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19th hole(ナインティーンス・ホール) 《ゴルフ・ミステリー》《フー・ダニット&ダイイング・メッセージの謎解き探偵小説》【全三部構成】 【第三回配信/後編・解決編】                               歳池若夫

 仲良し業界人のゴルフコンペで起きたアイアンによる殴打傷害殺人未遂事件。
名探偵男川正朗は、ついに謎を解いた! 自信をもって真犯人の顔に指を突き出す。被害者カラスのおっちゃんが現場に残したダイイング・メッセージの意味が今、明らかにされるッ‼
(今回は最終の後編・解決編になります。前々回と前回に公開した話から先にお読みいただけますと、ストーリー全体をよくご理解いただけます)
【主な登場人物】 
烏谷由伸からすや よしのぶ(カラス先輩・師匠)……大阪難波にある漫画専門書店『烏谷書房』店主。事件の被害者。
男川正朗おがわ まさろう(マーロウ)……自虐癖のある貧乏エロ漫画家。自称名探偵。(迷探偵?)
信貴之端しぎのはた利治(幹事長)……関西書店商業組合の重鎮。
・砂山祐一郎(先生)……太っちょの税理士。
羽犬塚はいぬづか哲夫(ワンテツ)……大阪梅田にある書店の店長。
・羽鳥雅樹(マスター)……大津市内でコーヒーショップを経営。
・高橋亘(バンカーマン)……大手都市銀行の支店長。
・斎藤智弘(トモくん)……元『烏谷書房』店員。現在フリーター。
餘部あまるべさん……音羽山国際カントリークラブのキャディ。 
     ※
・セニョーラ・カラス(今回の後編・解決編だけの特別ゲスト)……『烏谷書房』の気風きっぷのいい女将おかみさん。神奈川出身のハマっ子で、カラスの亭主を尻に敷く瓜実顔日本美女の姐御。

     4

――滋賀県大津市、湖南総合病院。
 病室の窓から琵琶湖が見えた。波一つない静かな湖面に一隻の客船が浮かんでいた。船尾に変わった外輪をつけている。
「ああ、あの船な、琵琶湖周遊の人気の遊覧クルーズ船や。アメリカにある五大湖のひとつと同じ名前が付いてるで」
 ベッドの上に体を起こし、頭を包帯のターバンで巻いた入院患者が指を差して言った。
「船内にはバーやレストランがあって、夜のナイトクルーズなんか、若いカップルにはえらい人気らしいで。琵琶湖っちゅうのはとにかくだだっ広く、気分はUSA・イン・ジャパンなんやて。さしずめ大津なんかは、日本のシカゴ市って事かいな」
 学生時代から社会人時代にかけての大先輩。その後もだらだら続く親友悪友であり、良き相棒で喧嘩相手でもある大阪の中小書店経営者氏は、やや痩せてはいるが、いたって元気である。その証拠に、ベッド下に缶ビールの空き缶がいくつか隠してあるのを男川正朗おがわまさろうは見つけてしまった。
「間もなく退院ですね。カラス先輩」
「ああ、もっとゆっくりしたいんやけど、そうも言うてられへん。本屋は体が資本やさかい。そんで、店の方はどないなってる?」
「ええ。ご心配なく。斎藤智弘君が店のレジ番や仕入れに駆け回って頑張ってくれてます。張り切って、一所懸命マンガや雑誌を売りまくってますよ」
「そうか。ありがたいの。思えば、あいつにはリストラで嫌な思いさせてしもうた……」
 カラス氏は髭だらけの顔をごしごし擦った。
 病室のドアが開き、エプロン姿の女性が現れた。
「あぁら。誰かと思えば、マーロウ先輩じゃん。いらっしゃい」
「これはこれは、どうも、カラスの奥様。大変ご無沙汰してます」
「うふ。男川先輩ったら、相変わらず優しさだけが売りのメイ探偵さんやってるのね。例によって、自虐と自嘲と自爆の日々を邁進してるのかしらん」
「はは、相変わらず美しい花のような唇から、きつい言葉がぽんぽん出て来ますね。はい、不肖男川正朗、カノジョも女房もいない歴三十三年。ハードボイルドというより、半熟のままの永遠の夢追い人であります」
「なんかねぇ、男川さんて、女よりも男とデキちゃうBLタイプのキャラなのかしら。ウチのカラスの宿六男は、マーロウならぬ可愛い後輩の麻呂まろちゃんと年中乳繰りあってるって噂もあるのよ」
「おいおい、何言うてんね。やめれ」
 ターバン男が慌てふためく。
「ふふん。いいわよ。何だったら、こんなブラック亭主なんか熨斗のしつけて差し上げるわ。なんちゃってね。ふふ。じゃあ、どうぞごゆっくり。グラシアス、お江戸から来た名探偵さん」
 セニョーラ・カラスは夫に負けず明るい声でからからと笑い、病室を出て行った。
 実をいうと、瓜実顔が昭和時代の女優のように麗しい横浜出身の彼女は、男川正朗と烏谷由伸の凸凹デコボココンビに古くから関わっている因縁深い女性でもある……
「いやぁ、いい奥様ですね。大阪の店の帳簿計算は、カラスのおっちゃん社長兼店長のいない間は、ずっと彼女がやってくれてますよ」
「ホンマ?」
「ええ。カアカアとやたらうるさい本屋気質の真っ黒親爺がいなくなっても、ナニワの街の烏谷書房は、明るい若女将さんと出戻り店員の二人でうまくやってけるみたいです。その方が本や雑誌の売り上げが上がったりして」
 と、きつい一発をカマしてから、男川は真面目に本題に入る事にした。
「で、……犯人は起訴されるみたいです」
「あいつは、自白したんかい?」
「いえ、相変わらずのらりくらりとしているみたいですが、時間の問題でしょう」
 男川はあの日のゴルフ場でのそれからの事を思い出していた。
 
