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「しつけ」なんていらない!

このページにお越しくださり
ありがとうございます。
お母さんを笑顔にするお仕事の人
子育て専門助産師なとりです。

今回は「しつけ」について私が考えて
過去に別のSNSに投稿した内容を
まとめ直してみたいと思います。

お母さんだけでなくお父さんや
孫育てのおじいちゃんおばあちゃん
子育てに関わる方みなさんにお読みいただき
しつけについてあらためて考える機会に
していただければと思います。


〈しつけとは?〉

あなたの考える「しつけ」を
具体的に表現すると
どんな言葉になりますか?

ほとんどの方は
しつけと聞くと「ダメ!」
「やめなさい!」
「ちゃんとして!」などと
子どもに教え込もうとすることを
思い浮かべると思います。

「子どもをしっかりしつけなくちゃ」
「しつけのできる親にならなければ」
そんなふうに思っているのではないでしょうか。

そして周りの人も
お母さんが子どもに注意するのが当たり前
と思っているため
注意しないと「最近の若い者は」とか
「しつけがなっていない」と嘆くのです。

近年ニュースでよく目にする
子どもへの虐待事件では
親は決まって「しつけのつもりだった」
と語ります。

しつけには
その人の身につくように礼儀作法を教え込むこと
という意味があるだけで
大きな声で注意したり、怒ったり
ましてや叩いたりすることなどとは
どこにも書かれていません。

子育てにおけるしつけとはこうするもの
という定義はなく
人によって違う非常に曖昧なものなのです。

自分がそうやって育てられたとか
これまで目にした耳にした情報を
正しいかどうかの判断なしに
しつけと思い込んでいるのです。

〈ちゃんとした親と思われたい〉

きっとみなさんは
「子どもをちゃんと育てなければ」
「親としてちゃんとしていなければ」と
一度は思ったことがあると思います。

「ちゃんと」とよく聞きますが
その中身は個人の価値観によって違います。

たとえば
・子どもに勉強を教える
・子どもと一緒に遊ぶ
・家事も育児も完璧にこなす
・栄養を考えた食事を作る
・いつもやさしく笑顔でいる
・身なりが整っている
・家族に尽くす
といったようなことが「ちゃんとしている」
ということに当たるようです。

こういったことをまとめて「ちゃんと」と
知らず知らずのうちに
定義してしまっているようですが
つまるところ
他所様より自分が優れていたい
ということなのです。

他人のものさしによって
しつけのできるいい親だと思われたいから
「ちゃんとした親にならなければ」
と思っているわけです。

周りの人から嫌われないように
子どもに「しつけ」をすること
自分が「しつけ」のできる親でありたいがために
子どもに厳しく当たることを選んでいるのです。

そして
何をもって「ちゃんとしている」とするのか
内容が具体的ではないので
ずっと自分ではできていないと思ってしまうのです。

これでは子どものためにはなりませんし
子育てが楽しいはずがありません。

〈親の押しつけ〉

厳しいしつけとは少し違いますが
子どもの気持ちを見ずに
どうにかしてやらせたい「押しつけ」の例を
見ていきたいと思います。

一年ほど前にテレビでこんな場面を見ました。

中学生の男の子が
習い事のピアノがストレスなので
「今すぐやめたい」とお母さんに訴えます。

ピアノは5年続けていて
これまで何度もやめたいと訴えてきましたが
お母さんの答えは「続けてほしい」でした。

あなたがこの男の子なら
どうやってピアノをやめるでしょうか?
あなたがこのお母さんなら
どんな受け答えをするでしょうか?
一緒に考えてみてください。

男の子は
ほかに習いたいことがあると言います。

けれどもお母さんは
習いたいことと並行して
ピアノも頑張ればいいと引きません。 

男の子は番組の企画で
高校生の説得の達人に相談しながら
お母さんに気持ちを伝えます。


男の子:嫌なことをやらされているのは嫌。
    僕はピアノをやりたくない。
お母さん:嫌なことから逃げないでほしい。
男の子:要望が多すぎる。なんでそんなに期待するの?
お母さん:○○くんのことが大好きだから。
男の子:そう思うなら、僕の好きなようにさせてほしい。
お母さん:もうちょっと頑張って。


この親子のやり取りを見て
あなたはどう感じたでしょうか。

私は見ている間ずっと
お母さんにもやもやしていました。

ピアノを続けてほしいのはお母さんの希望であって
男の子ははっきり「やめたい」と言っているのです。

男の子がピアノをやめたい理由は
上手に弾けないことがストレスになっていて
上達する気がしないから。

お母さんは
「ピアノをやめたらゲームばかりするから」と言い
ピアノを続けさせようとしています。

この男の子は中学生なので
話し合いの上での意見の違いにも思えますが
お母さんには
「初見で楽譜を見て弾けるようになってほしい」
という大きな望みがあったのです。

お母さんは自分の望みを叶えるために
ピアノはやめさせないと言っているのです。

〈しつけと押しつけ〉

勉強をする
お友達にやさしくできる
きょうだい仲良くけんかをしない
わがままを言わない
親の言うことを聞く

これらをできるようにすることが
しつけではありません。
これらは親の望みや期待です。

ピアノをやめさせたくないお母さんも
「嫌なことから逃げないでほしい」
「○○くんのことが大好きだから」と言います。

これは一見すると愛情のようにも思えますが
実際はただの押しつけです。

子どもは親の所有物ではありませんし
親の言うことを絶対に聞くという
存在でもありません。

子どもには子どもの人生があります。

この男の子は高校生の力を借りながらでも
・ピアノをやめたい
・ほかに習いたいことがある
・期待せず好きなようにさせてほしい と
自分の考えをお母さんに伝えています。

これを伝えるのに
どれだけ勇気がいったことか。

そしておそらく中学生になるまでも
お母さんはこの男の子にずっと何かを期待して
子ども自身がやりたいことより
自分の望みを優先させてきたのだと思います。

お母さんは愛情のつもりでも
男の子はお母さんの望みを
背負い込んでしまっているわけです。

もしこのまま嫌々ピアノを続けて
初見で楽譜を見て弾けるようになったら
それでもお母さんはうれしいでしょうか。

今度はもっと表現力を求めるかもしれませんし
コンクールに出ることを望むかもしれません。

ですが
男の子は嫌々やっているので
レッスンを事務的にこなすだけですから
その先に上達はないですし
そのうちズル休みをするようになるかもしれません。

お母さんは数日経って冷静になると
子どもの言う通りと思うところもあって
発表会が終わったらピアノをやめる方向で
考えていると結ばれていました。

〈私が提案するしつけ〉

しつけとは
『しあわせに生きていく力を身につけること』
であると私は想います。

本来しつけは
方法や手段ではないと考えますが
こうした力を子どもが身につけるために
『親が手本を示すこと』であるとも言えます。

社会のルールを知るのに
子どもは何度怒鳴られ
ダメと言われ怒られるのでしょう。

しつけは
子どもに厳しくすることでもないし
叱ったりすることでもないのです。

しつけは
親がいつもお手本を示していれば
子どもに伝えることができるのです。

あなたがいつもあいさつをしていれば
あいさつをしなさいと言われなくても
子どもはあいさつができるようになるでしょう。

あなたのお手本通りの子どもになってくれるので
しつけは難しいと思ったり
悩んだりすることはないのです。

〈あとがき〉

「しつけ」は教え込むことではなく
仮に縫い付けておく
という解釈の方が合っているかもしれません。

しつけ糸はやがてはずす時がきます。
子どもが自らはずせる前提にしておくのが
ちょうどいいのかもしれません。

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