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《SF?ショートショート》  宇宙最強新兵器 N-APP(ナ・ダブルピー) 紙芝居風、空想科学小説   掌編小説シリーズ・3    歳池若夫・作

 

 やあやあ、ごめんごめん。遅れちゃって、ごめんね、皆な。
 いやあ、自転車がパンクしちゃってね。修理すんのに手間取っちまったんだ。うん、それでも皆な待っててくれたんだなあ。うん、おじさん嬉しいよ。うんうん。
 さあて、それじゃ、お待たせです。今日持って来た最新のお話を始めるよ。
……おおっと。そうか。ごめんごめん。その前にまず、いつもの味噌せんべいね。味噌せんべい。三枚で150円と。やっぱり、これが一番美味いでしょ。
 はい、そこのボク、お釣り50円ね。  
 えっと、そこのお嬢ちゃんは? ミルキー飴? うん、虫歯に気を付けるんだよ。寝る前には必ず歯を磨いてね。
 さてと。いいかなそれじゃ。カシーンカシーン。
 さあさ、始まり始まりー。今日のお話は……ジャジャーン!

             ※

《宇宙最強新兵器 N-APP(ナ・ダブルピー)》
 時は西暦2621年。今から600年も未来のお話。
 我ら地球人は、高度に発達した科学文明を駆使して次々と宇宙を支配して行った。火星も金星も水星も木星も土星も、天王星も海王星も冥王星も。はたまた太陽系外宇宙も。銀河系の果てまでも……弱い者は叩きのめし、歯向かう敵は打ち滅ぼし、服従する者は隷属させ、圧倒的な実力で大宇宙の覇者に駆け上がって行った。
 でも、そんな地球人でも、第3ギャラクシー系M79星雲にあるジンゴー星だけは、どうしても支配下に収める事ができなかった。今まで何度も何度も最新の強力な兵器と優秀な攻撃隊員たちを載せた宇宙戦艦がジンゴー星に向けて発進して行ったが、成果をあげて地球に戻って来れたものは一隻もなかった。どうやら、敵であるジンゴー星人は、地球人と同等またはそれ以上の強力な軍事力、高度な科学文明を持っているらしい。
 このままでは、我が地球人の輝かしい未来はどうなるのだ……?

             ※

「くそう。何としても奴らを叩き潰してやらねばならぬ。打ち倒し、破壊し、焼き払い、皆殺しにして完膚なきまで潰し、滅ぼしてしまわなければならない。さもなければ、輝かしい我ら地球人の前途に暗雲が掛かってしまう」
 地球連邦宇宙軍の総司令官を兼ねる連邦大統領ガースー将軍は、ニッポン州カゴーシマ区にあるターネガーシマ連邦宇宙軍基地の司令官室の窓辺で、大小の星が瞬く夜空を睨みつけて唇を噛んでいた。
 高度に発達した科学文明とは裏腹に、現在の地球人社会は様々な問題を抱えているのだった。CO2に厚く覆われてしまったオゾン層。人類や生物類が正常な生活を送れるのが困難なくらい温暖化が進んだ自然環境。人口の局地的な急増と局地的な急減によって崩れてしまった地域間経済バランス。思想や宗教や価値観の分断によって世界中に敵対意識や憎しみが溢れ、今この時でもあちこちで小戦闘や小競り合いが起きている。穀物や畜産物や海産物の収穫高の減少は、一触即発の爆弾を世界中各地に抱えているような状況だ。だからこそ、ガースー大統領兼司令官の両の眼は、憎き最大の敵ジンゴー星に向けられる。
「奴らがすべて悪い。我ら地球人がこのように悩み苦しまねばならぬのは、すべて奴らジンゴー星人のせいだ。奴らが滅んで宇宙から消えて無くなってくれれば、我々地球人の悶々とした日々は解消されるッ」
 ガースー大統領は、自分の出自であるニッポン民族が何世紀も受け継いできた得意技の問題点すり替え術、責任転嫁術を駆使して、手詰まりの現状を打開しようと躍起になっていた。
 とはいえ、とにかくジンゴー星人は手強い。戦況はすっかり膠着状態。今のところ先方からこちらに攻めて来る気配が無いのでひとまず安心できるが、攻撃は最大の防御。出ると負けばかりの戦では、何とも情けない限りだ。