     5

「犯人は貴方あなただっ!」
 男川が指を突き付けた相手は、椅子から飛び上がった。
「ば、ば、馬鹿言うんじゃねぇ……なんで。なんでだよ。なんでそんな……」
 茶色に染めた髪を振り乱し、三角に吊り上がった凶悪な目が男川正朗を睨みつける。
 男川は負けじと睨み返す。
貴方あなたは、さっき、グローブに関する僕の推理を高橋支店長さんに否定された後、こうおっしゃいましたよね。――『他人のゴルフグローブをわざわざ一枚盗み取らんでも、予備グローブを何枚も持って来た人間なら、誰でもそれは可能なはず』――とね。でも、僕は、前の僕の発言の中で、問題のグローブが盗まれたものだとは言っていない。僕は、犯人は『急いで一枚別にグローブを確保する事にした』としか口にしてないのに、貴方はくだんのグローブが『盗まれた』ものと認識していた。本来、それが他人から奪われたものであると知っていたのは、僕たち先発第一組の四人と、キャディの餘部あまるべさんだけだったはず。後発第二組の貴方たち四人は知らなかったはずですよ」
「そ、それは……午後のスタートん時に俺は耳にしたんだよ。誰だか忘れたけど、そういう話を誰かが誰かにしてんのをポロッと聞いちまったんだよ」
 若づくりの茶髪中年男は、頭に血が昇ったのか、それまで流暢に喋っていた地元関西弁をすっかり忘れてしまったようである。
 男川は、後発グループの残り三人を順番に見た。
「第二組の中でどなたか、前の第一組で起きたグローブ盗難の話をこの御方おかたにされましたか? というかそもそも、時間的にまだクラブハウスのレストランに残っていた第二組の信貴之端さんや砂山さんや羽犬塚さんは、前の組で起きたその騒動をご存知でしたか?」
 三人は揃って首を振った。
「では、前の組にいた高橋さんと斎藤さんにお聞きします。例のグローブ盗難の一件を、後からコースに出て来る第二組めの四人または三人または二人、もしくはこの御方単独に話しましたか?」
 高橋と斎藤は強く首を振った。
「じゃあ、我々と一緒に回ったキャディの餘部さんにも聞いて来ましょうかね」
 男川は外へ出て行き、すぐに戻って来た。
「キャディの餘部さんもグローブ盗難の件は口外していないと言ってます。つまり、第二組めの人たちは、烏谷由伸社長のグローブが盗まれた一件は認識してなかったはずなんです。その件を第二組めの四人の中で知り得た人間は、実際に無人カートから烏谷社長の左手用ゴルフグローブを盗み取り、それを裏返しにして素手の利き腕の右手の方に嵌めて、両手とも指紋を隠す状態にして、13番ショートホールの屋外簡易トイレの裏で待ち伏せて、烏谷社長の頭にアイアンを振り下ろした人物ということになります」
「………」
 威勢のいい関東の言葉はもはや返って来なかった。
 男川はたたみ掛ける。
「それに、アイアン殴打事件が起きた時に売店休憩所の屋外にいたのは、コンペメンバーの中では、素振りの練習に行くと言っていた信貴之端幹事長さんと、この僕と、そして、今目の前にいるこの御方の三人だけだったはずです。アイアンの振り方を練習をして来ようと僕が口に出した直後、この御方が『私も』と言ったのは、他の皆さんも聞いていたはずです。つまり、この御方こそが、休憩所の外に出入り口が設けられているトイレに近づく事が出来たわけです。烏谷由伸社長を襲う事が可能だったわけです」
 この御方おかた――茶色い髪した喫茶店経営者は黙っていた。目を吊り上げ真っ赤になっていた顔は一気に色を失っている。無理に口元に笑みを作って強がっているが、首から下が震えているのは明らかだった。
「じゃあ、烏谷社長の口にあった例のサンドウェッジのアイアンは、どういう意味なんですか?」
 斎藤青年が声を上げた。
 男川は彼の方を向き、優しい声で答えた。
「よくぞ聞いてくれました。あれはね、まさに乾坤一擲けんこんいってきのメッセージだったんだよ。カラスのおっちゃんらしい、ウィットに富んだやつでね」
