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《近未来大相撲熱血?小説》《短編小説》   『It's only GOD chanced death!~たかが、ごっちゃんデス~』     歳池若夫・作


 目の前に、つんつる頭から湯気を立ててる下膨れ饅頭顔オヤジがいる。
 俺は、マゲをちょびっと揺すって、「ウス。すいませんっス。今後はじゅうぶん気ぃ付けるんでー」ボソボソ答えてやった。
 とたんに、後から、我が師匠の強烈な膝折り蹴たぐりが飛んで来た。
「てっ……!」
「馬鹿野郎ッッ! 声が小せぇんだよッ!! 真面目に頭下げんか。理事長閣下にきちんと謝れッ。そう、土下座だ。おめぇ、手と足と頭を床に擦りつけて、心の底からお詫びしろッ!!」
 親方の怒りは収まらない。俺の後頭部と背中をもろ手でぐいぐいどしどし押して来た。
(うおおおおおっ、ざけんなよ。力士が手も膝もついてたまるかよっ!)
 俺は現役大関張ってる意地で、腰を割ってぐっと堪えた。背中に得意の左上手を回し、親方の4Lサイズのズボンのベルトを掴んだ。変則背負い投げの要領で相手の上体を宙に浮かせる。
 そのまま逆摺り足で後方に出る。理事長室の狭い部屋の中で、本割並みの熱戦だ。
「こ、こ、こらぁあッッ、この大馬鹿モン。そんな技と力が出せるんだったら、なんでおめぇは今より上の番付に行けねぇんだよ。この大タワケの大マヌケの恥知らずのノータリンめがぁあああッッッ!!」
 背中に乗った親方が怒鳴りまくり、眼前にいる饅頭顔オヤジも、口をパクパクさせて何か言ってた。でも、聞く耳を持たない俺は、絶対にここで土なんか付けられねぇと、そのままの態勢で一気に後退する。スーツにネクタイ姿の師匠を土俵の外、理事長室ドア外の廊下の花道に送り出した。
「……ふぅううう。ごっちゃんス。今日は、めったにやれない後ろ凭れに居反りの合わせ技を使って星拾いましたァ」
「阿呆ッ! スカタンッ! 悪魔! 鬼! 師匠に恥かかせやがって……うう、嫌だ嫌だ。こんな不肖の超絶大馬鹿弟子を持たされて、オレは角界で一番不幸な親方だ。うおおぉぉおーん……」
 二人絡み合ってグチャグチャの団子状態になって、国技館の外に出た。タクシーを何とか拾い、親方を後部座席に無理矢理寄り倒して押し込み、両国の街を辞した。