             ※

 うおっほん。あっと、ちょっと失礼。水飲ませてね。ゴクゴクゴク。
 ふう、中断してごめんね。おじさん、齢とっちゃったから喉がかすれる事あるんだ。
 さあて、再開再開……

             ※

 と、そこへ、21世紀ドナルドT記念・国際武力兵器開発機構のお荷物研究者、メンドゥーサ博士が足早にやって来た。
「ガースー総理……じゃなかった大統領閣下、喜んでください。永い間お待たせしましたッ」
「何だ。いつも面倒臭い事ばかり言って来るメンドゥーサ博士じゃないか。また、つまんない与太話をワシん所に持って来たのか。あー、めんどうさ」
「ち、違います。今度ばかりは本当の本物のホンマモンです。とうとうできました。今度こそ、最強の新兵器が完成しましたぞッ!」
「何ぃ、新兵器だと?」
「はい。努力と挫折と再起と奮迅の日々幾星霜、やっと出来ました。ようやく報われました。私ども現場の研究者の成果が。思えば永かった。実に永かった。およよ。およよよよ」
 アフロヘアーの博士は床にくずおれ、おいおい泣きだした。
「こ、この馬鹿モンッ。ガキみたいに感涙にむせんでる暇があったら、さっさとワシに見せんかッ。その新兵器とやらを」
「ははっ、し、失礼しました。私とした事が我を忘れてしまいまして。はい、ではさっそく」
 メンドゥーサ博士は、白衣のポケットから小さなケースを取り出した。ケースには、手書きの文字で《新兵器 N-APP(ナ・ダブルピー)》と書いてある。
 蓋を開けると、中には小さなレンズ上のものが二枚――
「なんだそりゃ? ただのコンタクトレンズではないか」
 ニッポン州トーホク・エィキータ区出身の地球連邦大統領は、珍しくオーバーアクションで失望の溜息をついてしまった。
 メキシコ州出身のメンドゥーサ博士はアフロの頭を横に揺する。
「No《ノ》です、大統領閣下。ちょっと見にはそう思われるでしょうけど、これはただのコンタクトレンズではないのです。まあ、見ててください」
 彼はケースからレンズ状のものを取り出し、慎重な手つきで自分の両目に入れた。 
 すると、それまでの締まりのない中年オヤジの顔が鬼の形相に替わった。
「Maldito Bastard《こん畜生め》!」
 スペイン語で大声で叫んで、メンドゥーサ博士は、司令官室の壁にかかっていたガースー大統領の故郷の古い民芸品、今は世界遺産になっている「なまはげ」のお面を睨みつけた。
――ジュワッチュ――
 稲妻のような閃光が部屋の中を走った。
「わわわっ。何だ何だ?」
 驚いて顔を背けてしまったガースー大統領は、戻した視線の先に見えたのが、真っ黒に焼け焦げた家宝の「なまはげ」のお面である事を知り、愕然となる。
「おいこら。ワシの大切なお宝に何て事をしてくれたんだ。……いや違う。これは見事だ。すばらしい。キミは何てすごい発明をしてくれたんだ」
「ね。だから言ったでしょう。ただのコンタクトレンズじゃないって。この《N-APP(ナ・ダブルピー)》は超熱線レーザーを発射する特殊な人工雲母で出来たレンズなのです。顔面の表情の変化による体温の微妙な上昇を量子エネルギーに換えて、何兆倍にも増幅するわけです。その超熱線は強力な破壊力を持っていて、届く先は1500メートルにまで及びます。しかも、スイッチやエネルギー源の燃料もいらず、ただ怖い顔して相手を睨みつけるだけで超熱線レーザーが発射されます。操作はいたってシンプルで簡単。しかも、狙いは百発百中です」
「ううむ。な、なるほど……」
「すごいでしょう。こんな強力兵器は、世界中どこを探しても、いや宇宙のどこを探しても他にありますまい。まさに史上最強の最新兵器であります」
 メンドゥーサ博士は《N-APP(ナ・ダブルピー)》のレンズを外し、アフロヘアの下のドヤ顔を満面の笑みで崩しながら言った。
「ううむ。うむうむ。驚いた。すごい新兵器だ。まさに宇宙最強と言っても過言ではないだろう。いやあ、よくやってくれた。面倒臭くないメンドゥーサ博士。偉い。よくやった。あんたは偉い。天才だ。救世主だ。素晴らしい。Maravilloso!」
「いや、そんなガースー大統領閣下に褒められるなんて、私は光栄です。幸せ者です。Me aleglo! およ、およよよよ」
 アフロの下のドヤ顔が涙でくしゃくしゃになっている。怒った顔になったり笑い顔になったり泣き顔になったり、忙しい御仁だ。
「わはは。そうだ。泣け泣け。メンドゥーサ博士、貴君はついに栄光を手にしたのだ。嬉しかったらもっと泣くがよい。うおおおっ、このワシも一緒に泣きたいぞ。今、ワシは猛烈に感動している。これでやっと、あのジンゴー星人を滅ぼす事ができる。この宇宙一の最強兵器《N-APP(ナ・ダブルピー)》を使えば、あんな憎っくき週刊文春……じゃなくてジンゴー星人なんか立ちどころにぶっ潰せる。この世界から、この大宇宙から、この次元空間から消し去ってやる! 永かった。実に永かった。およ、およよよよ」
「大統領閣下ぁ、ありがとうございまっす。およよよよよ」
 さみだれバーコード頭のガースー大統領とアフロヘアーのメンドゥーサ博士はひっしと抱き合い、恋人同士のように泣きじゃくった。