 男川は、タオルにくるまれた信貴之端利治翁のゴルフクラブを取り上げ、手に持った。
「これはサンドウェッジのアイアンだけれど、別にサンドウェッジである必要も意味も無かった。ドライバーでもピッチングでもパターでも何でもよかった。要するに、細長い棒なら何でもよかったんだ」
 アイアンを両手で水平に持ち、口の近くに持って行った。
「これはナゾナゾ風クイズになるけど、カラスが嘴の所に細長い棒を横に置いたら何になる? 漢字を使ってごらん。《からす》を漢字で書いて、口にあたる場所に横棒一本だ」
 斎藤青年は、はたと手を打った。
「そうか、《とり》だ! 《からす》の字体のちょうど口にあたる所に横棒一本線を足せば、《とり》になる!」
「その通り。烏谷からすや由伸社長は、スタート前の名刺交換会の時に、高橋支店長さんから自分のお店の屋号を、阪神タイガースの往年の名選手と同じ読みの《トリタニ》書房と読み間違えられた事を覚えていた。普段からそうやって間違えられることが多かったんじゃないかな。なので、このよく似て異なる《からす》と《とり》の字には、特別な思い入れがあったんだと思う。そして、カラス――烏が嘴で、木の枝でもはしでも扇子せんすでも何でもいいから一本の横棒を咥えたら、bird――鳥に変身するという古典落語じみた小咄を、先輩はいつもあれこれ口ずさんでいたはず……」
 ちょっと居住まいを正した。口調も柔らかく改める。
「……だから、ゴルフクラブで殴られた後に、カラス先輩は激痛に耐えながら、咄嗟にその事を思い起こしたんでしょう。たぶん外傷性ショックで舌も指も痺れて思うように動かせない状態だった先輩は、自分を襲った暴漢の正体を伝えるには最上と判断し、残る力を振り絞って、カートの所へ這って行ったわけです。どのバッグでもいいからとにかくゴルフクラブを一本抜き出して、横にして自分の口にくわえる。誰かがその意味するものにきっと気付いてくれるはず……そう願って意識を失って行ったんです」
 男川は、隣にいる砂山税理士から預かったスコアカードを手に取った。
 スコア記入欄には、冒頭に後発第二組メンバー四人の名前の略称が記されてあった。――《砂》《信》《犬》《とり》。
「つまり、《砂》イコール砂山税理士先生。《信》=信貴之端幹事長。《犬》=羽(犬)塚店長。そして、最後に残る《鳥》の字の人こそが……」
 みなまで言い終わらないうちに、目の前にいる茶色いトサカ頭の《羽(鳥)雅樹》はぶつぶつ呟きながら下を向いた。反論や弁解ではなく、「畜生」「ふざけやがって」とか「ヤバい」とか汚い関東の言葉が聞きとれた。  
 喝破した名探偵男川正朗は、驕る事無く顔を引き締める。
「事件解決の明快なヒントは、まさに普段のゴルフの中に堂々と晒されてあったわけです。なお、念のために砂山先生にお訊きしますけど、先生のこのスコアカードには、同行メンバーの名前が定番のアルファベット頭文字ではなく、わざわざ漢字一文字で書かれてあります。それはどうしてですか?」
 太っちょ税理士が答える。
「どうしてって、そりゃま、我々のゴルフコンペ常連メンバーには《S》のアルファベット頭文字の人がぎょうさんおるからですわ。スコアカードにアルファベット文字で書いたら、誰が誰だか区別つかんでややこしなりますやろ。だから、我々はいつもそれぞれの名前の漢字頭文字を使つこてるんですわ。しかも、名字の頭に《羽》の字が付く人間が複数おるもんで、そういう人の場合は、2番目の字の《犬》とか《鳥》の字使つこてるんです」
「なるほどなるほど。それらの一文字漢字が符丁としてメンバーを特定するわけですね。ちなみに、その《とり》と紛らわしい頭文字で始まる烏谷からすや由伸さんの場合は、どんな符牒の字を使うんですか?」
「ああ。奴の場合は面倒くさいんで、いつだって、カタカナで、カラスの《カ》ですわ」
 パトカーが到着した。
 林の中のカート道を緊急で爆走して来た白黒ツートンの車に驚いたらしい本物の鳥類のカラスが、フェアウェイの緑の上をちょんちょんと走って逃げて行った。
 
