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本当にあった怖い話「あれは人間じゃない」

2021年7月21日。灼熱の太陽が照り付ける夏の日に、人間じゃないモノを見た。

「熱中症危険アラート」が出ていたこの日、私と友人は朝早くに京都を出発し、滋賀県の今津港から琵琶湖の真ん中に浮かぶ「竹生島」へフェリーで出かけた。汗だくになりながら小さな島を周遊し、かき氷を食べて、上機嫌で竹生島から滋賀県の長浜市へ向かった。

照り付ける陽射しが肌を突きさす午後2時頃に長浜に着き、黒壁スクエアで遅めのランチを食べた。朝から長時間、屋外で太陽光線を浴びすぎたせいで、二人とも疲労困憊していた。街を少し散策し、黒壁スクエアからほど近い豊国神社でお参りを済ませ、長浜駅から京都に戻ろうという道すがら、「それ」を見た。

周りには月極駐車場とコインパーキングしかない曲がり角にさしかかった頃、女性の話声が聞こえてきた。それに併せるように、茶色い毛並みの犬の下半身が見えてきた。
犬はアスファルトの歩道の上にベタっと寝そべっていた。
「あの犬、あんなところで寝そべっちゃってるよ (笑)」
友達同士が道でばったり会い、おしゃべりに花を咲かせているのだろう、そう思った。

曲がり角を曲がったところで、電話を耳に当てている女性と目が合った。35度を超える日中に黒の長袖ジャケットを着て、タイトスカート、ビジネス用のハイヒールを履いている。うろたえた表情で今にも泣きだしそうだ。
その隣で、普段着の女性が心配そうな目で、電話で話す彼女を見つめている。二人の足元には水のペットボトルと透明のプラスチックボウルが置かれていて、その隣には成犬のゴールデンレトリバーが横たわっている。
その犬は死んでいた。

「どうしたんですか?」電話を終えた女性に声を掛けた。
「私、近くのエステで働いているんですけど、さっき、お客さんが来て、炎天下で犬が道につながれたまま倒れてるよ、って。心配になって水を持って来たら、犬が・・・倒れていて・・飼い犬みたいだから市役所に電話したんですけど、首輪がついているなら飼い犬だろうし、動かせませんみたいに言われて・・どうしたらいいのか分からなくて・・・」

もう一人の女性も言う。「私、この駐車場に車を停めてて、戻ってきたら、この方が慌ててたから、来てみたら、犬が・・・」

「でも、もう、死んでますよね」

「えっ?!やっぱり死んでるんですか?!全然動かないから・・でも、犬を飼ったことないから分からなくて・・・」

その犬の首輪には短い散歩用のリードがついていた。そのリードは道路脇のポーㇽにひっかけられたままになっていた。日陰の無い炎天下のアスファルト道路に繋がれたまま、長時間放置されたことは明らかだった。

4人でしばらく犬を見つめていた。例え死んでいても、こんな場所に放置して置くことがいたたまれない。とは言え、市役所も引き取れないというなら、どうしようもない。どうしようもないけれど、いたたまれない。

そうしていると、曲がり角を曲がって通りすぎた軽自動車が後方で停まった。中から女性が「どうしたのー?」と声を掛けながら、こちらへ歩いてきた。そして、犬を見つけて駆け寄ると、犬の腹部を触わり、息があるかどうかを確かめた。

「どうしたの、これっ?!死んで割と時間が過ぎてるよ。体が硬くなってるもん!かわいそうに・・・」。(この後、この人を「天使のおばちゃん」と呼ぶ)

市役所に電話を掛けた女性が涙目のまま経緯を説明する。そして、計5人になった私たちは呆然と犬を見つめながら、口々に犬を憐れむ言葉と「どうしよう」を繰り返した。

二、三分そうしていると、年式の新しい白いベンツがゆっくりと曲がり角に進行してきて、停まった。運転席のドアが開き、サングラスをかけたショートカットヘアの細身の女性が降りてきて、無言のまま、犬のリードが引っかかっているポールに手を掛けた。行動から察するに飼い主のようだが、死んでいる犬を見ても取り乱すどころか、感情が動いている様子もない。まるで宅急便で届いた荷物を取りに来た、とでも言う感じだ。