 すぐに第一次攻撃隊のチームが組まれた。
 隊員は、地球連邦宇宙軍の中から厳密な審査を経て選別された。皆な、鬼のような強面をした連中ばかりだ。
「では、出陣して参ります。地球連邦大統領閣下。たとえこの身が宇宙の塵と成り果てても、必ずやジンゴー星人どもをやっつけて参ります。我らが最強の武器《N-APP(ナ・ダブルピー)》を駆使して、奴らを最後の一匹まで焼き殺してやります」
 十何世紀も大昔にあった金剛力士像のように凄まじい顔をした攻撃隊長が、足を揃え背筋を伸ばして抱負を述べた。こんな恐い顔にひと睨みされたら、気の弱い地球人だったら0コンマ何秒で瞬殺されてしまうに違いない。
「その意気だ。頼むぞ、隊員諸君」
「はっ」
「はっ」
 敬礼と共に、悪面の男女混合の攻撃隊員たちは、次々と新造の宇宙戦艦「イズモ」のハッチの奥へ入って行った。
 そして、全人類の熱い願いを込めて、宇宙戦艦は、ターネガーシマ宇宙軍基地を飛び立って行った……

              ※

 それから三か月経って――
……え? 何? オシッコ? 
 行って来なさい。行って来なさい。よし、ちょっと休憩しようか。おじさんも喋り疲れて喉が痛いし。
 よっこらしょっと。ふう。
 そこのボク、お腹空いてない? 渦巻きチョコパン食べたくない? え、何? ハンバーガーないかって? フライドチキンないかって!? 
 あるかッ、そんなもん!
 さてと、それじゃ、もういいかい。続けるよ。ほらほら静かにして。

              ※

 それから三か月経った。まだ「イズモ」第一次攻撃隊から何の連絡もない。
 でも、地球上はお祭りのような大騒ぎだった。
 不動産業者は競ってジンゴー星の土地の権利を先物扱いで買い漁り、欲の深い連中は、鉱物資源を掘り当てようと躍起になっていた。観光業者はジンゴー星を楽園のリゾート地にしようと企画を練っていたし、人材派遣業者はジンゴー星人の生き残りを捕まえて奴隷にして労働資源にしようととんでもない事を企んでいた。
 地球連邦各州の州知事は、深刻なゴミ処理問題を解決するため、もうすぐ占領地になるであろうこの地に廃棄物処理場を設置する計画を立てていたし、エネルギー問題に頭を悩ます政治家連中は、ジンゴー星に中性子力発電所を造ろうなどと考えていた。
 旅行代理店の窓口には、新たに獲得する新天地への民間宇宙連絡船の往復切符を求めて長蛇の列ができていた。
 愚かなる地球人すべてが、第一次攻撃隊の第一報も待たずに、取らぬ狸の皮算用よろしく有頂天に浮かれまくっていたのだった。
 そんな或る日、ニッポン州カゴーシマ区にあるターネガーシマ地球連邦宇宙軍総司令部の大型モニターに、遥か昔の古典に書かれてあった軍事機密暗号みたいな第一報メッセージが届いた。
『トラ・トラ・トラ。ワレラ、ジンゴー星制圧に成功セリ……』

