし、高品質オンデマンド印刷機に関してはアメリカのHPは無視できないもののほぼ日本(エプソンとキャノンとリコーとフジ)の一強だ。もっともUVインクジェットはswissQ一強だし、3Dプリンターに関してはミマキ以外国外メーカーに遅れをとっているため、これからより盛り上がっていくであろうオンデマンド印刷に関しては日本一強という時代は終わりを感じなくもないが。

印刷と関係の深い日本だが、アートブックという分野で日本の印刷物は圧倒的に遅れをとっている。そもそも日本のアートの市場規模は非常に小さいため、ある意味当然ではある。
海外ではダミーブックと呼ばれる手製の作品集を自身で印刷製本し、賞に応募したり売り込んだりすることがかなり一般的だが、日本国内ではそのような流れや賞レースはあまり見かけない。ファイリングしたポートフォリオを見せるというスタイルが圧倒的に多く、中には審査員として招致されて、いざレビューする際に困惑する外国人もいるようだ。
私が思うに、本の流通量が多く制作コストの上限が低い古くからのスタイルを踏襲しつづけているために、本というギミックを用いた作品集を作る文化が育たなかったのではないだろうか。
刊行スピードの早い週間・月間漫画や週間アニメもそうだが、日本の芸術文化はローコストでファストな芸術であることが多いように思える。それが悪いことではなく、むしろこうした圧倒的な生産量のカオスから生まれてくる独自の作品は数多くある。だが、ダミーブックのギミックを大量生産の書籍に落とし込んでいくような、ハイコストでスローテンポなアートブックと日本人は元来相性が悪いのではないか?ということだ。

しかし、結果として、日本国内でもマスメディアとしての印刷は死につつあり、小ロット高品質高付加価値の印刷物(つまりアートブックの類である)をどう効率的に制作・販売するかというところに来ている。
DNPと凸版は印刷事業をもはや伝統芸としか認識しておらず、売上としては戦力外という認識だ。
美術印刷会社は来るべきパイの独占を巡って日々しのぎを削っているが、アートブックという市場が拡大しなければ、パイなどそもそも机上の空論でしかない。
こうして考えてみると、従来の印刷が商売として成り立たなくなるその日まで、美術印刷会社を存続させれば勝利者になれるという現在の認識には疑問を持たざるを得ない。

では、なんだがどんよりする話をしたところで、日本の美術印刷会社を羅列してみようと思う。
色々と羅列してみてはいるものの、要は造本装丁コンクールの常連である。
コンクールのページから過去の受賞書籍を見てみるのが最も手っ取り早い。
余談だが、造本において製本会社は言うまでもなく重要な作業を担っている。しかし印刷会社の下請けという形になることが多く、立場が弱いため名前が出ることはあまりない。
大手印刷会社>美術印刷会社>美術製本会社というようなパワーバランスで、美術印刷会社も美術製本会社も下請けの時には名前が出ないのだ。常識的に考えればそうなるのは自然なことだが、こういったところにしょうもなさを感じてしまう。

DNP

言わずとしれた大日本印刷。
ごく最近までフェーズワンの代理店をしていた。美術印刷も手がけるが、下請けを利用することもあるようだ。
ギャラリーを持っていたりアート系のニュースサイトを運営していたり、アートに対する働きかけは結構ある。アートスケープの用語集は計り知れないほど日本の美術教育に貢献していると思う。

TOPPAN

最近名前が変わったらしい凸版印刷。
コマフォト等で有名な玄光社と組んでオンデマンド印刷のサービスを行っている。使用印刷機はindigo。
あまり表立った活動はしていないが、地味にアートイベントや作家支援などで度々名前を見かける。印刷博物館の母体であり、展示の評判はいい。

日本写真印刷コミュニケーションズ

図録などで名前を見かける。複雑怪奇な作りの図録もやってのけるあたり、やる時はやる印象。
オンデマンド印刷機でKM1を所持しており、アート系の出版会社から頼りにされているようだ。噂だとコストと品質のバランスでかなり優秀らしい。KM1はUVで紙の表面にインクを定着させるため、紙馴染みが悪い欠点があるが、うまく扱っているようだ。

ライブアートブックス

大伸社を母体とする印刷会社。アートブックや図録を数多く手がける。おそらく国内で最も勢いがある。
印刷品質もさることながら、グループ企業に制作会社が多いからなのか垢抜けた雰囲気。ライブアートブックス内にもデザイナーが所属しているため、図録のデザインを手掛けているのをたまに見かける。図録デザインはブックデザインの中でも特殊な作業になるため、あのハイクオリティで特異なデザインを内製しているのはかなり驚くべきことである。
近年だと東博の国宝展の図録(あまり画像処理の出来は良くなかった)や中平卓馬展など、コンスタントに大きな仕事を手掛けている。

山田写真製版

金沢の美術印刷会社。オフセットがメイン。理論的で手堅い仕事をする印象。

サンエムカラー

京都の美術印刷会社。高濃度1000線相当の高精細オフセットやアクロバティックなオンデマンドプリントがウリ。
オフセット、オンデマンド、文化財複製、デジタルアーカイブ、芸術家のアートプリントアトリエとして活動しているが、とっちらかっていて何がしたいのかわからない印象がある。
よく言えばなんでもやる精神が見て取れる。青幻舎や蒼穹舎の書籍でよく名前を見かける。おおむね品質はかなりいいが、たまにとんでもなく悪い時がある。

アイワード

北海道の美術印刷会社。写真集などでたびたび目にする。派手さはないが丁寧という印象。手元にあるものだと村越としやの写真集。

東京印書館

東京の印刷会社。良くも悪くも古典的だが、とくに品質が低いとは感じない。森山大道など近現代のジャパニーズフォトをイメージとした顧客が多い。

藤原印刷

長野の印刷会社。写真集というよりはアートブックや文字ものの印象。
ジェットプレスによるオンデマンド印刷も手がける。

便利堂

牙が抜けてしまった印象はあるものの、頑張っている。
受賞者がコロタイプで作品を制作できるハリバンアワードは素晴らしいアワードではあるものの盛り上がりに欠ける印象。

FLATLABO

オンデマンドのアートプリント、額装、インストールを手がけるアトリエ。
イラストレーションの展示では最近よく名前をみかける。
このようなアトリエは都内のフラットラボと関西のサンエムカラーの二択という雰囲気がある。

ふげん社

渡辺美術印刷が運営するギャラリー。
このご時世に写真賞を運営したりコンスタントに写真の雑誌を発行したり、かなり気合いが入っている。
写真集も印刷・出版している。

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