天使のおばちゃんがその人に向かって声をあげた。

「これ、お宅の犬?もう死んでるわよ!なんでこんな暑い日にこんな所に繋ぎぱなしにするのって?!かわいそうに!暑さで死んでるわよっ!」

その批判に対しても、言葉を発することなく無表情のままである。
また、天使のおばちゃんが叫ぶ。

「なんて事をするの!かわいそうに!虐待でしょう!死んでるやないのっ!」

すると、ぼそっと何かを呟いた。「だからよ」と聞こえた。
え?犬が死んでいることを分かって、ここに戻ってきた?

飼い主は無表情のまま、後部座席のドアを開け、首輪についたリードを綱引きの綱でも引くようにして、死んだ犬の体をずるずると引きずった。そして、ドア近くまで犬を引きずると、リードを垂直に引っ張り上げた。犬の頭部が少し地面から浮いて、一瞬、吊るし首のようになった。

目の前で起こる信じがたい光景に、自分の目が大きく見開かれていくのが分かった。私の斜め前に立っていた「電話の彼女」も目を見開いた顔でこちらを振り返った。数秒見つめ合った。え・・・今、何が起こっている?

天使のおばちゃんが「やめて、かわいそうに!」と叫んで犬に駆け寄った。

「車に乗せるのっ?!だったら私が下(下半身)を持つから、あんた、上(上半身)持ってっ!かわいそうに!なんていう事するのよっ!」

そう言いながら天使のおばちゃんは犬の下半身を抱きかかえて、車の後部座席に乗せようとするが、飼い主は尚も、リードを垂直にしたり並行にし足りを繰り返して引っ張るだけで、犬の上半身を抱えようとはしない。後部座席には死んだ犬を包むタオルや段ボールなどもない。

この時、初めて、天使のおばちゃんと犬の背丈がそう違わないことに気が付いた。「あんたは向かい側に行って(犬)を引っ張って!」。無言無表情のままの飼い主が反対側に移動して車のドアを開け、車内を覗くように身を屈めると、天使のおばちゃんは「かわいそうに」を繰り返しながら、少しよろめきつつも、犬の体を車の中へと押し込んだ。

犬の体が後部座席に納まると、飼い主は無言のまま車のドアを閉めた。天使のおばちゃんに礼を言うでも会釈をするでもない。ただ、車のドアを閉めた。そして、運転席に乗り込むと、車のエンジンをかけ、顔が斜めに歪むほどくっちゃくちゃとガムを噛みながら、どこかへ走り去った。

一仕事終えた風の天使のおばちゃんは「あんなひどい事する人が良くいたもんだね」と怒りつつ「用事の途中だから先に行くわね」と自分の車に向かって歩きだした。

その一部始終を、その場から少しも動くことができないまま、ただ、ただ、目を見開いて見つめていただけの私たちは、歩く天使のおばちゃんの後ろ姿に向かって「ありがとうございましたっ」と叫ぶと一礼をした。

天使のおばちゃんは半身を翻し、笑顔でぺこっと会釈をして車に乗りこんだ。

世界の裏表をバーチャルリアリティで見せられたような気分のまま、1時間ほど電車に揺られながら京都へ戻った。あまりの衝撃に一歩も動くことができず、天使のおばちゃんだけに犬を運ばせてしまう結果になった事を悔やんだ。

そして、昨今、良く言われる「陰謀説」。
もう、人間社会には人間ではない何かが人間として潜り込んでいる、そんな突拍子もないように聞こえる説も、もはや否定できない気がしている。

2021年 夏 本当にあった怖い話。





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