               ※

「いやあ、よかったですね。ガースー地球帝国新皇帝陛下兼大統領閣下。私としても、努力と苦労の甲斐があったというものです」
 メンドゥーサ・ノーベル物理学賞受賞博士兼終身科学アカデミー総裁が満面に笑みを浮かべて言った。彼の背広の胸には、その功績を讃えた大小の勲章が万国旗のようにぶら下がっている。
「むふふふ。そうだ。これで、もうこの広くて狭い宇宙は我ら地球帝国のものだ。なにしろ、ワシらには宇宙最強の兵器《N-APP(ナ・ダブルピー)》がある。これさえあれば、何も恐れるに足らぬ」
 ガースー皇帝は、そう言って、司令部改めターネガーシマ地球帝国宮殿の窓の外に目をやった。
 雲一つなく晴れた大空。夜になれば、そこには美しい大小の星が瞬く。大地球帝国の植民地になった輝かしい宇宙が――
「ややっ!」
「ど、どうしました? 皇帝陛下」
「あれは……あれは何だ!?」
 皇帝兼大統領のしょぼい人差し指の先が示した空の一角。今、そこから何百何千もの光の群れが地表目掛けて向かって来るのだった。
「ひいいいっ。Es dificial! あれは、まさか、ジジジ……」
「何だ?」
「ジンゴー星人!」
「何だと! 奴らは制圧したんじゃなかったのかッ? 超熱線レーザーで皆殺しにしたんじゃないのかッ!?」
 バーコード頭の愚帝は真っ青になった。
 そうこうしてるうちに、光の群れはどんどん近付き、空を埋めるほど大きくなった。
 さらに、最悪の事態になった。UFO軍団が地上に着陸し、中からいきり立った異星人の戦闘員が次々飛び出して来たのである。
 彼らは、逃げ惑う地球人たちに容赦なく旧式の火炎放射器の炎を浴びせた。不意を突かれた人類は悲鳴を上げてバタバタ焼け死んでいく。
「あの史上最強の新兵器を使えッ。《N-APP(ナ・ダブルピー)》を!」
 バーコード頭を振り乱した愚帝兼史上最低大統領が怒鳴った。だが、それは無駄な努力であった。
 なぜかというと……

              ※
 
 なぜかって?
 ははは、そこのボクはもう判ってるな。ニヤニヤしちゃって。
 駄目。教えちゃ駄目だよ。他の皆なに教えちゃ。どんな話だって、結末のオチってのは一番重要なんだからね。
 そう、強欲でヘタレなガースー地球帝国新皇帝兼大統領やメンドゥーサ愚図愚図博士や強面の「イズモ」第一次攻撃隊員たちが《N-APP(ナ・ダブルピー)》を目に嵌めて敵を睨みつけようとしても、とてもじゃないが、そんな事は出来なかったのだ。
 なぜなら、我が地球人の不倶戴天の敵ジンゴー星人というのは、皆が皆、こんな顔をしていたからである。
 ヒョットコとオタフクを合わせたよりもっと可笑しい顔。見た瞬間に笑っちゃう顔。睨みつけようとしても、どうやってもブフフッと噴き出してしまう顔。
 つまり、

――N(にらめっこしましょ)-APP(アップップ)――

 あ、畜生。先に言われちゃったぃ……


《この小説はフィクションです。登場する人物や組織や宇宙人などはすべて架空のものです。また、モデルになった人もおりません》

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