「本当におめぇはウスラトンカチだ。本来ならば即刻マゲを切らされる所だったんだぞ。そこんとこ、ちゃんとわかってんのかぁ?」
 車の中でも、師匠の親方はまだグタグダ怒鳴ってる。
「わかってるっスよ。ふんんッ」
 俺は鼻で返事してやった。
「わかってねーよッ。このトーヘンボクがぁ。本場所中の、しかも勝ち越しが掛かってるこんな大事な時にヘタ打ちやがって。よりによって甲子園の高校野球大会を利用してトトカルチョやってただと? しかも、仲間の力士や行司や床山まで巻き込んで胴元やってただなんて……週刊誌にスッパ抜かれてメディアから袋叩きになりやがって……お相撲さんが野球でみみっちいバクチやっててどうすんだよ! 情けねーよ。本当に情けねーよ。ようやくコロナ禍も終息して、大相撲もさぁこれからだって時なのに、よりによってウチの部屋からスキャンダル騒ぎ。……やってらんねーよ。ったくもー、頭ん中が腐った糠味噌だらけのチンカス弟子持ったら、相撲の親方なんかやってらんねーよッッ!!」
 黙ってしおらしく聞いていた俺だが、だんだんムカついて来た。
「……うぜーよ」
「何だとぉッ! 貴様ッ! 親方に対してその態度は何だ?」
「わかったっスよ。わかりましたって。はいはい。申し訳ありやせん。すんましぇーん。親方様。親分様。反省してまーす。以後じゅうぶん注意しますんで。ソーリー、サー、マイ、ボス」
「……ったく。クソッタレの出来損ないの、ド腐れ外道の万年ヘタレ大関がぁ。で、どうすんだ? おめぇ、今日から休場すんのか?」
「いーや。しねっスよ。当然っしょ。こちとら大事な勝ち越し掛かってますんで」
「出ても勝てんのかよ。こんな状況で?」
「勝ち負けは別として、逃げたくはないっス。俺は」
「う、うぅむ。……よし。その意気だ。絶対に勝てよ。そうなんだよ。相撲取りは強けりゃいいんだ。強けりゃいい。勝てばOK。勝てば、何でも良しで何もかも帳消しだッ!」
 親方は俺の背中をどすんと叩いた。
 現役時代は今の俺より格下の関脇どまりだった我が師匠(現役時代は、シコ名は嚴大鯨『いわほえーる』を名乗っていた)だが、その潮を吹き上げるような怒涛の突っ張りは、今でもじゅうぶん威力がある。
「ご、ごっちゃんデス。まかしといてちょっス!」
 俺は、自分の口から出た強気の言葉と裏腹に、小さなタメ息を鼻からそっと吐き出すのだった。

ホワイトタイガーフテ寝


 錦糸町駅のガード下の奥、ピンク色のケバいお水系看板に埋没して、俺が所属する相撲部屋のビルはひっそり看板を掲げている。そこは、もともと潰れたソープの建物だったものを、ドケチな親方が格安で手に入れてリフォームしたんだそうだ。
 周りにハイエナマスコミが張ってないのを確認して、少し離れた場所で俺だけがタクシーを降ろされた。
「じゃな。オレはこれからスポーツ新聞各社を廻って、上のお偉いさん方になんだかんだ言い繕ってあれこれ根回しして来っかんな。それが終わったら、すぐに国技館に向かう。おめぇさんは、着替えて早めに支度部屋に入ってろ。下っ端のハイエナ記者に取り囲まれても、間違っても相手を挑発すんじゃねーぞ」
「ウス」
 俺はマゲの先をビーパップにスイングさせ、流行りのアニソンを鼻歌で呻りながら、雪駄をスキップでちゃっちゃと鳴らした。