     6
 
 病室のドアが開いて、若い看護師の女性が入って来た。
「はいはーい、カラスのおっちゃーん、検温の時間ですよぉん」
 腰の肉付きのやたら豊満なセクシー看護師は、尻を振り振りベッドに覆い被さると、厚めのタラコ唇を突き出して入院患者に擦り寄った。
「あーん、してね。素直に体温を計ってね。でないと、ルミ、困っちゃぅ」
 病床患者はヘラヘラしながら体温計を咥えた。口の中に一本横棒を置いた〝からす〟が、ふやけた顔のアホウ〝どり〟になった。
 男川正朗は、この場に烏谷書房の女将がやって来ないかひやひやした。
「じゃあね。おっちゃん、バイバーイ!」
 セクシー看護師は嵐のように去って行った。
「相変わらずですね。先輩も。本当は退院したくないんじゃないですか?」
「アホ言え。それより、さっきの話、あいつ――羽鳥雅樹の動機は何やったんや? ワシはあいつに恨まれる覚えが全く無いんや」
「それが、彼はのらりくらりしてるようで、はっきり自供していないんです。でも、警察の話では、どうやらカラス先輩を他の誰かと勘違い、ひと間違いで襲ったというのが真相らしいです」
「ひと間違い? 誰とや?」
「キャディの餘部あまるべさんです」
「なんやとッ! なんでワシとあの女を間違えるんや」
「先輩が売店の外の女子用簡易トイレに入ってたからですよ。しかもカラス先輩は、ゴルフの当日は女性みたいなポニーテイルの髪型をしていました。着ていた服の色も、キャディの制服によく似たライトグリーンだったし。女子トイレのドアの近くで息を殺していた犯人の羽鳥は、トイレから出て来た女性そっくりの男性烏谷由伸氏に対し、ろくすっぽ確認もせずに思いっきり凶器のアイアンを振り下ろしてしまったようですね」
「なるほどな。で、そんな羽鳥は、何であんなオバチャンを殺そうとしたんや?」
「オバチャンとはいっても、あのキャディのおねぇさんは結構チャーミングで肉感的だったじゃないですか。男をその気にさせるようなフェロモンがムンムン出てたし。……羽鳥雅樹は、以前から彼女とデキてたようですよ。今回の事件は、世間のどこにでもある男と女の痴情のもつれが原因なんでしょうね」
 一拍置いてから、えへんと咳払いした。
「深く聞いた話によると、羽鳥はだいぶ前にここでゴルフをプレイした時、キャディで付いた餘部さんに一目惚れして、強引に彼女を口説いたらしいです。それからも人目を忍んで男と女の関係を続けていたみたいですが。ちなみに、キャディの女性と男性客がそういう関係に陥る事も、ゴルフ界の隠語では、特別『19番ホール』というみたいですね」
 男川正朗はそう言って、いたずら小僧みたいに舌を出した。
 ターバン姿のおっちゃんが口をへの字に曲げる。
「ワシらの『19番』はそんなんちゃうわい。……まあ、少しは似ているかもしれへんがな。おい、マーロウ、おどれはワシらの『会長賞』の意味を知ってるんかッ?」
「ええ、自分でよく考えて知りましたよ。ここ琵琶湖の周辺には、今は以前ほど派手ではありませんが、知る人だけが知っているという小粋な歓楽街パラダイスがあります。そこに赴いて、『会長賞』賞品として高級店の女神ビーナス嬢に夢の時間を与えてもらえるっていう趣向だったんでしょう」
「なんや。気づいてたんか。うんうん、ワシも今回こんな事にならへんかったら、その場所へ行ける権利貰えたんやけどな。うんうん、実に残念」
 病室のドアがノックされた。
 カラス氏が慌てて口に人差し指を立てる。お茶と生八つ橋をお盆に載せて入って来た烏谷夫人の愛くるしいエプロン姿に、男川はちょっと胸がときめいてしまうのだった。
「どうぞ、召し上がって。エッチな絵本作家の男川麻呂まろ先生、じゃなくてマーロウ先輩」
「ありがとうございます、セニョーラ・カラス。で、今日は実は、僕は、信貴之端幹事長はじめゴルフの会の参加メンバーたちから預かって来た物があるんです。仲のいいカラスご夫妻にプレゼントするようにって。これなんですけどね」
 男川はポケットから一通の封筒を差し出した。
 封筒の表には、達筆のお地蔵さんが毛筆で書いたらしい『19th holeナインティーンス・ホール 特別賞』の文字があった。
「お、おい。何やそれ!? おい、聞いてへんぞ、何やねんそれは。おい、やめれッッ」
 ターバン男が慌てふためく。
「まあ、何かしら、特別賞って? ……わあ!」
 封を切ったカラス夫人の顔が輝いた。 
「ラッキー。私、これ、前から一度乗りたかったのよぉ。そこに寝転がってるブラック亭主が無事に退院したら、一緒に乗りに行くわ」
 宝塚女優みたいに全身が華やぐ。「それとも、店の若いアミーゴ斎藤君を誘って、二人だけでこっそり行っちゃおっかな。うふふ、グラシアスじゃん。私、ほんっとに、めっちゃ嬉しいわ!」
 病室内でステップを踏んで舞い踊る美女セニョーラ・カラスの手に握られていたのは、琵琶湖観光遊覧船ナイトディナー・クルーズのペアチケットだった。
                                    ――――了
 
 
 
(この作品はフィクションです。登場する人物や、ゴルフ場や団体や、作中に描かれた事件やゴルフ・プライベートルールや、某歓楽街の高級店の話は、すべて架空のものです)
(※物語の終盤に唐突に出て来るセニョーラ・カラス――烏谷夫人の人物像については、本作より先に紙の単行本にて発表した『EVIL WAYS ~冥境道行1990~』(カラス&マーロウ・シリーズ第一作)の中で詳しく述べております)
Ⓒ Toshiike Wakao 2019

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