 我が相撲部屋の玄関を開けると、いそいそ出掛けようとしていた留袖姿の小粋な女と出くわした。
「ウス。おかみさん、ただいま戻りましたーっス」
「あらぁ、タイガー、お帰りぃ。意外と早かったじゃんよ。アンタ、ちゃんと理事長さんに頭下げて来た? 許してもらえた?」
「……え、ええ。まあなんとか……へへっ」
「アンタ、まさか、理事長の前で、ウチの親方とプロレスなんかしなかったわよね?」
「も、もちろんっスよ。がはははは……」
「そう。あー、安心した。アンタもウチの人もどうしようもないパープリンだからさぁ、二人とも雁首揃えて獄門晒し首になったんじゃないかと心配したのよねー、あたし」
 女は太い金筋が何本も入った腹帯を豪快に叩いた。
「まあでも、タイガー、アンタはすごい強運の星に生まれてるもんね。いつだって黒星をオセロみたいに白に裏返ししちゃうじゃん。土俵際の大逆転で。神ってるつーかさ。いや、神とゆーより冥界の魔王って感じよね。大したもんよ」
「ウス。ごっちゃんです。それより、おかみさんこそ、そんなチャラチャラ着飾っちゃってぇ。まーた、こないだみたいな変なバイトに行くんスか?」 
 俺の視線は、留袖の着物の後ろに鎮座するデカい尻に釘付けだ。Tバックのパンティラインが和服の生地にくっきり浮かんでいる。正面や横から見ても、本人自身がいつも自慢してる大型力士並みの超巨乳がブルンブルン揺れてらぁ。
「やだ、何言ってんのよー。失礼ねぇ。バイトじゃないったら。タニマチの代議士先生に呼ばれたんじゃん。例によって、政治資金集めのパーティ会場のコンパニオン係だってさ。ふふん」
 女は、極妻みたいにねじねじアップでまとめた髪に手をやり、「ほらぁ、あたしってさ、自分で言うのもナンだけど、華があるっしょ。角界一のセクシー美人おかみって言われてるしぃ。うふっ、匂い立つ襟足と口元の泣き黒子がチャームポイントなんだって。陰でジジイ転がしって呼ばれてるもんね。インポオヤジどもをビンビン立たせちゃう魔性の女ってわけね。うふふのふん」
 泣き黒子の横に可愛い笑窪までこさえやがった。この女、俺より十個も年上の三十半ばだけど、昔はバリバリのヤンキーだったらしい。中学の時には援交やってたという噂もある。高校中退してこっそり裏モノAVに出てたという伝説も。とにかく派手でやんちゃな不良女だ。いや、俺も、人の事はあれこれ言えないんだけどな……
 ちなみに、彼女が今着ている留袖の着物の柄は、旦那である親方の現役時代の化粧マワシを真似て、銛を持ったエイハブ船長を呑み込もうとするマッコウ鯨を描いた特注の多色染めだ。
「じゃあね、タイガー。あたしは、相撲部屋のおかみさんとしてしっかり営業活動して来っかんね。アンタもしょぼくれて便所でマスばっかりかいてないで、土俵の中でも外でも、突っ張って突っ張って、ガンガン気張りぃや」
 気風のいい瓜実顔の美人。匂い立つ白い透き通った襟足。誰もが魅入られてしまうタラコ唇と、その横の淫乱泣きぼくろ。
 ああ、その魔性にぜひ、我が身を預けてみたい。
 この女と寝てみたい。一戦交えたい。くびれた腰を、もろ手で抱えて思いきりガブってみたい。股を割って、イッパツぶちかましてやりたい。ヒイヒイ言わせて、徳俵いっぱいまで押し込みたい……
 でも、それをヤルとしたら、俺の負けが続いて大関陥落して、ヤケクソになって角界を去る時だろう。たぶんな。

 国技館には、裏口にハイヤーを着けてもらった。
 背中を丸めてこそこそ支度部屋に向かう時、お茶屋の横で、めざといファンたちに捕まった。
「あ、タイガーだわ。きゃー、わー、きゃー」
「負けないで。タイガー。私はあなたの事信じてる。あなたは潔白よ。あなたは絶対に正しいの。もっと胸張ってー。頑張ってー!」
「勝って勝って。ロックオブタイガー。ロックは鋼鉄のように固い嚴。誰も打ち砕く事の出来ない史上最強のお相撲さん……わー、きゃー」
「大好きよ! タイガー。わたしと結婚して。わたし、貴男の部屋のおかみさんよりも、ずっとずっと立派な真面目なおかみさんに将来なったげるぅ」
「愛してる。ああん、抱いて、タイガー。アナタの岩みたいに硬くて強いのを私にちょうだい。大きくて逞しいのを思いきりブチ込んで。あふん、ああん、きゃー」
 俺は最上の笑顔をこさえ、太い人差し指と中指を揃えて投げキッスしてやった。
「センキュー。今日もボク、頑張るっし」
 でも、中には、アンチもいやがるんだな。
「このダメ虎クソ変態万年大関めが、死ね。国技の恥晒し!」
「てめーなんか、さっさと負け越ししやがれっ。平幕に落っこちてしまえ。尻尾巻いて引退して、そん後は、覆面プロレスラーでもやってろ」
「るせぇ! オメーラ、噛み殺すぞッ!! ぐわぉおおお」
 俺は吠える。野獣のように。冥界の魔王のごとく、にだ。

虎岩2


「大関、今日のシメ込みは何で行きますか? いつもと違うヤツで行きますか?」
 西の支度部屋で、俺の舎弟分で付き人やってくれてる幕下の嚴戦士(いわふぁいたー)が訊いて来た。
「うん。そうだな。ま、こういう時だからな。深く反省の意を示すため、『シロ』のシメ込みで花道に登場ってのもいいかもな」
 俺は小指で鼻くそをほじくりながら返事してやる。
「じゃあ、真っ白で行きますか?」
「うん。でもなぁ、それもアザといよなぁ……やっぱし、いつものヤツでいんじゃね。俺は俺だかんな。やっぱり俺のキャラってのは、あれしかねーもんな」
「わかりました。じゃ、いつものヤツで行くんスね」
「ああ。頼むわ」
 俺は胸を張り、ほじった鼻くそを付き人のマゲに擦り付けてから両手をバンザイにした。
 舎弟分の嚴戦士と、やはり付き人の序二段の嚴獅子(いわれおん)の2人が、いつものように手慣れた手順で俺の下半身に、愛用の俺様専用のマワシを巻き始める。

「大関、お待たせしましたッ。バッチリ決まってます」
「おうッ。御苦労だった。ごっちゃん」
「行ってらっしゃい」
「おう。じゃな。一発ブチかましてくるぜ。懸賞金持ち帰ったら、こないだ没収されちまったトトカルチョのテラ銭代わりに、お前らで山分けしろい」
「ごっちゃんです」
「ごっちゃんっス」
 付き人2人に見送られて、俺は国技館の西の花道に足を踏み出した。

 満員御礼の札が下がり、照明がまばゆい土俵に足を掛けた俺を、大歓声が迎えた。その大歓声の中には、半分近くブーイングが混じっている。
 何くそっ。勝てばいい。勝てば、何もかも帳消しだ。その正義の味方ぶった一般大衆どものブーイングを、この俺様の実力で全部賞賛の声に変えてやるぜ。

 正面の放送席でNHKのアナウンサーが興奮してまくしたてている。
「さあ、週刊誌や新聞テレビの報道で現在大炎上の渦中にある西の張り出し大関・嚴猛虎(いわたいがー)が、責任をとって休場するのではないかという世間の噂を振り払うように、ふてぶてしく肩を大きく揺すって土俵に上がって来ました。しかも、世間の疑惑の視線をあざ笑うかのごとく、いつもと同じ3色のトリコロールの派手なマワシをしめて登場です。高校野球の賭博行為で世間から非難されている事を何ら反省していないかのごとく、トレードマークの甲子園猛虎球団カラーの、白と黒と黄色のタテ縞特別デザインのシメ込みです。場内は大歓声と抗議のブーイングで騒然となっています。人気悪役大関・嚴猛虎、やんちゃ不良力士・いわたいがー。通称・ロックオブタイガー。白黒黄色の混迷の色に染まって、冥界に住まう野獣魔獣のごとく両の目をギラつかせ、真円の土俵上に降臨ですっっ!」

 俺は、塩をてんこ盛りにした右手を思い切り高く振り上げた。白黒黄色の3色トリコロールカラーの我がシメ込みをパンパン叩き、気合いを入れた。

 仕切り線の向こうを睨みつける。
 今日の相手は、同じ弱小大関仲間の巨兎(じゃびと)の野郎だ。
 奴の黒とオレンジ色のジャイアンツカラーのみっともないシメ込み姿を一瞥し、こいつにだけは絶対負けてたまるかと、ヘタレなウサギさんなんぞ、ひと噛み一撃で土俵に這わせてやるぜと、闘志をメラメラ燃え上がらせる俺なのだった。
 ぐわおぉぉおおオッッ!!


虎岩3

(言うまでもありませんが、この小説はフィクションです。登場する人物や力士はすべて架空のものです)

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